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黒姫の魔導書  作者: てんてん
第4章 似たもの同士の大行進
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第20話 成果の発表

 誰もが絶叫の影響で動けないでいる中、最初に動いたのはジンレイである。背筋を伸ばして立ち上がると、他の人が気付く前に主の巨体を領域に収納した。そしてうめきながら身体を起こしたレネに近づいて魔法薬を差し出す。


「どうぞ」


「ありがと。……うー、まだ頭の中で何かが響いている感じがする」


 レネは床にぺたりと座ったまま片手で額を押さえ、目を瞑りながら眉を寄せている。そこに杜人がふらつきながら漂ってきた。


『久しぶりに酷い目に遭った。もう駄目かもしれん……。誰か優しい女の子が介抱してくれないものかなー』


 そう言いながらレネの前を左右に漂う。レネは片目を開けると弱々しく漂う杜人を無言で見つめた。もう再封印がなされているのは分かるので、演技であることは百も承知である。そのためレネは不可視念手で掴み取ると、近寄ってきたシャンティナに渡す。


「疲れているみたいだから、しっかりと揉みほぐしてあげて」


「もみもみ?」


『あ、こら、やめ、うひゃひゃ、や、ぬひゃひゃ……』


 シャンティナは嬉しそうにリボンを動かすと、揉むというよりくすぐるように手を動かす。参考例は以前杜人がレネをくすぐったときのもので、違いは誰も助けてくれない程度である。そのためしっかりと揉みほぐされた杜人は、シャンティナの手の上で息も絶え絶えに転がるはめになった。


「終わったんだよね?」


『……ふぅ、癖になったらどうしてくれる。格子が上がっているから終わりだろう』


 笑顔で復活した杜人は漂いながら周囲を確認する。壁面の結晶から輝きが消えているため薄暗く感じるが、単に今までが明るかっただけである。壁に開いた大穴に目を向けると、巻き戻し映像を見ているようにゆっくりと穴が周囲から塞がっている最中で、最後に輝きを失った結晶が再生すると明るさ以外の変化は無くなってしまった。


 レネもその光景を黙って見つめ、塞がったところで追加の魔法薬を飲んでから立ち上がった。


「よっと。あんな風に素早く再生するから、いつも綺麗なんだね。ところで、あの叫び声は何だったの?」


『予想としては、あの結晶に罠を仕掛けた魔物が宿っていたとかか? ……まさかな。わざわざ光って位置を教えるようなことをするはずがないだろ?』


「そうだよね。違うよね」


 レネと杜人は視線を合わせると笑い合う。そしてもう一度再生した結晶に視線を向ける。


「まぬけだね」


『同感だ』


 レネは力が抜けた笑みを浮かべて呟くと、杜人も同様に笑って頷く。


 今まで通過時に感じていた嫌な気配が全く感じられなくなっていたことと、何より響いた絶叫が死霊を操っていた角骸骨を倒したときに聞いたものと似ていたので、推測が真実と理解していた。


 そうしているうちにノバルト達が戻ってきて、レネの前に整列した。


「報告します。死傷者なし、全員行動に支障ありません」


 レンティは真面目な顔で報告しているが、戦闘中とは異なりどことなく柔らかい表情になっていた。レネも怪我がないことに安堵して微笑んだ。


「分かりました。徽章は一月もあれば魔力が戻るはずですから安心してください。それでは帰りましょうか。魔法騎兵団、出発!」


「了解!」


 レネ達が動き始めると、探索者達も慌てて後を追った。そして第四十二階層に辿り着いたとき、ようやく一行は戦いの終わりを実感できたのだった。





 次の日、本当であればお祝いの予定だったのだが、レネの都合が悪くなり延期となった。


「モリヒトの嘘つきぃ……。あたっ!」


「もみもみ」


 レネは布団の上で枕に顔を埋め、寝巻き姿で寝転がっている。第三章解放の副作用による全身筋肉痛が発生中のため、ぎこちなくしか動けないのだ。そのため現在、シャンティナがリボンを嬉しそうに動かしながら、軽く揉みほぐしている最中である。


