第5章:旅立つ人と訪れる人
僕は祖母の実家で縁側に座っていた。
耳を澄ませば蝉が遠くに鳴いている。チリンと風鈴が軒下で静かに揺れた。
…ああ、夏なんだ
そんな事をふっと思う。
小学生の頃の僕は髪が長かったし、今みたいにボーイッシュでなく女の子らしい白いワンピースを着ていたのを覚えている。その時はただぼんやりと道路に面した垣根を見ていた。何をするでもない、縁側で足をぶらつかせながら行き交う人を眺めていたのである。
皆、浴衣を着て道を行き交っていた。夏祭りでも有るのだろうか?
しかも大人も子供も皆揃いの狐の面を被っている。男女を問わず、みんな同じ…
確か家の近くに稲荷神社が有ったんだっけ、今日はそこで縁日が有るのかもしれない。夏祭りかな?
そう思うと僕も稲荷神社に行きたくなったのである。
振り返って家の中に居るであろうはずの祖母に声を掛けた。
「おばあちゃん、今日はお祭りが有るの?私、お祭りに行きたいなぁ…」
家の中は大変物静かだったし、誰からの返事も返ってこない。
「おばあちゃん?パパ?ママ?」
部屋の中からは静けさが支配していたのである。
…ああ、僕しか居ないんだ
そう思った時、僕は急に怖ろしさを感じてしまった。縁側にすくっと立って、家の中に居るべき家族を探し始めてる。部屋の襖を一つ一つ開け、確かめつつ家の中を駆け巡った。それなのに家族は居ない。
一番、奥の部屋に辿り着く。ここは祖母の部屋。
「おばあちゃん、居ないの?」
僕は声を掛けた。
「香かい?どうしたんだい?」
祖母の声がする。良かった、祖母は家に居たんだ。
「入って良い?」
「駄目ですよ、ちょっと玄関でお待ちなさい。香はお祭りに行きたいんでしょう。それならばおばあちゃんと一緒に行こうかね。」
祖母はもう少し準備が必要だから、と襖越しに僕を玄関へと追いやったのである。浴衣の着付けに手間取っているのだろうか、僕は祖母の言いつけに従って玄関で靴を履きつつ祖母を待った。
夏祭りか…何を買って貰おうかな?リンゴ飴?綿飴?カステラなんかも良いしなぁ、射的にしようかそれとも型抜き?
入り口の引き戸に背を預け、楽しみを夢想しながら祖母の登場を待つものの祖母はなかなか現れない。
祖母を待ちながら玄関の戸を開けて道路を眺めていた。行き交う人もいなくなり、ただ一人の少年が家の前を通り過ぎていっただけ。狐の面を真横に向けて被っていたのが見える。他の通行人は狐の面を正面に被っているから素顔が見えなかったのに、彼だけは素顔を晒して走っていた。
彼の顔には何処かで見た事があるような…いや、知っている人の顔と似ているとだけ思ったのである。手には油揚げをぶら下げ、浴衣に草鞋という出で立ちで走り抜けていった。
「お待たせ、香。」
僕の背後で祖母の声が聞こえたのである。やっと準備ができたんだ、「おばあちゃん」と声を掛けようとした僕はぎょっとした。祖母もまた狐の面を被っていたからだ。
「行きましょうか」
「ねぇ、おばあちゃん。」
草履を履く祖母に僕は尋ねる。祖母はいつも通り「なあに?」と答えると、すっと手を伸ばした。
手を繋ぎましょ、という事なので僕はその申し出に応じて握り返す。
「僕の狐のお面は?」
「香には要らないかな。」
「何で?」
「何ででもよ。さ、お祭りが始まるから行きましょうね。」
祖母は僕の手を優しく引きながら神社へと向かう。
道路は舗装されていない、そのせいか風が吹けば砂埃が巻き上がる。
車が通る道だから轍が出来ていた。祖母の手を放さず轍の谷間を歩いていたのだが、先の四つ角で先程の少年が立っていたのが見える。そればかりか彼はしきりに首を傾げていた。
「あの子、どうしたのかな?」
「どうしたんだろうねぇ?」
少年が見ている先を見ると、そこには狐が一匹ちょこんと座っていたのである。
「おばあちゃん、狐だよ!」
「狐だねぇ。」
奇妙な光景だった。町中で狐が居る事が珍しい。これがまだ山中の出来事だったのなら、僕はまだ納得するのに、町中の狐は違和感しか覚えない。
狐は右の前足を上げ、少年に「来い来い」と招いていたのだ。それに気づいた少年も手にした油揚げを持ったまま、狐の方へと掛け出し始めたのである。
