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黒姫の魔導書  作者: てんてん
最終章 天に在りしは星の煌き
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第06話 赤焔の渦海

 探索者が設けている中継地点は階層間を繋ぐ通り道に作られている。といっても恒久的な場所ではなく、立ち寄って休憩する探索者が交代で結界魔法具を使っているだけである。それでも精神の休息は取れるため、入れ代わり立ち代わり絶えず探索者が逗留しているのだ。


「うわ……あれはまずいよ。結界が消えかけてる。急がないと!」


 周囲には大量の幻燈が漂っているが、まだ遠い場所からでも結界を見ることはできる。普段ならば一定の光を放っているはずの結界は、大量に流れ込む幻燈がぶつかることによって明滅を繰り返し、輝きも消えかかっていた。


「こちらから展開するのは、もっと近づかないと無理です」


『……まずいな。到着前に消えるとばらばらに逃げかねない。ついでにこっちにも集まり始めたから、とても邪魔だ』


 魔法薬は飲んでいるので結界が消えてもすぐに死ぬわけではない。しかし、ばらけてしまっては守ることも難しくなる。そして疾走するタマの周囲にも集まり始めているため、視界が塞がれて思うように速度を上げられない。排除しようにも正面には中継地点があるため、下手に魔法を使えないのだ。そのため今は、エルセリアの障壁に包まれた状態で弾き飛ばしながら走っていた。


「これ、邪魔?」


『ん? ああ、邪魔だ』


 一番後ろに座っていたシャンティナは周囲の幻燈を指差して聞き、返事を聞いてから曲芸師のように疾走するタマの上に立ち上がった。杜人は少しだけ後ろを振り向き何をする気だと首を傾げるが、レネ達は中継地点の結界を見ているので気付いていない。


 そしてシャンティナが大きく息を吸い込んだとき、結界がついに消滅した。


「……ああっ、消えた!」


『なに!』


 レネの声で杜人は慌てて前に向き直ると、とりついていた幻燈が押し潰すように中継地点になだれ込む様子が見えた。誰もが最悪の事態を想像し声も出せずにいたが、シャンティナだけは慌てず騒がず体内の魔力を活性化させると、前方に向けて腹の底から魔力を帯びた声を放った。


「――――っ!!」


『ぬおっ……』


「きゃぅ……」


 同時に耳には聞こえない何かが響き渡り、レネ達は思わず耳を塞いだ。そして見えない何かは大気を震わせながら前方の幻燈を消し飛ばしていき、慌てふためいていた探索者達に直撃してそのまま全員昏倒させた。


『……っと、良くやった!』


 魔力による干渉を受けない杜人は状況を素早く認識し、速度を上げて出来上がった道を駆け抜けていく。


「うくぅ……。これ、竜咆?」


「多分……良し、結界展開」


 遅れて復帰したレネは恐怖を振り払うように頭を振り、エルセリアも頭を振ってから心を落ち着かせ、近づいた中継地点に結界を展開した。


 指向性を持って放たれたためレネ達への影響は最小限である。それでも心の底から這い上がる恐怖を感じていた。ちなみに直撃を受けた探索者は到達した衝撃波ではなく、ただでさえも感じていた恐怖を一気に増幅されたために昏倒していた。


 結界に向けて杜人は消えかける道を全力疾走し、速度を緩めることなく飛び込む。そして勢いを殺すために円弧を描きながら速度を落とし、停止したときには結界の外は再び集まった幻燈に覆い尽くされていた。


「エルセリアは警戒をお願いします。レネは探索者が外に居ないかを確認してください」


「了解!」


「念のため複数展開しておくね」


 タマから降りたセリエナはすぐさま指示を出し、自身は結界内に居る探索者に向かう。結果、特に重傷者はなく、タマを使って一か所に集めてから一息つくことになった。


 杜人は椅子とテーブルを取り出し、腹ごしらえと頭の栄養用にシュークリームを用意した。そして食べ終わったところで、わざとゆっくりした口調で話を始めた。


『それで、この状況に心当たりはあるか?』


「んんー……、一番近いのは『赤焔の渦海』かなぁ。過去に一度だけ目撃された現象なんだけれど、丘の上から見たとき、一面の炎が渦を巻いて海みたいにうねっていたんだって。そのときはたくさん犠牲者が出たらしいよ」


