決着そして新たな試練
僕――マルスの両親は知らない。
物心ついた時から十二神器であるトールハンマーを持った師匠と共に大陸各地を放浪していた。
十二神器を持つ者の宿命――命の危機に晒されたことは一度や二度でなかったけど、それなりに充実していたのを覚えている。
厳しくも優しい師匠。
僕に生きる術を叩きこんでくれた師匠だけど、ただ一つ、何のために生きるのかだけは教えてくれなかった。
『お前にしかわからん使命が、何故俺に分かる?』
そう聞くたび、師匠はそう返してきた記憶がある。
そして師匠に寿命が訪れ、トールハンマーを受け継いだ僕はこれから先、どうすればいいか分からず途方にくれた。
だからだろう、辺境にある一国まで足を延ばしたのは。
昔に出会ったシルヴィア王女に一目会おうと決意したのは、僕はどう生きていくべきかを知る参考にするためだったのだろう。
そしてその結果。
「やれやれ、結局こうなってしまったか」
屋根から下を睥睨する自分。
そこにはルスト王国を取り戻せと叫ぶ王国の残党と、それを取り押さえようとするガウェイン皇国の兵がこぜりあっている姿。
「バーンズ、死んでもらおうか」
国を滅ぼした元凶――バーンズが乗る馬車が僕の目に映っていた。
「ま、周りの兵達に恨みは無いけど、運が悪かったことで」
十二神器――トールハンマーを振りかざすことでバーンズが乗っている馬車を、周囲にいた兵ごと殲滅、それこそ消し炭すら残さないほどに。
出来ればバーンズも共に葬り去りたかったのだけど。
「いったいこれは何の騒ぎだぁ!」
「やっぱり無理か」
案の定、無傷のバーンズが灰塵の中から現れた。
背丈は僕より小さい、ずんぐりした体形。
が、決して鈍重という印象を与えず、重厚感を持つ。
無精髭と、ギラギラ差す視線が山賊の親分を連想させた。
「だから十二神器の保持者と戦いたくないんだよ」
不意打ちは不可能。
成功はするけど致命傷にならない。
「暗殺を生業としている者は泣くだろうね」
先制攻撃程度のダメージで済んでしまう保持者は暗殺者泣かせと言うべきだろう。
「初めましてと言うべきかな?」
辺りが混乱の極致な中、僕は丁寧に腰を折る。
「僕の名はマルス。雷槌――トールハンマーの保持者です」
「ははは、俺と同類か?」
バーンズが呆けていたのは一瞬、すぐに我を取り戻して豪快に笑う。
「同じ十二神器の保持者なら名乗らねえと失礼だよな……バーンズ、双刀――カインとアベルの保持者だ」
双刀、カインとアベル。
形状はナイフそのもの。いや、一般より少し長いか。
カインと思しき右手のナイフは赤く装飾され、左手のアベルは青い装飾。
どちらからも剣呑な気配を辺りに撒き散らせていた。
「だるいよなあ……」
首をゴキゴキと鳴らしながらバーンズは口火を切る。
「同じ保持者と戦うなんて面倒くさいことありはしねえ」
「うん、それは僕も同意見だ」
「そうだろ? だったら俺とお前で二つの国を分けねえか?」
「?」
意味が分からず首を傾げる僕に。
「簡単さ、俺はガウェイン皇国を。そしてお前はルスト王国を支配する。それで互いの国には不干渉だ」
「ふーん」
「が、完全な不干渉なわけじゃねえ。必要だと判断すれば互いに協力し、俺達十二神器を狙う輩を追い払う」
「それは魅力的な提案だねえ」
「そう思うか? だったら早速――」
バーンズに次の言葉は言わせない。
「けど、僕としては王女の願いを叶える方がずっと魅力的だよ」
そう言い放つと同時に僕はトールハンマーを振り抜く。
「……てめえ」
凄まじい光の奔流がバーンズへと襲い掛かるが、奴は双刀を構えることで防いだ。
「僕と君に話し合う余地はない」
トールハンマーの柄で僕は肩を叩く。
「話し合いが出来ない以上、やることは一つだ……さあバーンズ。殺し合おうか」
「ふっ」
ナイフと大槌。
リーチの長さはこっちの方が圧倒的に上。
その利点を生かし、僕は間合いを意識して攻撃を仕掛ける。