「行っちゃった…」
「行っちゃったねぇ」
祖母の答えはとても淡白だった。僕と祖母はその少年を追うように歩き、神社に辿り着く。
神社の参道は屋台が並んでいる。日も陰り、屋台の提灯にもゆっくりと明かりが燈り始めていく。光の道が出来てて常世に誘うかのような世界に思えてきた。
夏祭りに集まる人も時間が経つにつれ、一人、また一人と増えてきている。的屋の威勢の良い声が響き、僕の心も段々と逸ってきた。
その逸る心抑えつつ僕は少年の姿を探す。あの子を追い掛けないといけない、と直感的に感じたからである。
祖母の手を引いて社殿を目指した。ぐいぐいと祖母の手を引っ張る僕を嫌がるでもなく、人込みをすり抜けて狐と少年を追う。何故だろう、“あの子は社殿に居る”と思ったからだ。
居た!少年は草鞋を脱ぎ捨て、土で汚れた足の裏のまま社殿の階段を駆け上っている。
社殿の入り口には狐が手招きをしていた。こっちだ、こっちだ、少年の求めているものはこっちに有るぞ、と言いたげに右の前足をちょいちょいと動かしている。
おかしい、これだけの人が居るのに誰一人として狐を見ていない。少年すら見ていなかった。
何が有るのだろう、僕も見たくなってきてしまう。
祖母の手を放して掛け出そうとしたのだが、それは祖母の繋いだ手で阻止されてたのである。幼い僕には恐怖を感じるほど、祖母の手の力はとにかく強い。
「香はダメよ、あそこには行けないの。」
「何で?どうして?」
祖母は急に黙り込んだ。手を引っ張ろうにも祖母は動かなかった。
「僕も見たいよ!」
「駄目なものは駄目!綿飴でも食べようか、それとも射的でもする?」
「え~行ってみたいよぉ」
「駄目よ!リンゴ飴にする?籤引きも有るわよ?」
そんな事を祖母と言い合っている内に、少年は社殿へと入り込んだ。少年は止まることなく社殿の奥へと走り込んでいく。途中、仁王立ちになった狐の面を付けた神主が通せんぼをしているのが見えたが、少年は匠に神主の脇をすり抜けた。
「香、何が食べたいの?それとも金魚すくいをする?」
そんな祖母の問い掛けに、今の僕にはどうでも良い。少年の行動の方がとても気にかかる。あれ、と指差そうとすると祖母は僕の顔を掴んで屋台へと向かせようとしていた。両手で頬を挟み物凄い力で僕の視線を社殿から外そうとする。
少年は左右から現れた狐の面を被った二人の巫女を上手く交わすと、そこに納められていた刀を掴んだ。
「香!いい加減にしないと家に帰るわよ!」
何故だか祖母の声が急にヒステリックになる。頬を挟んだ両手はますます力が籠ってきた。下手をすれば首の骨を折られかねない、そんな力でだ。でも祖母の表情は狐の面で見えない。
こわい、怖い!こんなのはお祖母ちゃんじゃない。
少年は刀を抜いた。
「助けて四神君!」
社殿に向かって僕は叫ぶ。何故だか判らないけど刀を持った少年が四神だと思えたから…
少年は構えた刀で一気に空を斬る。割くようにズバリと…
空間が歪んだのが見えた。揺れる、世界が揺れる、グラグラと僕自身が…
「香、香、か・お・り!」
祖母の声で僕は目を覚ました。パチッと瞼を開けると祖母の部屋の天井が目に映る。ああ、そうか昨夜は祖母と一緒に布団を並べて寝たんだ…
「良かったわ。何か魘されていたみたいだもの。」
「うん、変な夢見ちゃって…。」
時計を見ると朝6時半だった。いつもの寝起きする自分の部屋のベッドであればまだ夢の中。だが早起きの祖母はもう起きている時間だったのである。
「昨日の話で変な夢を見せちゃったのかねぇ…」
「どうだろう、でも夢だと解ってホッとしたよ。」
夢から覚めた今、夢について思い返すと変な所はたくさんあった。先ず祖母の実家だが、祖父が亡くなってから取り壊してしまって今はもう無い。髪が長かったのは小学校の高学年までだし、ワンピースよりジャージを着込んでる方が楽だと当時から思っていた。だからワンピースを着込んでいたという記憶は皆無に等しい。それに道路が舗装されていないのがそもそもおかしいのである。
それに夢の中で出歩いている人が、揃いも揃って狐の面を被っているというのは理解できなかった。
祖母には素直に見た夢の内容を話したのだが、「そう」とだけ言って物悲しそうな表情をしたまま僕を抱きしめてくれるだけだったのである。
