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黒姫の魔導書  作者: てんてん
第6章 写し鏡のその奥に
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第04話 きっかけ

 レネは講義後に事務局へ立ち寄って実習室の鍵を借り、ティアと一緒に実習室へと入った。ちなみにシャンティナも隠れたままきちんとついてきている。レネは中級用にした的を中央に置くと、優しい声でティアに話しかけた。


「それでは、何でも良いので初級魔法を使ってみてください」


「はい!」


 ティアはレネの機嫌がなおったと判断し、笑顔で元気に返事をする。そして鞄から魔法書を取り出して開き、氷針の魔法を構築していく。


『ほう、珍しいな』


「そうだね。使いこなせないと中途半端になるから氷系統は不人気なのに」


 少し離れた場所で観察しながら小声で意見を交わす。


 氷系統は必要魔力量は小さいが、扱いにくい系統でもある。実体魔法としては土系統に劣り、熱量攻撃は火系統に劣る。素材が変質しにくいという利点もあるが、力不足で倒せなければ己が死ぬだけである。そのためレネのように主攻撃として使う者は稀であった。


 観察していると少し遅めに魔法陣を構築し、魔力を込め始めていた。ところがレネのようにはっきりと輝くことはなく、ところどころ境界が曖昧にぼやけたような魔法陣となっていた。


『なんだかいびつだな。これが普通なのか?』


「平均より下程度かな。というか、きちんと魔力を練れていないから魔法陣をうまく構築できないんだね。だから魔力を込めても無駄になる量が多いんだよ」


 魔法を使うためには体内の魔力を把握し、動かし、練り上げ、集めることが必要であり、そこまでできて初めて魔法陣をきちんと構築できる。このうちティアは把握して動かし、集めることはできている。ところが練り上げが不十分なため、言うなれば薄い墨汁で文字を書いているような状態となっている。それでも読めなくはなく、この状態でも構築した魔法陣は発動する。


 レネは魔力を無駄にできなかったので、練り上げの腕は相当なものだ。そのため魔法陣ははっきりと形作られるのである。そこに魔力を込めても無駄になる魔力はまったくないと言っても良いくらいだ。


「魔力が少なければ最初から気が付くんだけどね。放出できる量が結構多いようだから、気付かずにいて変な癖がついたんだと思うよ」


『なるほど。初級は消費魔力量が小さいから気にならず、中級になったら無駄になる量が一気に増えて気付いたというところか。俺にはよく分からないが、なおせるのか?』


「さあ? 私がした訓練方法を教えるつもりだけれど、本人のやる気次第だからね……」


 先が見えず、死に物狂いで無駄になる魔力を削減しなければならなかったレネと違い、ティアは現状でも中級魔法までは扱える。そして上級魔法使いになれなくても欠陥のない紫瞳であれば路頭に迷うこともない。前提条件が異なるため、なおるとは断言できるはずがなかった。


 やがて魔法が発動し、氷針が的に当たって砕け散った。的には傷はなく、威力が弱いことを示していた。


『レネの倍以上の魔力を注ぎ込んで、威力は半分以下か』


「そうだね。私のは中級用なら刺さるからね」


 ちなみに普通は刺さらない。砕けるのが普通なのである。結果を見たティアは、普通のことなのに悔しそうに唇を引き結んでいた。


『……ふむ、少し追い詰められているようだから、下手をすると慰めるだけで心が折れる可能性がある。注意が必要だな』


「そっか、そういう可能性は確かにあるね。それじゃあ、どうするのが良いかな」


『そうだな……』


 褒めても逆効果になりかねないと判断したため、レネと杜人は方針について話し合う。そんな会話をしているところへ、期待と不安を浮かべたティアがやってきた。そのためレネは意識を切り替えると笑顔で迎えた。


「どうでしたか?」


「確かに魔力の練り込みが足りないようですね。今のままですと上級は難しいかもしれません」


『……良さそうだな。これでいこう』


 ティアは薄々感じていたことをはっきりと指摘されて俯いているが、心が折れた様子はない。そのため杜人は現状把握による改善を選択した。レネも小さく頷いて頭の中で流れを構築していく。


