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黒姫の魔導書  作者: てんてん
最終章 天に在りしは星の煌き
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第22話 黒姫と魔導書

 フィーレ魔法学院にある図書館。外の喧騒から隔絶され静けさに満ちる場所。


「……ふむ、こんなところですか。いやはや、目撃者が多いのも考えものですね」


 館長は受付の奥にある自室にて『第二期解放期間』の顛末を纏めている。既に騒動から二ヶ月が経過し、王都も静けさを取り戻していた。


 あの夜。すべてが完全に再生され、失われたものはひとつもなかった。人々は大賢者が起こした奇跡に感謝しながら家路に着いた。


 そして騎士団や魔法師団、学院生、見習い騎士、探索者まで自主的に夜通しの治安維持に当たり、目立った混乱もなく無事に夜明けを迎えることができた。


 世間ではあの夜の出来事について大賢者が降臨したと言われてはいるが、天舞う皇竜の姿が目撃されたことから、未来に対して何らかの手段を残していたのだろうと大部分の人は認識していた。


 暗躍していた諸外国はレーンの王都が消滅すれば混乱に乗じて攻め込むつもりだったのだが、滅亡確実な解放期間を『大賢者の再臨』という奇跡で無傷のまま乗り切られたため軍事介入の機会を逸した。得られたものは何もなく、大貴族に良いように遊ばれ、資金を大幅に目減りさせただけ。大貴族が過去に国を治めていた王族であると、知っていても理解していなかった結果がこれである。


 館長はそれらの情報の聞き取りを独自に行い、資料として編纂した。そして約束通りレネからも聞き取りを行い、言葉巧みに誘導して何が起きたのかを知っていた。


「しばらくは公開できないのが残念です。その分、物語のほうに力を入れましたから良しとしましょう」


 レネから涙ながらに懇願されたため、今回の真実はしばらく表には出せないのである。そういうわけで、真実ではなく面白さに重点を置く物語のほうには、色々盛り上げる演出と設定が加えられていた。もちろん物語なので、名前は実名ではない。


 館長は立ち上がると部屋を出て一般書架に移動し、微笑みながら物語を書いた本をいつもの場所に置いた。





「だいぶ準備も進んだね」


『だな。……しかし、随分集まったものだな』


 レネと杜人が居るところは、屋外訓練場に設けられた『学院祭屋外訓練場運営本部』である。そこでテーブルに置かれたジュースを飲みながら、設営作業が進む屋外訓練場を眺めている。周囲にはシャンティナ、エルセリア、セリエナも居る。


「何でも、借金をして大量に仕入れているところもあるみたいですよ」


「事務局が行った抽選のときは、暴動が起きかねない様子だったとか」


『なんともまあ、売れなくて大赤字になっても知らないぞ』


 エルセリアとセリエナから情報を聞いた杜人は、テーブルの上で肩をすくめる。


 今年も学院祭に参加すること自体は以前から決めていたのだが、申し込み時に予想通りのことと予想外のことが起きていた。


 レネは受付開始の混雑を避けて申し込みをしたのだが、屋外訓練場は予想通りその時点で後日抽選となっていた。レネとしては最初からこじんまりと行うつもりだったので特に気にせず、空いている隅の講義室を選ぶつもりであった。しかし、現実はそれを許さなかった。


 普通であれば自分でいくつかの書類を書いて場所を選ぶことになるのだが、申し込みに行った時点で既に全ての書類が整備されていて、後はレネのサインさえあれば良い状態になっていたのだ。


「場所は去年と同様となります。後で自由割り当て区域をお知らせください」


「はぇ? あ、いえ、今年は地味にいこうかと……」


「無理です。事務局側も最大限協力しますので、少なくとも今年は諦めてください。……よろしい、ですね?」


「うっ、……はい」


『ああ、うん、仕方がないな』


 色々な意味が込められた笑顔の前にレネはあっさりと敗北し、杜人も頬を掻きながら受け入れた。


 学院としては健在ぶりを示したいので話題性を落とせない。そして何より、大惨事が起きると分かっているのに見過ごすわけには行かないのである。そんなことになったら何を言われるか分かったものではないのだ。責任はないと言っても無駄だと、長年の経験から知っているのである。


