tmp.10 ろくなもんじゃねぇ
※7月29日-14時
※ユリアとの出会い頭の会話で抜けてた部分を追加。
今日はご主人さまに連れられてギルドに来ているのです。目的はただひとつ、あのケイン君について情報通で有名な冒険者のおじさんに話を聞くため。なぜでしょうか、どうしてもあの幼馴染ちゃんが気になってしょうがないのです。彼のそばにいない時点で処遇の予想はできていますけど、それでも。
「また、夜中に手紙があったんだ、どこからはいってきてるのか……」
「大丈夫、私が守ってあげるから、ね?」
憔悴した様子の男性を慰める紅い髪の少女という二人組を意識して視界に入れないように注意しつつ、ご主人さまの背中に隠れるようにしながら物知りおじさんのゼイベルさんが座っている席まで行きます。
頬に傷を持ったほりの深い壮年の男性。只者じゃない雰囲気を醸し出しながらも、怖いというより頼りになるといった印象を抱ける人物なのです。
「ゼイベル」
「おぉ、シュウ坊か、どうした?」
おや、何だか親しげなのです。登録初期に世話になったとかそんな感じなのでしょうか。そういえば出会う前のご主人さまについてあんまり知らないのですよね……っとと、今回は置いておきましょう。
「ちょっとな……ケインって知ってるだろ、
あいつの売られた幼馴染がどうしてるか、うちのペットが気にしててな」
何でも一定以上に親しい間柄の人間同士での会話の際には、可愛がってる奴隷を指して愛玩動物と呼ぶ風習があるそうなのです。もう完全に人間扱いされていませんね、解っていても地味にショックなのですよ。
「あぁ……あの子も可哀想になぁ、
結局あのガキ、延長交渉すらしなかったんだ、
それどころか期日過ぎても顔すら出さなかったらしい」
想像通りの結末でしたが、とことん腐ってますね。あんな奴が女性を侍らせて良い服を来て、一生懸命に尽くした彼女だけが割を食う……ろくなもんじゃねぇのです。
「彼女、中々に貴重な種族だったようでな、週末に行われる競りに出されるらしい」
力が無い自分が悔しいのです。せめてご主人さまの半分くらいはチートがあれば、何とかしてあげられるかもしれないのに。ご主人さまには責められる謂れなんて皆無だと解っていても、どうして助けてあげないのかと詰め寄ってしまいそうになるのを堪えます。保護者に当たり散らすしか出来ない自分はなんて惨めなんでしょうか。
「そうか……どうする? 会うとしたら今がチャンスだけど」
少し考え込んだご主人さまがボクを見てそんな事を言いました。
「会えるの……ですか?」
「下見って名目をつければな」
会ってどうするのかと言われても、答えはでません。でもいてもたってもいられないのは確かでした。
「会って、話してみたいです」
ご主人さまは、神妙な顔で頷きました。
◇
ご主人さまと二人で奴隷商の店へと行きました。ルルは凄く嫌がったので留守番をお願いしておいたのです。正直ボクもあのガマガエルの亜人は八つ裂きにしてやりたいので気持ちはわかるのです。
脂ぎった顔をカエルみたいに歪ませながら出迎えた奴隷商に案内されて、競りの商品を入れておく為の牢屋へ向かいます。競りは金貨30枚以上の値段が付くと判断された奴隷だけが対象となります。
ボクみたいな安価な奴隷は個人用のワゴンセールか、商人用のグラムいくらのまとめ売りで卸されるので、いわゆる高級奴隷さん方のエリアに入るのは初めてです。廊下や空気から明らかに清潔度を始めとする扱いが違いすぎて、あのガマガエルを捌いてやりたい衝動にかられます。
その檻の一角に彼女は居ました。翡翠色の鮮やかな髪は艶を落とし、心なしか少し痩せこけているようですが、粗末な衣服に身を包んでなお肉体は男受けしそうなラインを維持しているあたり、栄養管理はちゃんとされているのでしょう。
多少みすぼらしくてもぱっと見の清潔さが全然違うのです。人の気配に気づいたのか、ユリアという名前らしい彼女は顔を上げました。その表情は意外にも凛としたものでした。
「何でしょうか」
あくまで平然を装おうとする彼女の姿に胸がチクりと痛みます。
「悔しく、ないですか?」
気付けば、そんな解りきったことを聴いてしまいました。
「え……?」
何のことか解らないとばかりに、首を傾げる彼女に向かって言葉を続けます。
「一月前に貴女が売られるところをみてました。
それで、どうしても気になって主人にわがままを言って連れてきてもらったのです」
背後のご主人さまを見ると、彼女は僕の視線を辿ってから納得したように俯きます。
「そう、ですか……見てたんですね」
そこで一度言葉を止めた彼女は、悩むようなそぶりで一拍置いて顔をあげました。
「……彼が幸せなら、私はそれでいいんです」
穏やかな、優しげな"仮面"を貼り付けたまま彼女は答えます。でもその裏に潜む怒りと憎しみ、そういった物は隠しきれるものではないのです。それでも彼女は自分に言い聞かせるでしょう、自分は彼の幸せを願っている、彼の幸せの犠牲になったのならそれでいいんだ、と。
似てる、なぁ。顔も髪の色も何もかもが違うけど、昔……まだ小さな頃にボクが好きだった女の人と似ているのです。だから解ってしまいました、彼女が強がっている事も酷く無理をしている事も。
「ケイン君……でしたっけ、迷宮で会いました、
あいつ、女の人を侍らせて楽しそうにしていたのですよ」
表情が変わりました動揺しているのがわかります、ボクは何をしているのでしょうか。こんな事を教えても辛いだけでしょうに。
「…………それ、でも、彼が、幸せ、なら」
「そう、ですか……」
仮に彼女に助けを求められても、ボクも今はただの奴隷です。ご主人さまの庇護なしでは家畜として、人らしく生きることすら許されない存在なのです。何も出来ない癖に、必死に耐えている彼女を傷つけて何がしたいのでしょうか……自分で自分がわかりません。
「ソラ……その辺にしておけ」
「はい……」