「中級になってから、魔法陣がうまく構築できないことに気付いたのですか?」


「はい」


「それで、何とかしようと練習しても良くならなかった」


「……はい」


「そして、かえって魔法陣が構築しにくくなってしまった」


「そ、そうです。どうして分かるんですか!?」


『実に素直だ。詐欺師に注意するのだよ』


 ティアは次々に当てられて驚いているが、レネは微笑んだままである。


 レネの言っていることは図書館にあった類似の症例から今までの言動を当てはめて推測、そして先程の魔法を観察した結果を合わせて話したに過ぎない。占い師などが使う、誰にでも当てはまることを言って次を推測し、的中したように見せかける手法の亜種なのだ。だから教えるわけにはいかないのである。


「癖になっているようなので、私が行った少し特殊な練習方法を特別に教えます。秘密ですから、誰も居ないところで練習してくださいね」


「は、はい!」


 本当は秘密にするようなことではない。そのため当初は普通に教えるつもりであった。しかし、それだけでは癖が取れないかもしれないので、思い込みの力を足した。


 シアリーナのおかげで、ティアがレネのことを知らなくても普通ではないと認識するには十分な実績を積んでいる。そこに知るはずもないことを当てて、とにかく凄いという意識にしてしまう。そんな状態で『特別に秘密の方法を教える』と言われて何とも思わない人はまず居ない。


 こうすることによって、同じ練習でも入る意気込みが異なるものになる。背後を閉じて逃げ道を塞ぐのではなく、道の先が見えているように錯覚させることによってやる気を持続させる手法だ。


 希望に目を輝かせるティアをその場に待機させると、レネは準備のために用具室に移動した。


『レネもうまくなったものだな』


「おかげさまで。それでも突発は無理だよ」


 事前に対処を考えて設定し、何度も復習しているから上手にできるのであり、例も何もないことにはまだまだ弱い。これは杜人が何度も台本による演技指導を行ったため、自然と身についた方法であった。


 言うなれば、すべての情報を記録して組み合わせながら再生しているのが現状である。それはそれで才能を上手に活用していると言えるが、本番に弱いことは変わっていない。


『それはこのまま練習すれば良くなるさ。こういうものは慣れだからな』


「それはとてもよく分かるよ。……これが良いかな」


 レネは実感を込めて答えると透明な硝子の器に水を入れ、こぼさないようにゆっくりとティアのところへ戻った。ティアは興味津々な熱い視線を器に注いでいる。


「今回はこれを使いますが、重要なのは水と、中を観察できる入れ物であることです。だから洗面器でもかまいません。使い方は、水の中に基礎魔法陣を構築して維持するだけです」


「それだけ、ですか?」


「それだけですよ。……こんな感じです」


 意外そうなティアに微笑みながら、レネは水中に魔法陣構築の基礎となる魔力の点を構築する。現れた光の点は、水中で揺らぐことなく存在を主張していた。


「水面が動いていませんね? これが良い状態です。魔力の練り込みが足らないと周囲に拡散して水面が動きます」


「わぁ……」


『なるほどな』


 レネはわざと魔力の練り込みを甘くして水面を動かした。それをティアと杜人は感心しながら観察していた。


「ですから最初はわざと動かすようにして、次に動かないようにすれば感覚が掴みやすいですね。どうぞ、やってみてください」


「分かりました!」


 ティアは器を受け取ると、中身を凝視しながら光の点を構築した。そして言われた通り練り込みを緩めようとしたのだが、ここまでやってやっとどうすれば良いかが分からないことに気が付いた。


「あのう、どうすれば練り込みが甘くなるのですか?」


「えっと……」


『言われてみればその通りだな』


 困った顔で見つめられても、感覚の世界のため個人差があり言葉で説明するのはとても難しい。そのためレネも困り果て、杜人をちらりと見て視線で救助を求める。しかし、杜人も急には良い案が浮かぶわけではないので、とりあえずこの場を誤魔化すことにした。


