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黒姫の魔導書  作者: てんてん
第2章 表と裏は未確定
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第13話 頼りになる人

 お泊まり会から数日が経ち、セリエナの身辺が落ち着いたところでレネとエルセリア、セリエナの三人は再びジンレイの屋敷で顔を突き合わせていた。今回のお題はセリエナの生活についてである。


 手切れ金があるためしばらくは大丈夫といっても、このままでは生活費が尽きてしまうし授業料もそのうち払わなければならなくなる。そのため今後も安定して生活するための方法を話し合っているのだ。


「特待生は無理かな? 前の私程度でなれるならできそうだけど」


「レネは小さい頃からの継続だから、少し状況が違うと思う。少なくとも、上級から落とされた今は申請時点で却下されるかな。……あった、昇級を取り消された場合は特待生資格を失うってある」


 レネ達は座卓に資料を広げて何か無いかと探している。フィーレ魔法学院では色々な減免制度があるため、利用できるものは利用しようと考えたのだ。


「……無いねぇ」


「元々がお金は無いけれど優秀な人を引き上げるための制度だからね。これは仕方ないかなぁ……」


 悩むレネ達をセリエナは申し訳なさそうに見つめ、再度資料を探す。そんな所におやつを持って杜人とジンレイがやってきた。


『だいぶ難航しているようだな。とりあえず休憩しよう』


「わあい、今日のおやつは何かな」


 最近はすっかりおやつに関しては贅沢になったレネが、座卓に置かれた物を覗き込んだ。


「今日は泡立てたクリームにココアパウダーを混ぜたケーキです」


 ココア自体は流通していないのでジンレイが作ったものだが、その他は本物の材料を使っている。そのため餓死することは無い。


「おいしい……幸せ」


「似たようなものがどこかで栽培されてないのかな……」


「さあ……、見たことはないです」


 レネはうっとりとしながら食べ、エルセリアとセリエナはココアが流通していれば外でも食べられるのにと話し合っている。


 そんなおやつの合間に杜人も報告を受けて、資料を調べながら何か無いかと考えた。


『後払い制度は無いのか? 卒業、又は退学してから支払うようなものだが。要するに、才能はそこそこで金が無い者のためのやつだが』


「あるけれど、条件がきついんだよ。確か……あった、最低でも中級以上になれる才能を有する者。支払い完了まで魔法契約による将来の縛りつけを受け入れることができる者。これだね」


 レネも特待生を取り消されそうになった時に調べたのだが、最初の条件で頓挫していたものだ。


『才能なんてどうやって調べるんだ? それに中級ならセリエナは合格できるはずだが』


 中級認定試験における魔法具の使用制限は総合試験のみである。それならセリエナは軽く合格できる。そのため悩むほどきつくないと杜人は思った。しかし、レネは首を横に振る。


「学び始める前は今までの例から総魔力量で通過できるよ。けれど、今回の場合は試験を受けないと無理。あくまで何もない時の最低だから、一度上級になっているセリエナは上級になれる才能が最低の基準になるはずだよ」


「上級から落ちた人への判定は厳しいよ。資金は有限だし、怠け者にお金を出すより努力している人に回すほうが良いからね。セリエナの場合は怠け者とは違うけれど、個人の理由を精査なんてしないから……」


『つまり、適用を受けるためには最低限上級にならないと駄目というわけか。困ったな』


 三人は頭を抱えて唸る。それを見ているセリエナは淡く笑うと明るめに声を出す。


「最終的には仕事しながら通うことにします。だからそんなに気にしなくても大丈夫です」


 それができるなら悩まないとレネは思ったが、口にはしなかった。今はそれなりに収入があるが、それは単に幸運に恵まれただけに過ぎないと知っている。杜人に会わずに放り出された場合は路頭に迷ったのは確実である。今の収入も、自分から動いて手に入れたものはほとんど無いと思っている。そのためレネは杜人に視線を向けた。


「ねえ、モリヒトは何かお金を手に入れる方法は考え付かないかな?」


『レネ、考え違いをするな。そう簡単に思いつくことなら誰だってやっている。仕事も同じだ。働きながら学院に通えるような楽な仕事なんてあるわけないだろうが。二人とも状況認識が甘すぎだ。そんなことでは、そのうち身売りするはめになるぞ』


