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黒姫の魔導書  作者: てんてん
第5章 祭りと騒ぎとその後と
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第06話 やり過ぎ注意

 難関である蛸を突破した次は、早目に発注しなければならない木材の入手が課題となる。目的の魔物である魔食樹は第四十三階層に出現する。そのためレネ達は帰りがてら第四十三階層に行き、次の日に現地に向かっていた。


 なぜか今回も当たり前のようにエルセリアが参加しているが、誰もおかしいと思っていない。まさに人徳のなせる業である。


『似ているが、こちらは晴れているのだな』


「それと魔物が居る区域が明確に分かれているのが特徴かな。近場は邪魔してしまうから、ここも遠くに行かないと駄目なんだよね」


 暖かい日差しが降り注ぐ彼方まで続く平原をタマに乗った一行は爆走していく。第四十三階層には魔食樹の他にも収集予定の獲物が生息しているのだが、今日のところは寄り道せずに向かっている。そしてこの階層も近場は探索者達が多く居るので、遠くの生息地で狩ることにしていた。


「ここまで来られたら一財産築けるから仕方ないよ」


「新人は遠くからが基本らしいですね」


 たまに勘違いをした実力不足の者が徒党を組んで近場を荒らすときがあるのだが、長く居る探索者は慌てず騒がず場所を譲る。何故かというと、次の日には居なくなっているからである。


 そして新人が遠くに行く理由は、居る区域は決まっているが出てこられないわけではないからである。倒せずに逃げたとき、追いかけられて入口が封鎖されたら全員が困るのだ。いじめなどではなく、長年の経験によって成立した生存率を上げるための暗黙の了解である。


 そういう訳で完全無欠の新参四人娘は、人の居ない遠くの区域へ爆走したのだった。






『おー、近くで見ると聞いていたより大きく感じるな』


「例外もあるけれど、樹木系の魔物は大きくて動かないのが多いかな」


 一行は平原に密集して生えている魔食樹から少し離れたところで観察している。といっても魔食樹の警戒範囲内のため、樹上にある鋭い牙付きの触手がレネ達を向いて蠢いていた。


『正直言って、あの触手のほうが蛸より酷いと思うのだが……』


「だって食べないもの。それに使うのは幹だけだし」


 触手を見ても拒否反応を示していないレネに尋ねると、答えがあっさりと返された。杜人は実に分かりやすい基準に感心してなるほどと頷いた。


「とりあえず、最初に魔法を吸収させれば良いのですね?」


『ああ、光系統の魔法を使うから、できるなら同系統にしてくれないか』


 エルセリアの問いに杜人は希望を述べる。種類で魔力効率が変わるという情報はないが、単なる気分の問題である。光系統の魔法をたっぷりと吸収したと思えば、何となくうまくいきそうに思えたのだ。


「分かりました。それではせっかくなので、少し危険ですが普段は使えない魔法にしますね」


『少し危険?』


「はい。範囲内の存在を消去してしまうので、広い場所でないと使えない魔法です。崩滅光珠」


 嫌な予感がした杜人が止める間もなく、エルセリアはあっさりと光系天級魔法『崩滅光珠』を発動した。すると群れの中心に光が集約していき、最後には全体を包み込む巨大な光珠となる。そして光珠が宙に溶けるように消えた後には、群れは消えて球面状に抉れた地面のみが残されていた。


 一行は無言で抉れた地面を見つめ、次にエルセリアを見つめる。


『少し?』


「さすがに強化前では、天級魔法は吸収できないようですね」


「ええと、……ごめんなさい」


「だ、大丈夫、まだ生息している区域はたくさんあるから!」


 落ち込むエルセリアをレネが慰めるという珍しい構図が発生したが、その後は概ね問題なく素材を集めることには成功した。





 汚名返上のためにエルセリアが奮起したため、魔食樹集めは予定より早く終わった。そのため一行は予定を繰り上げて小麦を入手することにした。


 現在居る場所は一面の小麦畑の手前である。そしてその中央にはレネの身長の二倍はある黒く巨大な植物が生えていて、先端にある麦穂の部分から拳大の尖った穂が連続で打ち出されているところである。一行の前には巨大化したタマが陣取り、飛来する黒穂を取り込んでジンレイの領域に収納していた。


