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黒姫の魔導書  作者: てんてん
第5章 祭りと騒ぎとその後と
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第17話 開かれた顎

「ふふっ、少し大人げなかったかな。でも、勝負なんだから仕方ないのよ」


 敵情視察から帰ってきたアイリスは、外に設けられた休憩用の椅子に座り、テーブルの上に並べられた品物を律儀に食べていた。残すのはともかく、食べずに捨てるのは問題外なのである。


 ちなみに大量購入させられたことに関しては、文句を言わずに料金をきちんと支払ったので、アイリスの中では個人的には出費が痛かったが対外的にはうまくかわしたという評価になっている。反撃があったということは、むこうも痛手を被った証拠と認識していた。


「これは甘いですけれど不思議な食感……。生地が薄いほうがクリームを楽しめるかも……」


 どれも丁寧に作られたと分かる出来であり、きちんと魔法効果もあった。そのため普通に勝負を挑んでいたら負けていたかもと、作戦勝ちににんまりと笑う。


「これはかみ締めると何とも言えない味わいが……。こっちは火傷しそうですけど良いですね」


 蛸は吸盤と皮を取っているので、見た目は白身である。そのため見ただけでは分からなくなっている。アイリスは手元に居る白い子犬を撫でながら、止まることなくどんどん食べていった。


「あ、もう無い。……ひとつくらい買ってきても大丈夫よね?」


 ちなみに買ってきた中で一番気に入ったのはチョコソフトである。既に食べたことのない味わいの虜になってしまっていた。そのためこっそりと買いに行こうとしたとき、それは突然天空に現れた。


「なに、あれ」


 表の会場から建物に隔てられた屋外訓練場の上空。建物越しでもはっきりと分かる高みに、巨大な魔法陣が出現していた。周囲の人たちも気が付いて、指を差したりしながら見つめている。そして魔法陣から光が溢れたために反射的に目を瞑り、次に目を開いたときには奇妙なものが出現していた。


「……おいしいソフトクリーム発売中?」


 魔法陣が消えた高み。会場のどこからでも見える位置に、文字と可愛らしい丸みを帯びた絵が出現していて、輝きながらゆっくりと動いていた。


 アイリスは描かれているものに見覚えがあったため、すぐにレネが魔法を使ったのだと分かった。そしてアイリスも優秀な魔法使いだからこそ、宙に浮かぶ絵を見て全身に震えが襲い掛かっていた。


「ありえない……。こんなことのためだけに術式を構築するなんて……」


 発動している魔法は、どう考えても今回の学院祭用に調整された魔法であり、少なくともアイリスの常識では天級規模の魔法である。ここで、実は魔法具の都合で上級魔法を繋ぎ合わせて発動していますと言われたら、そのまま卒倒したかもしれない。それは普通に天級魔法を使うより難しい制御であり、理論を言われても鼻で笑われる方法なのだ。


 しかし、魔法使いではない人達にはその異常さが分からない。そのため好奇心が強い人から動き始め、やがて内側で完結していた人の動きに明確な変化が起きた。


 その変化を、アイリスは呆然としながら見つめていた。





「わぁ……、やっぱりレネはすごいなぁ」


 構築から発動までの流れをルトリスの会場にて見ていたエルセリアは、レネの制御能力を賞賛する。一緒に作ったので術式は理解しているが、今のところレネ以外はまともに発動できなかったのだ。


 今の内容と規模でエルセリアが発動できるようにした場合、かなりの項目を魔法具に組み込まなければならないので星級規模になってしまうのである。同様の効果を発動できるという点では一緒だが、少なくともレネのような制御はできないため、素直に感心していた。


 ちなみに書かれている中には『ルトリス魔法講義会の会場はこちらです』という文字もしっかりと入っている。協力したのだから不思議ではないのだが、フォーレイアからすれば裏でルトリスが画策したように感じる。もちろんエルセリアは承知の上で、でかでかと文字を入れてもらったのである。


 エルセリアは天幕に入ると待機していた人員に声をかける。風体はどこにでも居そうな平民姿だが、全員ライルが寄こした不測の事態に対する要員である。


「そろそろ大丈夫ですよ。ただ、あまり長く居るとレネに顔を憶えられて怪しまれますから、気を付けてくださいね。見える範囲に行けるのは一日一度。ゆっくりと見て回る程度が限度です」


 レネは見ただけでは記憶しないが、意識すれば体格から身体の動きまで完璧に記憶してしまうので、服装を変えた程度では簡単にばれてしまうのである。そのため大部分は隠れて待機する予定となっていた。