 杜人は当然この結果を知っていたので、によによと笑いながら座卓に座っている。


『俺は寝込むことはないとはいったが、何も筋肉痛が起きないとは言っていないぞ。それにだ、あんな強力な効果が、これだけの代償で使えるなら安いものだと思うのだが、どうだろう』


「う……」


 特級魔法を上級魔法の消費量で使える効果を、この程度の代償で使えるならば誰でも欲しがる。それは理解できるので、レネは頬を赤らめながらそっぽを向いた。


「結局昨日はみんなで食事もできなかったし、散々だよ」


 とほほという声が聞こえそうな弱々しい声に、杜人は無言で微笑んだ。杜人としても単なる気分の問題だったはずなのに、本当にその通りの事柄を引き当てられると最早笑うしかない。


 昨日は迷宮を出た時刻がかなり遅くなり、レネや騎士見習いが入っても大丈夫な店は軒並み満員になっていたのだ。さすがに探索者御用達の店は周囲の雰囲気をぶち壊してしまうため行けず、結局そのまま帰ることになった。


 そして今日は筋肉痛で動けないので、激戦で疲れたから試合に向けて休養日にするということにしたのだ。さすがに筋肉痛でぎこちなくしか動けませんとは言えなかった。


『愚痴を言っても始まらない。お祝いは試合後に行うとして、初戦敗退では格好が付かないから少し具体的な作戦を考えよう。優勝とは言わないが、真ん中程度にはなりたいところだ』


「いたた……。そうだね。そうしようか」


 こうしてレネと杜人は、一日かけて明日の試合に向けての詳細を決めたのだった。





 その頃ノバルト達は休みになったので、試合に向けての調整を自主的に行っていた。こちらはかなり鍛えられているので疲れは残っていなかった。


「みんな、どう?」


「駄目だ」


「駄目です」


「駄目」


 レンティの確認に、全員が首を横に振った。今行っていることは、魔法具を外して武技が使えるかの確認である。結果は発動できないわけでは無いが、かなり不安定であるというものだった。


「しかし、こうしてみると、この魔法具の良さが分かるな」


「ええ、まさかここまで違うとは思いませんでした」


 ノバルトは手に持った魔法具を弄びながらため息をつき、セラルも自嘲気味に小さく笑った。原理を考えると習熟してしまえば不要となるはずなのだが、結果はこの通りである。ノバルト達は極める難しさを改めて実感していた。


「本番は指揮官も参加するから支援魔法があるけれど……」


 最後のほうは言葉を濁して困ったように笑うレンティに、他の三人も力なく微笑んだ。


 これまでの指導で、レネの教え方が普通ではないと分かっている。最後の試合だからといって、全力で支援するとは考えづらい。あくまでも騎士見習いが主役の試合ということで、相手の指揮官に合わせようとするかもしれないのだ。


 要するに、負けても言い訳できないような状況を作る可能性が非常に高いと全員が予想していた。


「全力で支援されたら、それだけで勝てるからなぁ」


「仕方ないですね」


「仕方ない」


「だよねぇ」


 ノバルトはどうしようもないと頭を掻き、それに全員が迷わずに同意する。


 レネの二つ名である『殲滅の黒姫』から連想されるものは、攻撃力に特化した魔法使いというものだ。間違いでは無いが、ノバルト達はレネが支援系魔法も同水準で使えるということを知っている。本気を出してしまうと、ただ立っているだけなのに傷ひとつ負わず、武器を軽く相手に当てるだけで真っ二つなんてことになりかねないのだ。


「とにかく良い方法をみんなで考えようよ。但し、やり過ぎて怪我をしないように注意してね」


「それしかないよな。良し、やるか!」


「そうですね」


「うん」


 レンティの提案にノバルトは元気に拳を振り上げ、セラルとミアシュも頷く。こうして試合前日は、昨日とは打って変わって穏やかに過ぎていったのだった。






 そして試合当日。待機場所に集まったレネ達は、本番に向けて軽い打ち合わせを行った。


「試合開始してからの待機時間に相手の指揮官に対して魔法を使うので、私の正面に立たないでくださいね」


 予想外のレネの指示に聞いていた面々は目を丸くして驚き、レンティが恐る恐る問いかけた。


「あのう、攻撃魔法は禁止ではないでしょうか」


『ぬふふ、予想通りの反応だな。実に素直だ。ではどうぞ』


 宙を漂いながら杜人は人の悪い笑みを浮かべ、レネに合図を送った。レネは困ったものだと思いながらも口元が少し上がり、自然に笑みを浮かべそうになる。そのため一度軽く咳払いをして口元の笑いを修正してから答えた。