流石に、止められてしまいました。当然ですね、ご主人様も白くなるほどに拳を握り締める彼女の姿を見て気を使ったのでしょう。ボクも先ほどの発言はひどかったのです、別に彼女を傷つけたい訳じゃなかったのに。
「すいません……失礼しました」
「……貴女は、いいわね」
「――え?」
立ち上がろうとした時に、強い敵意を込めた視線がボクをうちぬきました。
「見てればわかるわ、貴女は凄く大切にされてる、
ワガママを許され、人間と同じように可愛がってもらえてる、
本当に、良い飼い主に買われたのね」
憤怒、憎悪、敵意。彼に向けることが出来ない感情をきっとボクにぶつけているのでしょう。少し胸が苦しくなりますが、受け止めてあげることくらいしか出来ません。
「私はもう奴隷なの、どんなに憎くても、苦しくても、
自分を納得させないと生きていけないの……私だってまだ死にたくない、
誰かを愛したい、結婚だってしたいし子供も欲しい、
でももう全部ダメなの、もう無理なのよ……だから、彼が幸せなら、それでいいの」
諦めきった表情の彼女の言葉を、本心だと思えるほど馬鹿ではありません。でもボクはその諦観を否定する言葉も、力も、何もかもを持ちあわせていませんでした。
「そうですか……貴女が、良い主人に拾われる事を願います」
返事はありませんでした、滲む視界を晴らすため、目元をローブの袖で拭いながら奴隷商の店を後にします。ご主人さまが優しく頭をなでて来ても、抵抗する余力はありませんでした。
◇
「……らしくないな、あの子に何かあるのか?」
二階のベランダに椅子を置き、ぼんやり夜空を眺めているとご主人さまの声が聞こえました。振り向くとグラスに入ったハチミツレモンスカッシュを一つ手渡してきます。
「…………」
泡を立てる液体が注がれているグラスを覗きこんだまま、話すべきか少し悩みました。
「……似てたのですよ、初恋の人と」
「――――」
ご主人さまが奇妙な顔で固まりました。もしかしてボクが元は日本で男子高校生やってたって信じてませんか? まぁ散々好き放題嬲っておいて、今更気持ち悪がられても困るのですが。せっかくなので今日はこのまま昔話に付き合ってもらいましょう。
「初恋と言っても、小学校高学年くらいの頃ですけどね、
親戚の優しくて綺麗なお姉さんに憧れちゃったりしたわけなんですよ。
でもその人は幼馴染の、ミュージシャンを目指している男の人が好きだったのですね。
だから諦めていたんですけど……」
此処から先は忘れていたかった思い出の一つです。でも彼女のあの絶望に染まった顔で思い出してしまいました。
「その幼馴染さんは、典型的なヒモ状態でしてね、
それでもお姉さんは一生懸命に面倒を見ていたんです、頑張れば夢は叶うからって」
「何というか、まぁ」
自立心の強いご主人さまにとっては好ましい相手とは思えないのでしょう、ボクから見ても……まぁひどい男でしたからね。子供だからって理由で馬鹿にされたりしてましたし。
「お姉さんの支えもあってか、幼馴染さんのプロデビューが決まりました。
そこからはトントン拍子で、そこそこ売れ始めるようになったのです。
思うところはありましたけどね……、
これで二人は結婚してハッピーエンドになると思っていたのです」
「……ってことは、やっぱり?」
「はい、見事に同じ業界の中で女を作ってお姉さんを捨てました。
お姉さんも最初の頃はあの牛耳さんと同じ事を言ってましたよ、
それでも彼が幸せならば……ってね」
話を止めると、しんみりした空気が流れてしまいました。
「それで、その人はどうしたんだ?」
ずきりと、胸が痛みます。
「……『もう疲れちゃった、ごめんなさい』が、最後の言葉だったそうです」
「…………」
ご主人さまは、何も言いませんでした。ボクもこれ以上話を続けることができませんでした。
「情けないのです……、
何で助けてくれないのだとご主人さまに詰め寄ることしか出来ない自分が、
同じ日本人なのに、ご主人さまの半分のちからもない自分が……、
情けなくて悔しくてしょうがないのです」
「俺の力は所詮借り物、自分の物じゃない」
苦々しい表情のご主人さま、少しばかり頭に来ました。
「それでも、力は力なのですよ」
少なくとも何もないボクからすれば、たとえズルい手段で得た力でも羨ましいのです。それだけの力があれば彼女を守れた事がわかっているぶん、なおさらなのです。
「……悔しいのです、悲しいのです、
どうして彼女みたいな人ばかり、つらい目に遭うんでしょうね」
「……あぁ、本当に、どうしてだろうな」
この世界は、本当に理不尽なのですよ……。
【RESULT】
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◆-------------★【ソラ】--★【ルル】--★
[◇MAX COMBO}--◇【0】----◇【0】----◇
[◇TOTAL HIT}----◇【0】----◇【0】----◇
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[◇TOTAL-EXP}--◆【120】--◆【045】--◆
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【パーティー】
[シュウヤ][Lv32]HP440/440 MP720/720[正常]
[ソラ][Lv6]HP30/30 MP110/110[正常]
[ルル][Lv27]HP352/352 MP24/24[正常]
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【レコード】
[MAX COMBO]>>21
[MAX HIT]>>21
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【一言】
「…………」
「せんぱい……?」