第16話 無自覚な破壊者
王都の夜は魔法具による明かりに照らされているので、比較的治安が良くなっている。といっても完全に安全というわけでは無く、中には光があるゆえにより闇が深くなる場所もあった。そんな所を骸骨の面をかぶったウンジールは黒い外套を身にまとい、闇にまぎれながら少数の部下を連れて逃走していた。
「なぜだ……」
走りながら長い歳月をかけて闇の世界に一大勢力を築いていたはずの組織が、一月もしないうちに瓦解していったことを信じられないように呟く。
歳月をかけて少しずつ根を広げ、本当の身分を手に入れてから構成員を各所に入り込ませていたので、国が動いてもいち早く情報を入手して先手を打てるはずであった。
ところが今回は、動く予兆も無く潜入していた者達がいつの間にか居なくなっており、気取られぬように連絡を最小限にしていたこともあって気付くのが遅れた。そして動き始めてからはまるで全て分かっているかのように一気に殲滅が始まり、こうやって闇の中を逃げねばならなくなったのだ。
今回の殲滅作戦において中心として動いたのは、王都の闇を見守っている情報機関である。ウンジールもさすがに審査が厳しい部署には構成員を送り込めなかった。その代わりその周辺の情報を集めることによって動きを掴んでいたのだが、今回のことは予測できなかった。
その原因の大部分はレネが開発した認識阻害魔法にある。秘匿される魔法は最初から最後まで専門部署にて管理が行われ、外部に情報が洩れないようになっている。使用することによる目撃証言が広まるには時間が足りず、姿を隠す隠蔽魔法自体はあることがそれなりに知られていたので、後ろめたい者達はそちらを警戒するのが普通であった。
まさか見えていても認識できなくなる魔法とは分かるはずも無く、その他の秘匿魔法も使える情報機関は捕らえた暗殺者から得られた情報に基づいて、ここぞとばかりに総力をあげて調べ上げたのだ。その結果、組織の全容を詳細に知ることになり今回の殲滅に繋がったのだった。
「おのれ小娘が……」
差し向けた暗殺者がことごとく返り討ちにあったため、今回のことは準備ができたレネが組織の情報を流して遂に攻勢に出たのだろうとウンジールは認識している。完全に間違った判断なのだが、組織崩壊の原因ということなら正解である。もちろんレネはそんなことどころか、狙われていること自体を認識していない。
ウンジールはそんな逆恨みをしながら闇の中を逃げ続ける。徐々に自分の判断が歪んでいることには気が付いていない。足元に蠢く闇を抱えながら、暗い闇を駆け抜けていった。
いつの間にか反抗組織の仇敵になっていたレネは、相変わらず隠れながら生活を送っていた。現在は部屋に引きこもって、入手した影供の素材を何かに使えないか杜人と共に考えていた。そのまま杜人が取り込んでも力の増加は微々たるものであり、売れるならそれに越したことは無いのだ。
レネは石が砕けた黒い粉末を触りながら、何かないかと考える。隣ではシャンティナが容器に入っている粘土状のものを手に取って遊んでいた。
「簡単に用途が見つかれば苦労しないけどさ、何かないかなぁ」
『今のところは液体と混ぜ合わせて、黒色の絵の具にするくらいしかないのが何ともな』
影供の特質が残っていないかと調べてみたものの何もなく、水に溶かして固めても、熱で一度溶かして固めても脆いのは変わらない。
さまざまな液体に混ぜたのだが、変わった特性が現れたものはひとつだけで、黒姫珠水と混ぜたものを触ると自然発散されている魔力を吸い取って吸着し、色が白くなり淡く光るというものだけだった。水で洗えば取れる程度の吸着だから後で困ることも無い。そして一度混ぜれば乾燥しても特徴は変わらなかった。面白いが、これだという用途がすぐには思い浮かばない特性である。
混ぜるものが黒姫珠水なので、そのまま飲む用途で売ったほうが金銭面では良い。更なる実験で、これに魔力結晶の粉末を追加すると今度は粘液生物のように弾力があり粘土のように整形できて、乾燥すると木材程度の強度で固まる不思議物体になることも分かった。
こうなってもそれなりに粘りがあるので割れるようなことは無いし、触れると魔力を吸い取って光るのは同じである。これなら何かに使えそうな気がするが、原料に金が掛かり過ぎるため、これを使うしかない用途を見つけないと加工する意味がない。
