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黒姫の魔導書  作者: てんてん
第1章 言の葉は紙一重
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第21話 そしてこれから

 こうしてレネの試験は一応無事に終わった。そしてその後に救護室に運ばれたエルセリアの枕元でレネは待機していて、目覚めたときの第一声をどうしようかと考えていた。


「今まで勘違いしていてごめんなさい。友達で居てくれてありがとう。また一緒に遊ぼうね。……どうかな?」


『良いと思うが、絶対そんなに長く言えないと思うぞ。単純に手を取ってありがとうにしたほうが良くないか』


 杜人はちらりとエルセリアに視線を落とし、なんとなく緊張している様子からもう目覚めていると確信する。だから今のうちにたくさんレネの本心を言わせようとしているのだ。エルセリアにとっては奇妙な独り言だろうが、想いを知るには十分である。


「そうだけどさ……。今までつらく当たったときもあるから、その分も謝りたいし……」


『エルセリアはレネを嫌っていないのだから、これから仲良くするだけで十分だろうに。それが一番だと思うがな。過去を振り返るなとは言わないが、必要ないことまで思い悩むのとは違うだろう? こう言えば気分も変わるぞ。リア、今までありがとう。これからもよろしくね。さ、言ってみろ』


「……うん」


 レネはエルセリアの手を取ると両手で包み込み、言われたとおりの言葉を紡ぐ。手を取られたエルセリアは一瞬こわばったが、他のことに気を取られているレネは細かいところまで見ていない。


「リア、今までありがとう。これからもよろしくね」


 色々な想いを乗せてレネはゆっくりと言い、心の中で復唱しながらエルセリアを見つめる。当のエルセリアは嬉しくて思わず嬉しげな笑みを浮かべてしまった。さすがにこの変化でレネも気が付いた。


「もしかして、もう起きていたり……」


 少し羞恥の乗ったその発言にエルセリアは身体を震わせると、静かに目を開いてレネを申し訳なさそうに見つめる。


「その、ごめんなさい。起きるきっかけが掴めなくて……」


「……」


『まあ、確かに自分のことをぶつぶつと呟く人物が傍にいたら起きられないよな。当たり前だぞ?』


 レネはからかうように言う杜人に『騙したな!』という視線を送りつけるが、杜人は胸を張ってそれに応じた。


『おかげで手間が省けただろう。それに忘れたのか? 試験が終わったら力になると言ったはずだぞ。これ以上の手伝いはないと思うのだがな。後はもう一度これからもよろしくと言えば終わりだ。ほれ、勢いがあるうちに言わないと言えなくなるぞ』


 ひらひらと手を振る杜人から視線を外し、レネは一度ため息をついた。そしてもう一度エルセリアを見る。いままで色々と考えていたのだが、結局杜人の言うことに従うことになった。


「その、これからもよろしくね?」


「うん。……ありがとう」


 手を握ってお互いに恥ずかしがりながら言葉を交わす二人を観察している杜人は、腕を組んで深く頷いた。


『良し、これでとりあえず完了だな。……本当に大変だった』


 なんとか約束したことをやり遂げた杜人は、夕暮れに染まる窓の外を眺めながら感慨深げに呟いたのだった。






 そして後日、晴れてレネは中級魔法使いに認定された。しかし、思いがけない問題も発生してしまった。それはレネの新たな二つ名である。杜人の言ったことはもちろん冗談だったのだが、なぜか本当に『殲滅の黒姫』の名前が学院中に広まってしまったのだ。そのためレネは、恥ずかしさで数日間部屋に引きこもってしまった。


『ええっと、俺では無いぞ? 信じてくれるよな?』


「……うん。分かっているよ」


 杜人の声が他人に聞こえないのでぬれぎぬは避けられたが、しばらくはレネから恨めしい目で見られるはめになった。その間は無実なのに針のむしろに座った気分になった杜人であった。


 そして羞恥にも慣れた数日後、レネは引っ越しのために荷造りをしていた。


『これだけか? 意外と少ないな』


「必要なもの以外は全部売ったからね。今度は返却不要の奨学金も付くから少しは贅沢できるし、そのうち買い揃えるよ」


 大広間の罠をひとりでくぐり抜けたと認められたレネの待遇はかなり良くなり、生活費も支給されるようになっていた。寮費も無料になり、安い寮は他の学院生が入るので引っ越してくださいと学院側から言われたのだ。


 一応レネは正直に経緯を話したのだが、罠に囚われなければ確実に達成していたということで認定の取り消しは行われなかった。エルセリアもあの状況では生還は難しいと証言したため評価が更に良くなったのだが、レネはそのことを知らない。楽できることに越したことはないので、レネは喜んで奨学金を受け取っている。