「大丈夫よ、もう悪夢の事は忘れなさい。」
そう僕に優しく声を掛けてくれた祖母だったのだが、布団を並べ、枕を共にした夜からきっかり一週間で他界してしまった。
祖母は自室で座卓に広げた詩集を読みながら、居眠りをするかのような姿で亡くなっていたのだという。お茶でも出そうかと部屋に入った母が、居眠りをしているであろう祖母に声を掛けたのである。だが反応も無く、呼吸もしていなくて焦ったと話していた。僕が学校から帰宅する頃に祖母は救急車で病院に搬送されて、家には誰もいなかったのを覚えている。
家の異変を感じた僕は、何か嫌な予感を感じていた。
死因は老衰。
苦しまずにあの世へ旅立ったのが幸いだったと医者は言う。数日前までは元気だったのに…
医者の話を聞きながら、そう言えばと祖母も夢を見た事を話していたのを思い出した。夢の中で四神の祖父である四神少尉が現れ、若かりし日のようにテーマを決めて論争していたらしい。その事を僕に話してくれる表情は乙女のような顔をしていたのを思い出す。
祖母が亡くなった日の朝だったが、四神少尉と夢で逢ったとはしゃいでいたのを覚えてる。だが祖母も自分の夢に四神の祖父が立て続け現れ、それが自分の死期が近い事だという事を悟ったようだ。周囲には心配を掛けぬよう、祖母が明るく振舞っていただけに過ぎない。
結局は月読については僕に名前を相続しただけで、何一つその作法や役割については具体的に教えてはくれなかったのである。
四神は僕の家に来た翌日から、学校で遭遇してもいつも通りの素っ気無い態度で過ごしていた。
祖母に命じられた”僕を護る約束”を反故にするのか?と僕は思ったのだが…それでも視線を感じれば四神は僕を見ている。視線を彼に向けると、四神はふっと視線を反らした。四神なりに気を使っているのだろう。
だが祖母が亡くなった日から二日ばかりは四神とも出会う事が無かった。四神も家の用で学校を休むとしか、学校の先生が語らなかったからである。
まぁ僕も祖母の葬儀の関係で学校を休んでいたのだが…。
せめて告別式には四神が来るものだと思ったが…四神は顔すら出してもくれなかった。それでも僕は冷たい奴だとは思わない、何処かで悲しんでくれたのなら…でも、一飯の礼に来てくれても良いとは思う。
僕自身も祖母を失って哀しいものだと、哀しいから泣き腫らすものだと思っていた。哀しいけど何故か泣けないでいたのを覚えている。それは僕の傍に祖母が居る気がしたからだ。
再び四神が僕の家に来たのは、祖母の葬儀を終えて日常も落ち着きはじめた月曜の午後だった。
四神は母に対して大人びた口調で、母には先日の夕飯の礼と亡くなった祖母に対してのお悔やみについて述べると家に上がった。
そして仏壇に手を合わせる。その所作は流れるように美しく、その横顔を見て僕は素直に凄いな、と思った。同級生なのに、自分より幼く見えるのに、その所作はとても大人びて見える。
ただ…相変わらず傍らには斬鬼丸を携えていた。
それをはっきりと見えるのはこの中では僕だけだった。母が日本刀を見たら卒倒するだろう。祖母の部屋で僕と四神の二人きりになると、主を失った座卓にそっと数冊のノートを彼は差し出す。
「本当は…月読様が亡くなったと聞いた時、早く駆けつけたかったんだ。遅くなったのは実家から呼び出しを喰らったんだよ。“これを持って行け”ってね。
月読様にも頼まれていたのに、間に合わなかった事が一番悔しいよ…。」
おっと…君が今の月読だったね、と四神は哀しく微笑む。
「そんな…月読だなんて僕には実感無いよ。その役目も何だか解ってないんだよ?」
四神には祖母から聞かされた話を、簡潔に説明した。
「そっか…その試練の後の話については?」
「何も…教えてくれなかったよ。“知りたければ四神君に聞きなさい”だって…。」
四神は一冊の本を手に取ると、「多分、この日の事だと思うよ…」とページを捲り始める。
「この日の事を確認したくって、この日記を求めたんだろうな…」
それは四神の祖父、礼一の日記帳だった。四神の祖父は几帳面な人物だったのだろう。日記に書かれた筆跡を見ると、とても丁寧に書かれ美しい文字でみっしりと行間が埋められていた。
