きっかけ
「あの、本当にここまででいいですから。」
サークルの飲み会帰り。早めに帰ろうと仲の良い子たちに声を掛け、先に帰ること伝え店を出てしばらく歩いていると後ろからさきほどのお店で飲んでいたサークルの男性が追いかけてきた。自分に好意を持ってくれているのは、なんとなく感じていたが気付いていないふりをしていた。家まで送ると言われたが遠慮したい。この男、絶対家の中まで入ってくる気だ。
「え?あ、いいよ。遠慮しないで。こんな暗いのに女の子一人で帰るなんて危ないじゃん。」
さわやかな笑顔でそういう彼は優しそうな顔立ちで結構モテるらしい。
「でも・・・。」
「ほら、早く行くよ。家どっち?」
「・・・こっちです。」
しつこい彼に思わず家の方向を教えてしまう。
「おっけー。」
ご機嫌な様子で私の手を取り歩き出す彼。
「え、ちょっとあの、手・・・。」
驚いて手を外そうとするものの力が強く外せない。
「酔ってるでしょ?転んだりしたらあぶないから。」
またまたさわやかな笑顔を披露する彼。いや、私のこの鳥肌のたった腕が見えないのか?
「いや、本当に大丈夫ですから!」
このまま流されそうになっていることに焦り、声を少し大きく上げた。
「もういいからさ。ほら、早く。」
そんな私に彼は若干苛立った様子で私の手を強く引っ張る。さわやか笑顔どこいった。
「おーい。」
突然後ろから腕をつかまれ声を掛けられる。
「え?」
なんだ、と思い振り返るとそこにはものすごく顔の整った男が立っていた。
「なに・・・って、怜央?」
彼も不機嫌そうな顔で振り向くが男を見るなり驚いた顔をした。
「よー。」
私の腕をつかんでいる反対の手を上げ彼に挨拶する。
「あ、あの。」
なんなんだ、と思い男に声を掛ける。
「え、なに怜央?どうしたの?」
「この子さー、俺の彼女。」
男は突然私を指さしそう言った。
「!?」
驚き過ぎて声が出なかった。
「は?まじ?えー、俺狙ってたのにー。」
彼は驚き、悔しそうな顔をした。
「ざんねーん。ってことだから。」
そう言い、私の腕を自分の方に引っ張った。
「え、え?」
事態が飲み込めず彼と男を交互にキョロキョロ見た。
「はあ。まあいいや。どうせ怜央じゃ勝ち目ないし。」
私の手を彼は離し、ため息をおとなしく帰って行った。
「悪いな。」
帰っていく彼に向かってそう言った。
「・・・岡田怜央さん、ですよね?」
私は男・・・怜央を見上げそう言った。
「あ、なに知ってんの?」
「はい。まあ有名ですから。」
顔もスタイルも良く性格も明るい。常に周りに人がいてその中心にいる。ただ、女癖が悪く浮気もしまくる。私はあまり岡田怜央に興味はなかったものの、友人たちがわいわい話すので覚えてしまった。
「ふーん。」
あんまり興味なさそうに怜央が言った。
「あ、あのさっきはありがとうございました。断れなくて困ってたので助かりました。」
まだお礼を言ってなかったと思い頭を下げる。
「だろうね。思いっきり顏引き攣ってたし。それにあのまま家まで送らせてたら、完璧にやられてただろうし。」
その時の私の顔を思い出したのか笑いながらそう言った。
「・・・はい。そうですね。あの、本当にありがとうございました。」
確かにあのまま家まで送らせたら本当に危なかっただろう。改めて怜央にお礼を言う。
「いえいえー。」
頭を下げる私に合わせて怜央もちょん、と頭を下げた。
「・・・えっと、じゃあ。」
お礼もしたので帰ろうともう一度ぺこっと頭を下げて彼の横を通り過ぎ、歩き出す。
「ああ。じゃ行こうか。」
なぜか通り過ぎたはずの彼が横に並んで歩いている。
「・・・は?」
わけがわからず、彼の横顔を見上げた。
「え、帰るんでしょ?」
私を見下ろし彼はキョトンとした顔をする。
「え、はい。」
はい、確かに帰るつもりです。
「送ってってあげる。」
先ほどの彼より何倍もさわやかな笑顔でそう言った。
「いや、いいです!」
一瞬その笑顔に見惚れそうになるが、いかんいかん。と首を振りお断りした。
「遠慮しない遠慮しない。」
私の背中をぱんぱんたたきそう言った。
「してないです!本気でいいです!結構です!」
これではさっきと変わらない。彼が怜央に変わっただけだ。
「ほらほら、行くよー。」
私の言葉に全く聞く耳を持たず、手をとり歩き出す。
「本当に・・・うっ。」
本当に結構です、と言おうとしたが急な吐き気に見まわれ最後まで言うことができなかった。
「え?」
「き、気持ち悪い。」
口を手で押さえた。今にも吐いてしまいそうだ。
「え、気持ち悪いはひどくない?ショックなんだけど。」
自分のことを言われていると思った彼はそう言った。
「ちが・・・う。そう、じゃなく・・・て。・・・吐く。」
さきほど飲んだ酒のせいと、急に動いたり大きい声を出したからだろうか。もう我慢できない。
「は!?ちょっ・・・。」
吐くことがわかり顔を青ざめる彼。
「うぇええええええええええ。」
「うわっ!」
近くにいた彼に思い切りかけてしまった・・・。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・す、すみませ・・・ん。」
沈黙に耐え切れなくなり、小さい声で謝った。
「・・・服びしゃびしゃ。」
彼はため息交じりにそう言った。
「すみません。」
申し訳なくなりもう一度謝る。
「・・・もういいよ。あんたは大丈夫なわけ?もういっそのこと出し切っちゃえば?」
怒られるかと思ったが、言葉はそっけないが手で背中をさすってくれる。
「いえ、もう出し切りました。」
バックからハンカチを出し口元をぬぐいそう言った。
「・・・あそ。」
「あの、じゃあ・・・」
無理だとはわかっていたがそのまま自然に帰ろうとしてみた。
「ゲロぶっかけた相手そのままにするとかありえないよな?」
彼は静かにそう言った。見なくてもわかる。あのさわやかでうさんくさい笑顔をうかべているのだろう、と。
「うっ・・・。」
やっぱり無理か、と思い肩を落として彼を振り向く。
「お風呂と洗濯機。貸してな?」
案の定、あの顔でそう言い放つ彼。
「・・・はい。」
拒否権はなかった。
そして私はこうしてこの男を泣く泣く家に入れてしまったのだ。