 予想外の厳しい答えに場が静まりかえる。杜人としては考えても良かったのだが、それではおんぶにだっこでそのうち心が腐ってしまう。頼るのではなく、共に歩む選択をさせないと駄目と判断したのだ。


「ご、ごめんなさい……」


「すみません……」


「とりあえず休もっか」


「それでは甘いものでも出しましょう」


 エルセリアは張りつめた雰囲気をものともせずに、ほんわりとした笑みで提案した。それを受けてジンレイが冷たいココアを配り、全員が静かに飲み進めることになった。


『さて、現状をまとめると学院が行っている減免制度は利用できないと結論が出た。そのためセリエナはお金に余裕があるうちに将来の生活手段を考えなければならない。ここまでは全員異論はないな?』


 その間に杜人は話をまとめ、聞いている三人は無言で頷く。それを確認して話を進めた。


『取るべき道は大きく二つ。学院をやめるか続けるか。これによって必要な金額も変わる。やめた場合はどうとでもなるから、今は続けるほうで話をするぞ。こちらはあまり選択肢が無い。一定以上の金額が必要となるため、地道なことはできない。選択できるものも危険の大小が変わるだけだ。レネは経験したから分かるな?』


「うん……。あれでも危険が小さいほうなんだよね?」


 その通りと杜人は頷く。あれとは杜人と出会う前に一人で第二階層に潜った時のことだ。今では余裕だが、それとこれとは別の話である。


『はっきり言えば、継続するのはまず無理だ。だから何とかして減免制度の穴を突くしかない』


「穴? 穴なんてあるの?」


「えーっと?」


「穴……」


 レネは驚いて杜人を見つめ、エルセリアは首を傾げる。そしてセリエナは資料をひっくり返して探し始めた。三者三様の反応をしながら部屋は一気に騒がしくなる。そんな騒ぎを静めてから、杜人は続きを話した。


『穴というか、仕様というか……。学院が出している仕事の中に、講師補助員というものがある。レネの臨時司書も同系統だ。これになると、ある程度その講師から学院側に対する働きかけを期待することができる。いわゆる便宜というやつだな。推測だが、これのおかげでレネはこの間まで細々と特待生を続けてこれたのだと思う』


 杜人はレネの話を聞いてから、ずいぶん悠長な制度だと疑問に思っていた。しかし、その時は考えるべきことでは無かったので放置していた。そして今回のことがあったので、ついでに調べてみたのだ。


「そ、そんな理由が……。そう言われれば、ずっと前に取り消されていてもおかしくないよね。……館長にお礼したほうが良いかな?」


 その辺りに気が付いていなかったレネは、あたふたとし始める。杜人はそれを制して話を続ける。


『後で菓子折りでも持って行けば大丈夫だろう。おそらくひとりだけじゃないから、持って行く場合は気を付けないと駄目だと思うが。さ、話を続けるぞ。もちろん便宜を図ってもらうためには気に入られなくてはならない。手放したくないと思ってもらえれば、制度の条件を緩和してくれと学院側に言ってもらえるかもしれない。というか、俺なら抱えている問題がそれで解決するなら便宜くらいする。なんといっても楽になるのは自分だからな』


「そうだねぇ。優秀な人を金銭問題程度で手放したくないよね」


「い、いやぁ、それほど……なのかな?」


 エルセリアはレネを見つめながら微笑む。要するに、便宜を図られていたレネは優秀だと言っているのだ。そしてそれに気が付いたレネが照れながら頬をかいた。


『俺の案は以上だ。もちろんうまくいく保証は一切無い。だから後は、セリエナがこれからどうしたいかを決めれば良い。どれを選ぼうと手伝うから、それは心配するな』


 その言葉で全員の視線がセリエナに集まる。セリエナは緊張した面持ちで目を瞑り考えをまとめる。今のセリエナにとって、この『今』を捨てることはすがるものを捨てることと同じなのでできない。だから答えはひとつしか出なかった。


 杜人も分かっていて、あえて選ばせた。これは己で選んだ道を進むときと、与えられた道を進むとき、困難に直面した場合に感じる重圧は同じでも、それに耐えることができる強さが異なるものになるためだ。


