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黒姫の魔導書  作者: てんてん
最終章 天に在りしは星の煌き
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第15話 巡る運命

 次の目的地は図書館である。給料をもらっているので無断欠勤をするわけには行かないのだ。といっても館長はレネのことをよく知っているので、ある程度の融通は利いてくれたりする。


「なるほど。不思議な話はよくあることです。探求心を持つことは学ぶ者として大切ですから、理由としては十分です。不在時の心配は要りません。帰ってきたときにぜひ詳しく教えてください」


「分かりました。後で報告書として提出します。無理を言って申しわけありません」


『さすが話が早い』


 図書館に常駐している館長には正直に理由を話し、快く了承を取り付けた。事務局の出来事が夢であるかのような簡単さであった。あまりの簡単さに、思わずレネはこっそりと手の甲をつねってしまった程である。


 予想以上に順調に進んだため、レネと杜人は少し前に感じた嫌な予感は気のせいだったと胸を撫で下ろした。そんな気持ちが緩んだところを見計らったかのように、館長は優しい笑みを浮かべてレネに尋ねた。


「そういえば、最近も何やら活躍したそうですね。よろしければで良いのですが、実際はどうだったのかを教えて頂けると嬉しいですね」


「うっ……」


『おっと、繋ぎかたが上手だな』


 最初に出された要望を全面的に受け入れてからお願いをする。最初に貸しを作っているので、何もせずに聞くより聞きだしやすいのだ。しかも選択権を相手に委ねているので強制による不快感もなく、生き死にや金銭が絡むわけでもない。だからこそ、恩を感じるならこの状態で断れる者はまず居ない。


「えっと……。では、少しだけ」


「はい。よろしくお願いします。こちらへどうぞ」


 館長は来客用のソファをレネに示すと温かいお茶を用意し始めた。そしてついでにお茶菓子も出すと対面のソファに座り、手帳を懐から取り出して聞く体勢に入った。レネは一度喉を潤してから覚悟を決め、恥ずかしそうに頬を朱に染めながら話し始める。


『少し……か』


 杜人はできるかなと言いたげに口角を上げると、二人の間にあるテーブルに着地した。


 聞き上手は相手が進んで話してしまうように誘導する技術を持っていて、説明好きは話し始めると止まらない。そして館長は普段から話を収集して物語を編纂するほどの人であり、レネは知っている知識を話すことが好きである。そこから導かれる簡単な結論に杜人は気が付いているのだ。


「そこで……」


「なるほど」


「そのとき……」


「と、言いますと?」


 館長は優しく微笑みながら相槌を打ち、話の詳細を聞きだしていく。そして知識を教えるのが好きなレネは、徐々に口が軽くなっていった。その様子を杜人は予想通りと頷きながら見守っていた。


「貴重な話をありがとうございました。気を付けて行くのですよ」


「こちらこそ無理を聞いて頂き、ありがとうございました」


 そしてレネはすっきりした表情で図書館を後にした。そこには最初にあった羞恥は欠片もない。そのため杜人は確認のため笑顔でレネに近づいた。


『これで仕事のほうは大丈夫だな』


「だね。良し、この調子で次に行こう!」


 レネは元気に拳を天に突き上げると、笑顔で次の場所へと向かう。色々話したことを気にしていないようなので杜人はまあ良いかと肩を竦めてから横に並び、後ろをシャンティナが静かに付いていった。






 レゴルのところは不在の連絡だけなので、予想通り簡単に終わった。その際に新型結界の術式を精霊結晶に封入する作業を頼まれたが、レネは簡単に終わらせて次へ向かった。ちなみに封入した数は百個ばかり。普通の魔法使いなら一月あっても終わらない数である。頼むほうも非常識だが、受けるほうも何とも思っていない辺り、レゴルはレネのことをよく分かっていると言える。その際に対外的に言う理由も作ってもらえたため、悪い予感は気のせいだったと更に機嫌が良くなった。


 そして本日の最後はダイル商会である。商会長のダイルは目がまわるほどの忙しさのため会えず、リュトナに連絡することになった。応接室に案内されたレネは与えられた理由を話し、リュトナも疑うことはなかった。


「十日程度でしたら支障ありません。街も落ち着いていますので大丈夫でしょう」


「ありがとうございます」


『混乱を生まないように調整するのは大変だろうに。ありがたいことだな』


 リュトナは何でもないことのように言ったが、不安定なときにいつもとは異なる事柄が発生すると普段なら気にしないことでも気にかかり、要らぬ憶測を呼ぶのである。


 今回で言えば、いつもは毎日引き取っているのに在庫が倉庫に溜まることによって、レネの不在が関係しない職員にも分かる。何故不在なのかと考え、笑い話で『怖くて逃げたのでは』と言ったとする。普段ならここで終わる話であるが、迷宮の封鎖という異常事態が起きているため軽口が独り歩きして『本当に逃げた』ことに変わり、殲滅の黒姫が逃げ出すほどの事態だと噂が広まれば王都中に大混乱を引き起こすかもしれないのだ。