 エルセリアは護衛達が出ていくのを見送ると、準備のために天幕の奥へ移動する。


「大変なのは明日からだろうから、今日のうちに遊びに行かないとね」 


 エルセリアは明日以降の様子を予想し、小さく微笑みながら自らの準備に取りかかるのだった。






「んー、思ったより少ないね」


『当たり前だ。この程度で押し寄せるわけ無いだろう。それでも流れは途切れないから十分だ』


「そうですね。始めるまでは誰も来ませんでしたから」


 レネとセリエナは広場の中央にある休憩場所で客の流れを観察していた。近くではシャンティナがリボンを楽しげに揺らしながら主に子供客に囲まれて飾り飴を作っていて、その客を捌くためにミアシュとレンティが魔法使いの姿で駆り出されている。


 ちなみにシャンティナの気配察知はもはや神業の域に達しているため、かなり広い範囲でレネに直接危害を加えようとしている者を簡単に見分けてしまう。そのためレネから離れていても守ることができるので、今の店舗が配置されている程度の広さならいつも一緒に居る必要がないのである。欠点は害意を持っているが直接危害を加えない場合は普通の者と見分けが付かないことだが、レネの命を守ることに関しては問題ないので欠点といえない欠点ではある。


 広場にはそれなりに人が居るが、店舗に行列ができるほどではない。その中でも売れているのは分かりやすい果実ジュースと似たようなものが売られていたクレープ、それと飾り飴と綿飴だった。たこ焼きと焼き蛸は遠巻きにされていて、意外なことにソフトクリームも売れていない。魔法具に至っては売り上げが零である。そのためセリエナも、売り子をノバルトとセラルに任せてこの場に居ることができるのである。


『さて、そろそろ売り上げ向上のために見世物になってもらおうかな』


「う……」


「きちんとできるでしょうか……」


 笑顔の杜人とは対照的に、レネとセリエナは不安そうにしながら身体を動かしていた。これは予想通りあまり売れていないため、レネとセリエナが先陣をきってたこ焼きと焼き蛸をおいしそうに食べなければならないためである。


『まぁ、いきなり客の目の前でやれといっても無理だろうから、事前に試食をして考えをまとめようか』


「うんうん、それは良い案だね」


「頑張ります」


 また試食ができるということでレネは笑顔になり、セリエナはぶっつけ本番をせずに済むため微笑んだ。二人がほっとしたところで杜人が店舗側で待機しているジンレイに合図を送ると、しばらくしてから品物が配達されてくる。ジンレイもはっぴを着ているが、それ以上に背筋を伸ばして歩く姿がさまになっているため自然と視線を集めていた。


「お待たせいたしました。たこ焼きと焼き蛸、それとソフトクリームです」


「わーい。……うん、おいしい。慣れると口の中で転がすのも楽しくなるね」


「私はまだ火傷しそうです。でも、確かにそうですね」


 わいわいと感想を言いながらレネとセリエナは笑顔で口に入れていった。







 中央の休憩場所にておいしそうに食べている二人を見ながら、クリンデルは慣れた手つきでたこ焼きを作っていく。溶かした生地を順番に入れ、蛸を投入して再び生地を満たす。そして程よく焼けたところで串にて流れるようにひっくり返している。その手つきの見事さに、レネ達を見て興味が湧いた客が寄り始めていた。


 そこに焼き蛸を作っていた従業員が鉄板に蛸を焼き始め、その上に調整した醤油もどきを塗っていく。すると辺りに醤油が焼ける良い匂いが立ち込め、客達は思わず唾を飲み込んだ。


「それは何を焼いているんだ?」


「空大蛸の足です。かみ締めると味が出てきておいしいですよ。あちらにはこれの小さいものが入っています。周りは小麦を溶いたものですね。どうぞおひとつ」


 そう言って従業員は聞いてきた客に小さい一切れを差し出し、客も一度レネのほうを向いてから恐る恐る口に入れた。その様子を周りの客が固唾を呑んで見守っていると、食べた客はしばらくゆっくりと口を動かしていたが、やがて大きく口を動かして飲み込んだ。


「これは良いな。ひとつくれ」


「お買い上げありがとうございます! 他の方も試食してみてください。あちらのたこ焼きもよろしくお願いします!」


 動き始めた客を見ながら、クリンデルはほんの少しだけ笑みを浮かべた。





 そんなことになっているとは知らないレネは、最後にソフトクリームを手に取って綺麗な渦巻きを舐め始める。コーンは円錐形だとテーブルに置けないので、少し持ちにくいが今回は転ばないように円筒形にしていた。


