理不尽
どうも、シェイフォンです。
18禁すれすれの内容ですが、お楽しみいただけると幸いです。
十二神器。
それは神から齎されたとされる十二の武器。
十二神器の保持者は一軍にも匹敵する力を持つ。
それゆえ、ある国に十二神器の持ち主が現れた結果、周囲の国を併呑し大国となったという話はざらにあった。
悔しい、本当に悔しい。
私――ルスト王国の王女、シルヴィア=ベルツフォンは内心血の涙を流す。
今、ルスト王国は隣国ガウェイン皇国と戦争中、しかも亡国寸前の状況だった。
ガウェイン皇国とは政略結婚を行うまでとはいかなくとも、貿易交流は頻繁に行われている比較的良好な仲。
互いの国力も同程度ゆえ戦争など起こるはずもなかったが、ガウェイン皇国に十二神器の持ち主が現れたことで状況は変わる。
どうでも良い理由で宣戦布告し、あっという間に進軍。
こちらの主力は十二神器の持ち主によって壊滅させられている。
大した兵力が残っていないこの状況、もはや降伏は時間の問題だった。
(十二神器が無ければ……)
ガウェイン皇国は宣戦布告などしてこなかっただろう。
たった一つの武器が関係をここまで悪化させた事実に私は憤怒する。
(そして、それ以上に悔しいのが)
「旅人よ。そなたも十二神器の持ち主なのか?」
「その通りですルスト国王。私は十二神器の一つ――雷槌、トールハンマーの持ち主です」
(何で国を守るためにその十二神器に頼らなくちゃいけないの!)
場所は謁見室。
私や父上を含め、ルスト王国の重臣が揃う中でマルスと名乗った黒目黒髪の青年が跪いてそう述べた。
雷槌トールハンマー。
それは巨人が扱うような大きな獲物で、それを振り上げるには大の大人四、五人が必要だと思われる。
柄の部分は金色、頭には一流の匠が装飾した、華美な彫り物がなされていた。
「あれが十二神器」
「突如落雷音が聞こえたかと思うと、敵の一角が吹き飛んでいたという」
「なるほど、凄まじい魔力が迸っておるわ」
それを偽物扱いしないのは、その威力を全員知っているから。
あの囲まれた兵壁を、まるで散歩をするかのごとく平然と横切ってきた。
あんな芸当ができるのは神もしくは十二神器の持ち主だけだろう。
「では、マルスよ。褒美は何じゃ? 何を其方に与えれば目の前の敵を追い払ってくれる?」
お父様の発言に旅人は頷き、そして戦場に向かうかと思っていた。
が。
「いいえ、私は戦いません」
その発言に辺りが沈黙状態に陥る。
(え?)
私が身震いしたのはマルスのその言葉でなく視線。
獲物を狙う狩人の様な眼光を私に向けていた。
「私は絶世の美女と持て囃されるシルヴィア王女を貰いに来たのです。十二神器の持ち主と一国の軍と戦って手に入れるよりも、手っ取り早く攫おうと思いまして」
マルスはそう言うや否や姿が一瞬消える。
そして私の体に起こる浮遊感。
気付いた時には、私はマルスの腕の中に納まっていた。
「見えなかったでしょう?」
マルスは無邪気にそう述べる。
「これが十二神器の持ち主の力。誰も私らの動きを捉えることが出来ません」
十二神器の持ち主は、その武器の威力もさることながら身体能力も大幅に強化される。
例えば十二神器の持ち主と十人とが個別に相対したと仮定した時。
迎撃のために剣を抜けるのは十人目から、それより先は何が起こったのか分からず殺されているという。
それほどまで十二神器の持ち主の身体能力は異常だった。
「何をする! さっさと私を離せ!」
もちろん私はそのままマルスの腕の中で大人しくしていようとは思わない。
その腕から逃れようと懸命に動くが、私の体は鋳型にはめられたかのようにびくともしなかった。