『落ち着かないと難しいと言って休憩しよう。そして飴を渡せば、食べている間は時間が稼げる』


「意気込むと余計難しいかもしれないかな。落ち着くために少し休憩しましょう。……はい。甘い物は心を落ち着かせてくれるよ」


「わっ、大きい。ありがとうございます!」


 杜人は保管していた飴を鞄の中に出し、レネは動揺を見事に抑え窮状を悟られることなく飴を渡すことに成功する。そして打ち合わせをするために椅子があるところに移動し、ティアから少し離れて座った。ティアは大き目の飴を嬉しそうな笑みを浮かべて懸命になめているので、しばらくは大丈夫そうだった。


『さて、感覚だから大切なのは想像力で良いのか?』


「たぶん……。私は中心に凝縮していく渦の速さを調節する感じかなぁ」


 レネは無意識にすべての保有魔力を練り込めるまでになっている。そのため逆に意識しないと練りこみ不足にならなくなっているのだ。


 ちなみに腕の良い魔法使いは全員意識しなくても練り込みを行っているが、保有魔力のうち五割もできれば良い腕と言われる。そして魔法を使うときに意識して行い、六割程度まで練り込めれば一流と言われるのである。


『なるほど。となると想像を真似させるより、分かりやすくて実行しやすいほうが良いな。ではこうしよう』


「ふむふむ」


 レネと杜人はティアに気付かれないように打ち合わせを行い、飴が食い尽くされる前に何とか準備を終えることができた。そして再び練習に戻る。


「それではゆっくりと息を吸い込み……ゆっくりと吐きます」


「すー、はー」


「次に、ゆっくりと息を吸い込みながら、基礎魔法陣を構築します」


「すー……」


「そして、今度はゆっくりと息を吐きながら、身体の力を抜きます」


「はー……。あ、できました!」


『筋は良さそうだな』


 吐きながら力を抜くと、明らかに水面の動きが激しくなっていた。そのためティアは何度も繰り返して確認し、嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「凄いです。どうしてなんですか?」


「息を吐いているときはね、力を入れにくいの。集中するときは力を入れるでしょう? だから入れにくい状態のときに更に意識して力を抜くことによって、無意識に入れていた力も抜けたの」


 重いものを持ち上げるときは意識しなくても呼吸を止めてしまう。そのほうが力を入れやすいからであり、意識して呼吸すると力が入りにくくなる。そこに拡散していく想像がしやすい息を吐く状態を利用し、力を抜く行為と無意識の練り上げを連動させたのである。


「注意点として、これはあくまでも感覚を掴むための方法だから、楽だからって繰り返しては駄目だからね。癖になると練り上げの精度が呼吸に左右されるようになるかもしれないの」


「気をつけます……」


『まあ、きっかけさえあれば、すぐにものにできそうな気がするから大丈夫だろう』


 筋は良さそうなので、一度意識して掴んでしまえば上達は早いと杜人はみている。感覚の世界では、何年もできなかったことがふとしたきっかけで突然できるようになるのは良くあることなのだ。


 そして予想通り、何度か繰り返しただけでティアは練り上げの感覚を己のものにし、魔力効率も徐々に改善されていった。


「ありがとうございました。このお礼はいつか必ずいたします!」


『なんのなんの。万倍返しにしてくれるだけで構わんよ』


 ティアは元気良く礼を言い、満面の笑みを浮かべて喜びを表す。杜人も回転しながら無茶を言うが、聞こえるはずもないので本気ではもちろんない。


 レネはその様子を少し考えながら見つめていたが、小さく頷くとかがんでティアの高さに視線を合わせた。


「お礼というわけではないのだけれど、お願いを聞いてもらえるかな?」


「え? はい。良いですよ」


『ん?』


 微笑んでいるが真剣なレネの様子に杜人は首を傾げ、推移を見守りはじめた。


「今日の講義で一緒だったリーナさんについてなんだけど、できればで良いから話しかけるようにして欲しいの。最初は挨拶や分からないところを聞いたりするだけで良いから、とにかく毎日」


「えっと、……いつも怖い顔をして何か書いていますから、そんなことをして邪魔したと怒られないでしょうか」


「最初は怒るかもしれないね。けど、それでも続けて欲しい。仲良くなってとは言わない。話しかけるだけ。それでもやっぱり無理と思ったなら続けなくて良いよ。どうかな?」


『……ま、構わないか』


 予定外のことだが、杜人は理由が何となく分かったのでそのままにする。ティアのほうはしばらくの間迷っていたが、話しかけるだけであり絶対ということでもないことと、あれだけ激しく喧嘩を売られたのにシアリーナのことを考えているレネの想いを汲んで最後には承諾した。


