tmp.42 冬眠の前に
ダイエット生活が始まりました。初日のメニューは朝はハチミツとバターたっぷりのホットケーキ三段重ね、昼はガッツリとしたハンバーグステーキに、夜はクリームコロッケの盛り合わせ。メニューを聞いてボクは確信しました。
――このメス牛、完全に殺りにきてやがると。
◇
ボクはプールの水面を脚で蹴りながら深い溜息を吐きました。今は朝食を終えてフェレの部屋でちょっとした水泳をしているところです。大きいとは言えませんが泳げる程度ではあるので、しないよりはマシでしょう。
裸だとこのプールの主である海の悪魔がボクの下半身を凝視して涎を垂らしながらハァハァしはじめるので、今はいつの間にかご主人さまが買っていた競泳水着を身に付けています。でもそれはそれでフェレの視線が怪しいのはもう気にしないことにしましょう。
考えていても仕方ないユリア対策を一旦放棄して、小休止を終え水中へ潜るとフェレが並走してきました。水中だと流石にフェレのほうが圧倒的に機動力が高いのです、ゆっくり泳ぐボクの周囲を獲物を見つけたサメのごとくぐるぐるとかなりの速度で周回し始めてます。バターにでもなるつもりなんでしょうかねこの肉食魚は。
「でも、ソラ急に泳ぎたいなんてどうしたの?」
因みにこの子にはプールを貸してくれとしか言ってません。とはいえ隠しても妙な直感を持つこの子のことです、弱みを握られるくらいならこっちからバラしてしまいましょう。
「ちょっと、ダイエットのために……」
「えー、あぶらがのってる方がおいしいと思うのに」
それは食欲なのか性欲なのか一体どっちですか。おしりや胸元に向けられる視線から逃れるように泳ぐスピードをあげますが、イルカもどきは平然と並んですりよって来やがりました。仕方ありません正当防衛といきましょう。
「"流れる水よ、我が意のままに"!」
短縮詠唱を経て、ご主人さまの創作魔法がフェレの顔面を打ちました。平たく言うと水鉄砲の魔法です。ボク達に白い水着を着せて水をかけて透かしたいというエロ親父のような欲望を元に、島生活の中で作りだされた呪われた魔法でもあります。
「わぶっ!?」
フェレが顔面に水球を受けて動きを止めた隙に距離を離します。
「ぅー! やったなー!」
フェレの叫び声とともに、周囲に四つほどこぶし大の水の玉が生まれました。ていうか詠唱破棄の上に瞬間発動とか固有魔法かなんかですか、卑怯すぎやしませんか!?
「"堅牢なる水よ、守りとなれ"!」
水の中に手を入れて呪文を唱えると、薄い水の壁が出来て飛んできた水球を絡めとります。しかし三つ防いだ後の四つめが壁を突き抜けてきました。どんだけ威力あげてるんですかこの子は!
「げほっ、こほ! は、はなに……」
予想以上に強い威力の水球が顔面にぶちあたり弾けます。勢いが良すぎて鼻に水が入って痛いのです……。
「お返しー!」
「ってちょ!? 何倍返しですか!」
イルカモドキの追撃は止まりません。翼をばさばさと振る度に先ほどと同じ大きさの水球が無数に生まれては飛んできます。流石にあれは無理なのです、咄嗟に水中に潜って上を見ると、水面が激しく飛沫をあげているのが見えます。
フェレの様子はと前を伺うと、ボクに向かって恐ろしい速度で潜水移動して来ていました。まさか弾幕は水中へ誘うための罠!? 体をひねるものの水中では明らかにこちらが不利です。あっさりと腰に抱きつかれてしまいました。というか恍惚とした顔でお腹に頬ずりしないでください、嫌味ですか。
フェレの脇あたりに手を差し込んで、力尽くで引き剥がすと距離をとって水上へ逃れます。
「ぷはっ……! "流れる水よ、我が意のままに"!」
フェレが顔を出すまでに出来るだけ大きく強力な水球を作り上げます。顔を出した時がイルカモドキの最後なのですよ……! 数秒ほどして獲物が水面に顔を出しました。
「むー、ソラが逃げ……ひゃあ!?」
「おいフェレ、ソラがこっち来て……」
大きな水球に驚いたフェレが素早く水中へ逃れ、対象を失った水は、丁度弾道上に居た、開けっ放しになっている扉から顔をのぞかせたご主人さまにぶち当たりました。
「…………来てたみたいだな」
……こ、これは不可抗力なのですよ? いくらなんでも狙ってやるのは無理です、だからボクは悪くないのです。無言で髪の毛をかき上げているご主人さまから目をそらすように共犯者を探しますが、奴は巻き添えを恐れたのか既に水中を通ってプールの隅へと逃れていました。
「あ、の、これは、その、ふぇ、フェレが避けるのが悪いのです!」
水の中のフェレが「私悪くないもん!」と視線で訴えて来ますが無視です、置いて逃げたのは許さないのです。しかしご主人さまはにこにこと、殺気のようなものを放ちながら近づいてきます、慌てて逃げようと背を向けた瞬間、奇妙な浮遊感を覚えて気づけばご主人さまの腕の中でお姫様抱っこされていました。
意味がわかりません。
「へ? なんです!?」
一体何が起こったのですか、今さっきまでプールの中にいたのに一瞬でご主人さまの腕の中とか、催眠術とか超スピードですか!?