「たこ焼きは分かるけれど、どうしてこっちは売れないのかな? こんなに甘くて冷たくておいしいのに。……えへへへへ」


「実物がないからではないですか?」


 看板に絵が描いてあっても、食べたことがなければ味の想像がつきにくいものである。そのためレネもそれもそうだと納得し、満面の笑顔でコーンを食べつくしていった。


「食べ終わっちゃった……」


『うむ、実に良い食べっぷりだった。おかげで売り上げもあがるだろう』


「はい?」


 変な言い方にレネとセリエナは首を傾げ、杜人が指差すほうに顔を向けた。そこはたこ焼きの店舗だったが、先程までは居なかった客が何人か並んでいて、周囲ではたこ焼きを持って慎重に食べている人達がいた。焼き蛸も同様であり、ソフトクリームに至っては行列ができかけていた。


「え、どうして?」


『簡単なことだ。レネとセリエナが、ここでおいしそうに食べているのを見たからだ』


「……ジンレイさん?」


「さて、私は仕事に戻ります」


 何故か傍で待機していたジンレイは、容器を片付けると追及される前に一礼して立ち去った。セリエナは周囲の視線を気にしてみると、見事に視線がジンレイを追っていた。セリエナの問いを聞いたレネもそれを確認し『騙したな!』という視線を杜人へ送りつけるが、杜人は胸を張ってそれに応じた。


『おかげで手間が省けただろう。別に緊張しながら演技してもらっても良かったのだが。もしかして、そのほうが良かったか?』


「うぐ……」


 最近は視線を向けられるのに慣れてしまったため、いつものことと気にしていなかった。そのため自然な笑顔でおいしそうに食べることができたのである。


 言い返せなかったレネはがっくりと肩を落とし、杜人は嬉しそうに勝利の舞を披露する。それを見ていたセリエナは困った人だと力の抜けた笑みを浮かべた。


『こちらはこれで大丈夫だから、次は魔法具のほうをやろうか。セリエナ、窮屈そうに身体を縮めている二人にレネが始めて欲しいと言ったと伝達してくれ。レネは不測の事態に備えて、少し離れた位置で全体を観察しておこう』


「むー、……分かった」


「それでは行ってきます」


 レネはいつものことだとため息をついてから立ち上がると、邪魔にならない位置に移動し始めた。それにシャンティナが付いていき、子供達とミアシュ、レンティもぞろぞろと付いていく。その間にセリエナは店舗に移動し、店番をしていた二人に伝言を伝えてからジンレイとリュトナにも声をかけ、魔法具の店舗に入っていった。


「やっと出番だな。間違えるなよ?」


「そちらこそ。見てから動かないでくださいよ?」


 窮屈な店舗から出てきたノバルトとセラルは注目される前に身体能力強化をこっそり発動すると、身体をほぐしながら軽口を叩き合う。本来ならばミアシュとレンティも加わるのだが、今回は子供の相手をしているためお休みである。店舗の前には拍子木を持ったジンレイと、声を一定範囲に響かせることができる魔法具を装備したリュトナが移動してきている。


 そして全員が配置についたところでレネがジンレイに合図を出すとジンレイが高らかに拍子木を打ち鳴らして注目を集め、リュトナが説明を開始した。


「只今より、販売している魔法具を用いた演武を行います。演者はラウレス騎士学校所属、大会優勝組のノバルトさんとセラルさんです。二人の華麗な技をどうぞご覧くださいませ」


「……紹介があるなんて聞いていないぞ」


「これで無様なことはできなくなりましたね」


 二人は苦笑しながら胸を軽く叩いて魔法具を起動する。すると胸元から幾何学模様が描かれた光の奔流が溢れて全身を覆い、最後に広がるように弾けると中から銀色に輝く鎧と小盾を装着した騎士が出現した。その鎧と小盾も普通ではなく、所々に刻まれた紋章が淡く輝く派手な代物である。


 そのおとぎ話にいかにもありそうな姿に、観客はどよめきながらも笑顔を向けていた。


『見ろ、つかみは上々だ。これで装着の演出がいかに重要か分かっただろう?』


「うん。派手かと思ったけれど、こうしてみるとわくわくするね」


 もちろんこの無駄な演出は杜人の監修である。当初レネは単に幻影を被せるだけにしたのだが、杜人が絶対に必要だと説得したのである。


『ふふふ、変身にはロマンが詰まっているのだよ。レネもそのうち分かるようになる』


「あまり分かりたくないなぁ……。あ、始まるね」


 ノバルトとセラルが光剣を軽く合わせると、軽く光が飛び散った。そしてジンレイが時折拍子木を鳴らすのに合わせて、身体を入れかえながら打ち合っていく。そして拍子木の間隔は徐々に狭まっていき、打ち合いも速くなっていく。