「甘いんだよ!」
が、それは向こうも同じらしく、その間合いを詰めようと器用にナイフを操りこちらの攻撃をいなす。
少し間違えれば体勢が崩れて侵入を許し、あっという間に切り裂かれるだろう。
ミスが許されない緊張感が知らず唇を渇かせる。
「……こんな感覚は久ぶりだぜ」
数えるのも億劫に、周囲が静まり返るほど長い時間での打ち合いの末、距離を取ったバーンズは嬉しそうに喉を鳴らす。
滝が汗のように出ているが疲労感や徒労感など皆無に等しい。
僕も肩で息をしているけど、まだまだ余裕だけどね。
「命のやり取り――ひりひりした感覚はこれを手にして以来だ」
これとは当然十二神器。
カンカンと打ち鳴らして存在をアピールする。
「否定はしないよね」
内心の動揺を隠すために僕は含み笑いする。
一歩間違えれば僕の命はなかったであろう場面が多すぎた。
恐怖で肝が冷えると同時に体の奥から溢れ出る何かを感ずる奇妙な感覚である。
「けど、僕は好きじゃないな。出来れば放浪者として自由気ままに生きたいよね」
「俺は違うな。同じ十二神器を持つ者同士で集まって何かを成し遂げたい」
孤独を好む者と厭う者。
前者はマルスだとすれば後者はバーンズ。
共通点と言えば十二神器の保持者という一点だけである。
「なあお前の名は?」
「マルス」
「マルス、最後に聞くが。国を半分やるから俺の仲間にならねえか? 俺とお前が持つ十二神器があれば出来ないことはねえぜ?」
「僕の答えは変わらない。今、欲しいのは国でなくバーンズの首。それを我が王女に献上するのが今の僕の望みだ」
いくら要求しようとここは譲れない。
自由人と自覚しているからこそ口に出した約束は死んでも守らなければ、己の存在が無くなってしまうのだ。
「そっか、残念だ」
名残惜しそうに呟いたバーンズは双刀を高々と掲げる。
「なあ、マルス。カインとアベルの神話を知っているか?」
「兄、カインが弟のアベルを殺し、人類に“殺生”という呪われた権利を与えられた話しか?」
神話。
遥かな昔、人間も含めた万物には殺すという概念が存在しなかった。
ゆえに何をしても因果を完全に断ち切ることはなく、行為が回り回って結果となって返ってくるのが常に世界があった。
が、カインと呼ばれる存在によってその世界は終わりを告げる。
カインは殺生――つまり弟のアベルを殺すことで因果を断絶する権利を得てしまった。
その結果、秩序ある世界はカオスの極みと化し、神がもう一度作り直さなければならないほど荒れ果ててしまったという。
「十二神器――カインとアベル、その真の力を見せられる日が来るとは思わなかったぜ」
バーンズは喜色満面に宣言する。
「カインよ! アベルを喰え! それでもって本当の力を具現化しろ!」
カインをアベルに打ち据えた結果、アベルの刀身は粉々に砕け散り、その粒子がカインへと纏わりつき始める。
カインは禍々しく蠢いていた果て、一振りの長剣へと変貌した。
「神殺しの剣――カイン。もっと楽しませてくれよなぁ!」
「――ちょっと不味いかな?」
黒く、粘り強い霧が張り付いた剣を見た僕は冷や汗を垂らす。
長年の勘が訴えている、あれはやばいと。
掠るのは勿論、触れることでさえ致命傷になりかねないと考えた。
とりあえず様子見のため、地面にあった石を掬い上げてスローイング。
狙い誤らず真っ直ぐにバーンズへと向かっていった。
「効くと思うのか?」
その石はカインに触れると同時に分解、あっという間に塵芥へと変貌する。
「この状態になったカインに触れるとなあ、剣であろうが人であろうが塵へと化すんだぜ?」
要らない説明を続けるバーンズはさらに大口を開けて。
「が、十二神器は試したことがねえ……どうなるのか、見せてもらうぜ!」
瞬間、バーンズの姿が消失する。
真の力を解放した十二神器の影響で、保持者の基本能力も上がっているのだと他人事風に悟った。