「それでは皆さん、さようなら」
ヒラリと。
呆気に取られた皆をしり目にマルスは一足で窓辺に立つ。
「シルヴィア王女は私が責任もって引き受けます。なので安心して殺されてください」
そう言うと同時にまたも襲われる浮遊感。
どうやらマルスが空中に躍り出たらしい、私を抱えて。
「ひ、ひ、ひ……」
地面がどんどん迫ってくる。
「きゃああああああああ!!」
この地面に激突したらどうなるだろう。
ぐちゃぐちゃの挽肉になった状態の私を想像した途端、私の意識は闇へと消えた。
「この狼藉者が! 早く私を城に戻せ!」
私は眼前でへらへらと笑っているマルスに声を張り上げる。
「それにここはどこ! こんな森、私は知らないわ!?」
私の記憶が確かなら、王都周辺にうっそうと茂った森はなかったはずである。
「そりゃそうだよ? だってここは早馬で半日飛ばして辿り着ける場所だもん」
「は?」
「だから近くに村はおろか人の気配はない。まあ、魔物や猛獣はいるかもしれないけどね」
血相を変えて辺りを見まわす私。
目に入るのは木々と草草だけ、風で揺れる以外動くものは皆無だった。
「ど、どうやって……」
言ってから気付く。
マルスは十二神器の持ち主だと。
これぐらいの距離を踏破するのは容易いことだと考えた。
「察しが良いね。頭が良い子は好きだよ」
「褒めるな、耳が腐る」
「アハハ、残念残念」
本気で言い放ったのだけど、マルスには全く堪えていなかった。
「さて、と」
木にもたれていたマルスは柳のようにしなやかな体を起こす。
「ひ……」
それだけの動作で私は恐怖を覚える。
周囲には誰もいない。
つまりマルスが私にどんなことをしようが止められる人がいないということ。
「く、来るな……」
半ば無意識に私は後ずさる。
貞操の危機が身近に迫っていた。
「ウフフ」
マルスは何も変わらない。
首を揺らして私をじっくりと観察している。
「誰か! 誰かある!」
この空気に耐え切れなくなった私は脱兎のごとく逃げる。
「……っ」
ただでさえ歩くのが難しい場所に加え、私の衣装はドレスに踵の高い靴。
二、三歩も進むとよろめいてしまった私は靴を脱ぎ捨て、ドレスを抱えて駆け出した、が。
「何処に行こうというのかな?」
「え?」
私の行き先にマルスが先回りしていた。
「っ!」
慌てて別方向へ逃げる私だが、その先もまた立ちはだかっている。
「ほらほら、ここだよ」
「鬼ごっこは好きだなあシルヴィアは」
「おかえりなさい」
何処へ行こうとも。
如何に速く走ろうともマルスは私の先に待ち構えていた。
まるで鼠をいたぶる猫のよう。
圧倒的力を持つ強者が何もできない弱者をなぶるのと同一だった。
「この卑怯者! 人をいたぶるのがそんなに愉しいか!?」
何処かにいるであろうマルスに向かって私はそう叫ぶが、それは虚しく辺りを木霊するだけ。
クツクツクツクツ。
風のざわめきがマルスの嘲笑に聞こえる。
「十二神器さえ無ければ……」
十二神器の保持者か否かという一点だけでこうまで扱いが違うのか。
何故一国の王女である私が馬の骨に近い輩に弄ばれるのか。
私は怒りと屈辱で頭がどうにかなりそうだった。
「きゃあ!?」
途端に足裏に走る激痛が私を正常へと戻す。
何かを踏んでしまったらしい、じんわりと赤い血が広がっていく。
「ぐ……」
そういえば私は裸足だった。
座り込んで足の傷口を見る。
「やれやれ、いけない子だなあ?」
その時、頭を振りながらマルスは現れた。
「ふむ、幸いにも傷は深くない。良かった良かった」