『これであの三人も心安らかに眠れるんじゃないか?』


「そうだね。ちょっとやり過ぎたのかなぁ」


 三人とはレネにちょっかいをかけていた同じ寮の学院生のことである。しばらく見かけなかったが先程遠くから覗いていたのを発見し、その変わりようにレネのほうが驚いていた。たった数日でやせ衰え、髪は乱れて目の下には隈が浮いていた。以前の面影がまったく無くなっている惨状に、そこまで気にするなんて何をしていたんだと微妙に頬を引きつらせながらも気付かないふりをしてあげた。


 ちなみにレネは恥ずかしさから誤魔化すように笑ったこと以外はなにもしていない。仕掛け人の杜人はその恐ろしさがよく分かるので納得したが、人との交流経験が少ないレネに教えても理解できないだろうと思い、詳しく説明はしなかった。


 要するに、レネの笑みを『お前達のしたことは忘れない。今度はお前達の番だ』と解釈したからああなったのだ。ときに善意は特大の凶器になるという良い見本であった。


 最後にまとめた荷物を白珠型のタマに乗せ、杜人は歩き始めたレネの後をついていく。途中でレネを見かけた者はみなぎょっとしながら脇に退避し、目を合わせないようにしていた。レネは何とか慣れたので、気にしないようにしながら歩いている。


「……あれが殲滅の黒姫か」

「馬鹿、聞こえたら呪われて消されるぞ……」


 ときどき物騒な声が聞こえるが、聞こえないふりで歩き続ける。


「呪いはともかく、どうして消されることになっているんだろう……」


『気にするな。噂なんてそんなものだ』


 杜人は原因を推測できているが教えない。世の中には知らないほうが幸せなこともあるのだ。ちなみに噂では既に何人も消されていたりする。もちろんレネは無実である。


 そんなやり取りを行いながら足早に移動し、ようやく新しい住まいへと到着した。


『広いな。以前の三倍はあるか?』


「お金持ち用だからね。個人用のお風呂もあるし、頼めば掃除もしてくれるんだよ。食堂も近いし、幸せ……」


 うっとりと風呂のほうを見つめるレネに微笑みながら杜人は荷物を下ろし、タマを小さくしながら身体を伸ばしてレネの肩に上手に乗せる。一気に有名になったので、しばらくの間はタマを護身用として使うことにしていた。


 この部屋は以前のようにむき出しの石壁ではなく、きちんと整えられた綺麗な部屋だ。質の良い絨毯も敷いてあり、確かに金持ちの部屋だと杜人は観察していた。


『掃除のときに持ち物を盗まれたりしないのか?』


「さあ? その程度は審査していると思うけど」


 外のことをあまり知らないレネは盗む人の心理がよく分かっていない。今までも家財はほとんど持たなかったため、盗まれる心配もしてこなかった。


『……まあ良いか。レネには俺がいればこと足りるからな』


「そうだね。頼りにしているよ。そろそろ食事に行こうか」


 杜人の冗談を流しながら笑顔で答え、レネは踵を返して部屋を出て行った。少しだけ固まっていた杜人も引きずられながら移動していく。


『くっ、いつの間にか強くなりおって……』


「とても頼りになる素晴らしい魔導書のおかげでね」


『……降参だ』


 笑顔のレネに肩を竦めて降参し、杜人は長く深いため息をついたのだった。






「レネ、こっち」


「あ、うん」


『元気そうで何よりだ』


 食堂に着いたレネは食事を持つと手を振っているエルセリアのところに向かった。その様子をこそこそと奇妙な目で見る者達が居るが、レネは最近視線を向けられているので、エルセリアはいつも注目を集めているので気にしていない。


 彼らはレネのエルセリアに対する所業に怒りを覚えて憤っていた者達なのだが、仲良さそうな二人の様子を見て、自分達は何に怒っていたのかと困惑しているのだ。


 そして彼らに残ったものは、レネに無用の喧嘩を売って怒りを買ったという認識のみ。そのため怒りが解けたと判断できるまでのしばらくの間、レネに姿を見られないように行動しなければならなくなった。


 もちろんレネはもう何とも思っていないのだが、宣伝する気はないので勘違いはしばらく続くのであった。


「いつもながらおいしそうだね」


「レネもたまには別のものを食べたら良いのに」


 エルセリアは貴族用のそれなりのもので、レネはいつものまかないだ。場所は平民のほうだが、エルセリアは誰にでも分け隔てなく接するので平民にも人気があり問題はない。そうでなければあれだけの騒ぎも起きない。