「っち!」
迫るカイン。
間一髪トールハンマーの柄の部分で防ぐ。
「まだまだぁ!」
かなり強めに押し返したのだが、それを全く考慮しないバーンズ、一瞬きで体勢を整え、もう一瞬きで突進してきた。
僕の気分は川に垂らされた小枝。
荒れ狂う激流に呑まれまいと必死に受け流す枝になった錯覚を味わう。
「十二神器には全く効かねえ」
何合かの打ち合いの後、バーンズは低い声で論評し始める。
密度の濃い黒霧がトールハンマーを覆おうともその輝きは微塵にもくすまない、が。
「が、生身はそういかねえな」
黒霧に触れた部分――衣服と肌に黒いしみが現れ、徐々に広がっていっていた。
「不味い!」
黒く変色した皮膚の感触がない。
これは皮膚自体が死滅している。
これ以上の浸食を防ぐため、僕はナイフで皮膚を切り取った。
当然痛みが走るが、気にしない。
躊躇していたら深刻な事態に陥るためである。
深く切りすぎたのか、異常な勢いで血が流れ始めた。
「良く見りゃお前の武器、トールハンマーは綺麗だな」
金色に染められた武器を見たバーンズは口笛を吹く。
「その武器、俺の部屋に飾ってやるぜ。安心しろ、誰にも触らせねえからな」
「それは嬉しいね、ありがとう……だけど」
僕はそんなバーンズに軽く一礼して。
「もうそんな力、残っていないでしょ?」
「は?」
僕がそう言うのと同時だった。
突然としか言いようのないほど、バーンズが地面へと崩れ落ちる。
「な、な、何が?」
バーンズは己に起こった出来事が理解できていないようだ、先ほどの威勢が綺麗さっぱり消え去っている。
「燃料切れ」
僕は簡潔にそう応える。
「十二神器は莫大な力を与えるけど、僕達自身の許容量を増やすわけじゃない。それに真の力を解放なんてしたら早晩こうなるのは当然だよ」
だから僕は極力攻撃せず、防御に徹した。
バーンズが十二神器の保持者と相対したことのない経験の差を最大限利用させてもらった。
「ふ、ふざけるな! 俺は以前もっと長い間使っていたがこんなことは起こらなかったぞ!?」
「十二神器を持たない有象無象の相手を基準に考えちゃいけないなあ。同格以上と相対する場合、消耗度は格下相手の比じゃないよ」
「ぐ、くそぉぉぉぉぉぉ!!」
僕の理論に納得したのかバーンズは大地を震わすような大音量で吠える。
「見てろマルス! 俺は同じミスはしねえ! もう一度! もう一度戦えたのならこんなつまらねえミスは二度としねえからな!」
「お~、お~。よく吠えるねえ。けど、君も観念しているのだろう? 次はないと、負けた時点で己は死ぬと認めているのだろう?」
「っ、 そんなことはあるか!?」
「まあ、バーンズが次は負けないと思うのも、再戦を誓うのも君の自由だ。僕も、例え神でさえそれを邪魔する権利はない」
僕はバーンズを見下せる位置に立つ。
「が、行動だけは許容できない。君が二度と立ち向かえないように。今、君の息の音をここで止めさせてもらおうか」
「なっ……まさか!? 冗談だろう?」
一転、バーンズは怯えた、恐怖の色を瞳に浮かべる。
バーンズの懇願に対し、僕はにっこりと笑みを浮かべて。
「残念ながら冗談ではない。意志と言葉の自由を与える代わりに肉体の自由は僕が制限させてもらうよ」
そう前置きした僕はトールハンマーを振り上げる。
狙いは勿論、バーンズの頭。
「ま――」
バーンズが静止の言葉を吐く前に僕はトールハンマーを振り下ろし、奴の頭を粉々に打ち砕いた。
「――で、悪者のバーンズは退治され、宰相補佐の主導によってルスト王国内の兵は本国へと引き上げる。国内の治安はイリーナ働きと僕の存在によって纏まり、めでたしめでたしかな?」
「……貴様、そんなに私の不幸が楽しいか?」
マルスの、お伽噺を聞かせるかのような締めに私は殺意を隠せない。
「少しは打開する案を――いや、お前にそれを問うことが間違っている」
私は吐きかけた言葉を呑みこむ。