「こほん……。それは大丈夫です。今回の規則では殺傷系と回復系以外は制限がありません。使うのは訓練に使った魔法と同系統の魔法ですから、傷ひとつ負いません。つまり、殺傷系には含まれません」


 レネは笑顔で言いきり、その魔法を食らい続けた四人は思い出して顔を引きつらせる。もちろん心は『予想の斜め上をいった』である。


『どうだレネ、癖になりそうだろう? だはははは』


 その表情に杜人は腹を押さえて笑っている。レネも予想通りに人が動く楽しさに笑いたくなったが、これは自分の実力ではないと心の中で復唱し、腹に力を入れて我慢する。


「指揮官さえ居なくなれば、後は皆さんの実力次第です。頑張ってくださいね」


「了解しました!」


 レネは限界が訪れる前に、何とか最後まで言うことができた。そして後ろに向き直ると、他の班を観察する振りをしながら口元を隠した。今回の試合は総仕上げではあるが、絶対に勝たなくてはならないものではない。どちらかというと、指揮官である魔法使いの右往左往具合を楽しむためのものだ。だからレネも緊張していない。


 対してノバルト達はこれまでのレネの恩に報いるために、全力で戦う決意をしていた。こうして様々な想いが交じり合った試合が幕を開けた。






 試合が行われる会場は周囲を楕円形の観客席が取り囲んでいて、騎兵が走り回ってももてあます広さである。


 レネ達の最初の相手は、騎士見習い達の班ではそこそこ優秀な班である。そして御多分に洩れずノバルト達と対立していた者達でもあった。そのためノバルト達の気合いも高まっていた。


 そんな空気に気付くことなく、レネと杜人はのんびりと打ち合わせを行っている。


「端末石を飛ばせば問題ないけれど、どうしようか」


 互いに配置された距離は魔法の有効範囲を超えていた。そのため作戦を修正するか尋ねたのだが、杜人は笑いながら首を横に振った。


『大丈夫だ。簡易集束と増幅円環陣で十分届く。手の内を最初から晒しては面白みがなくなるだろう?』


「そうだね、たまには楽しまなきゃね」


 お金を作るためでも、生き残るためでもなく、なんのしがらみも無く魔法を放てる機会は意外となかったことを思い出して、レネは手に持つ彗星の杖で床を軽く叩いた。最初と同じ音が返ってきたが、今は周囲の観客が放つ喧騒に紛れて目立つことはない。その違いに微笑みながら、レネは顔を上げて前を見つめる。


 この観客は王都の住人である。騎士学校側が騎士のことを周知してもらうためにとの名目で宣伝し集めたのだ。もちろんその他の理由もたくさんあるが、レネには関係のないことなので気にしていなかった。開き直った者には怖いものなどないのである。


 レネのほうは初期配置として両脇に部下を配置しているのだが、相手側は前面に押し出して指揮官は後ろに隠れていた。もちろんレネの配置のほうが変なのである。そのため観客は素人が目立とうとしていると笑う者、レネを見知っているために何をするのかと見つめる者などが入り混じった状態になっている。


 そしてこの試合には騎士学校主催の賭けも行われている。魔法の使用制限や班の順位も公開されているので、今のところレネの班は大穴である。レネとしては自分を買いたいところだったが、不正の温床になるので禁止されていて買えなかった。その恨みも込めて、最初は遠慮しないことに決めていた。