 これは極端な例だが、小さいことまで考えれば了承したくなくなるくらい大変なのだ。そのため杜人は何か恩返しできることがないかと考えた。


『レネ、ちょっと迷宮の新情報がないか聞いてみてくれないか』


「ところで、迷宮について何か新しい情報は入りましたか?」


 迷宮が閉鎖され続けて困るのは誰でも同じなため、困ったことが起きていないかの確認である。


「いいえ、特には。転移事故が起きるかを確認するわけにはいかないので転移石を生成して変化をみているそうですが、そちらは相変わらず失敗続きだそうです」


「そうですか。残念です」


 リュトナは微笑んでいるが、声に僅かだが不安が乗っていた。そのため杜人は不安を取り除く方向で案を考える。


『変化がないことが、逆に不安に繋がっているのかもしれないな。うむむ……レネ、あの新型結界は学院の許可がないと設置しては駄目なのか? 結構強力だから、万が一解放期間が来ても安心できる場所があると思えれば、少しは不安が和らぐと思うのだが』


 迷宮を身近に置き生活している者達は危険をよく知っていて、それでも滅多に起きないために迷宮がもたらす災害を忘れて生きている。だからこそ、誰もが言葉にしないが、経験したことのない異変にもしかしたらと思っている。


 そのため杜人は、起きたらどうしましょうなら起きても安心と思えるものを作っておけば良いと考えた。レネは少しだけ考え、確かにその通りと思ったため実現できる方法をリュトナに提案した。


「リュトナさん。実は学院の結界が新しくなったんです。作成には私も協力しましたので、暗号化や所持限定を施した術式の封入はできます。本体の精霊結晶を自前で用意しなければなりませんが、今申請すればほぼ同じものをすぐに設置できますよ」


「え? あ……」


 リュトナは唐突な提案だったため不安を読まれたことを悟り、隠しきれなかった未熟を恥じた。そのため少しだけ頬に朱が差したが、今まで培ってきた経験により気持ちを一瞬で切り替え、費用のことなどを考え始めた。


 学院に設置されている結界は国内最高峰の性能であり、平民の店舗に設置しても費用対効果を考えれば過剰設備となる。そして迷宮が封鎖されているため精霊結晶の在庫は減る一方であり、価格も高騰し始めている。それを用いて店舗に設置するとなると、利益がでないので大赤字である。


 しかし、この機会を逃せばレネが居なくなるので、申請してもすぐに設置することはできなくなる。そしてダイルからは、近いうちに大変なことが起きるかもしれないと仄めかされていた。


 そのような情報を整理しながら検討を続け、悩みに悩んでから、一時的に損をしてでも安全を取ることに決めた。


「…………お願いできますか?」


「良いですよ。それじゃあ、精霊結晶を持って一緒に学院に行きましょう。……手土産を持っていけば、たぶん大丈夫だと思います。それは私が用意しますね」


「ふふっ、よろしくお願いします」


 そっと目をそらしたレネの様子に、リュトナは不安を忘れて微笑んだ。そして準備をしてから連れだって学院へと歩き始めた。


『今まで出していないものにしないと駄目だろうな。さて、何かあったか。クリーム系が好評なんだよな……』


 本日は既に事務局への付け届けを行っている。そこに急な仕事を追加するので、同じ物では駄目なのだ。そして基本的にレネの手土産は杜人が考えてジンレイが作ったものである。超甘党に手土産を考えさせてはいけないと既に判明しているためだ。


『レネ、手土産を考えるから、ゆっくり、ゆっくり自然に歩いてほしい。引き伸ばしの会話は任せた』


 杜人の無茶ぶりにレネは微笑みながら微妙に頬を引きつらせたが、持っていかないのは論外のため覚悟を決めて行動に移す。


「そういえばリュトナさんは大賢者様の逸話でどれが好きですか? 私は……」


「ふふっ」


 困ったときは大賢者。レネは心の中で感謝しながら話し続ける。リュトナは当然不自然な引き伸ばしに気付いていたが、微笑みながら速度を合わせて歩いていく。杜人はその間に大至急内容を考え、ジンレイに指示を出した。


 そしてついに事務局へと辿り着いたレネは、手土産をジンレイの領域から取り出すと深呼吸をして中に入っていった。


「あら、何か伝達忘れでもございましたか?」


 窓口の女性事務員は優しく微笑みながら首を傾げる。しかし、目はレネの手にある紙箱に注がれているので、そんなことを思っていないのはレネにも分かった。そのため笑みを張り付かせたままそっと差し出した。


「お仕事お疲れさまです。新作ができましたので、どうぞ皆さんで試食をお願いします」


「いつも申しわけありません。皆楽しみにしているのですよ」


『うまくいきますように……』


 受け取った女性事務員は奥に歩いていき、休憩用のテーブルに箱を置いて中身を取り出す。見た目はシュークリームのため首を傾げたが、中身が違うのだろうと皿に取り分けていく。そこに他の事務員も集まり、皿を持って戻っていった。


 時間がないので完全新作は無理である。そのためレネは笑みを固まらせたまま、杜人は両手を合わせて推移を見守る。リュトナも微笑みながら観察していたが、慣れた行動に学院祭のとき以上に苦労しているのだろうと事務員達に同情していた。


