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黒姫の魔導書  作者: てんてん
第3章 活躍と暗躍は大親友
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第05話 姿無き魔物

「それでは、第一回潜入工作の旅にしゅっぱーつ……」


『おー……』


 いつものノリでこっそりと部屋を出てきたレネと杜人は、認識阻害魔法の性能試験のために現在学院内を徘徊中である。


 今回のものはレネが直接扱えば中級魔法だが、魔法具化のための調整により上級魔法と同程度の消費魔力となった。今現在は術式を込めた魔力結晶を取り込んだ杜人が制御している。うまくいけばここから改良して、きちんとした魔法具にする予定である。


 ちなみに今回のものはあくまで対人用に作ってあるので、魔物に対して効果は無い。これは魔物は様々な手段で周囲を認識しているので、すべて網羅するのは無理であり、目的は目立たなくなることなので最初から考慮していないためだ。


 レネはてくてくと廊下を歩くが、いつもとは異なり誰も視線をそらしたり進路上から避けたりしない。そしてレネと正面衝突しそうな場合は、勝手に避けて気にせずに歩いていった。手を叩いたりして大きな音を出せばそれについては認識して周囲を見回すが、発生源であるレネを発見することは無かった。


 その他、人の居るところで扉を開けた場合は勝手に開いたと認識したようで青い顔で走り去り、木の枝を拾ったときは認識しないが投げ捨てた場合は突然そこに現れたように驚いていた。そしてどちらもレネを認識していなかった。


 その結果にレネと杜人は同じ動作で満足そうに頷きながら、その成果を話し合った。


「別に音は気にしなくても良さそうだね。姿を認識したりはできないみたいだし」


『そうだな。目立てば認識くらいすると思ったのだが、意外に強力だな。付随効果の範囲も想定内だから大丈夫だろう』


 事前の想定では、注目されることを行えば一時的に認識されるはずだった。しかし、蓋を開けてみればまったく注目を浴びなかった。


「やっぱり効果判定を光に限定したのが良かったのかな」


『人は情報認識の大部分を目に頼っているからな。認識しないと見えていても無いものとして処理してしまう。見えていても認識しない場合もある。本当に面白いな』


 術式を組むときに、杜人は参考例としてレネに目の認識する処理について教えている。一点を見つめて静かに距離を変えると、視界にあるものが消えて背景と同化する遊びである。レネはそれに感心し、術式にも利用していた。


 それによって出来上がった魔法は障壁のように身体全体を包み込む形式で、そこから出てくる光に認識阻害効果を付与する形式になっている。このため目で見る限り、効果を発揮させることができるようになっていた。


「それじゃあ、もう少し実験を続けよっか」


『もちろんだとも』


 なかなかの反応に楽しんでいた二人は、笑いながら廊下を突き進んでいった。そうして実証を続け、これなら大丈夫と思っていたとき、突然後ろから声をかけられた。


「レネ、楽しそうだけど何かあったの?」


「ひょわ! ……あれ? 見えるの?」


『きちんと働いているぞ?』


 レネは見えないと思い込んでいたので飛び上がって驚いた。そして振り向いてエルセリアがしっかり見つめているのを確認し、あっさり認識されたことに首を傾げる。杜人も首を傾げながら制御中の魔法を確認し、レネに報告する。そんな二人の会話を聞いて、エルセリアは発動中の魔法を見ることができる魔法を即座に発動した。


「……新しい魔法? 術式が読めない。居ないみたいだけれど、モリヒトさんが制御しているの?」


「あ、あっさりと……」


『何故だ……』


 レネが何らかの魔法を使っていると見破り、すぐさま制御しているのが杜人とまで分かられたので、レネと杜人は何か致命的な間違いがあったかと悩み始めた。エルセリアは何か変なことを言っただろうかと、事情が分からないので小首を傾げている。


 そうして立ち止まっているとセリエナが歩いてきて、エルセリアに声をかけてきた。


「こんなところでどうしたのですか。何か気になることでもありました?」


「え?」


「あれ?」


『こちらは大丈夫そうだな。さて、なんだろうな』


 セリエナはエルセリアのみに声をかけ、レネと杜人には見向きもしなかった。そのためレネとエルセリアは揃って不思議そうな顔をして、杜人は頬をかいて原因を考える。


「レネが居るよ?」


「……居ませんよ?」


『レネ、一度解除するぞ』


 話がこんがらがりそうな気配を感じ、杜人は発動中の認識阻害魔法を解除した。そのためセリエナにはレネがいきなり現れたように見え、息をのんで声もあげることができないくらい驚いた。


