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黒姫の魔導書  作者: てんてん
第1章 言の葉は紙一重
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第01話 失敗作

※章毎に完結します。

※章をまたいだ大きな展開はありません。

※書かれていないことは自由に想像しながら楽しんでください。

※この物語における「天才」には「頭の回転が速い・切れ者」という意味は含まれておりません。

※現代知識無双は主人公の特性上ほぼありません。

※合わない場合はそっと閉じてそのまま忘れてください。


それではしばらくの間、よろしくお願いいたします。

 夏の暑さも過ぎ去り、肌寒さを感じられる季節の夜も更けた頃。住宅もまばらな歩道の無い細い道を一人の若者がゆっくりと歩いていた。服はなぜか白系の狩衣を着ていて頭には黒い烏帽子をかぶっている。暗い道なので、何の気なしに見れば間違いなく幽霊と勘違いされる格好だった。


「もう少し時間配分をずらすか。いや、それより人数を変えたほうが……」


 若者、杜人もりひとは周囲のことなど全く気にせずに、考え事をしながらゆっくりと歩いている。この衣装はもうすぐ開催される文化祭で使用されるものである。なぜそんなものを着ているのかと言うと、遅くまで残って作業をしていた時に友人達の悪ふざけに巻き込まれてしまい、不幸にも服がずぶぬれになってしまったためだ。


 他のずぶぬれ仲間は恥ずかしがっていたが、杜人は気にしていない。下着で帰るのは恥ずかしいが、狩衣はれっきとした服なので恥ずかしくないと思っているのだ。恥ずかしがる点がずれているが、本人はいたって真面目に考えている。歩いて帰れる距離だから歩く。狩衣に烏帽子は標準装備。普通の思考だと思っていた。


 仲間からの評価は『頼りになるが頼ると半分後悔する』『発想がちょっとあれ』『ずっと友達でいましょう』等々、一部変な評価もあるが、概ね良好であった。おかげさまで友達はたくさんいる。


 今回のこれも企画立案した者に相談され参加していた。打ち合わせを繰り返すうちにいつの間にか企画を推進する側になっていて、成功させるために全力で突き進んだ結果、開催前から評判になり成功の感触を既に得ていた。相談した者は喜んだほうが良いのか、かなり変質したことに泣いたほうが良いのか分からず、頭を抱えて悩んでいたりする。


「やはり生足にすべきだったか? いや、ちらりと見えるうなじも捨てがたい……」


 そんな怪しい人物が危険なことを呟きながら堂々と歩いていると、後ろからきた自動車のライトによって地面に長い影が映し出された。こんな狭い道を車が通るなんて珍しいと思いながら歩いていた次の瞬間、強烈な衝撃が後ろから襲い、杜人の身体は勢いよく蹴られたボールのように宙を舞った。


 痛みは最初だけでそれ以降は何も感じず、地面に落ちても衝撃を感じなかった。その代わり白黒になった視界の中で轢いたと思われる高級そうな車からゆっくりと人が降り、杜人の様子を確認してからまたもやゆっくりと引き返したのは見えた。


(これは死んだかな……。まだ読んでいない本が山積みだったんだが。走馬灯は無いのか。しまった、良い案を思いついたのに伝え忘れた。お迎えはかわいい女の子でお願いします。胸の大小は問いません)


 痛みを感じないので妙に冷静な、しかしおかしい思考のまま倒れていると、正面を微妙にへこませた車が近づいてきた。それを思考が加速した状態になっている杜人は、動けないまま冷静に見つめている。


(ああ、殺したほうが後々楽になるとかいうあれか? まさかそんな稀なことを体験できるとは運が良いな。こんな事なら我慢せずに限定セットを買っておくべきだった。後悔先に立たずだが、時限消去はちゃんとしかけておいたから安心だ……)


 最後までおかしい思考のまま、再度轢かれた杜人の視界が衝撃でぶれ、痛みを感じないまま意識は唐突に途切れた。






 入口が一つしかなく窓も無い石作りの建物の中で、皺だらけのローブを着たエスレイムはひとりで実験を行っていた。長い黒髪を無造作に紐で結わえる程度で済ませているので自らの格好に無頓着と分かるが、見た目はまだ少年と言っても良い。