「魔法陣を見れば防御するだろうし、多少巻き込んでも良いよね」


『ああ、そこまで考えてやる必要はないさ』


 そんな中でレネは笑顔で確認し、杜人も笑顔で答えた。そこに緊張は欠片も無かった。そして合図の鐘が鳴り響くと、レネは彗星の杖を掲げ、魔法陣を構築し始めた。


『さて、最初の厄払いだ。増幅円環陣起動!』


 杜人も前面に増幅円環陣を配置し、円環陣は即座に輝きを周囲に放ち始めた。それを見ている大部分の者達は見たことも無い魔法に目を奪われていく。そしてレネの思考回路を理解している少数の者達は相手の冥福を祈りながら、大穴が当たったことを確信した。


 一番不幸だった者は、相手側の指揮官である。上級になると魔導書頼りでは立ち行かなくなるため、実践訓練を兼ねて本日は汎用の杖を持ってきていた。向上心がある証であるのだが、今回は悪手であった。


 遠目で増幅円環陣を見た瞬間に身体を震わせ、急いで障壁を張ろうとするが焦る心ではうまく構築できず、時間ばかりが過ぎていく。普段使っている魔導書があればという思いも焦りを加速する。


 狙われた側からすれば、殺傷系魔法禁止や有効範囲外であることは何の慰めにもならない。脳裏に浮かぶものは、特級用の障壁を粉砕した前代未聞の初級魔法である。そのため最後には震える身体を支えることしかできなくなっていた。


 脇で控えているノバルト達は、視線で言葉を交わし合うと小さく頷いた。心は一つ『これはやり過ぎる』である。そのため今回の出番は無しと早々に悟り、憐れみの視線を対戦相手に向けた。


 向けられたほうは指揮官の異常に気が付いていたが、対処のしようがないので心の中で臆病者と罵りながら盾を構えて備えることしかできない。それでもまだ、余裕の笑みを浮かべていた。


『いつでも良いぞ。派手に行け、派手に』


 そんなことになっているとは知らない杜人は、軽い声でレネに準備ができたことを伝えた。もちろんレネも知らないので小さく頷くと微笑み、魔力を込めて発動した。


「集束霊気槍!」


 同時に生まれた青白い光を放つ霊気槍三本は、渦巻くように一つとなって増幅円環陣に突入する。そして円環陣を纏わせるとそのまま突き進んでいく。


 レネは第四章を参考に、発動後相互干渉してひとつになる術式を開発したのだ。それが簡易集束術式である。今のところは彗星の杖の補助がないと使えず、威力も減衰する不完全なものではあるが、今回は遊びなので試用も兼ねて使ってみた。


 光を振りまきながら進む霊気槍は大方の予想通り途中で崩壊したのだが、そこから円環陣が再度構築して打ち出した。それを二度繰り返し、待ち構えている集団を飲み込むほど巨大化しながら直進する。


 そしてその巨大な霊気槍が対戦相手に突き刺さると、そこから観客席まで一気に透明な結晶に覆われていき、安全のために設置されていた障壁に当たってやっと終息した。


 結晶は効果作用点から扇上に広がっていて、要の部分には結晶内で固まっている対戦相手がいた。その光景に、誰もが『死んだ?』と唾を飲み込む。


「あれ? ……さ、最初だから良いよね?」


『う、うむ。調子に乗り過ぎたな。次はもう少し抑えよう』


 障壁か結界で防ぐだろうと予想し、距離もあったため威力を抑えようとはどちらも思わなかった。しかし、結果はまさかの無防備であり、予想以上の惨状になってしまったのである。もちろんレネと杜人は命に別状はないと知っているので、そちらの心配はしていない。


 控えているノバルト達は、予想通りと冷静に頷いていた。訓練を通じて、レネが意外とドジであるのは身をもって理解していたからである。そのためこの惨状を見ても動揺はしない。


 やがて効果時間が過ぎ去り結晶が消えると、閉じ込められていた者達は力なく倒れこみ、待機していた救助係達が慌てて駆け寄っていく。


「とりあえず、戻ろう」


『そうだな』


 レネと杜人はこちらに駆け寄ってくる職員を視界におさめながら、背中に嫌な汗を掻いたのだった。





 そして判定の結果、今回は勝ちとなったが次回から増幅円環陣と霊気槍は使用禁止。指揮官への攻撃も禁止となってしまった。そのためレネと杜人は作戦の変更を余儀なくされた。


