tmp.9 新しい気持ちで
まだ暗くなる前にダンジョンから帰って来てソファーにちょっと横になっていたら、ベッドの中で昼下がりを迎えていたのです。ダンジョンではしゃぎすぎたのか全身筋肉痛ですし、初めてのダンジョンは予想以上に疲れていたのでしょうか。
それにしてはご主人さまが申し訳なさそうにしながら酷く優しいのが気にかかりますが、まぁ優しい分には困らないので気にしないことにしてます。
「ちょっとダンジョンではしゃいだくらいで歩けなくなるほど疲労するとか、
我ながらちょっと情けないのですよ……やっぱり体力を付けないといけないですね」
「せんぱい……」
ルルはなんで泣きそうになってるのですか。
◇
身体の調子も回復してダンジョン探索に復帰してからそれなりの時間が経ちました。その間もご主人さまがほとんど手を出して来ず、妙に優しかったのが不気味でしたが、ほんとにどんな心変わりなんでしょうね。
不気味といえば、最初のダンジョン探索からしばらくの間、町中で馬を見ると身体が震えるようになるという謎現象が起きてました。別に馬にトラウマを持つような記憶はなかったはずなのですが、ダンジョンから帰還した後、記憶が飛んでる間に何かあったのでしょうか。
まぁ今は大分良くなったのでいいんですけど、記憶がないってのは怖いですね。
ともあれ、そんな奇妙な状態を乗り越えてボクもそれなりに経験を積み、ダンジョンにも戦闘にも慣れてきました。ペテシェダンジョンの攻略にかかる時間も当初の半分くらいまで下がり、今は次のダンジョン、ペテシェ近郊にあるという地下鐘楼ダンジョンにやってきています。
地下鐘楼ダンジョンはペテシェダンジョンの二倍くらいの規模で、ダンジョン攻略に慣れた駆け出しが挑む場所という格付けがされています。ご主人さまはとっくにソロでクリア済みなのでボクとルルの修行用ですね。
男の子としてはこういう、冒険っぽい行動には血が騒ぐのです。でも仕方ないですよね異世界ファンタジーでダンジョンなんですもの。
「ここは魔法使ってくるタイプが多いから、後衛は気をつけろよ?」
「解りました」
いざ出発なのです!
なんて意気込んでみたはいいものの、例によって例のごとくご主人さま無双なんですけどね。あっという間に全50階のうち20階まで来てしまいました。ここまではペテシェと出てくる敵も大差なかったです。たまに魔法を使ってくるゴブリンとかが居たくらいでしょうか。
「ん?」
ルルが耳をぴくんと反応させて通路の向こう側を見ます、何かと思ってボクも耳を澄ませて見ると、誰かの話し声らしきものが聞こえます。別のパーティと遭遇は割とあることなのですが、一応相手が野盗や強盗まがいである可能性もあるので警戒は必須なのです。
「シュウヤ様、話し声が聞こえます。
数は多分、男が一人に女が二人かと」
哨戒能力はルルに遠く及ばないのです、ボクは専らご主人さまの魔力節約要員ですね、基本は火付けとかライトとか担当です。たまに攻撃もしますけど。
「わかった、ちょっと警戒するぞ、ソラはルルから離れるなよ」
「いえっさー」
頷いてルルの背後へ移動します。密着し過ぎると動く時に邪魔になってしまうのですぐに手が届く位置をキープしつつ二人でご主人さまの背中を追います。
暫く廊下を進んでいると、どこかで見た記憶がある栗毛の少年の後ろ姿が目に入りました。少年はボク達に気づいたのかこちらを振り向くと、警戒を滲ませました。少年の近くには杖を持ち露出度の高いローブを着た派手な赤髪の女性と、黄金色の髪の大人しそうな、それでも男受けのよさそうな身体つきの少女がいます。
彼のパーティメンバーのようですね。
「こんにちは」
「……こんにちは」
警戒心を与えないように朗らかに声をかけたご主人さまでしたが、少年はボクとルルを見ながら少し険しい表情を顔に浮かべました。今はフードをつけていないので、まさかそのせいで目をつけられたのでしょうか。
この世界で長耳なのはゴブリンとの混血かドワーフだけで、半ゴブリンはあんまり好かれていないのです。その、非常に頭がよろしくない上に粗野で粗暴なので。ボクが半ゴブリンと勘違いされて売られたのは最初に男口調で暴れたからです。
「そっちは?」
「え、あぁ、俺の奴隷だよ」
ご主人さまの紹介に合わせてルルと一緒に会釈します。そういうあちらは普通のパーティですかね、見たところ首輪も見当たりませんし……あれから一ヶ月は経ってるはずですけど、幼馴染さんはどうしたんでしょうね?