 しかし、紫色の瞳から放たれる光は英知に満ち溢れ、相当の歳月を生きてきたことを見た者に感じさせる。実際見た目と違い、通常は老人と呼ばれる年齢であった。


 エスレイムは身長より大きな杖を持ちながら、床に輝く精緻な魔法陣とその中央に置かれた黒い表紙の本を静かに見つめている。既に魔法陣にはエスレイムから供給された魔力が満ち、そこから光が黒本に吸い込まれている。良く見ればその光は小さな文字の集合体であった。


 エスレイムが行っていることは、魔法を行使するときに補助として用いる『魔法書』に意思を宿らせ、全く新しい魔法書、『魔導書』を作り出す実験である。


 現在の魔法は設計図である術式どおりに魔力を用いて魔法陣を構築し、そこに更に魔力を流すことによって発動する。


 魔法陣を術者が一から構築することもできるが、現在は魔力を保持できる品物にあらかじめある程度まで作った基礎術式を書き込んでおき、それを基礎として術者が拡張術式を追加して魔法陣を構築、発動する方法が主流である。


 魔法書は多くの術式を書き込み綴った本だが、確実に魔法を使うためには該当するページを開いて直接術式が書かれたページに魔力を流さなければならない。熟練すれば魔法書を持ったまま開かずに選択できるようになるのだが、慌てたときなどは間違いが起きやすい。


 これではとっさに魔法を使えず使い勝手が悪いため、魔法書に意思を宿らせある程度の取捨選択を自動化しようというのが製作に至った動機である。


 これまで何度も実験を繰り返し、理論を修正して魔法書を魔導書に変換するための錬成魔法を完成させた。多種多様な機能を十全に動作させるために、二度と手に入らないであろう希少な材料を惜しげもなく使い大元となる魔法書も作り上げた。そして今、錬成魔法が放つ光の中で長年研究を重ねてきた魔導書が生まれようとしていた。


「……む」


 今まで安定して魔力を吸い込んでいた黒本から稲妻に似た光が僅かに発せられたのを見たエスレイムは、魔法陣への魔力供給を止めると手に持った杖に魔力を流す。杖には最初から結界魔法の術式がすべて書き込まれているので、魔力を流すだけで魔法を発動できる。


 そのためすぐさまエスレイムを中心にして床に魔法陣が現れ、瞬きする間もなく外界と隔てる結界魔法が発動しエスレイムを包み込む。その一瞬後に黒本が放つ眩い光が周囲を飲みこみ、轟音と共に大爆発が発生したのだった。


 爆発がおさまった後には、抉れた地面と杖を持って佇むエスレイムと、表紙は吹き飛びぼろぼろになった黒本の残骸しか存在していなかった。実験場所は街から離れたところだったため、被害は建物だけで済んでいる。


 エスレイムは黒本の残骸を手に取ると肩を落としてため息をついた。


「これでも無理か。もうこれ以上の素材は手に入らない。もっと機能を限定したものにしなければ作ることすらできないか……」


 理論は完璧なはずなのに成功しないため、今回エスレイムは入手できるもので最高の素材を用いた。その結果がこれである。残骸は本の形を一応残しているが、中身は空白のままだ。成功していればここに数々の魔法が記載されているはずだった。


 一度実験に使った品物は見た目が変わらなくても変質してしまうので、この残骸はもう魔導書に変える実験に使えない。そして魔法書として作成したときは強い魔力を放っていたはずなのに今では微かにしか放たれておらず、魔法書としても使えない見事な失敗作となった。


 住居に帰ったエスレイムは失敗作置き場にその残骸を無造作に投げ入れると、その存在を忘れてしまった。






(ん? ここはどこだ?)


 意識が回復した杜人の目に飛び込んできたものは、薄暗い光に照らされた蜘蛛の巣が張った汚い石の天井だった。わけが分からなかったため周囲を見渡そうとしたが、視界は全く動かない。それどころか身体の感覚すらなかった。


(げ、半身不随か? いや、呼吸すらしていないような……、止めをさされたから車に憑りついて幽霊になったか?)