「ど、動悸が……」


「ご、ごめん、とりあえず部屋に行こう」


『任せろ。二度と歩きたくなくなる乗り心地を堪能してくれ』


 杜人は胸を押さえてうずくまったセリエナをタマに乗せ、大急ぎで部屋に向かったのだった。






「この手の魔法は確かに国家管理の秘匿魔法だよ。だから無断で使っているところを知られたら、他国の間者と間違われてこっそり始末されちゃうかもしれないよ? だからきちんと登録しようね」


「はい、申し訳ありません」


『認識が甘かったです』


「普通は思いついても個人ではお金が続きませんし、完成まで年単位かかるものですから途中で発覚するのですけど……」


 ジンレイの屋敷に来たエルセリアとセリエナは、先程の現象についてレネから説明を受けた。そこで二人は珍しく頭を抱え、レネと杜人に対してエルセリアが説教をすることになった。大貴族であるエルセリアと、元貴族であるセリエナは紙に書かれていない情報もある程度は知っている。


 レネのように妙な発想から暴走する魔法使いは必ず居るので、その場合は国家にその術式を開示して登録することを条件として開発を認めている。この手の人はするなといっても聞かず、下手をすると聞きつけた他国の間者にそそのかされる可能性があるので、登録さえすれば自由に研究できるようになっている。


 ただし、これも大きな声で宣伝するわけには行かないことなので、出資者として話が来やすい大貴族に通達されていることだった。まさかほんの数日で、しかも机上考証と簡易的に封入した魔力結晶でそんなものを作れる変人がいるとは想定していなかった。


 そのためエルセリアはこれからのこともあるため、真顔で注意を行った。レネと杜人も認識が甘かったことにうなだれ、心から反省していた。


 そんな二人にエルセリアはお説教はここまでとして手を叩き、書き出された術式を見ながら明るく微笑んだ。


「それにしても、この術式は良くできているね。似たような構想で作られた魔法を見たことがあるけれど、ここまで簡単で強力なのは無かったよ。大抵は近くの人だけを騙したり、景色が歪んで見えたりする程度かな。それでも分類上は上級魔法なんだよ」


「これで中級なんですよね。魔法具にしても上級程度。しかも術式の暗号化で解析ができず使用者限定付き。他国に知られたら攫われかねないと思います」


「あはは……はぅぅ」


『だから秘匿しようと思ったのだが、いつの間にか国家をなめていたな……』


 上げて落とされているレネは身体を小さくしていて、杜人は都合良く考えていた思考にため息をついていた。


「大丈夫だよ。これくらい効果が高ければ、まず間違いなくこっそり護衛が付くから。それに、この国は他の国に比べて間者が少ないからね」


「あ、そうなんだ。なら安心だね」


『……』


 レネはエルセリアの言葉をそのまま聞いて安堵していたが、杜人は間者を見つけて排除する技術が発達していると理解し背筋を震わせた。つまり、嘘偽り無くあのまま外に出ていたら消されていたかもしれないということなのだ。そのため、怪しそうなものはエルセリアに大丈夫か聞いておこうと心に書きとめておいた。


「それに登録して国で使うことになれば、きちんとお金も出るから安心してね。さてと、……認識阻害。どうかな?」


「私は見えるよ」


『見えないな』


「見えません」


 話が一段落したところでエルセリアが憶えた認識阻害の魔法を発動し、状況を聞いてみた。その結果はレネだけが見えるということになった。その後にセリエナも使用した結果、全員が見えなくなった。この結果から杜人は仮説を考え付いた。


『もしかしたら親密さというか、親が双子を見ても見分けることができるように、そのくらいの相手には阻害効果が働かないかもしれないな。あくまでこれは普通の存在を気にしない対象にする魔法だから、どんなことでも気にしないなんてありえない人に対しては、効果が無いのかもしれない。レネとエルセリアは昔からの付き合いだからな。効かない理由にはなる』