「何事もほどほどが大切なんだね……」


『うむ。これは仕方がない』


 既に蹂躙可能と証明してしまったため、許可すれば試合にならないのは明白である。そのため二人とも禁止を納得していた。


「でも、もう少し勝ち上がりたいよね」


『まあな。……では次だけ中級の支援魔法をかけて肩慣らししよう。相手もその程度は使うだろう? それを見てから次の試合を考えよう』


「そうだね。そうしようか」


 こうして作戦はさっそく修正され、次の日の試合に挑むことになった。


「えー、諸般の事情により、当初の計画は使えなくなりました。そのため、今回は少し肩慣らしをします。皆さんには中級支援魔法をかけますので、戦ってみて具合を教えてください。切らしはしませんので、それは安心してくださいね」


「了解しました!」


 ノバルト達は元気に返事をしたが、内心では『次は何が禁止されるのだろう』と思っていた。既に禁止されることが前提になっている辺りは、よく訓練されていると言える。


 そうして試合が始まると、レネは複合系支援魔法をひとりずつ丁寧にかけていき、待機時間終了と共にノバルト達は一塊になって走っていった。


「わー、やっぱり走りも速くなっているね」


『一応中級だからな。ところで、相手は何を使ったんだ?』


「ん? 上級の障壁だよ。時間内の選択としては良いと思う」


 杜人は見ただけではすぐに解析できないが、レネなら見ただけでそれが何か分かる。身体能力強化は騎士達に任せ、防御を強固にする作戦である。これなら中級の支援魔法をかけられた者に全力で攻撃されても大丈夫だと、レネは短時間での上手な魔法の選択に感心していた。


『なるほど。お、そろそろ接敵するな』


 視線の先では接敵したノバルトが巨大な鉄の棒を振り上げていて、走っていた勢いを加えて叩きつけるところだった。同様にレンティは盾を前面に構えて突撃していた。そして接触したときに互いの障壁が輝くと同時に砕け散り、鉄と鉄がぶつかり合う音が響き渡って対戦相手が綺麗に吹き飛んでいった。


「……あれ? 何で?」


『上級障壁だよな?』


 中級と上級の同属性がぶつかれば、等級が上の魔法が勝つのが常識である。それなのに互いの障壁が相殺された結果、残った支援魔法分勝っていたノバルトとレンティがぶつかり合いに勝利したのだ。


 これはレネにとっての中級魔法が、相手にとっての上級魔法相当の強度を持っていたからに他ならない。魔法使いの腕で威力と効果が変わる良い例であった。


 そしてその光景を目の当たりにした残り二名は、戦意が一気に消失し顔を青ざめさせる。そんな者がセラルの相手になるわけも無く、あっさりと倒してレネ達の勝利となった。





 そして試合後に協議が持たれた結果、制限が改正されることになった。内容は『指揮官がひとりに使用して良い魔法は中級魔法一種類まで』である。



「むー、それなら最初から全部禁止にすれば良いのに」


『まあそういうな。ここは楽しもうじゃないか。制限の中でできることを考えるのも面白いものだぞ』


 レネとしては納得できなかったが、杜人の前向きな考え方を見習おうと思い頷いた。


「それじゃあどうしよう。勝ちに行く?」


『いや、そろそろ遊ぼう。ノバルト達も自分達の力で暴れたいだろうからな。支援無しも良いが、一つだけなら相手も使うだろうから今回は良いだろう』


「そうだね。そうしようか」


 狙ったわけではないのだが、今まではレネひとりで勝ったようなものである。レネも杜人もそれで優勝しようとは思っていないので、手を緩めることにした。


 こうして作戦は再び修正され、次の日の試合に挑むことになった。


「えー、諸般の事情により、皆さんに使える魔法は一種類になりました。そのためノバルトは反応速度、レンティには力、セラルは耐久力、ミアシュには素早さを強化する魔法を使います。切れないようにしますが、各々気をつけてください」