 そのため事務局は予想される大惨事を回避するため、レネの班に屋外訓練場の運営権を与え強権の発動を可能にし、受け入れたレネは調整に四苦八苦しながら準備を行ってきた。それをセリエナとエルセリアが手伝ってきたのである。


 ちなみにエルセリアは空気を読んで、今年は別の場所で講義を行う。そのため班員ではなく関係者でもないのだが、運営として動いていることを誰も気にしていなかった。


 レネは杜人の心配を聞き、小首を傾げる。


「赤字になりそうなの? こっちも去年と変わらないけれど大丈夫?」


『問題ない。俺達の場合は材料費が無料で、余っても大丈夫だから赤字にはならない。それと今年もリュトナさんに商品の販売を頼んだから、それなりに目新しさは出してくれるだろう。むしろ足りなくて売り切れにならないかが心配だ』


 今年も応援としてリュトナとクリンデルが参加している。手伝いも多いので、その点は楽であった。


「そんなに売れるかな。去年もたくさん売れたけど、なんとかなったじゃない。今年は去年より多く作ったのだから大丈夫だよ」


 赤字の心配はないと聞いてレネは安心してジュースを飲む。その様子を杜人、エルセリア、セリエナは困ったように見つめてから視線を合わせた。


「……まだ気付いていないのですか?」


『いや、気付いているが、面と向かって言われないから現実逃避しているだけだ。そのうち開き直るだろうから、もう少しそっとしておいて欲しい』


「わかりました」


 エルセリアの小声の問いに杜人は肩を竦め、セリエナも仕方がないと頷いた。


 何といっても、現代の大賢者が開く店である。客が来ないわけがないのだ。杜人が大規模に各人の端末へ接続したため、公式に発表されなくても誰もが正体を知っているのだ。


 ちなみに端末からの声は、レネと会ったエスレイムが後で関連を推測できるように親切心といたずら心をもって基礎術式に組み込んでいたものである。レネは聞いていないのでそれを知らない。だからまだ現実逃避できるとも言える。


 現代に甦った『大賢者の奇跡』は過去からの贈り物と言われてはいるが、誰が行ったのかはしっかりと認識されていた。それでもレネはそのことを言わず、むしろ隠したがっているようなので、その意を汲んで温かく見守っているのである。


 しかし、会ったこともない他人から、視線や態度で畏敬の念を向けられて気付かれていないと思えるはずもなく、図らずも夢が叶ってしまったレネは帰って来てからしばらく部屋に引きこもり、今でも夜になると布団の中で恥ずかしさで悶えまくっていた。覚悟を決めるまでは、もう少し時間が必要そうであった。


 というわけで、エルセリアは危険そうな話題を避けて、別の話題に移った。


「そういえば家名は決めたの?」


「……まだ。そんなに簡単に決められないよ」


「年単位で決めない人も居ますから、焦る必要はないですよ」


 今回、黒姫護晶と新型結界を製作した功績により、レネは貴族の一員として叙爵された。結果として失われたものはなかったが、それは結果論に過ぎない。結界が無ければもっと大規模に混乱が拡大していたはずであり、禍根も残ったと考えられる。そのため罰として結界開発者としての栄誉は与えられないという決め事は、実にあっさりと撤回された。


 そして他を突き放しての功績のため、もし断ると他の者も辞退せざるを得なくなる。ついでに国の囲い込みでもある。そのためレネは断れず、面倒だが受け入れるしかなかった。


 叙爵式では緊張のあまりかくかくとした動きになり、代表としての宣誓も見事な棒読みであった。そのため国王を始め列席した者達は笑わないように腹筋に力を入れ続け、次の日に普段は使わない場所の筋肉痛と戦うことになった。ちなみに不出来を笑うような不心得者は、最初から除外されている。


 国の上層部はレネが救国の英雄であることを承知している。だから不愉快にさせて出奔されないように気を配った。そうは言っても理性と感情は別問題のため、当然やっかみもある。レネとしては、避けられない厄介事の予感に泣きたい気分であった。