だがその日の行間は数行で終わっていただけである。
―月読ト思ワルル少女ト、思兼神様ノ下へ向カフ。
試練ヨリ後、気ヲ失フモ思兼神様ヨリ適性ヲ認メラルル事デ、以後、コノ者ヲ“月読”トナス。
「これだけ?」
「そう。」
「だ~か~ら!肝心な事は何処に書いているのよ?」
思わず僕は座卓をバンバン叩いて抗議を示すも、四神はそんな事で怯む様な男ではない。四神の祖父の手記をパタンと閉じ、もう一冊の和綴じのノートを手に取った。そのままペラペラとノートを捲ると、
「ならこっちは?」ともう一冊のノートを四神はとすっと差し出す。
―礼一様ガ連レシ少女ニツキ、月読ト認メルモノトスル。
コノ者ガ黄泉ノ者ニ対シ、“眞ノ名”ヲ囁ケバ黄泉ヘト旅ダツモノ也。牢ノ男モ今宵ハ黄泉へト旅立ッタ。
これまた綺麗な字であり、気品すら感じる手記だった。
「これは?」
「先代が言っていた思兼神様、すなわち僕の祖母の日記さ。」
四神は表情も変えずにしれっと答える。
「そうなんだ…えっ!お祖母ちゃん?!」
先代からはその辺の事を聞いていないんだね…と、四神は頭を掻きつつも、鞄から紙とペンを取り出した。
「先ずは…僕の祖父の四神礼一ね。」
そう説明をしながら四神の祖父の名前を書き込む。字体や筆跡、どことなくだが四神の祖父と似ている。しかもきちんと字面を揃えるので四神の文字も綺麗で読みやすい。四神は祖父の名前を挟むように四神の祖母である“四神千津”と僕の祖母の“月見野華”の名前を書き込んだ。
そして解りやすいように、三人の名前の上にそれぞれの二つ名を書き込む。これは祖母から聞かされていたので理解できる。
そして四神は祖父と祖母に丁寧に線を書き加えた。簡略された四神家と月見野家の系図を簡単に描き出す。
「今回はお互いの両親については省くものとする。」
そう言って月見野家の祖母の名前の下に線を引き僕のフルネーム、四神家の祖父母に引かれた線から派生した線を引き“四神遼”と自分の名前を書き込んだ。僕は四神の書く家系図を見ながら、ふむふむと頷きつつも、四神って“遼”って名前だったんだ…と改めて認識をする。祖母に会った四神は自己紹介をしていたが、名前を失念していたのでを誤魔化すような相槌を打った。
「で…問題は次。」
四神は赤色のペンに持ち替え、四神の祖父の名前の上に“斬鬼丸”と書き、そのまま自分の名前まで矢印で引っ張った。
「この刀については僕が持っている経緯は知っているね?祖父である礼一の所有物だったんだけど、それを僕が受け継いだ。それは先代が指摘した通りさ。でもこれはここにあるから別に問題ないよね。」
一旦、四神がペンを下ろすと僕にとある問題を出した。
「三種の神器って知っている?」
「何それ?洗濯機にテレビに冷蔵庫?」
日本史の授業で教師が冗談めかして言っていたのを思い出す。四神はそんな僕の答えに苦笑いを浮かべ、手で違う違うと振る。
「もっと古い話だよ。”鏡・玉・剣”って聞いた事無いかな?」
「う~…勉強の話はパスしたいよ、この前の日本史のテストもボロボロだったしさ。」
事実、テストの点数が悪く僕は母親にこってりお説教を喰らっていたのだ。反面、四神は学年でもトップクラスの点数だったらしい。
「僕の祖父は素戔嗚として”草薙剣”を持ち、祖母は”八咫の鏡”を持っていた。そして月読様は”八尺瓊勾玉”を持っていたはずなんだ。と言ってもレプリカだろうけどね、それでも霊力が込められた本物に近い偽物さ。」
そう言いながら四神はそれぞれの祖母の上に鏡、勾玉と書いたのである。
「それってこれの事?」
祖母と一緒に枕を共にした夜に手渡された勾玉を胸元から引っ張り出した。祖母に手渡された勾玉に穴が開いていたので、余っていた首飾り用のチェーンに通してみたのである。それを祖母の言い付け通り片時も離さず首からぶら下げていたのだ。
「うん、それ…。」
四神の頬がほんのり赤い。どうやら胸元から引っ張り出す時、僕の胸元がチラリと見えたのだろう。誤魔化すように四神は勾玉から僕の名前まで線を引いて掻き込む。
「見た?」
「な、何を?」
四神は嘘をつけない性格らしい、目が泳いでいる。