「対象指定の転移魔法だよ、密かに練習してたんだ」
「そ、そうなんですか……」
練習したからって出来るようになるもんなんですかね。
「まぁ、本物とは違って他の魔法式で無理矢理再現したものだけどな」
「へー」
ボクを床に降ろして、片手をしっかりと掴みながら用意しておいたバスタオルをボクにかぶせて、自分も身体を拭き始めます。すぐに怒気が収まったので思ったより怒ってないのかと思ったんですが、掴まれてる腕がビクともしないのでそうでもなさそうです。
「フェレ、ちょっとソラ持ってくけどいいよな」
「うん、後でまた貸してねー」
そろそろと様子を伺うように顔を出していたイルカモドキにご主人さまが声をかけると、奴も落ち着いたように頷いてました。やっぱりボクは物扱いなんですかねぇ……。あらかた水分を取り除いた後は温かい風を起こしてボクと自分自身、床までまとめて乾燥させたご主人さまが、バスローブを着せたボクを抱え上げました。
「あの、ご主人さま、ほんとにわざとじゃないのです……」
「解ってるよ、急に牛丼食いたくなって作ったから、迎えに来たんだ」
なん、ですって……!? いつもはボクをスルーしてあの間男と白米を楽しんでいたのに、ついにボクを優先してくれたのですね。
「ありがとうご主人さま大好きです!」
「はいはい」
釜でのやり方を知らず一人じゃ上手く炊けないので、こういうのは嬉しいのですよ。ダイニングが近づくに連れて香ばしい醤油と味噌汁の香りがただよってくるのがわかります。うふふふふ。
「楽しみなのですよー、やっぱり日本人は米なのです」
「そうだな」
ご主人さまもなんだか嬉しそうなのです、さっきまでの怒気が嘘のように消えています。まぁ今はお米、白米なのです、久々の米なのです!
◇
「もう食べられないのですよー……」
ご主人さま謹製の牛丼は大変良い出来でした。葉野菜の味噌汁も美味しかったのです。おかげで小さめのどんぶりで二杯も食べてしまいました。食べ終わってすぐに着替えを終えたボクはご主人さまの部屋へと連れられてきていました。
満腹感に流されるままベッドに横になってお腹を撫でていると。背中側に座ったご主人さまの手が伸びて来て、抱きしめるようにお腹を撫でてきます。
「さて、案の定このザマなわけだが」
? 何を言って……!? し、しまったのです、白米の誘惑に負けてガッツリと食べてしまいました。
「こ、これは、そう、明日から、明日から節制すれば持ち直します!」
ご主人さまは何も答えず、ただ黙々と服を脱がしながらお腹を撫でてきます。
「これは運動だなぁ」
「しません、しなくて大丈夫! 耐えてみせます!!」
そもそも、ご主人さまの考えてる運動はダイエット用じゃないのです、体力は消耗しても痩せる訳じゃないのですよ!! だから考えなおすのです、下着にかけた手を離すのです、大丈夫ですやり直せます、今ならまだ間にあいまひあああ!?
【RESULT】
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◆-------------★【ソラ】--★【ルル】--★【ユリア】
[◇MAX COMBO}--◇【12】----◇【0】----◇【0】
[◇TOTAL HIT}----◇【12】----◇【0】----◇【0】
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[◇TOTAL-EXP}--◆【932】--◆【360】--◆【380】
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【パーティー】
[シュウヤ][Lv95]HP2086/2086 MP3133/3133[正常]
[ソラ][Lv22]HP14/63 MP1012/1012[疲労]
[ルル][Lv65]HP952/952 MP40/40[正常]
[ユリア][Lv51]HP1860/1860 MP92/92[正常]
[フェレ][Lv33]HP210/210 MP732/732[正常]
[マコト][Lv66]HP1733/1733 MP187/187[正常]
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【レコード】
[MAX COMBO]>>34
[MAX HIT]>>34
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【一言】
耳「これもお米が、日本人の本能がいけないのです……」