 自分の状態を把握するために何とか動こうとするが、全く動くことはできなかった。これは駄目だと早々に諦めた杜人は、何もできないのでおとなしく寝ることにした。


(石作りなのは気になるが、部屋の中なのだからそのうち誰か来るだろう。おやすみ……)


 知り合いからは図太いと言われ、陰で変人と言われた性格を遺憾なく発揮し、杜人はそのまま深い眠りについた。






「これ全部でしょうか?」


「ああ、全部失敗して使い物にならなくなったものだ。適切に処分してくれ」


 エスレイムはやっと出来上がった魔導書を披露するための準備をしていた。元々危険な実験をするために人が来ない場所に住んでいたので、完成した今は留まる必要が無い。そのため王都へ引っ越すことにしていた。それに伴い家財を売ったついでに溜まっていた失敗作も一緒に処分し、意気揚々と王都に向かった。






 次に目覚めたときは視界が何かに覆われていて何も見えなかった。何が起こったとしばらく考えていると覆いが外され、巨大な男に片手で持たれていることが分かった。驚いたが相変わらず視界は動かず、身体も動かないし感覚も無い。


(おおおっ、きょ、巨人!?)


 さすがに常識はずれなことをいきなり見たので驚いていると、特に何もされること無くそのまま脇に置かれた。視界の隅に見える巨人は本を手に取って調べ、それを杜人の上に無造作に重ねる。再び見えなくなった杜人は、驚きから立ち直ると今の出来事を考え始めた。


(今、隙間もなく視界を塞いでいるのは巨大な本だ。顔の上に重ねても、隙間くらいは空く。ここが巨人の世界と仮定しても、これはおかしい。……俺の身体はどうなっているんだ?)


 しばらくの間ありえそうな状況を考えていたが、情報が足りずに仮定に仮定を重ねることしかできなかった。


(死んで物に憑りついたのは確かだと思うが、決定打に欠けるな。……良し、寝よう。おやすみ)


 死んだことに関してはもう過ぎたことなので気にせずに、すぐに深い眠りについた。







「ん? この本の束は何だ?」


「実験の失敗作で使い物にならないものだそうだ。焚き付けには使えると思ってな」


 家財を買い取った商人は分類してから本の束を台所に置く。失敗作と言うだけあって、きちんとした本になっているほうが少ない。そして処分しろと言われたものを修復してまで売ろうとは思わなかった。色気を出して信用を失ってしまえば元も子もないのだ。


 台所から戻った商人は、今度は家財を整理するために足早に台所を出ていった。







 次に目が覚めたときは積み上げた場所から落ちたために、ちょうど良い角度で視界が確保されていた。そこは台所のようで、赤毛の中年女性がかまどに火を熾している所だった。横には薪と本が置いてあり、本を焚き付けに使っていた。


(逆さまなのはこの際良いとしよう。服装は洋服に近いが良く分からんな。……あの女性を人と仮定した場合、文明度が合わないな。未開の土地ならもっと低くなるし、今程度なら確実に既知文明と接触しているはずだ。そうなると機械がまったく見えないのは変だ。だが実際は電気が来る前の田舎のような風景だな)


 得られた情報から外国ならまだあるのかも知れないと思いながら観察を続けるが、ここで決定的なものを目撃した。


 女性は先端に赤い石がついた小さな杖を持っていたのだが、無造作に赤い石を本に押し付けるとその先端が淡い輝きを放ち始め、接触していた本がいきなり燃え上がったのだ。


(……決定打をありがとう。違うと思いたかったが、少なくとも単なる赤い石を押し付けただけで燃えるような道具は知らない。離した後で触っても火傷していないから熱した石でもない。……考えるのも面倒だから、ここには魔法らしい力が存在しているものとして観察を続けよう。そのほうが楽しいしな。……服は織物に見えるからそれなりに文明はあるのだろう。土間にかまど、煤けた塗り壁、燃料は薪、燃え盛る炎、俺が置いてあるところから薪を持っていっている。……まさか)


 杜人は観察を続けた結果とてつもなく嫌な予感がしたが、身動きできないので見ていることしかできない。やがて女性は薪と杜人を手に取ると、次のかまどに移動する。


(なるほど、俺は本になっていたのか。そしてこれから焚き付けとして使われると。……あれです、できれば最後は若い女の子にしてもらうのが良いと思うのですが、どうでしょうか?)