 実際はレネが関連しないことには関心が無いので平等に接しているだけなのだが、わざわざ言うことでもない。そのため人気は衰えることなく続いている。


「いつ元に戻るか分からないから、お金は大切に使わないと」


「大丈夫だと思うけれど。初級魔法で特級魔法用の障壁を砕くなんて普通は無理だよ。大広間の罠を単独で抜けるのもね」


 攻撃試験の詳細を聞いたエルセリアは、今のレネの待遇でも足りないと思っている。もう助手をつけて研究し始めてもおかしくない。それほど画期的なことなのだ。


「あれは魔導書のおかげだから……、まだよく理論が分からないんだよね。私もまだ構築できないし」


「モリヒトさんだよね? ……食べます?」


 テーブルで震えるタマにエルセリアはパンを差し出す。杜人についてはレネが隠さず話していた。もちろん杜人も了承している。


『残念ながら味は分からないのだよ。だがその優しさは受け取った。ありがとう』


「……食べても味が分からないから要らないって」


 無駄にポーズを決める杜人を呆れた目で見ながらレネは通訳する。


「そうなんだ」


 残念そうにエルセリアはパンを引っ込めた。


『レネ、言葉が足りないぞ。そんなことだから思い込みで誤解するのだ』


 レネは無言で杜人を指で弾くと食事を再開する。もちろんエルセリアには、なにも無いところで遊んでいるようにしか見えない。


「そこにいるんだ?」


「うん。無駄に行動的だから」


『酷い言い草だ』


 杜人は大げさに嘆いてみせる。もちろんレネは相手にせず食事を続けた。


「それで、今日お泊まりで良いの? まだ片付けがあるなら手伝うけど」


「大丈夫。荷物はそんなに無いから夜までには終わるよ」


 今日は以前から企画していたお泊まり会を行う日である。長く断絶していた関係を早く取り戻すために、杜人が提案していた。たぶん女の子は好きそうだと思ったからなのだが、嬉しそうな二人を見て世界を超えても変わりはなさそうだと頷いていた。





 そして夜、杜人の予想では女の子らしい話が展開されるであろうという予想を裏切り、レネとエルセリアは机に向かって術式について話を行っていた。


「だからここをこうすると効率が上がるんだよ」


「でも、こっちに歪みが出そうだよ?」


『……おかしい、なにかが間違っている』


 普段の生活とか、気になる異性の話とか、男所帯では味わえないほんわりしたものになると思っていただけに、杜人の落胆は大きい。ついでに現在、絶賛放置中である。


『新しい魔法の開発でもしてくるか……』


 そんな風にたそがれているところに、レネから声がかかった。


「ねえ、モリヒトはこっちのほうが良いと思わない?」


「こちらですよね?」


 二人にいきなり突きつけられた術式に面食らいながら、杜人は読み取っていく。これも魔導書の知識があるからで、普通は見ただけで分かるものではない。そして解析した結果、エルセリアのほうは精緻だが無駄が多く、レネのほうは簡潔だが色々足りないので使いにくいと判断した。結論としてはどっちもどっちだ。


『どちらも極端すぎる。最初に目指すところを明確にしてから構築したほうが良いと思うぞ。これでは理解できる者にしか使えないかもしれないからな』


「んー、そうだけど……。そうだ、それじゃあ手本を見せて」


「そうですね」


 エルセリアは杜人の声が聞こえないのだが、レネの反応で大体を察して賛成する。


『レネみたいにほいほいと術式を構築できるわけ無いだろう。俺が術式を構築して仕上げるのにどれだけ時間をかけたと思っているんだ』


「五日くらいだよね? 十分早いよ。それに普通の人は見ただけで解析できないんでしょ?」


「普通なら一月はかかりますしね」


 エルセリアと仲直りしたおかげで、レネの一般常識の認識度も向上している。まだまだ穴はあるが、大惨事を引き起こす可能性はずっと低くなっていた。


 無茶なことをあっさりと言われたため天才に常識は通用しないと悟った杜人は、このままでは満足するまで解放されないと予想し、なんとか説得を試みた。


『それよりもそろそろ寝たらどうだ? もう十分遅い時間だと思うのだが。明日に響くし、すっきりした頭のほうがはかどるだろう?』


「明日はなにもないから。それにこの程度ならまだ大丈夫」


「私も大丈夫です」


 にこやかに笑うレネとエルセリアだが、杜人には肉食獣の笑みに見えた。もちろん獲物は杜人である。そのためもはやこれまでと覚悟を決めた。


『……そうか。残念だが俺はたった今急用を考えついた。これにて失礼する!』


「あ、逃げるな! 急用は考えつくものじゃないでしょ!」


「あはは……」


 全速力で魔導書に逃げ込んだ杜人に後ろからレネの声が聞こえた。そのため杜人は顔だけ出して指を横に振る。


『ふふふ、悔しかったら捕まえてみたまえ。さらばだ! ……早く寝ろよ、育たないぞ』


「くぅー! 絶対に触れるようになってやるんだから!」


「私は見えるようになるのが先かなぁ」


 杜人は悔しがるレネに微笑みながら手を振って退散した。


 後日、からかわれて火が付いたレネは、触れないが杜人に軽い痛みを与える術式の開発に成功する。用途は限られているのに新しい術式を研究して生み出す辺りは何とも言いがたい。エルセリアも見えて声が聞こえるようになる術式の開発に成功していた。


 天才となんとかは紙一重。それを己の身を以て実感した杜人であった……。


お読み頂きありがとうございます。

ここで一区切りとなります。


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