そして私の傍にかがみこみ、私の足を手に取ってそう判断する。
「っ、無礼者!」
私はその手を払い除けようとするが、マルスの長い指はまるで動かない。
小指を全力で引っ張ってもピクリともしなかった。
「今から薬草の粉をかける。少し染みるよ」
「きゃあ!?」
その言葉と同時に刺すような痛みが足裏に走った。
「痛い痛い痛い痛い! 早くどけろ!」
「無理無理。ここで処置しておかないと足を切断、最悪死ぬかもしれないよ?」
「お前に助けられるぐらいなら死を選ぶ!」
「アハハ、怖いなあ」
私の言葉にマルスは赤い唇を大きく横に広げた。
「よしっと、これで終わり」
私に抵抗など全く意に介さずマルスは処置を終わらせる。
包帯に巻かれた足はまだズキズキと痛みを訴えていた。
「しかし、どうしてシルヴィは――」
「馴れ馴れしく私の名を口にするな」
「どうしてシルヴィは僕から逃げようとしたんだい?」
訂正を求めた私だがマルスは全く意に介さなかった。
「……」
ならば私も応える必要はない、沈黙を貫く。
「シルヴィが何を考えたのか知らないけど」
目を瞑って溜息を吐いたマルスは続けて。
「とりあえず服を着よう。その恰好じゃ色々と不味いでしょ?」
言われてから初めて気づいた。
確かに今の私の格好は王宮で着る服。
実用性も皆無なうえに目立って仕方ない。
「貸せ」
私はマルスが持っていた袋を引っ手繰る。
中には市井の民が着る地味な服があった。
「着替える。どこぞへと去れ」
異性の前で、しかも目の前の男に見られながら着替えるなど憚られたので私はそう訴えるが。
「僕は気にしないから大丈夫だよ」
マルスは笑顔でそう拒否した。
「私が困るんだ!」
「僕は全然困らない」
押し問答状態となった。
「~~」
力関係は十二神器を持つマルスの方が上だ。
私は歯ぎしりしながら奴に背を向けて着替えることにする。
「どうせなら僕の方を向いて着替えて欲しいのだけど。シルヴィがそこまで嫌がるなら我慢してあげようか」
憎い。
何も言い返せない自分が憎い。
そしてそれ以上に、マルスに横暴を許す十二神器の存在が憎かった。
ドレスを脱ぎ、露わになる己の裸身。
傷も染みもない白い肌は私の中の自慢の一つ。
私は類まれなる美貌を持っていたらしくパーティの際、皆の視線を集めていたのを覚えている。
これは私の体であり、何物にも自由にさせるつもりはない。
「ふむ……シルヴィは着やせするタイプなんだね。スレンダーな肢体だと思っていたけど、グラマラスと表現して良いほど中身が詰まっている」
「……」
マルスのそんな論評に私の奥歯は噛み砕けた。
「これ、きついぞ」
着終えた私はそんな愚痴を言う。
背丈は丁度ピッタリ。が、腰はだぶだぶなのに胸と尻がきつい、もっと余裕のある服が欲しい。
「ごめんごめん。これは僕の単純なミス。シルヴィぐらいの身長がある女性が着る服を選んだのだけど、サイズが合わなかったみたいだね」
「……」
マルスが平謝りしているのに私の心はちっとも晴れなかった。
「とにかく、私をすぐに王都へ戻せ」
今、こうしている間にも王都が攻められている。
早く戻らなければ父様も母様も危うかった。
「聞けると思う?」
マルスは嫌味ったらしい口調で拒否する。
「王都は、ルスト王国は滅亡確定。今、戻ったところで死体もしくは捕虜が一人増えるだけだよ」
「まだ……決まっていないだろうが!」
「いいや、もう確定。十二神器の保持者が敵側にいる時点でルスト王国の敗北は決定しているんだよ」
「……」
私は怒りで体が震える。
たった一つの武器に、たった一つの人間に何故国家の命運を左右されなければならない?