『これでよく狩ろうと考えるな』


「本体のほうも普通の刃物では役に立たないから、遠距離から火系魔法で倒すのが普通らしいよ。そうしてから急いで自生している小麦を採取するんだって」


 この魔物の名は『炸裂小麦』。黒く硬い殻に包まれた穂の中に小さな殻に包まれた小麦が詰まっているのだ。別名は『魔法使い殺し』。黒い殻は結界及び障壁系魔法を無効化してしまうので、実体系魔法や物理手段で防がなければならない。


 そして範囲内に近づくと絶え間なく小麦入りの黒穂を連射する。しかも近づけば近づくほど連射速度が増し、同時発射個数も増すのである。そのため倒す場合は盾などで身を隠して魔法の有効範囲まで近づき、遠いところから魔法を使う方法が主流だ。


 ちなみに今はタマが黒穂を優しく受け止めているのでそのままだが、本来は硬いものにぶつかった時点で盛大に炸裂する凶悪な代物である。当然、身体に当たれば一撃で死亡してしまう威力がある。真銀製の盾でも長時間は耐えられないので、取り囲みながら狙いを分散させ素早く近づいて倒すのだ。


 このため魔物素材の小麦はなかなか流通しない。しかし、杜人の操るタマなら炸裂させることなく取り込めるので、座っているだけで材料がどんどん集まる楽な魔物となっていた。


「この子でもできますか?」


『再生のための魔力供給を常に行えばできると思うが……。あくまでもそれは移動用だから、これだけの攻撃を受けることを想定していないぞ』


 エルセリアはタマを見ながら胸元の黒姫徽章をいじっている。これには白珠粘液の機能限定版が封入されているが、杜人が使うタマのように強化を行っていないため、何度か攻撃を受ければ崩壊する危険があるのだ。


「残念です……」


『水系統の厚い壁では駄目なのか? 性質は似たようなものだと思うのだが。飛んでくるのは直線なのだから、奥行きを長くすれば対応できそうな気がするぞ。それか水流で取り囲んで勢いを殺すとか』


「あ、そっか。それ、良いかも」


「そうですね」


 レネとエルセリアは揃って手をぽんと叩き、レネが取り出した手帳を覗き込みながら額を突き合わせて術式を考え始める。


「ええと、修復するのは動いていたほうが楽だから……」


「最初は直線で接触するから、水流で炸裂しないように内側は静止していたほうが良いかも……」


「それなら方向を少しずつ曲げるように……」


「停止したら排出……」


 その間も炸裂小麦の攻撃は続いているのだが、二人とも意に介さずに没頭している。


『ここは一応危険地帯なのだがな』


「信頼されていると解釈しましょう」


 杜人は見慣れた光景に肩を竦め、セリエナはいつものことと頬を掻いた。そんな風に緊張感がなくなっていても、シャンティナがいつも通り周囲を警戒しているので安心である。


 そしてもう十分収集したところで、二人は笑顔で顔を上げた。


「できた! はい、これが魔法陣ね」


「え? ……私が試験するのですか?」


 セリエナは綺麗な魔法陣が描かれた紙を思わず受け取ってから聞き返す。


「もちろんだよ。消費魔力は上級の範囲内だから大丈夫」


「影響範囲は大きいから気を付けてね」


 普通は使用実験を済ませていない魔法を使えとは言わない。だからこれから行うことが実証試験になるのだ。


 失敗することなど微塵も考えていない二人の様子にセリエナはこっそりとため息をつきながらも、気を遣ってくれているのは理解しているので了承した。


「分かりました。それでは行きます」


 セリエナはタマの前まで進むと魔法陣が描かれた紙を目の前に掲げ、それを写し取って前方に魔法陣を構築する。そして十分魔力を注ぎ込むと、ほんの少しためらった後で魔法を発動させた。


「……円環水牢」


 一際輝いてから前方の魔法陣が消滅する。同時に炸裂小麦の周囲に透明な水が渦巻きながら出現し、あっという間に包み込んでしまった。


「成功かな?」


「予想通りだから大丈夫だと思う」


 円環水牢に閉じ込められた炸裂小麦は、特性に従い黒穂を目にも止まらぬ速さで撃ち出し続けている。そのため透明な水はまだら模様のように変化しながら、周囲に勢いがなくなった黒穂を排出し続けている。それを近づいた杜人がせっせと収納しているのだが、終わらないおかわりに困ったように笑った。