「了解しました!」


 ノバルト達は元気に返事をしたが、最早次はどう変わるかが楽しみになっていた。勝つことに疑問を持たない辺りは、見事に訓練されていると言える。


 そして始まった試合は、互角の攻防が繰り広げられていた。中級魔法なのでノバルト達の動きはそれなりに魅せるものがあるが、それは相手も同じである。何より相手側は騎士見習いの中に初級魔法を使えるものが居る。だから相手側は二種類の支援魔法がかかっていることになる。


 それでも互角なのだから、いかにレネの魔法が強力かが分かる。そして、そんな一進一退の攻防は、魔法の効果時間が切れる頃まで続いた。


「あ、そろそろ切れるね。……これで良しっと」


『相手側は切らしたままか。不得手みたいだから仕方がないか』


 レネは端末石を戦闘区域上空に浮かべて、強化が切れないように掛け直しを行った。そして相手側の指揮官は支援魔法に慣れていないので、対象が静止していなければ上手に掛け直しができない。そのため戦闘域が陣地まで近づいても、動き回る対象に狙いを定められないのだ。


 その結果、一気に均衡が破れてノバルト達が勝利することになった。





 そして、またもや行われた協議の結果、制限が改正された。内容は『指揮官からの支援はひとりに一回、初級魔法しか使用してはいけない』である。最早最初の制限は影も形も無い。


「もう無しで良くないかな」


『楽しみを捨てたくない者がいるのだろう。良いじゃないか。俺達も楽しもう』


 命がかかっていない以上、どこまでいっても遊びである。そして制限内で楽しむのが遊びだと杜人は考えている。そのためレネも頭を切り替えた。


「それじゃあ、今度はどうしようか。そろそろ合わせる?」


『互いに初級を使うのだから、そこまで気にする必要はもうないだろう。だから今回は実験も兼ねて構成を強化して、限界まで魔力を込めてみないか。今なら漏れ出すまでにかなりの魔力を流し込める。どうなるか確認してみよう』


「そうだね。そうしようか」


 等級の定義は消費魔力量で決まるが、基準は発動に必要となる最低の魔力量となる。つまり、注ぐ魔力量に上限はない。そのため、これでも制限内におさまっているのだ。もちろんころころと使用制限を変える運営に対する抗議も兼ねている。


 こうして作戦は三度修正され、次の日の試合に挑むことになった。


「えー、諸般の事情により、皆さんに使える魔法は初級魔法一回だけになりました。かける種類は変わりませんが、効果が切れたときの変化に注意してください」


「了解しました!」


 ノバルト達は元気に返事をした。ここまで来ると最早笑うことしかできない。全員の心の中では『次は全面禁止になるな』で一致していた。未来が予測できるようになっている辺りは、よく訓練されていると言える。


 そして始まった試合は勝ち上がってきた班ゆえにそれなりに良い試合ではあったが、比較的短時間でけりが付いた。


「過剰供給分は効果に反映するのかぁ。ただ、消費魔力量と上昇する効果を考えると、素直に等級が上の魔法を使ったほうが良いね」


『時間も延びていた。もう少しで中級と言って良いところまで来ていたな』


 今まではそんな無駄なことをしようと思う者が居なかったことと制御が難しいこともあり、運営側の誰もがそんなことを嬉々として実行する者が存在するという発想が出なかった。ちなみに、つぎ込んだ魔力量は上級相当である。


 おかげで不足している実力が補われて僅かに上回る結果になり、運営の思惑をあっさりと砕いたレネ達の班が勝利することになった。





 そして幾度かの協議の結果、制限が改正されて指揮官は魔法を使用せずに見ているだけとなった。最早当初の意図は実現不可能と悟ったのである。


「最初からこうすれば良いのに」


『彼らにも色々あるのだろう。大人の世界には、無理と無茶と諦めが満載だからな』


 面白そうに話す杜人を見ながらレネは諦めたのかと楽しげに笑い、ようやく辿り着いた結論に納得した。


「それじゃあ、次はゆっくりできるね」


『ああ、椅子を持っていこう』


「そうだね。そうしようか」


 こうして作戦は最初に戻り、最終日の試合に挑むことになった。


「えー、諸般の事情により、皆さんに支援魔法を使えなくなりました。これで当初の予定通りとなります。後は皆さんの実力次第ですので頑張ってください」


「了解しました!」


 ノバルト達は元気に返事をした。もうやることは一つである。そのため皆の心は『勝つ!』で一致していた。


 対戦相手は騎士見習いの中でそれなりに優秀な、ノバルト達にとっては一番殴りたい相手に輝いている若様の班である。ちなみに今回レネ達の倍率は、指揮官からの支援なしということで過去最大となっていた。しかし、そんなことはノバルト達には関係なく、今までで一番気力が充実していた。