『主ではなく現象なのか?』


「それが分からないんだよ。階層を閉鎖したらいつの間にか消えたから階層の主ではないかと言われているけれど、該当する魔物は居ないし炎の中に入った人は全員死んでいるからね」


「……」


 その情報に全員が押し黙り、結界に視線を向ける。そこには無数の幻燈が周囲を回りながら蠢いていて、一面真っ赤に染まっていた。当然外は見通せない。


「今くらいの熱量ならしばらくは大丈夫。だけど、魔法薬の耐性程度ではこの熱量を防ぐのは無理だよ。あの人達も、レネの魔法具を持っていたから無事だったんだと思う」


「魔法具の消耗を確認しましたが、朝から居る私達より減っていましたからね」


 魔法具は二つ一組のため、中には一組を分け合って付けている者もいた。そのおかげでかは分からないが、少なくとも捜索できる範囲内に犠牲者は居なかった。


『食料はあるから持久戦になっても大丈夫だが、主だった場合は逃げられないことになる。そのため、これからは階層の主であるとして話を進める。まず確認しなければならないのは、群体型なのか中央指令型なのかだ。群体型の場合はかなりの数を消し去るまで脅威は継続するから持久戦になる。中央指令型の場合はこの中からどうやって見つけるかが問題だな』


 杜人は腕組みしながら情報を整理し、案と問題を出しながらテーブルの上を歩く。


『ちなみに俺の予想では中央指令型だ。理由は群体型の場合、このくらい多ければ接触する確率も増え、もっと目撃されていてもおかしくないからだ。この灼熱の階層は探索者が行動する場所が他の階層よりだいぶ狭い。だから行かない場所で指令部分が発生しても、接触されないから知られずに消えていく。というか、動きを見ると周囲の幻燈を支配して己の一部として組み込み、操っているんじゃないかと思う』


「もしかして、どちらにしても時間が経てば経つほど強化されて、そのうち手に負えなくなる?」


「結界への負荷は上がり続けているから、熱量は少しずつだけど上がっていると思うよ」


「……現状の厚みがどの程度か見てみましょうか」


 セリエナの提案にエルセリアが頷き、位置をずらしながら連続で氷滅平原を発動し限界まで遠ざけていく。その結果、完全に炎の海に埋没していることが判明しただけだった。


「一応結界に対する負荷は減少したから、地道に消していくこと自体は無駄ではないよ。けど、繰り返しても補給されるから大変だと思う」


「……では、対処のしやすさから暫定として中央指令型としましょう。この中から見つけられる案はありますか」


 セリエナの問いに誰もが静かに考えるなかで、今まで静かにしていたシャンティナがおもむろにひとつの方向を指差した。


「あそこ、です」


『ん?』


「え?」


 つられて全員が指差す先を見ても炎の海があるだけである。そのため向き直った一同は首を傾げ、シャンティナも真似して首を傾げる。指差す先は移動しているのだが、何度見ても変化は確認できなかった。しかし、今までの実績から信じない理由はない。そのためエルセリアは問答無用で魔法を連続発動させた。


 だが、発動する直前にシャンティナの指が素早く動き、効果範囲から逃れていることを示す。動いていないときもあったが変化がないため、前後に逃げていると推測できた。そうこうしているうちに急激に動くことが無くなったため、有効範囲を学習したのだろうと攻撃を中止した。


『やはり見えないと駄目か?』


「あてずっぽうですからね。いくら天級の範囲があっても厚みはそれ以上ですから。それと、こちらが攻撃できる距離を学習したようです」


 見えなければあてずっぽうに攻撃するしか手はないため、いずれは学習されてしまう。そのため誰もエルセリアを責めることはない。


「見えないから仕方ないよ。……せめて見えればなぁ」


 良い案が浮かばないレネがぽつりと呟いたことを聞いたシャンティナは一度首を傾げ、静かに立ち上がると息を大きく吸い込み始めた。


『ちょ、全員耳を塞げ!』


「わわっ」


 一度経験しているので何をしようとしているのかを悟った杜人達は、急いで耳を塞いで心を引き締める。直後にシャンティナから指し示していた位置に向かって竜咆が放たれ、炎の海に大穴を開けながら魔法の有効射程を超えて直進していき、渦巻いていた炎が短い時間であったが動きを止める。