「じゃあ、できるだけ頑張ってみます」


「うん。お願いね」


 レネは身体を起こすとティアの頭を優しく撫で、追加の飴を複数渡す。ティアは喜んで受け取りポケットにしまうと、片付けをしてから元気に礼を言って帰っていった。


「……余計なことだと思った?」


『ん? 複雑になるのは確かだが、それで苦労するのはレネだからな。俺としてはまったく問題はない!』


「……ありがと」


 杜人は堂々と胸を張って宣言し、冗談めかした返答にレネは小さく礼を言った。


『ま、俺達はこのまま心を折りにいって、ティアが心に入り込む担当で良いと思う。うまくいけば心を折らなくても目的が達成できるから、ぜひ頑張ってほしいところだ』


 最終目標は心を折ることではなく、間違いを認めることができるようにすることである。ティアの言葉を聞けるようになったなら、無理に蹂躙する必要はないのだ。


「うん。……やっぱりさ、ひとりは寂しいと思うんだよね。私もなんだかんだ言ってもリアが居たから頑張れたようなものだし。おせっかいとは思うけど……」


 レネは講義室で初めてシアリーナと目を合わせたとき、瞳の奥に悔しさと寂しさで泣いていた昔の自分を見つけていた。そのため何とかしたいと思ってしまったのである。当時は分からなかったが、今はエルセリアの存在が心の支えになっていたことを自覚していた。


『なあに、きっかけなんて何でも良いんだ。願いはひとつなのだから、良いことをしたと胸を張っていれば良い。悩むなら失敗してからすれば良いし、それは次に繋がる糧になる。俺も居るから思いきってやって良いぞ。それに、もしおせっかいと思われたところで、どうせこれ以上評価は落ちようがないのだからな!』


 もちろん問題はある。しかし、杜人はレネが自ら考えて行動したことを評価し、良くやったと肯定する。動き始めれば多少の障害も苦にならなくなるが、動き始めにつまづくと失敗を恐れて動けなくなるかもしれない。


 だからいつか問題が発生するかもしれなくても、杜人はレネの行動を否定しない。そしてそれが己の判断であり、何があっても受け入れる覚悟を既にしているのである。


「あはは、それもそうだね。叩き潰すんだから、気にしても仕方がないよね。それじゃあ、私も頑張らないと駄目だね。さ、帰ろう」


 杜人に肯定されたことによって自身の判断に自信を持ったレネは、できることをやり抜き、どのような結果でも受け入れる覚悟をしたのだった。






 そして夜。初戦を完全に敗北してしまったシアリーナは、唸りながら術式を修正している。目が覚めたとき部屋の寝台に寝ていたため何があったか色々気になったが、フィリに聞くわけにもいかないので何も無かったことにしていた。


「むこうは何年もかけて研究しているのだから、効率化できていて当然じゃないの」


 そうは言っても負けは負けである。そして憶えている分の指摘は正しいものだったので、何を言っても気分は晴れなかった。


 今術式を修正しているのも次の講義に見せて実力をきちんと分からせるためであり、思惑としてはこうなる予定である。


「え、もう改良できたの!?」


「この程度はできて当たり前です」


 残念ながら、前提条件から間違えていることにまだ気が付いていなかった。術式を読めることは理解しても、指摘できたのは研究していたからと思っているのだ。そして本を置きながらめくって指摘したため、そのときに詳しく読んだと勘違いしている。


 その判断は常識の世界に生きる者ならとても正しかったのだが、元から普通ではないレネには適用できない。そしてシアリーナ自身も術式構築速度が他者よりずっと優れていることを自覚していて、今まではそれ以上の存在が居なかったため、自分を遥かに上回る化け物が居るとは思わなかったのだ。


 挫けにくい強靭な精神は、ときに辛い選択をしなくてはならない王族として得難いものである。そのため一度大敗した程度で折れたりはしない。


「見ていなさい……」


 レネが覚悟を決めたことを知らないまま、シアリーナは更に集中して修正作業を続けるのであった。


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