「……講師補助員に申し込んでみます」


 その答えに聞いていた全員が笑顔で頷く。


『それでは具体的な手順を説明する。確か実力の不一致を正すために、定期試験以外にも条件が合えば昇級試験を受けられるはずだ。それを使ってまず中級まで合格する。次に募集が出ているものを探し、申し込む。後は懸命に頑張るしかないな。エルセリアとセリエナは明日にでも申し込んで試験を受けて来ると良い。俺とレネは募集があるか聞いてくる』


 エルセリアを同行させる理由は、手続きを滞りなく済ませるためだ。どの講師もエルセリアが居れば嫌とは言わないと考えた。そして時間短縮のため、レネは別行動で募集があるか調べる。一日の差で駄目になったら泣くに泣けないためだ。


 こうして初の共同作戦は開始された。







 次の日、レネは時間を見計らってレゴルのところへお邪魔していた。これはただ事務局へ行っても事務的に対処されるだろうと思ったからだ。それに世話になっている講師のレゴルなら、裏道みたいなものも教えてくれる可能性もある。そのため初めに聞きに来たのだ。


 レネは素直にセリエナの仕事を探していると教え、良いものが無いか尋ねた。それを聞いたレゴルは静かに首を横に振った。


「人気がある講師補助員はまず空きが出ない。そして募集があるのは大抵試験直後だ。だから今は募集は出ていない。少しばかり遅かったな」


「そんなぁ……」


『言われてみればその通りなんだが、何ともな……』


 レネはそれを聞いてがっくりと肩を落とし、杜人は頬を掻いた。募集が試験直後なのは卒業や退学などで居なくなる人数が多いからである。


「内容を選ばないのであれば、欠員の出た私の補助員に採用しても良い。仕事内容は外に出て薬草の採取から遺跡探索までさまざまだ。とにかく疲れて汚れる仕事だから辞める者が多くてな。長く勤めてくれる者がなかなか居ないので困っているところだ」


「ほんとですか! よろしくお願いします!」


 顎をさすりながらレゴルは話す。落ち込んでいたレネは、一転して笑みを浮かべると二つ返事で了承した。


『さすがだ。これは足を向けて眠れないな』


 レネは分からなかったが、内容を聞いた杜人はそこに含まれた事柄に笑顔になり、小さく手を叩いた。


 そうしてレゴルから軽く説明を受けてから各種書類を受け取り、なにやら慌てた職員が入って来たので用事が終わったレネは浮かれ気分で外に出た。


「後でお礼に行かなきゃね」


『そうだな。しかし、返せない恩がどんどん溜まっていくな。どうする?』


 杜人はにやけながら聞き、レネは良い案が浮かばないので困り顔で頬を掻いた。


「……有名になったら恩師ですと宣伝するとか?」


『今は悪名が轟いているな。恩を仇で返す……。まったく、レネは酷いことを考える。……八つ当たりはいけないぞ?』


 レネはしたり顔で頷く杜人に攻撃するが、杜人は半身をずらして回避する。そしてにやりと笑って指を顔の前で振った。


「くぅー、……ふんだ!」


 レネは誰のせいだと言いたいが、必要だったことと自分で選択したことのために文句も言えない。そのため悔しそうにしながらずんずんと歩いていった。もちろん本気で怒ってはいない。