そういうわけで、何日か二人で頭を捻っているのだ。
『うーむ、似たようなもので、何か使える用途があったはずなんだがな。もう少しで思い出せそうなんだが……』
「あー分かる。知っているはずなのに、なかなか思い出せない変な感覚だよね」
腕組みをして悩む杜人にレネが笑顔で同意する。知識が連結するとはいえ、膨大な量になると小さなことは脇に追いやられてそこまで辿り着くのに苦労したりする。内容はまったく違うが感覚は同じようなものなので、すれ違いながらも会話は成立している。
『……駄目だ思い出せない。何かきっかけがあればな』
「そうだよねぇ。そういうのって意外と何気ないものなんだよね」
杜人は悩み疲れて座卓に横になった。レネも背を伸ばすとそのまま後ろに倒れる。レネの場合はほとんど杜人の助言がきっかけとなっている。気が付けば悩んでいたのが馬鹿らしいくらいなのだが、結構気が付かないものなのだ。
「それでは一息入れてください。本日はメロンパンです」
「わぁい」
「いただきます」
離れた座卓にジンレイがおやつを準備し、レネは笑顔で尻尾のように髪を揺らしながら、シャンティナはリボンを嬉しそうに動かしながら素早く移動していった。ここにはメロンに似た果物は無いので意味が通じないのだが、そんな細かいことを気にする二人ではない。そのため気にせずに大口を開けてかじりついている。
「この、上側のかりっとした感触と、パンのふわっとした感触が堪らないね」
「甘い、です」
『確か、上のは甘めのクッキー生地なはずだから、これは本職に教えれば似たものを作れると思うぞ』
杜人は起き上がって説明し、移動するために浮き上がる。そのとき偶然シャンティナが遊んでいた容器が目に入った。そこには障子に描かれているもみじが、実物の葉のように葉脈などを追加されて、皿のように中央がへこんだ形で作られていた。杜人はシャンティナの意外な才能に感心しながら、レネ達の所に向かう。
『シャンティナ、ああいうのを作るのが好きなのか?』
問われたシャンティナは好き嫌いで作ったわけではなく、単に思いついたから作っただけなので不思議そうに小首を傾げて杜人と見つめあった。その様子におおよその理由を察した杜人は、理屈ではない感覚系の才能かと微笑む。そしてふと思いついたことがあったので、手をぽんと叩いた。
『休憩が終わってからで良いから、何個か指示したものを作ってくれないか』
「はい」
「何か考え付いたの?」
もう食べ終わったレネは期待する目で杜人を見るが、杜人はそれには首を振った。
『違う。魔法の制御を練習するための道具にしようと思ってな。うまく行くか分からないものに魔石を使うのも勿体無いし、これなら今のところは使い道がないから捨てるより役に立つ』
「道具になるなら使える……、あ、こっちが代用品なんだった」
途中で勘違いに気が付いたレネは残念そうに言い、その通りと杜人は頷く。そうして休憩終了後にシャンティナは指示通りに捏ね上げて整形していき、予備を含めて十六個もの親指大の黒い物体が出来上がった。
形状は菱形の八面体である。突き刺せばとても痛そうであるが、先端は丸められているためよほど強くしなければ刺さることはない。最後にレネが魔法で乾燥させ出来上がったものを手にとると、魔力に反応して白くなり、淡く光り出した。
「これはこれで綺麗だね。硬かったら宝石扱いで売れたのにな。どういう風に使うつもりなの?」
『術式を封入して、遠隔操作で手足のように動かす練習に使う。これなら魔力がきちんと通じているか簡単に分かるからな』
既存で使用されている遠隔操作技術は、設定された空間内のみという制限がある。屋外訓練場の魔法具も、図書館の腕章もそうである。そしてこれには大規模な魔法具が必要なのだ。もうひとつは設定した魔法具同士で行うものだが、こちらは離れすぎると操作できなくなる。走甲車の連結機能がこれである。
対して杜人が行おうとしていることは、魔力の糸で繋いだ端末を自在に操作する方法だ。既存の技術とは異なるのだが詳しく説明はしなかったので、レネは既存の知識で判断した。
「ふうん……。よく分からないけれど、今の私にはまだ使えないことは分かったよ。出来上がったら教えてね」
『了解だ。期待しないで待っていてくれ。必ずやものにして見せよう!』