「……女の子達を奴隷にするなんて、関心出来ないぞ?」
少年……確かケイン君でしたっけ。どの口で言うのかと一瞬ぽかんとしてしまったのです。幼馴染を奴隷にして売り飛ばした人間の言葉とは思えないのですよ、貴方の持っている強そうな装備も彼女の犠牲で手に入れたものでしょうに。
「はは、痛い所を突かれたな、
まぁ同意の上だし守るつもりだから、見逃してくれ」
ご主人さまは冗談めかして笑ってますが、結構イラッときてるみたいですね。後でボク達にフラストレーションの矛先が向かないといいのですけど。秘密の地下室に連れて行かれることになったらたまった……もの、じゃ、ありま……あ、あれ、身体がふふふ震えて。
「せ、せんぱい?」
「な、なんででもないのでです……、
ただ、ち、ちかしつって単語を、頭におもいかべべべあばばば」
「ダメですせんぱい、考えたらダメ!」
あばばばばばばば。
◇
はっ!?
あ、あれ、ボクは一体どうしたのでしょう。意識が飛んでいたようです、ダンジョンに潜ってケイン君に会って、お前は何を言ってるんだ状態になって……それから?
「シュウヤ様ー、せんぱいが起きましたよー」
「あぁ、大丈夫かソラ?」
「え、はい……?」
なんだか揺れると思ったらルルに背負われて移動していたみたいです。うーん……思い出せません、最近記憶障害が激しいですね、変な病気じゃなければいいんですけど。
「シュウヤさま、やっぱりやりすぎだったんですよ、
私もドン引きしましたからねアレ……」
「いや、ほんとに申し訳ない」
何でご主人さまがルルに責められてボクに頭を下げるのでしょうか、いやほんとにボクの飛んでる記憶の中で何があったのですか、凄く知りたいけど、凄く知りたくないのです。この気持はどうすれば。
「あれ、そういえばあの少年は……」
悩んでいても仕方ありません、思考を切り替えましょう。ケイン君の姿が見えないので別れた後なのでしょうか、幼馴染さんの事が聞きたかったのですが。
「妙に突っかかって来たからな、
お前の具合が悪いからって逃げた……はぁ」
あからさまにため息を吐くご主人さまは彼があんまり好きではないようです。まぁボクもアイツに好意は抱けないのですけどね。
「取り敢えずもうちょっと我慢してくださいね、せんぱい。
もうすぐ出口直通のポータルですから」
どうやら探索は切り上げになって出口へ向かっていたようです。まぁパーティメンバーが一人倒れてしまったなら仕方ないんでしょうね……なんとも情けないのです。
5の倍数階にだけ存在する脱出専用魔法陣を使ってダンジョンの入り口へ戻ると、大抵のダンジョンには併設されているギルド出張所へ入ります。収集品などを持ったご主人さまが換金している間、ボク達は休憩用スペースで待つことになります。
オープンカフェというかフードコートというべきか、開けたスペースにテーブルと椅子がずらっと並んでいるそこには談笑している冒険者達の姿がちらほらと見受けられます。嬉しそうに杯を打ち鳴らしているパーティも居れば、泣き崩れる仲間を慰めているお通夜のような雰囲気のパーティ、武器を持った"首輪付き"の女性たちを侍らせる野卑な男まで多種多様です。
ダンジョンはドラマが起きる場所なのですね。無駄な争いはすべきではないので極力目を合わせないようにしながら、ご主人さまが注文しておいてくれたジュースを片手におつまみをつまみます。お酒は別に年齢で規制する法律はないのですけど、理由無く前後不覚になるべきではありません。
芋系の野菜を薄くスティック状にして揚げたチップス、こんがり焼いたハムとベーコンの盛り合わせ。これ、全部ご主人さまが考案して広めたものなのだそうです、ほんと定番の異世界満喫してますねあの人は、少しくらいはチートを分けて欲しいのです。
「あれ、あんた達は……」
なんだか久々に聞いた声に反射的に身体を強張らせながら背後を見ると、そこには紅い髪の魔法使い、クラリスさんが居ました。心の準備ができてない状態で会いたくなかったのですがね。
「く、クラリスしゃん?」
おっと、声が上ずってしまいました。
「こんにちわ、負け犬さん」
ルルさん、ルルさん、なぜ語尾に音符マークをつけそうな声色で挑発するのですか? 死にたいのですか、猫の丸焼きになるのは良いですけどボクを巻き込まないでくださいね、丁度貴女とクラリスさんの間にボクがいるんですよ? 何ですか、ひょっとして狙ってますか、ボクの命殺る気ですか?