「綺麗……」


『もう少し暗ければもっと派手だったな』


 既にレネの目には捉えられない速度で剣は振るわれていて、軌跡の残像と打ち合いの光が周囲を彩っていた。観客達もその光景に言葉もなく見入っている。


 そして一際大きな拍子木が鳴ると、二人は素早く距離を取り光剣を正眼に構えて向かい合う。観客達はその緊迫した姿に誰もが次が最後だと唾を飲み込んだ。


「目覚めよ!」


 合言葉と同時に剣から光が噴出し、鎧と盾も輝きを強める。そして即座に動き出した二人は一気に肉薄すると、ノバルトは上段から、セラルは横薙ぎの一撃を繰り出した。二人の光剣はそれぞれの鎧を捉え、同時に光剣と鎧は膨れ上がると粉々に砕けて消失した。


 最後にジンレイが終幕の拍子木を打ち鳴らし、ノバルトとセラルは観客に向き直ると一礼する。


「はい。素晴らしい演武をありがとうございました。二人に盛大な拍手をお願いいたします!」


 それを合図にわっと歓声があがり、拍手が響き渡った。その中をノバルトとセラルは笑顔でリュトナのところへ移動していった。


「さて皆様、先程の演武で使用した魔法具がこちらです。幻影魔法を使用していますので、同じ術式にて製作した幻影魔法以外にはいっさい影響がありません。おひとついかがでしょうか」


 リュトナは光剣を起動すると、自らの手足を切りつけて安全であることを示す。そうして孫であろう男女二人の子供を連れた身綺麗な初老の男性に声を掛けた。子供達は物欲しそうな目をしていたが、男性は迷いながらも高いから無理と首を振る。


「はい、ありがとうございます。確かに簡単に買える値段ではございません。高いから無理。その通りでございます」


 それでもリュトナは微笑を絶やさずに男性の言葉を肯定する。そのため男性は笑いながら頷き、周囲の観客も同調して頷いた。それを見たリュトナの目がきらりと光り、声の抑揚を制御しながらの解説が始まった。


「実はこの値段、これでも大変お安いのです。もし店売りをするならば、確実に三倍以上となるでしょう。では何故ここでは安く売れるのかと言いますと、材料の入手から特殊な専用術式の開発、封入までを、学院所属の上級魔法使いである班長が、学院祭のために一括して手がけているからです。つまり、お高い部分はこのように綺麗に加工するための外注分というわけです。素人が加工しても不恰好ならまだましで、ささくれだらけになったら危ないのです。そうなってしまったら大切に飾るしかできなくなってしまいます」


 リュトナは剣の柄を大切そうに両手で捧げ持つと、頭を下げて『こうなります』と実演し笑いを取った。


「もちろんこの後は勉学に集中するため、手がけることはできずに全て外注となります。そうなりますと、当然この値段では利益が出ないために売れません。つまり、この機会を逃せば、この値段では絶対に買えないのです!」


 人は限定に弱い生き物である。この場限りと言われただけで、要らないのに購入したくなる魔力を秘めている。そして孫は何故かかわいいものである。そのため最初に声をかけられた男性の財布の紐が緩みかけているのは、観客と共に観察していたレネでも簡単に分かった。


「上手だね……」


『さすがとしか言えないな。レネ、そろそろ来るぞ』


 売れる見込みのある客を選別する眼力もそうだが、他に聞いている客も引き付ける話術に二人は感心していた。レネは以前にもつい興に乗った話術で品物を買わされかけた経験があったが、知っていても引き込まれるうまさであった。


「まだ、まだ駄目でしょうか。……いたしかたありません。班長に涙を呑んで頂きましょう! 班長、もう少し安くなりませんか?」


 リュトナは唐突にレネを指し示して笑顔で問いかける。当然注目を一身に集めることになり、レネは背中に汗を掻きながらも笑顔を保ったまま首を横に振った。そのため落胆のため息がちらほらと聞こえることになった。


「駄目ですか。……では、一組ではなく二組同時に購入されたお客様にならどうでしょう。少しくらいは……」


 リュトナは少しだけ考えてからまたもやレネを指し示し、レネは顎に手を当てて考える振りを行ってから指を一本立てた。


「ありがとうございます! 皆様、班長より許可が下りました。品物を二組、二組同時購入されたお客様には、合計金額の一割を値引き致します! ……ところで班長、ここには三種類あるわけですが、全てご購入されたお客様には何も無いのでしょうか?」


 一割値引くという声に客が動く前に、リュトナは『ありますよね?』という笑顔でレネに問いかけた。レネは驚いた表情でしばらくリュトナと見つめ合い、根負けしたように小さくため息をついてから指を一本立ててから手を開いて五を示し、次に両手で六を示してから指を二本立てた。