「なるほど、確かに認識をずらすだけだから、ずっと気にしている人には効果が無いのは当たり前だね」


「そうだね」


「……」


 エルセリアは嬉しそうに頷き、セリエナは寂しそうにレネとエルセリアを見つめていた。そのため杜人は元気良く回転し、注目を集める。


『それでは俺も使ってみよう。……さあどうだ!』


「見えるよ」


「見えません」


「同じく」


 その結果に、杜人は魔法を解除すると大仰に頷いて両手を広げた。


『つまり、レネは俺を常に気にしているということだ! ふっ、もてる……』


「――っ!」


 一瞬で真っ赤になったレネに容赦なく壁まで跳ね飛ばされた杜人は、壁に当たったように演技してそのままぽてりと床に落ちる。もちろん痙攣することも忘れない。


「やっぱり何か違うんだよきっと。もっと検証してみよう」


「ふふっ、良いよ」


 誤魔化すように術式を書いた紙を見始めるレネにエルセリアは微笑み、セリエナは杜人のところに行ってしゃがみこんだ。


「……ありがとうございます」


『気にするな。なに、十年も経てば今の二人と変わらない関係になれるさ』


 瞬時に起き上がって親指を立てた杜人はセリエナに笑顔を向ける。セリエナもその様子に小さく微笑んだ。


『それにしても、最近レネの攻撃にきれが増してきたから、避けるのも苦労するんだよな。対策を考えねば……』


「そもそもからかわなければ良いのでは?」


 少しだけ呆れたように答えるセリエナに、杜人は分かっていないなというように指を振る。


『男とはそういう生き物なのだ。それにレネは変なところで遠慮するから、誰にも言おうとしないで溜め込んでしまうんだ。そういう人は重症になる前に何かで気持ちを抜かないと、変な風に暴走しかねない。だからセリエナもレネ達に遠慮なく甘えろよ』


「……はい、そうします」


 セリエナは頷くとレネ達を見て、再度杜人を見た。杜人は微笑んで頷くと、さあ行けとばかりにレネ達を指差した。それに後押しされてセリエナはレネ達の元へ向かい、その輪の中に入っていった。


『ジンレイ、とりあえず飲み物でも出してくれ』


「承りました」


 いつの間にか傍にいたジンレイに指示を出し、杜人もまた輪の中に入っていった。座卓を囲むレネ達の楽しげな様子を眺めながら、ジンレイは出す飲み物を考えるのであった。






 そして遂にすべての準備を終えたレネは、首飾りにした認識阻害の魔法具を身につけて意気揚々と道を歩いて迷宮まで来ていた。いつもなら視線に晒される道中もまったく見向きされずに来られたため、機嫌はとても良かった。


「一時はどうなるかと思ったけれど、作って良かったね。とても快適……。そうだよ、これが普通なんだよね」


『こうなると、視線だけでも結構精神に負荷がかかっていたと実感できるな』


 にこにこのレネに杜人も賛同した。なんとなく精神的に解放された気分である。杜人はジンレイとタマを呼び出すと認識阻害の魔法をかけた。これで準備は完璧である。


「それじゃあ、ここ最近散財しちゃったような気がするから、もっと下の階層に移動しよう。目標は第十五階層だよ。出発!」


『おー!』


 杜人はタマを狼形態にするとその背にレネを乗せ、速度を上げて爆走を開始した。もう速度に慣れたレネは、楽しそうに笑っている。そして通り道にいる魔物を一撃で倒しながら、迷宮内部を駆け抜けていく。


 ジンレイも涼しい顔で後ろを付いていき、レネと杜人が倒した魔物を回収していった。


「あはははは! 楽しいね。いけいけー!」


『ふはははは! 任せろー!』


 一応探索者が居たときは自重して静かに移動していたが、止める者がいない二人は誰も居ない場所では爆走を続け、探索者達に魔物の蹂躙をしっかり目撃されながら通過していく。もちろんどちらも楽しんでいるので気付いていない。そしてレネ達は無事に目的地まで走りぬくことに成功した。





 そして数日後、迷宮に新たな噂話が流れ始めた。ひとつは魔法具が変異した魔物が浅い階層に現れ始めたというもの。もうひとつは足音のみ聞こえる見えない魔物が、他の魔物を殺して底が見えない闇に飲み込んでいくというものだった。そのときに響いた女の笑い声から、その魔物は深淵の魔女と呼ばれるようになった。


「怖いね。そんな魔物もいるんだ。上の階層みたいだけれど、気を付けないといけないね」


『少し慎重に行くか』


 その噂を聞いたレネと杜人は目を合わせると頷きあい、未知の魔物に突然出会っても対処できるように心の準備をしておくことにした。


『しかし、本当に呪われていないよな?』


「大丈夫……なはず」


 杜人の確認にレネは自信なさげに目をそらす。これ以上続けると本当になりそうだったので、この話題はここまでで終わった。





 そしてレネにこっそりと付けられていた護衛は、おいて行かれたためにその役目を果たすことができず、再度編成しなおしとなった。もちろん作業は徹夜で行われ、担当者は涙に濡れたのだった。


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