「ふん、相変わらず礼儀のなってないメス猫と半淫魔ね、
シュウヤ君にしっかり躾するように言っておかないと」
一触即発かとびびっていると意外と余裕な態度ですね、何か良い事でもあったのでしょうか機嫌良さそうです。あとボクを含めないでください、何もしてないのに評価が堕ちて行くのは理不尽なのですよ、それに淫魔じゃねぇですし。
「む、効かない?」
ルル、効いてたら今頃ボク達丸焼きですからね。
「もう新しい愛を見付けたもの、過去の男に興味はないのよ」
勝ち誇ったように言った彼女はボクの隣に座ってお皿に乗っていたカリカリのベーコンを一つ、口へと運びました。
彼女はもう自分の新しい道を歩き始めてるんですね。当たり前のように相席して人様の奴隷の食べ物つまみ食いする根性を持つ貴女なら、きっと何処でも逞しく生きて行けます。だから幸せになってくださいね、できるだけ遠い所で。
「新しい恋ですか?」
ルルも恋話の気配に食いつかないでとっとと追い出しましょうよ、この人なんか怖いんです。話しててひやっとするんですよ、どこにスイッチがあるかわからない恐怖と言いますか。
「興味ある?」
「そりゃあもちろん!」
どこの世界、どんな立場でも女の子は変わらないのですね……。仕方ないので我慢しましょう。
「実はねー、あれからちょっと自棄になっちゃってて、
無茶な依頼ばっかやってたんだけど、ある依頼の時にね、
同行した中に本気で叱ってくれた人が居たのよ、
『女の子なんだからもっと自分を大事にしろ』って……もう、感動しちゃったわ。
あぁ、この人は私を見てくれてる、私なんかを心配してくれる人がいたんだって」
目を輝かせて喋り始めたクラリスさんは恋する乙女のようでした。思ったよりも真っ当な感じです、一度失恋を経験したことでちょっとは落ち着いたのでしょうか、邪険にしたのは悪かったですかね。
「それで運命を感じて、その人の事を調べたの。
ギルドに聞きに行ったり、彼の仲間から居場所を聞いたり」
「おぉ、積極的!」
ツンデレさんがまぁ随分と積極的ですね、でもそのくらいアクティブな方が幸せかもしれません。
「そうしてるうちに買い物してる彼を見つけて、後を付けて宿を見付けたの。
長期滞在してるみたいだから私も隣の部屋を借りて、彼の好みを調べ続けたわ」
うん…………うん?
「彼ね、結構男らしい顔をしてるのに甘いモノが好きなのよ、
ちょっと恥ずかしそうにしながら市場でハチミツ入りのクッキーを買ってたの、
可愛いわよね……でも甘芋のクッキーは苦手みたいで、
枕元にこっそり手作りのクッキーを置いておいたのに、食べてくれなかったわ」
何だか雲行きが怪しいのです。
「それからも彼を喜ばせてあげたくてね、
色んな甘いお菓子を買っては毎日枕元に届けてあげたわ、
お手紙もつけてね、「いつも貴方を見ています」ってね。
そしたらね彼ったら喜んでくれて、外でも私を探してあちこち見るようになったの!
チャンスだったのに恥ずかしいから隠れちゃったんだけどね……。
私ったらダメね、どうしても臆病になっちゃって」
「え、えぇ……ハイ」
泣きそうになっているルルと目を合わせます。
「(やばいですせんぱい、予想を遥かに超えるやばさです)」
「(だから嫌だったのですよおばか! どうするんですかこれ!)」
恐れおののくボク達に気づいているのか居ないのか、エンジンがいい具合に温まったクラリスさんは饒舌に自分の愛する努力を語り続けます。
「ずーっと見守ってあげてたんだけどね、
彼が最近になって急に様子が変になって、ギルドで会った時に話をしたのよ。
どうしたのかと思ったら変な女に付きまとわれてるっていうの、
相手の気持ちを無視して、姿を現さずに追い詰めるなんて最低よね。
だから私が守ってあげるって、それが切っ掛けで――――」
結局、この怪談話はご主人さまが戻ってくるまで続いたのでした。あの時ほどご主人さまが迎えに来てくれて嬉しいと思ったことはないのです……。
【RESULT】
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◆-------------★【ソラ】--★【ルル】--★
[◇MAX COMBO}--◇【1】----◇【1】----◇
[◇TOTAL HIT}----◇【2】----◇【2】----◇
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[◇TOTAL-EXP}--◆【120】--◆【045】--◆
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【パーティー】
[シュウヤ][Lv32]HP440/440 MP720/720[正常]
[ソラ][Lv6]HP20/30 MP110/110[トラウマLv1]
[ルル][Lv27]HP352/352 MP24/24[正常]
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【レコード】
[MAX COMBO]>>21
[MAX HIT]>>21
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【一言】
「すとーかーってこわい」
「こわい」