『領地がだだっぴろい荒野とはいえ、一応伯爵だからな。聞いただけで笑われる家名にするわけにも行かないのが困りものだ。一代貴族なら拝領したときにも変えられるから気楽なんだがな』


「私、領地運営なんてできないよ……。今は領民も居ないからダイルさんに丸投げできるけど、将来どうしよう。普通は一代貴族からなのにぃ……」


 レネはぱたりとテーブルに突っ伏す。拝領した土地はちょうど黒姫芋の栽培地だったため、今は管理をダイルに委託している。金の流れが複雑になるので、今のところは完全に丸投げであった。ちなみに領地が荒野なのは、嫌がらせではなくやっかみと苦労を軽減させるためである。


『一番手柄が一代貴族位では、他の功労者の分も抑えなければならないからなぁ』


「大丈夫だよ。とりあえず領地収入と税金は黒姫芋で何とかなるし、私達も手伝うから」


「ですね。支払いに困ったときは迷宮に行けば大丈夫でしょう」


「うう……、ありがとう」


 二人とも新設予定の家臣団に入ることが決まっている。当初レネは作るつもりはなかったが、エルセリアとセリエナから無いと就職希望者が無制限に押し寄せる可能性があると言われたため、形だけ編成したのだ。他には魔法騎兵団の面々も予定者として名を連ねている。


 エルセリアがいれば後ろ盾としてルトリスがいるように見えるので牽制となり、セリエナや魔法騎兵団の面々がいれば手は足りていると断る口実が使える。ついでに他の貴族と諍いが起きても、将来の家臣として口を挟めるようになるのだ。その場合、当然レネには監督責任が生じるが、そんなものは貴族にまつわる厄介事に比べれば些細なものである。


 騎士団側から魔法騎兵団を引き抜いてしまう形になるが、どのみち魔法騎兵を作れるのはレネだけであり、王都からも近いので常駐先をレネの領地にすれば良いとの結論となっていた。それでも何かと問題があるので、それを解決するためにレネが団長となることも決定していた。


 おかげでレネは形式の大切さを学ぶことができ、どんどんと追加されていく責任に枕を濡らした。


『本気で荒野を開発するなら、しばらくは領地に金を吸い取られることになるだろうな。領民が居なくて良かったな』


「居たら死んでた……」


 杜人は不可視念手でレネの頭を撫で、レネは気持ち良さそうに目を細めた。その様子をエルセリアとセリエナは温かく見守っている。


 そしてしばらく静かな時間が流れたところに、シアリーナとティアが資料を持ってやってきた。後ろには護衛のフィリも居る。三人とも正式な班員であり、シアリーナとティアは忙しさが増したレネの手足として頑張っていた。


「師匠、変更要望をまとめて来ました」


「追加は却下して、枠内に収まる変更のみにしています。それと事務局の人が呼んでいました」


 レネは身体を起こして資料を受け取り、杜人はジンレイの領域からソフトクリームを取り出した。


「ありがとう。助かるよ。……はい、ゆっくり食べてね」


「わーい!」


「ありがとう姉様」


「いつもありがとうございます」


 試作品を見たときに物欲しそうにしていた二人は、ソフトクリームを受け取ると隣のテーブルで休憩し始めた。フィリも受け取るとシアリーナの後ろで休憩する。


 レネは二人の笑顔を見て微笑むと、腕を上げて背筋を伸ばしてから立ち上がった。


「さてと、私達も動きますか」


「そうだね」


「行きましょう」


『よよよ、すっかり頼もしくなって……。待て、俺は褒めたん……ぐぇ』


 レネは笑顔のまま手を輝かせると杜人を素早く掴み、そのまま揉みしだきながら歩いていく。その後ろにシャンティナがリボンを揺らしながら続き、エルセリアとセリエナもいつも通りの光景に微笑みながらついていった。