 結果、生クリーム、カスタードクリーム、チョコクリームが入った三色シューは笑顔で受け入れられ、ダイル商会に新型結界魔法具が無事設置されることになった。






 明けて次の日。レネは出発前最後の講義を行い、最後に聴講生へ休講を連絡する。


「以上です。質問はありますか。……では最後に連絡です。少しの間、調査に出かけるのでその間の講義は休講になります。再開日時は事務局の予定を確認してください。それではこれで終わります」


 一瞬どよめきが生まれたが、それ以上は何もなくおとなしく退出していく。そしていつも通り、ティアとシアリーナが近づいてきた。護衛のフィリは後ろで影のように付き従ってる。


「師匠、長くかかるのですか?」


「予定は三日くらいだけど、念のため十日見ているの。課題用の薬草分布調査だから本格的にはやらないけれど、予定通り行くとは限らないからね」


 レネは自然な調子でレゴルから与えられた理由を説明する。慣れないときならば棒読みになっていたものなので、頼もしい成長に杜人は近くを浮遊しながら涙を拭く真似をした。


『よよよ、純真だったレネがあっさり嘘を言えるようになってしまった。このままでは嘘つき人生まっしぐらになってしまう。ああ、どこで間違えたのだろう……』


 間違えたも何も、レネの見本は杜人であり、もちろん杜人は分かって言っている。レネもいつものことなので特に気にせず、後でという意味を込めてちろりと視線を動かしただけである。そのため杜人は強くなったなと笑みを深め、手を振りながら横に流れていった。


「姉様、気を付けてね。ティアのことは任せてください」


 シアリーナは状況を理解しているので、言った理由が見せかけであると悟っている。ただ、出かけなければならないのは本当であり、早目に帰ってこようとしていることは分かる。そのため引き留めるようなことは言わない。レネもそれが分かったため、優しく微笑むと二人の頭を優しく撫でる。


「ありがとう。リーナが居るから安心して出かけられるよ。ティア、なるべく早く帰って来るようにするから、きちんとリーナの言うことを聞いてね」


「う? 分かり、ました?」


 ティアはわざわざ言われた意味がよく分からなかったが、いつも通りなので深く考えることなく頷いた。そのためシアリーナはほんの少し口の端を上げた。


「それじゃあ、今日からティアのところに泊まるね。フィリ、準備お願い」


「分かりました」


「了解!」


「……ほどほどにね」


 きっと一晩中ティア()遊ぶのだろうとレネは予想し、思わず似たような性癖がある杜人を見る。ティアはまだ気付いていないようなので、教えたほうが良いか悩むところである。杜人は視線の意味を理解すると、肩を竦めて笑った。


『これも一種の愛情表現だから、相談されるまでは放っておけ。ほら、俺のたゆまぬ努力による愛情表現によって、レネはこんなに俺をす……。ちょ、ま……ぐぇ』


 レネは最後まで言わせず一瞬の早業で杜人を掴み取ると、手を後ろに回して口を封じた。そして恥ずかしさを誤魔化すために揉みしだき始める。


 こうしてレネと杜人は、必要な者達に対する連絡を一応無事に終えたのであった。






 そして夜。レネとシャンティナは一緒に荷物の最終確認をした。


「衣類、良し」

「よし」

「魔法薬、良し」

「よし」

「筆記用具、良し」

「よし」

「携帯おやつ、良し」

「よし」

「予備のおやつ、良し」

「よし」

「万が一のおやつ、良し」

「よし」


『……いったいどこに行くつもりなんだ』


 レネが笑顔で鞄に入れているもののほとんどはおやつである。いくらジンレイが居るとはいえ、ふざけていると言われかねない内容に杜人も笑うしかない。


「何言ってるの。最後の最後に必要なものは、諦めない気持ちでしょ。でも、気力がなければ保つのは難しいし、甘い物は気力を与えてくれる。だからおやつは必要なものなの」


 レネは笑顔で言いきり、シャンティナも同意して頷いている。その超越した理論に、もはや杜人は諦め顔である。


「良しできた。さ、明日は早いしもう寝よう」


『それが良い……ん?』


「どうしたの?」


『……いや、何かが消失したような気がしたのだが、特に変わっていないから気のせいだろう』


「変なの」


 こうして出かける準備を終えたレネは、笑顔で夢の世界に旅立っていった。






 迷宮の奥深く。未だに到達者が居ない、水晶柱の周囲以外は無明の闇が支配する領域。光が届かぬ闇の中で、破られた本のページが一枚、淡く光を放ちながら浮かんでいる。下には同様のページが複数枚落ちていて、全てが黒く塗りつぶされていた。


 浮かんでいる一枚も闇に侵食されていて、光を徐々に弱めながら黒く塗りつぶされていく。そして全てが暗闇に染まると静かに床に落ち、他のページと共に闇に溶け消える。


 そして何もないはずの闇に、小さく思念が蠢き始める。


『………………滅ビヨ……』


 思考すら叶わぬほどの強固な封印は、長い時の果てに闇に呑まれて消失し、古き時代に封じられていた無明の闇が、目覚めた。


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