「あれ、です」


『……誰か違いが分かったか?』


 シャンティナが指差した穴の奥を見ても、杜人には判別ができなかった。残りの面々も無言で頭を横に振る。


『そうか……、シャンティナありがとう。これはご褒美だ』


「ありがとうございます」


 杜人はシャンティナを座らせてから追加のおやつを置き、レネ達に向き直った。穴は既に塞がり、炎も元通り渦巻き始めている。


『得られた情報を整理する。まず、ほぼ間違いなくこの炎は階層の主であり、中央指令型の魔物だ。現在位置はおそらく巨大な円筒の中心で、天級魔法が突き抜けられないくらいの厚みがあり、削ってもあまり変化はない。結界に対する負荷は上昇中であり、このままでは対処できなくなるかもしれない。ここまでは良いか?』


 杜人はテーブルに広げられたノートにおおよその現況予想図を書き込んで確認し、全員が無言で頷いたため話を続ける。


『単純に逃げるだけならおそらく可能だ。エルセリアが障壁を張り、タマで入口まで移動すれば何とかなる。しかし、その場合は主を引き連れることになるから、通りすがりの探索者を巻き込んで間違いなく犠牲者がでるだろう。だから、これは本当に最後の手段とする』


 現状は先が見えにくくなっているため、杜人はあえて脱出する方法が存在していることを教えておく。最悪の手段であっても、助かる道がある場合は気持ちに余裕が生まれるためである。


『幸い、俺達には分からないがシャンティナは敵の位置が分かる。そこで今回はシャンティナを中心にして対策を組み立てようと思う』


 杜人は図の外周部に点を記入し、内部にもうひとつ円を描いた。


『この点が主の本体で、こちらの円は中心から届く魔法の有効範囲だ。作戦自体は単純で、レネがこの範囲の炎を一掃する役目だ。エルセリアは結界の維持とシャンティナに障壁をかけ、セリエナは突発的な異変がないかを監視する。シャンティナは俺の合図でさっきの声を放って炎の動きを停止させ、一気に詰め寄って倒す。これだけだ』


「確かに単純だね」


「それでも学習されたら難しくなるよ。さっきのでもっと遠くに移動したかもしれないし」


 エルセリアの懸念に対して、杜人はシャンティナに襲われた過去を思い出し思わず遠い目になった。


『……それに関しては大丈夫だ。シャンティナは一度狙い定めた標的は絶対に逃さない。それに炎との相性も良い。正直に言って、何もしなくても平気で動き回れるだろう。だから事前準備は念のためだ。シャンティナ、先程の敵を倒してほしいのだが、できるか?』


「はい」


「そう……ですか。それなら心配要りませんね」


 シャンティナはご褒美を頬張りながら普通に頷いた。リボンも機嫌よさげにはためいているので、失敗すると思っていないことも分かる。そして杜人の様子に何かがあったことを悟ったエルセリアは、それ以上は触らずにそっと目をそらした。


『良し、他に無ければさっそく実行しよう』


「了解!」


 手を叩いて気分を入れ替えた杜人はテーブルと椅子を片付けると星天の杖をレネに渡す。その後に中心にレネ、エルセリア、セリエナと探索者が固まり、結界の外縁部にシャンティナと杜人が待機した。


 そして杜人の合図でレネは第三章の封印を解放し、複製された魔法陣を制御しながら全方位を包むように魔法を発動した。


「……氷滅平原!」


「すごい」


「上から見るとこうなるんだね」


 地図魔法の表示画面には、渦巻いていた炎が一気に消滅して間抜けな円環になった様子が表示されている。よほど意表を突いたのか、動きも停止しているようだった。


「異常ありません!」


『良し行け!』


 待機していたシャンティナは合図と同時に結界の外に飛び出し、炎の壁が近づいたところで溜めていた竜咆を放ち、こじ開けられた穴に飛び込んだ。


 周囲に満ちる炎は放たれる熱量だけでも障壁を圧迫するが、シャンティナは平気な顔で駆けていく。明確に理解しているわけではないが、炎が己を傷つけることはないと本能で感じていた。そして、この炎は己に足りない何かを満たしてくれるものであることも。そして、以前に杜人から食べて良いと許可が出ている。