『なんだか予想以上の凄さだが……、持続時間はどの程度になっているんだ?』


「そんなに長くないけれど、極端に短くもないよ。消えそうになったら表面の形状を変えて音が出るようにしたから、後は消える前に倒せば……あれ?」


 解説しているうちに黒穂の排出が少なくなり始め、渦は綺麗な透明になる。そのため首を傾げて目を向けると、中央に居るはずの炸裂小麦の姿が無くなっていた。


 やがて風切音をさせ始めた渦は徐々に速度を落としながら薄くなり始め、物悲しい音を最後に消滅した。一同が見つめる中心部分には、実っていた穂をすべて失い、硬いはずの茎を萎れさせて崩れ落ちている炸裂小麦の無残な姿があった。


「……」


「えい」


 予想外のことに固まっているレネ達の脇を通って、シャンティナがあっさりと止めをさす。最後に残ったものは、この階層の魔物のものとは思えないほど小さい、小指の先程度の魔石だけだった。


『……大量に採取できて最後に止めをさすだけ。これは、売れる!』


「間違いないね!」


「ふふっ、良かったね」


「……いえ、便利なのですから良いことにしましょう」


 復活した杜人が誤魔化すように力強く声を上げると、レネも手を握りしめながら急いで賛同する。エルセリアはあえて何も言わず、最後の良心であるセリエナも深く考えることを放棄した。


 こうして他の探索者にとっては難関である炸裂小麦の採取は、大きな問題も無く終了したのだった。






 迷宮から出てエルセリアとセリエナと別れたレネは、その足でダイル商会へと赴いた。


「いらっしゃいませレネ様」


「こんにちはリュトナさん。素材を持ってきました。それとこの魔法具の製作を追加でお願いします」


 相変わらず優しく微笑んでいるリュトナに挨拶し、そのまま倉庫に案内されて魔食樹と製品の仕様書を渡した。


「はい、確かに。それではこちらへどうぞ」


「はい」


 そのまま案内されて流れるように場所を移動し、気が付いたときには何故か商会長室にいた。もちろんダイルのほうに用があったからなのだが、会う予定ではなかったレネと杜人はリュトナの自然な誘導に戦慄していた。


 商会長であるダイルは相変わらず太っている身体を揺らしながら、誰もが誤解する悪い笑みを浮かべている。見た目はまさしく悪徳商人なのだが、レネにとっては何かと世話になっている恩人なので、たとえ冗談だったとしても失礼なことはできない相手である。


「さて、お忙しいでしょうから手短に説明いたします。料理ができる人材を一名確保できました。ご依頼頂いております調理器具も準備いたしますので、打ち合わせや練習はぜひ当商会をご利用ください。明日から午前中は大丈夫とのことですが」


『おお、早い』


「ありがとうございます! それでは明日からお願いします」


 人もそうだが、調理器具も数量は少ないとはいえ昨日の今日でできあがるとは思っていなかった。そのため二人とも喜んで笑みを浮かべる。ちなみに制作依頼をしていた調理器具はたこ焼き用の鉄板である。その他は既存品を流用することにしていた。


「それではそのように連絡いたします。話は変わりますが、レネ様のご活躍はよく耳にいたしております。取引を行う私共にも良質な素材を納品頂きまして、まことにありがとうございます」


「あ、いえ、いつもお世話になっているのはこちらですから」


『足を向けて寝られないからなぁ』


 落ち着いたところでダイルは礼を言い、レネは恐縮して頭を下げる。杜人もテーブルの上で頬を掻いていた。そんな微妙な雰囲気のときに丁度良くリュトナがお茶を運んで来たため、レネはほっとしながら口に含んだ。


「それなのに厚かましい相談なのですが、学院祭の手伝いとしてリュトナを加えて頂きたいのです」


「えっと……」


『これはまいった。断れないな』


 ダイルはにやりと笑っている。その姿はまさしく腹黒商人だった。先に無理を聞いてもらっていて、礼まで言われているのでレネと杜人には断る選択肢が無くなっている。普通に聞いても断れなかったが、そのときはどうしても多少の不快感は残る。しかし今回はその場で先手を打たれていたため、借りを返さねばという気持ちのほうが働く。関係を良好に保つための、熟練の商人らしい話の組み立て方であった。