無意味に髪をかきあげて最後に拳を突き上げる。内容が前後で矛盾しているが、杜人が意味不明なことを言うのはいつものことなので、レネはもう気にしていない。
「それじゃあ、続きをしよう」
『……そうだな』
反応しないで次に移ったレネを見て、杜人は突っ込んで欲しかったと呟きながら元に戻る。しかしそこで終わる杜人ではなく、今度こそはと次なるネタを真剣に考えるのであった。
寝静まった後で杜人は別室にて術式封入の作業を終えると、さっそく練習を開始した。周囲には十六個の端末が転がっているが、現時点ではすべて黒い。制御の基点は魔導書になるので、杜人の意思で任意に動かすことができるようになっている。
『予想通り変な感覚だな。動かない手足が何本も増えたような……、慣れるまで時間がかかるかもしれないな』
タマを動かすのとはまた違う感覚に戸惑いながら、とりあえずひとつだけ動かそうとしてみた。すると十六個すべての端末が光を放ち、同時に同じ高さまで浮き上がった。
杜人は予想外の結果に少しだけ驚いて考えた後、ひとつだけ円を描くように動かしてみる。今度はすべての端末が同じように円を描く結果になった。
次にかなり意識しながらひとつだけ動かした場合は、ゆっくりとだが動かすことに成功した。それでもその他は微妙に動いていた。この結果を受けて、杜人は小さくため息をついた。
『これはあれか、右手と左手を同時に動かして違うことをさせようとした場合、訓練なしにやると意識しないとできない、できないやつは不器用と決め付けられた、世の中に吹き荒れる理不尽の嵐を経験させてくれたやつと同類か』
杜人は周囲の話からそのうち来そうだと考え、こっそりと練習していた口である。おかげで世知辛い嵐を乗り切れたが、多くの血の涙を流した結果だった。さすがに今は魔導書の処理能力と感覚自体が別物なのでそこまでは苦労しないが、あまり好ましい思い出ではなかった。
そしてこのままでは、杜人は使えても普通の人には使えない代物になると確信した。やはり作るからには使ってもらって喜んで欲しいと思ってしまう。練習自体はこのままで良いが、いつか商品にするなら万人向けも考えたほうが良いと結論を出した。
『仕方がない。基点制御用の魔法具に良いものを使わなくてはならなくなるが、ある程度動きの型を決めた類型制御にするか。難しい自動制御系はレネ達が玄武用に組んでくれたからそれを流用して、制御方式は積層型が使えるな。となると接続方式も地図のを併用して安定度を上げるか……』
初めてレネとあった頃ならば考えられない速度で術式を構築し、反映させていく。魔導書の修復が進んで杜人に対して最適化された結果だが、杜人自身はあまり意識していない。周囲にいるのが化け物揃いというのも大きいが、杜人にとってこの能力は魔導書のもので自分の力と思っていないのが一番である。
そして今回のものも、大部分をレネ達が構築した術式を利用して作っている。そのため自分が考えて作ったとは思わない。
『お約束として増幅円環陣は入れるとして、やはり自律行動は防御のみが鉄板だろうな。反撃まで入れると阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されるような気がする。となると端末は自己修復より再生成のほうが良いか? ……いや、材料が確保できないと詰む。主を修復にしよう。……ううむ、増やしすぎても魔法具にできないから取捨選択はきっちりとしないと駄目だな』
杜人は時間が経つのを忘れて没頭していく。その考えている姿は、経過時間の差こそあれレネそっくりであった。
『ふふふふふ、今度こそ度肝を抜いてやろう。覚悟していろ』
そんなへんてこな熱意に支えられた結果、翌朝にはある程度の形にすることができ、杜人は起きて寝ぼけているレネをいつも通り拝み、目覚めたのを確認してから嬉しそうに笑ってさっそく話題に出そうとした。
『さて、それでは……』
「きゃああぁぁぁ!!」
しかし、当然ながら問答無用でいつも通り吹き飛ばされる。レネからすればしっかりと見られた上に、にこにこではなくにまにまであるから、いつも以上に涙目である。そのため今回は追撃も行われることになった。
「ばかぁー!!」
『待て、ごかぁぁぁぁ!?』
結局、成果を話すことができたのはしばらく経ってからだった。たとえ理由があろうとも、時と場合をしっかりと選ばなければいけないことを、久しぶりに実感した杜人であった。