マルスという輩は、こちらが弱みや傲慢さの片鱗でも見せると拒否する反面、対等な立場を意識して頼むと快諾するという厄介な性格の持ち主。
不用意な心持で接してはならない非常に疲れる奴である。
「十二神器の保持者によって攪乱された国が十二神器の保持者によって元通りになっておわり。そんな子供が好みそうな締めで終わるほど現実は甘くないことは予想していたが」
「残念ながら安息はない。一度十二神器に関わった以上、君が死ぬまでそれに翻弄されるよ」
「……まさか三強の一角であるストナ帝国から使者がやってくるとはな」
大陸の中央付近にあるストナ帝国と大陸の端にあるルスト王国では地理的条件が悪すぎる。
通常なら一か月はかかるほど長い道程の先にある国ゆえ私はあまり意識を払う必要はないと考えていた。
なのに先日、ストナ帝国から使いの者がやってくる。
が、ただの使いの者でない、その一団の中に十二神器の一つ『ノア』の使い手が含まれていた。
これは何かいい返事を貰わない限り本国へ戻らないという意志表示。
最悪の場合、また十二神器の保持者と戦わなければならなかった。
「彼らの目的は友好らしいけど、まさか額面通り受け取らないよね?」
「当たり前だ、条件が酷過ぎる」
友好の印としてこちらは十二神器『カインとアベル』を差し出しかつマルスを帝国へ出張。向こうは領事館を置くに留まる。
これはもう十二神器を全て差し出せという恫喝に等しい暴挙だった。
「軍隊が派兵してくることはない。けど、十二神器の保持者なら別だね」
ストナ帝国は『ノア』を含めて三つ保持している。
例え眼前の保持者を退けても新たな者がやってくるのは目に見えていた。
「ま、対抗策がないこともないけどね」
「『ノア』を奪い、それを以て帝国に敵対している国に助けを求めることか」
「よゆこと。あ、でもマース教主国は止めてね。あそこは反十二神器同盟の総本山。十二神器そのものはともかく保持者は殺してくるから」
「……」
三強の残り二国のどちらかと連携すれば帝国の申し出受ける必要は無くなる。
が、支配者が帝国から二国のどちらかと代わっただけでどちらにせよ支配権は奪われるだろう。
「何故こんなことに……」
多少ぎくしゃくしているとはいえガウェイン皇国との関係も回復の兆しが見えてきた。
有能な官吏は生かしておいたのも幸いし、ルスト王国も安定。
後は時間さえかければ十二神器の保持者が現れる以前の状態に戻せたのに。
「これが十二神器に関わった者の運命」
マルスはそう嘯く。
「君が僕を従えた時点で僕が持っていた十二神器の業は全て君に移った。これからは僕が抱いていた悩みや苦しみを君が受けるんだよ」
「くっ……待て、お前にも葛藤があったのか?」
「それは失言だったね。忘れてくれるとありがたいな」
私の追及に対し、マルスはばつが悪そうに首を振る。
「僕から言えるのはこれだけ」
マルスは表情を改め、峻厳な口調で言葉を紡ぐ。
「十二神器は力の象徴。すなわちより強い者を好む。例え身体を屈服させられても心を折られない限り十二神器はその者に従う」
それが十二神器。
「さあ? どうする?」
マルスは一転、コロコロと笑う。
「ストナ帝国の申し出。その挑戦に対してどう応戦するかによって君の末路は大きく変わるよ」
一度十二神器に関わった者に平穏な未来などありえない。
あるのはより強き者に全てを託すのか、それとも己が栄光を掴むのか。
「決まってる、乗り越えるしかない」
全てを奪われての破滅など絶対に御免。
マルスに好き放題されたあんな経験は二度としたくない。
ならば最後の最後まで維持を貫き通して見せる。
それが私の決意だ。
「明朝、帝国の使者に会う」
私は固い声音で呟く。
「そこで私の答えを聞かせよう、マルス」
「楽しみにしているよ」
私の宣言に対し、マルスは嬉しそうに目を細めた。
これにて終了です。
お読み頂き誠にありがとうございました。