 そして様々な苦難を乗り越えて開幕を明日に控えた夜。レネと杜人はやることをすべて終えたため、和室にてまったりしていた。シャンティナは既に別室にておねむである。


「何とかなって良かったね」


『まったくだ。領域を学院全体に広げてほしいなんて、恐ろしい要望を言われたときは困ったぞ。去年なら絶対に無理な注文だったな』


「だね。……そっか、モリヒトと出会ってから二年経ったんだね。色々あったなぁ……」


『死に掛けるようなことばかり思い出すのはどうしてだろうな』


 感慨深げに呟くレネに、杜人も深々と頷きながら同意した。そのためレネは笑いながら杜人をつつく。


「あはは、それは時期が悪かったからでしょ。解放期間前は主の出現が激増するみたいだし。だからもう大丈夫だよ」


『本当にそう思うのか? 俺としては、少なくとも一年は経たないと安心できない。この間も遭遇したじゃないか』


「うっ……」


 杜人の温かい笑みにレネは思わず目をそらす。学院祭の材料集めに行った際、見事に階層の主と遭遇してしまったのだ。幸い突進馬鹿の黒肉牛だったためあっさり片付けることができたが、簡単かどうかの問題ではないのである。


『まあ、強化の面からすれば実に効率が良いから、出会いたくないと言えないのが困りものだな。今はまだまだ長時間の実体化はできないからなぁ』


「ん……」


 最後に逃げ去ったときは、領域を解除してから長いとは言えない時間で再封印を行っている。決戦時は接続した端末の補助もあったので長時間顕現できたが、何も無い状態ではまだまだ負荷が大きすぎるのだ。


 レネは俯くと少し頬を染める。杜人は何か良い手はないかと考えているので気付かない。


「今はどのくらいできるの?」


『ん? 何もせず、その後に一晩寝込むことが前提なら、それなりの時間は可能だ。とにかく力を高めて処理能力を上げないと話にならない。我が夢、まだ半ばなり。だがしかし、諦めてなるものか。いつかきっとこの手に掴んで見せる!』


「むぅ……」


 夢の内容を知っているレネはほんの少し頬を膨らませたが、あさっての方向をみて手を振り上げている杜人はその変化に気付かない。無意識へたれであり、そんなことだからいつも良い人止まりなのだ。


 だから理解していなかった。一定域を超えた寂しがりやの一部は、たまにしっかり構わないと暴走するのである。そしてレネは、寂しがりや検定があれば最上級を獲得できる希少存在なのだ。


 そのためレネは素早く杜人を掴み床に置くと、不満を解消するべく早口で文言を言い切った。


「汝の主たる我が命じる。封印全解放、意思体顕現」


『んなっ……』


 正式な命令文のため拒否できず、杜人は光に包まれると一気に膨らんで実体化した。レネは頬を朱に染めながら笑顔でその胸に飛び込む。そして突然のことに驚く杜人が復活する前に、下から見上げて呟いた。


「私だけじゃ、だめ?」


「う……、いや、それはな」


「ずっと一緒って言った」


「いや、まあ」


「愛してるんでしょ?」


「ええと」


「だめ?」


 レネは抱きつきながら、しっかり視線を結ぶ。短い言葉の連なりであるが、想いはこれまで以上に込められていた。杜人はしばらく無言で揺れるレネの瞳を見つめる。気持ちに応えても多くの障害が待ち構えているのは予想できたが、嘘をつきたくは無かった。そのため、色々なことを考え、何度か瞬いてから微笑んだ。


「……駄目では、ない。もう離さないから覚悟しておけ」


「えへへ」


 一時の嘘でごまかすことを良しとしなかった杜人は、色々な覚悟を決めるとレネを優しく抱きしめた。レネも嬉しそうに微笑んで目を瞑り、杜人は手を動かすとレネのおとがいに優しく触れた。






 天に在る無数に煌めく星々。それらは近くても、触れ合うことはない孤独な存在。天に在る星のように近くに見えても遠かった存在がふたつ。共にありながら分かたれていたふたりは、長く険しい道のりを支え合いながら諦めずに乗り越え、ようやく想いをかさねた。



 fin.


これにて完結となります。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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