 念の為お願いする杜人だったが、女性はもちろん気付かない。そのためそのまま火をつけられて、かまどに放り込まれたのだった。


(生まれ変わる事おそらく数日、短い本生でした。感覚が無いことだけが救いです。次はかわいい彼女が欲しいのです。さよーならー)


 燃え盛る炎に包まれながら、杜人の意識は薄れていった。






「あのう、これ、燃え残ったのですが……」


「……切り刻んで壺に入れておけ。今度の商船で海に捨てさせる」


 台所を管理している女性から相談を受けた商人は、失敗作だから変な具合に魔法がかかっているのだろうと考えた。そして発している魔力も弱いものだったので金をかけない処理方法を選択し、ぼろぼろの本を海へ捨てることにした。







 そこからは単調な本生だった。気がついたら暗い場所にいて、いつの間にか意識を失う。再び気がついても暗闇で、いつの間にか以下同文。


(くくく、さすが俺。もはや意識を失うこともない。暗いのは勘弁だがな! しかし、意識を失って復活すると耐性を獲得するみたいだな。その代わり活力というか、魔力といえば良いか、そんなものが徐々に減っているような気がするが、気にしてもどうにもならん)


 実際は海に棲息している魔物に食われて消化されることを繰り返しているのだが、周囲は暗闇であり視覚以外の感覚は無いので状況を正確に把握するまでには至らない。


 もはや何年経ったか分からないくらい暗闇にいた杜人だったが、精神はまったく変わってない。むしろ変人具合に磨きがかかっていた。もちろん周囲に誰もいないため自重する必要が無く、話し相手は自分しかいないからである。


(まったく、見ることしかできないのに暗いなんて困ったものだ。最近は起きていられる時間が短くなってきたから貴重だというのに)


 最初は自発的に眠っていたのだが、だんだんと眠ろうとしなくても強制的に眠ってしまうようになった。そして杜人は少しずつ起きていられる時間が短くなっていることに気がついたが、特に恐怖は感じていない。人としては既に死んでいることを自覚しているので、今はおまけの夢のようなものだと思っていた。痛みも無く、身動きできず、見るだけ。確かに夢と似ている。


(おそらく宿っている本の力、魔力か何かだと思うが、それが尽きかけているんだろうな)


 音の無い暗闇に居ても狂わないことに疑問を持ったりもしたが、結局理由は分からなかったので本だから仕方が無いで済ませている。もちろん精神構造は確実に変化しているのだが、この程度のことなら気にしない性格は元からである。


(さて、つまらないから夢の世界に旅立つとするか)


 何も見えない現在、やることもないので結局寝る杜人だった。






 本来は深い海底に居るはずの巨大な海大蛇が浅い海辺に現れて一時的に海路が麻痺していたが、無事退治されたことによって再び平和が訪れていた。


 解体を任された者の中には手癖が悪い者が居て、腹の中から見つかった紙の束をお宝と勘違いしてこっそりと持ちだしていた。後で見てから単なる古びた紙と分かり、怒って地面に叩きつけ足早に去っていった。


 それを偶然手先の器用な詐欺師が拾った。詐欺師はそれが微かに魔力を放っていることに気が付き、良い案を思いついた。


 詐欺師は安値で買った茶色い表紙の古本の中身をくり抜くとそこに紙の束を入れ、表紙の題名を削り、隅にかすれた印を書き込むと革の紐で開かないように固定した。紐は封印に用いられる魔法具に似せて模様を書き込む。仕上げに薬品を用いて全体を古く見えるように加工した。そして街を巡りながら機会を窺い、魔法学院がある王都に到着したときにこっそりと露店販売を行った。


 そして掘り出し物の魔導書を探していた学院生らしい黒髪の少女に、数奇な運命を辿った魔導書と勘違いさせ、少なくない金額で売却した。その後に詐欺師はゴミが大金に化けたと大笑いしながら早々に王都から姿を消したのだった。


 こうして杜人は再び太陽の光が満ちる地上にしぶとく這い出てきた。しかし、杜人の意識はまだ微睡の中でたゆたっている。運命が引き寄せた半身を認識するのは、もう少し先になりそうだった。


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