「エッチ!」
小声で僕はボソリと言って慌てふためく四神を揶揄った。そんな折に母が部屋に入ってきて飲み物を用意してくれたのである。
「四神君、わざわざ来て貰って悪いわね。…あら、勉強の邪魔だったかしら?この子ったらこの前の試験でも成績が悪かったのよ、もし良かったらこの子の勉強を見てあげてくれないかしら?」
母よ、このタイミングでそれ?下手をするとお喋りな母は四神の横に座り、要らぬ事まで話しかねない。
「お母さん!」
一気に立場の悪くなった僕は母の背中をぐいぐいと押して部屋を追い出した。
「はいはい、お邪魔様でした。四神君、折角だから今夜もご飯を食べていってね。」
母は四神を気に入ったのか、夕飯のお誘いをして台所へと向かう。母の事だ、今夜もご馳走を作るに違いない。とは言え祖母も居なくなり、母と二人で食べる夕飯に少し侘しさを覚えていたから私も母の申し出には内心は賛成だった。
「話を戻そうか…」
四神はジュースを一口飲んで喉を潤すと、改めて話をし出す。
「問題はこの”鏡”なんだ。祖母は誰かに”思兼神”の名前と一緒に後継者を見出している。ただそれが誰に手渡したかも判らない。祖父と祖母の全ての日記を読んだけど…その記述が一切無いんだよ。」
“鏡”の文字から線を引くと、大きく疑問符を結んで丸で囲った。
「でもさ、それって身内である可能性が高いんじゃないの?僕だって四神君だって、お祖母ちゃんやお祖父ちゃんから受け継いだんだよ?」
そうなんだけどね…とそう言ってノートにペンを放ると腕を組んで”う~ん”と唸る。
「そうなると僕の身内って事になるだろうね。でもそうなると人数は絞られるんだけど…思い当たる人が居ないんだ。僕の親父は他に兄妹も居ないし、僕も一人っ子。だから“鏡”を受け継ぐ人も居ないし、家では“鏡”そのものを見ていないんだよ。」
「じゃあ”鏡”がどんなものか判らないの?」
うん、と四神は素直に頷いた。
「別に無くても良いんじゃない?無くても困る事なさそうだし…」
「そういう訳にはいかないよ、君は幽霊とか見えるんだろ?僕も何体か悪霊と言われる存在を斬ったことがあるけど、それはこの“刀”が狙われてるからなんだ。だから僕はこいつを手放せない。
君も“勾玉”を受け継いだのなら、それを狙う悪霊が出て来ることになる。と、いう事は“鏡”を狙う輩も居るという事さ。」
だから祖母は四神に対して“僕を護れ”と頼んだのか…、いや待て、狙われるってどういう事?
「文字通り命を狙うって事。」
四神はさらりと怖ろしい事を言う。
「ど、どうすんの?僕が狙われたり“勾玉”を奪われたら…」
「恐らく間違った使い方をされるだろうね。生者が死者に支配されるような…」
僕は四神の話を聞いて、祖母を恨みたくなってくる。こんな肝心の話を伝えずに亡くなるなんて…いや、話せば僕はこの役目を放棄すると言うに決まってるから祖母は敢えて名前を継承し、だんまりを決め込んだのだろう。
「何か嫌になってきた…」
「諦めなよ、僕も同じ気持ちだったんだから…」
そんな意気消沈をした僕達は自然と黙り、揃って「はぁ…」と溜息をついた。
そのタイミングを見計らるように家の呼び鈴が鳴ったのが聞こえる。パタパタとスリッパが玄関に向かっていったのが聞こえたので、母が応対に玄関に向かったのだろう。
何やら母と来訪者は玄関で話し込んでいたみたいだが、一区切りついたらしく母は私達が居る祖母の部屋にやってくるなりガラリと襖を開けた。
「香、あんたの友達らしいわよ?」
はて?今日、我が家に来るような友達は居ない筈、僕は四神にちょっと待つように言って玄関に向かった。
そこには見知らぬの女の子が立っている。僕の隣の学校で進学校で名高い女子高の制服姿だ。それを上手く着こなしているばかりか、黒く腰まである長い髪を束ねている。清楚な顔立ち、きっと学校でも人気のある人なのだろう。
そんな人が僕に何の用なのだ?
「初めまして、月読さん。」
女の子はそういってにっこり微笑んだのだった。
思い付きで書いたのが2013年でした。
読み返すとどうもしっくりこないので、2018年現在でリメイクをしております。
更新が出来るときに物語を進めたいと思います。