「やるぞ」


「ええ」


「はい」


「うん」


 短くやり取りを行い全員が笑い合う。


 そうして開始の鐘が鳴ると同時に落ちこぼれと呼ばれていた騎士見習い達は動き出し、レネの指揮下で行われる最後の行進が始まった。


 駆けていく先頭はノバルトとレンティ、その後ろにセラルとミアシュである。相手側も対抗するため集団で近づいて来ている。そして巨漢のノバルトと単純に正面からぶつかるのは愚策と誰もが理解しているため、対戦相手は有利に回避するべく少し手前で僅かに速度を落とし、散開しようと隊の間隔を広げ始める。


 しかし、しっかりと相手を見ていたノバルトとレンティは問題無しと口の端を上げると、腕に力を込めて盾をしっかり構える。後ろのセラルとミアシュも笑みを浮かべると、四人同時に速度を上げ、あるべき姿を想像しながら声を出した。


「瞬転!」


 全員の掛け声が寸分の狂いもなく一致する。直後に重い衝撃と、世界が後ろに流れる感覚をノバルト達は味わった。それはすぐにおさまったが、駆けている位置はずっと先の位置まで移動していた。


 これがノバルト達が考えた、支援が無いときの戦闘方法である。どうしても実力は劣るため、最も連携しやすい最初に突撃という名の強烈な一撃を加えて一人だけでも減らし、その後の試合を有利に進めるという作戦だ。そのため最初から散開されていても問題ない。


 一人でやると難しいことも、複数でやるとなぜかできるようになりやすい。今まで行ってきた陣形の練習は連携する気持ちを強化している。


 そして大広間で見た、シャンティナが主の巨躯を吹き飛ばした突撃。複雑なことは一切していない突撃が、強烈な一撃となったことをノバルト達は全員憶えていた。


 そのため忘れないうちに練習を繰り返し、何度か発動に成功していたが本番でうまく行くかは賭けであった。しかし、上層部すら頭を抱えさせたレネの行動のおかげで完全に緊張がほぐれ、失敗するとは微塵も考えなくなった。結果として発動に必要な想像が強化され、見事に成功したのである。


 成功の喜びもつかの間、発動が終了し一気に元通りとなった。しかし、身体の動きと感覚はすぐに一致しない。そのため全員の足がもつれ、一塊になって前方へ転げる。これだけは練習のときから変わらない課題であった。


「あだっ!」


「きゃ!」


 転んだノバルトにセラルが、レンティにミアシュがぶつかったが、初めてではないので大きな怪我はせずに済んだ。


「すみません」


「ごめんなさい」


「良いから立って!」


 謝るセラルとミアシュを遮り、まだ戦闘継続中のためレンティは素早く立ち上がると対戦相手に向けて盾を構える。


「……あれ?」


 しかし、すぐにきょとんとした表情となり、構えていた盾を降ろした。急いで立ち上がった三人も確認すると力を抜いて笑みを浮かべる。


 視線の先には、ぶつかった衝撃をまともに受けて吹き飛び、地面に横たわって身動き一つしていない対戦相手達がいた。そしてノバルト達が起き上がったところで審判全員がレネの側に旗を上げ、ノバルト達の勝利が確定する。


 大番狂わせに観客席からは怒号と歓声が響き渡り、破れた賭札が宙を舞う。


「やったぁ!」


『これで気持ち良く眠れるな』


 レネも喜んで飛び上がり、杜人も笑顔で頷いている。


 こうして、落ちこぼれと呼ばれていた騎士見習い達の大行進は、にぎやかに終わりを迎えたのだった。


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