「無理を言って申し訳ありません! 三組以上同時購入の場合は一割五分、そしてなんと、先手を打って六組以上同時購入の場合は、二割値引きしても良いそうです! 開催期間中は現物を提示して頂ければ追加購入でも値引きを致しますので、後でもっと欲しくなったときも安心です! さすが班長、その思いきりの良さが、大広間の罠を二度も突破し、主を単独で討伐できた秘訣でしょうか!」


 最後に最重要な情報をあっさりと開示する。主の単独討伐や大広間の罠を二度も突破したため、殲滅の黒姫の名は広く知られているのである。そしてそんな有名人が自ら作った魔法具となれば、同じ品物でも箔が勝手に追加されるのだ。


 またもやレネに注目が集まる。レネは微笑みながら観衆に一礼してから地面に手をかざすと、地面に黒い穴が開いて星天の杖がせり上がるように出現した。それを手に持つとよく見えるように高く掲げてから、魔法陣の構築を行う。すると結晶体が煌いて、周囲に同じ魔法陣を展開していく。


 完成したところで即座に発動すると、魔法陣から大小さまざまな幻影のシャボン玉が生み出されていき、周囲を不思議な空間へと変えていく。その後に星天の杖を放してそのまま地面の穴に吸い込ませ、消えたところで再び笑顔で一礼した。


 その光景に観客は目をみはり、最後の礼の後には拍手が巻き起こる。そして有名になった星天の杖と見たことも無い魔法に、レネが本物の殲滅の黒姫であると確信した。


 最初に動いたのは狙いをつけていた初老の男性である。店舗に近づいた孫がセリエナが持つ使い魔も欲しがったため、四組一気に購入していった。それが呼び水になって、客が動き始める。


「はい。三組ですね。ありがとうございます。二組ですね。ありがとうございます」


「これと、これと……」


「ありがとうございます! 数に限りがございますので、現物が無くなれば販売終了となります! 皆様お誘い合わせの上、無くなる前にご購入くださいませ!」


 リュトナの声に静観していた人達も慌てて動き始めた。売れていなければ見るのは後でも良いかと放置してしまうが、買う者が多くいて現品限りと言われれば焦りが生まれるのである。


『まあ、加工はすぐにできないのだから嘘ではないな。売れ残るくらい大量にあるだけで』


「ほんと、上手だよね……」


 それなりにためらう金額にもかかわらず、一つだけ買う客は皆無である。もしかしたら転売されるかもしれないが、そこまで考えていたら何もできないので放置する予定だ。


 既にレネに注目する人は居なくなり、シャンティナの周囲に居た子供達は親の元へと走り去ったので、ミアシュとレンティも販売員として加わっている。


 班員は全員赤いはっぴを着ているので、周囲の店舗も全てレネが関わっていると簡単に分かる。そのため他の店舗にも一層客が入り始め、広場は活気が溢れ始めていた。


『レネも上手だったぞ』


「ありがとう。でも、声を出していたら台無しだったと思う」


 掛け合い販売で棒読み演技口調では客が一気に醒めてしまう。そのため打ち合わせしたときに、杜人がレネに無声演技を提案したのである。


 ちなみにリュトナを起用する案は、以前のことを踏まえて杜人が発案したものだ。提案されたときにリュトナは恥ずかしそうに微笑んで了承したが、読み通り嫌がりはしなかった。そして流れを嬉々として提案してきたので、レネはこういうことが好きなんだろうなぁと微笑ましい気持ちになっていた。


 ちなみにその際、他の者が買った品物を持って来て割引を要求される点が指摘されたが、リュトナは『それが目的です』と、やり手の商人らしい実に頼もしい笑みを見せてくれた。


 最後の演技も杜人が監修し、レネがシャボン玉の魔法を考案していた。術式の開発には時間がかかるため、遊びで使うだけの魔法を開発しようと思う者は少ない。そのためこのためだけに一から作ったのである。


『さて、俺達はこのまま待機して、騒ぎが起きたら対処する役目だな』


「忙しくならなければ良いね」


 暇ということは順調ということである。だから何も無ければうまく回っている証拠なのだ。やがて広場に講習会目当ての客と演劇を見て興味を持った客がやってきた。それらの客にも広場の賑わいと口コミで情報が広まっていき、更に活気付いていく。


『これなら明日も大丈夫だろう』


「そうだね。安心したよ」


 結果として、夕闇がせまり終了時間が来るまで、初日の屋外訓練場には絶えることなく人が溢れていたのだった。


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