『さてと、無駄足だろうが事務局にも寄ってから帰るか。無いと思うが念の為確認していこう』


「うー、……はぁ。分かった」


 先程までのことをまったく気にしていない杜人にレネはため息をつく。そして今度こそ上手に切り返してやると思ったのだった。







 一方、エルセリアとセリエナは一足先に事務局へ出向いて申請書類を受け取っていた。それを部屋の外にあるテーブルで記入し、提出すればとりあえず終わりである。


「申請理由は上級魔法を発動できるから、だね。筆記と実技は通常通りっと。こんなところかな?」


「よさそうです。……あの、少し聞いても良いですか?」


 緊張した面持ちのセリエナに、エルセリアは小首を傾げてから頷いた。


「その、私はかなりの暴言を吐いたと思うのですが、気にしていないのはどうしてかと……」


「暴言?」


 遠慮がちに聞いてきたセリエナに、エルセリアは心当たりが無いので不思議そうに首を傾げた。それを見てセリエナはまさかと思いながらも説明を追加する。


「初めてこの学院を案内された時です」


「……ああ、あれ。だって私天才じゃないから暴言になっていないよ」


 やっと思い当たってにこにことエルセリアは答える。セリエナはその返答に信じられないと言う表情で見つめていた。


「天才って言う言葉はね、レネみたいな人のことを言うの。私はレネのおかげでまともに評価されるようになっただけの凡人だからね」


 微笑むエルセリアをセリエナはしばらく見つめていたが、本当にそう思っていることだけは分かったので、これ以上のことは聞かないことにした。


「……分かりませんが、納得はできました。ありがとうございます。それでは申請してきます」


「いってらっしゃい」


 エルセリアは出来上がった書類を持ったセリエナを手を振って見送ると、にこにこしながら様子を観察していた。居る位置は部屋の外なので職員からは見えず、書類の受け取りもセリエナが行ったのでエルセリアが居ることは知られていない。


「あら? ……ふふっ」


 窓から観察していると、受け付けした男性職員から何やら指摘されて書き直しているのが見えた。そしてその職員は遠目から見ても、難癖の類と分かる暗い喜びの表情を浮かべていた。それを理解したエルセリアは面白そうに微笑む。


「いるんだよねたまに。弱い者いじめの好きな人……」


 学院は巨大な組織であるがゆえに、様々な考えの人が居る。その中には貴族が嫌いな人がいたり、立場をかさにいじめを行う人も少数だが存在してしまう。これは元が性根に関わることなので、いくら気を付けていても一定数入り込んでしまうのだ。


 そしてそういう人にとって、今のセリエナは格好の獲物である。貴族から放逐されたために貴族との繋がりは断たれ、平民になりたてだからまだ繋がりは構築されていない。そのため誰にも頼れない弱い立場になっているから何をしても大丈夫な存在に見えるのだ。


幸先が良いね(・・・・・・)。これは揺り返しが来たのかな?」


 見れば気付いているであろう他の職員も見て見ぬふりをしている。これはそういう人が固まっていたというより、言える立場では無いのだろうと判断した。さすがにそこまで腐っていたら運営側に気付かれないはずがないためだ。


 エルセリアはそのまま観察を続け、職員の表情が最高潮に達しようとしているのを確認したところで静かに席を立ち、そのままセリエナの所に向かった。


「手続きは終わった? すぐ来ると思ったから心配して来ちゃったよ」


「あ……、不備が色々あって」


 いきなりのエルセリアの登場にセリエナはほっとした表情となり、その親しげな様子を見た職員は先程までの喜悦は吹き飛び、一気に顔を青ざめさせていた。その様子を気にすること無く、エルセリアは書類を確認するとにこりと微笑んで職員に尋ねた。


「私もお手伝いしたのですが、何か問題がありましたか?」


 優しい声だが、聞いていた職員達は『いいかげんにしろ』と怒鳴られたような錯覚に陥った。そのため対応していた男性職員は、しどろもどろに言いわけにならないことをいってしまった。


「い、いえ、なにぶんあまり使用されない書類なので確認に手間取りまして……、問題はありません」


「では、早めに書類を回して試験の準備をお願いします。……今日中に全部終わりますか?」


 エルセリアは最後にほんの少しだけ感情の乗らない硬質な声を出し、目を細めて職員を見つめる。たったそれだけで、矛先を向けられた職員は恐怖で身体を震わせた。


 通常は書類を出してから予定を組むので、当日に試験が行われて認定が出ることは無い。エルセリアはもちろんそれを分かって言っている。つまり、形式的には尋ねていても、実際は『できたら今までの行いを不問にしても良い。だからやれ』と命じているのだ。


 慣れない権力を嬉々として振りかざす者は、より上位の理不尽に逆らえる気概を持たないと分かっているからこその要求である。エルセリアは貴族らしくないだけで、貴族として振る舞えないわけでは無い。そして必要なら権力を振りかざすことをためらわない。


「は、はい。ただいま準備致しますので、少々お待ちください!」


 最後の一撃で心を折られた職員は、迷うことなく理不尽に従うほうを選択した。そして慌てて手続きに走り回り始める。それを確認したエルセリアは、元に戻ってほんわりと微笑む。


「これで今日中に全部終わるよ。やったね」


「私は、本当に何も見えていない大馬鹿者だったのですね……」


 エルセリアの恫喝を横で聞いていたセリエナは、過去の自分がエルセリアのことを何と決めつけたかを思い出して、その愚かさ具合に力なく微笑んだのだった。


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