これまで培ってきた信頼、交流、努力が十二神器よって全て否定される。
何が神から与えられた武器だ。
何が世界に安定を齎す勇者達だ。
殺戮と絶望を齎す悪魔ではないか!
「何処へ行こうとするんだい?」
マルスの呼びかけに応える必要はない。
奴が手を貸してくれないのなら自分でやればよい。
自分の力でここから出て王都へ向かう。
足の痛みがないといえば嘘になるが、それ以上に怒りが勝っていた。
「やれやれ。とんでもない子猫ちゃんだ、な」
「っ!」
気が付けば私は近くにあった木に体を押し付けられていた。
「足裏の傷が完治していない以上、今日はここで夜を過ごさせてもらうよ」
マルスは強引に私を正面に向かせ、私の両手を頭上に掲げて拘束する。
「離せ!」
「離さない」
ぶっきらぼうに言い放つ今のマルスに笑みはなく、苛立ちに顔を顰めている。
「常識的に考えろ。君には土地勘がない上に足を怪我しており、少し時間が経てば動けなくなるだろう。迷いに迷った挙句、魔獣に食われて終わりだ。まあ、偶然に偶然が重なってこの森から出られたとしても、そこからどうする? どうやって王都へ向かう? そして王都で何をする?」
それまでの余裕の表情とは打って変わって捲し立てるマルス。
「それでも……私は行かなくてはならない。私は、ルスト王国の王女なんだ!」
常識的に考えればマルスに理がある。
それでも私は納得しない、出来るわけがない。
ルスト王国が滅びるとき、私もまた滅びるのが定めなんだ。
「……君には少し教育が必要だね」
「ひっ」
マルスが発した剣呑な雰囲気に私は思わず声を上げる。
「さ、触るな!」
拘束を振りほどこうと動くが、私の両手は鎖に縛られたかのように動かない。
そんな私の心境など意に介さないマルスは自由な右手、その人差し指を使って私の体の線をなぞっていく。
右手の先から始まり、二の腕、脇、横腹、太もも、足と羽根で撫でるようなタッチを使う。
まるで毒虫が体中をはい回っているようだ。
「や、止めろ! ここは! ここだけは!」
足から順に上り、下腹部辺りまで辿り着いたマルスの右手そこでゆっくりと円を描き始めた。
「お願いだマルス! 頼むからそこだけは止めてくれ!」
「アハハ。ここの耐性はないみたいだね。穢れなき乙女で僕は嬉しいよ」
泣きながら懇願する私を見たマルスはいらつきが消え、元の余裕ぶった笑みを浮かべる。
「いいかい、今の君は弱いんだ」
おへそ、そして胸の谷間とマルスの人差し指が移動していく。
「良く言えば囚われのお姫様。悪く言えば愛玩奴隷だよ」
「っ! 誰が!」
「君がだよ。その証拠に君は僕の右手を止めることが出来ず、なすがままに蹂躙されている」
とうとう私の顔にまで到達した人差し指は無軌道に動き回り、唇、頬、耳、目、額と思うがままになぞる。
「……」
私は悔しさで涙が溢れてくる。
マルスの言葉通り、私は今、何もできない。
「君に泣き顔は似合わない」
マルスが私の涙を拭きとることを拒むことすら出来なった。
「傷が治ったら王都に連れていくよ」
マルスは私を抱え、優しい声音でそう告げる。
「傷は浅いようだから明日の朝には治っている。だから今日は大人しくしてね」
そう述べたマルスは踵を返す。
どうやら野営がある場所へ移動するらしい。
「く……う……う」
無力だった。
今、こうしてマルスの腕に抱かれている己に激しい自己嫌悪が起き。
「十二神器さえなければ」
私をこんな場所まで追いやった十二神器の存在に憎悪を燃やした。