 だから、竜咆によって動きを止めた手の平に包める程度の本体を掴み取ると、迷うことなく口に入れ、咀嚼し、飲み込んで己の内に取り込んだ。


 瞬間、シャンティナの知覚は一気に拡大し、炎が満ちる空間の全てを把握する。そして中心部にいる杜人を認識したとき、この炎を邪魔と言っていたことを思い出し、満ちる炎を取り込み始めた。


 最初は周囲にある炎を取り込み、次に集まり始めていた幻燈を吸い寄せて取り込んだ。最後に知覚を広げてかき集め、この階層に出現していた全ての幻燈を己の内に取り込んで終了した。


『……良し、作戦終了だ!』


「良かった良かった」


「あはは……」


「なんとも……」


 シャンティナに炎が吸い込まれていく光景を結界の内側からレネ達は口を開けて眺めていたが、害がなければ気にしない杜人が最初に立ち直ると笑顔で宣言し、恐れる理由のないレネも笑顔で頷いた。そしてエルセリアとセリエナも変なことは杜人で慣れているので気にしない。


 だから戻ってきたシャンティナを、全員が笑顔で出迎えた。


『良くやった。問題無いか?』


「とても、おいしかったです」


「やっぱり食べたんだ……うん、ものすごく魔力量が増えているけれど問題無いよ」


 レネは苦笑しながらシャンティナを調べ、取り込んだものが害を及ぼしていないことをしっかりと確認した。その報告に杜人は頷くと、一転して真面目な表情になった。


『これで残された問題はひとつだけだ。重要なことだからレネが決めてくれ』


「え? ……うん」


 何だろうと思いながら全員が杜人を見る。それを確認した杜人は、傍に寝かされている探索者達を指差した。


『彼らを放置すれば、俺達のことは隠せる。ただ、異変は伝わっているだろうが人が来るとは限らないし、いつ目覚めるかも分からない。連れて行けば確実に目立つ。レネが、な。どうするかね?』


 最後にによりと笑ってレネを見つめる。実際に倒しているのならば大丈夫だが、今回は脇役である。さすがに名声を奪って平気な顔をできるほどにはなっていない。かといって放置は危険すぎるため選択できない。そのため結果を想像したレネは、これはまずいと冷や汗をかき始めた。


「う……。ほ、ほら、今回の責任者はセリエナだし……」


「無理だと思うよ? 有名な人が絡む噂はその人に集束しやすいから」


「確か以前も同じようなことがありませんでしたか? 連れて行く場合はタマを使うのですから、私の名前を連呼したとしても確実に名前が挙がりますよ」


 エルセリアとセリエナの言葉にレネは全てを諦めた表情になり、がっくりと肩を落とした。そこに杜人が近づいて下から覗き込みながら言葉をかけた。


『まあ、あれだ、レネは聞かれたら真実を言えば良いと思うぞ。そうすれば少なくとも嘘つきにはならないからな』


「……そうだね。そうするよ。はぁ……もう帰ろう」


「そうだね」


「報告もありますからね」


 レネはため息をつきながら理由をつけて心を納得させ、帰りの準備をし始めた。


 ちなみに噂というものは、例え真実を言っても終息しない。それどころか返って信憑性が増してしまう不思議な現象が発現するのである。もちろん杜人は知っていたが、レネの心の平穏のために黙っていた。終わらせるのであれば沈黙が一番なのだが、虚偽で心が押し潰されるよりは良いと判断したのである。


 当然エルセリアとセリエナは噂の持つ性質を知っている。だからそんなことをすればどうなるか気付いていたが、良い代案もないので杜人の案に乗ることにした。




 こうして不本意ながら、レネの噂にまたひとつ仲間が加わったのだった。


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