「なぜかと言いますと……」


 ここでダイルはわざとらしく言葉を切り、真面目な顔でレネを見つめる。そのためレネも杜人もいったい何がと唾を飲みこみ、自然と前のめりの体勢になった。そして緊張感溢れる時間が流れ、色々な推測がなされたところでダイルは続きを話した。


「実は休暇代わりでして。いやあ、働き過ぎだから休めと言っても聞かないのですよ」


「わがままで申し訳ありません」


 ダイルは一転して軽い口調で言うと頭を掻き、傍にいたリュトナは微笑みながら頭を下げた。前のめりになっていた杜人は盛大に転び、レネも危うく同じ状態になるところだった。その様子にダイルはいつも通り人の悪い笑みを浮かべていた。


「ええ、まあ、良いですよ」


『これが本物の話術というものか……。まだまだ俺も修行が足りないな』


 一気に気が抜けたレネは知らない仲ではないのであっさりと了承し、杜人は転げながら感心していた。


 参加には資金がかかる以上、不必要な手伝いは入れたくない。かといってダイルが資金提供しては押し付けられたように思えて学院祭を楽しめなくなる。そのためしこりを残さないためには自主的に賛成してもらう必要があり、ダイルは話題を急転させることによって緩い雰囲気を一気に作り出して了承を取り付けたのだ。


 その後に挨拶をしてレネは帰宅し、助っ人の手続きを済ませると明日に向けての準備を行った。といっても料理を教えるのはジンレイなので、レネは最初だけ顔を出して後はお任せである。そうして準備が終わったときに、杜人はダイルのことを思い出して笑った。


『やっぱり常に揉まれているから上手だな。どのみち人が足りないだろうから、逆に助かったのかもな』


「そうだね。リュトナさんなら何でもやれそうだよね」


 口の端を緩めるレネの様子を見て、杜人はによによしながら目の前を飛んでいく。


『まさか、これで楽ができると思っていないだろうな?』


「そ、そんなことはないよ? お任せして食べ放題なんて考えていないよ? やる気満々だよ?」


 レネは横を向くと口元を拭いながら誤魔化す。食べることなど聞いていないのに見事に墓穴を掘っていた。そのため杜人は分かっていると言いたげな表情で鷹揚に頷いた。


『そうか。それならレネには特別に、休憩なしで一日中割り当てしてあげよう。強化もされているから問題ない。うむ、これで運用が楽になるな』


「反省してます。ごめんなさい。休憩大好き!」


 レネは一転して頭を下げて懇願し始める。


『どのみちレネは店から外れても全体の指揮があるのだから、甘い考えは持たないほうが幸せだぞ? 責任者とはそういうものだ』


「あうう、分かりました……」


 レネはがっくりと肩を落として、残念そうに出されていたどら焼きをちびちびと食べる。杜人は分かりやすい表情に苦笑すると、一転して明るめに声を掛けた。


『明日はクレープとたこ焼きの試食があるから、たくさん食べるのはそれで我慢してくれ。それに当日も多少は試食できるさ』


「あ、そっか。えへへへ……」


 杜人の慰めにレネは試食のことを思い出してうれしそうに微笑んだ。本物だから食べすぎると太るぞと言わないのは杜人なりの優しさである。


『しばらくは運動を多めにさせるか』


「ん? なあに?」


 横に広がったレネを想像している杜人に、レネは無邪気な笑顔を向けるのであった。





「それでは後のことは頼みましたよ」


「お任せください」


 ダイルはにやりと笑い、リュトナは微笑みながら軽く頭を下げ退出していった。


「フォーレイアの方々にも困ったものです」


 ダイルは呟いて暗くなった窓の外を見る。講師のレゴルと商売仲間からの情報提供で、フォーレイアがなにやら動いていることを知ったのだ。


 ダイルとしてはレネが失敗するより成功したほうが確実に面白くなるので、全面的に応援するつもりである。かといって表立って動いてはいらぬ不興を買うかもしれない。その対策としてリュトナの派遣となった。


 あくまでリュトナは休暇中に親しくなったレネを手伝うのである。対外的にはダイル商会とはいっさい関わりがないのだ。形だけであろうと形式は大切なのだ。


「こういうことは全員が楽しまなければ駄目でしょう。仲間はずれはよろしくありませんね」


 ダイルは肩を揺らして笑うと、次の手を打つために動き出したのだった。


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