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斬 -ZAN-   作者: 鷹玖沙 眞
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第2章 祖母の客

「ああ…ついてない」

 学校からの帰り道、思わず僕は呟いた。


 祖母の頼みも果たせぬまま、数日が経過している。それどころか僕は、本日の授業で提出すべき宿題をど忘れした結果、放課後の居残り補習に強制参加をする羽目になったのだ。


 思いっきり絞られてから学校を出て家路に着いたのだが…家には彼の事を心待ちにしている祖母が居る訳で、ここ最近は“一緒に帰ってきたんじゃないの?”と玄関まで迎えに来る始末。


 彼と言えば、放課後になった瞬間にいつの間にか教室から消えている。居なくなったのでは僕が彼を捕まえたくても捕まえられない状況に陥っているのだ。昼休みにでも声を掛ければ良いのだが、周囲の視線が気になる。手紙を書いて下駄箱にでも入れようかと考えたが、僕には呼び出すような文才も無くこの方法も断念した。

 むしろ放課後になると僕が先生に捕まってしまった、なんて悲しいオチが待っていた訳である。

 嫌だなあ…家に帰るの。


 僕は特に参加している部活はない。さっさと帰宅して、家でゴロゴロするのが日課になってきた。親には叱られるが、特に出かける用事もないし、別に悪い事をしているんじゃないから良いじゃん!などと開き直ってしまう。


 いつもだったら親友の友美が僕を遊びに誘ってくる。基本はカラオケかゲームセンター、コーヒーチェーン店で女子トークに浸るものだが、最近はそのお誘いの数も減ってきた。

 それもそのはずで、友美に彼氏が出来たからというのが理由なのである。

 友美の相手は中学校の部活の先輩で、偶然に食堂でばったり再会したのだと惚気やがるのだ。話が弾んだ上に意気投合までして気が付けば彼氏彼女の間柄になったのだという。


 …親友より彼氏かよ

 …羨ましくなんか、羨ましくなんか

 …やっぱり羨ましい

 僕は親友の友美を取られた悲しみと、恋人が出来たという報告に自分だけが置いていかれた錯覚に陥る。このやり場の無い怒りをどうしてくれよう!

 僕だってこれでも女の子なんだ!たまに男の子に間違えられるけど…

 学校の制服を着たらそれなりに女の子しているんだぞ!

 そう思っても僕の周りに寄ってくるのはクラスの女の子だけだった。


 …僕を好きになってくれる男子なんているのかなぁ?

 軽い疑心暗鬼に襲われてしまう。それ以前にこの学校には、僕が興味を示すような男子が居ないのが悪いんじゃないか!

 同級生はなんか子供っぽいし…、先輩達はどこかおっさんぽい。

 僕を彼女にしたいんなら男を磨いてよ!

 自分の魅力の無さを、男子たちに責任転嫁しつつ家路を急ぐ。


「そう言えばあいつの名前って何だっけ?」

 僕が気にならない男子が居ない訳じゃない。祖母との会話のせいで僕を悩ませている彼がいる。

 …ただそれは恋愛対象とは違うような。そう!あいつは観察対象なんだ!そう自分に言い聞かせた。

日本刀を持った白馬の王子様なんて居るのだろうか?日本刀を持って白馬に跨って失踪する姿は、祖母の好きな時代劇のオープニングで砂浜を駆け抜けるあのお方の姿しか思い浮かばない。


 …それはそれで何か嫌だ。

 何が悲しくてそんな想像しか出来ないのだろう、そんな事を考えながら歩いていると、家に着いてしまった。何故か家に入る事を躊躇ってしまう。


 多分、祖母との約束を果たせていないという良心の呵責なのかもしれない。僕自身が足に錘を付けるようなもので、足取りが自然と重くなってしまう。

 ああ、気が重い…


「ただいま…」

 玄関で声を掛けるも、僕の声には覇気が無い。こんな沈んだ顔をした僕を見たら、祖母に“もっと元気出しなさいな”と喝を入れられるだろう。

 僕はローファーを脱ごうとした時、見慣れない革靴が一足並んでいる事に気づく。

 しかもこのデザインって何処かで見た事あるような靴…


 脱ぎ散らかせばまた祖母に叱られるに違いない。誰の靴かは判らぬが、邪魔にならないように自分の靴を隅に押しやった。


「あら、お帰り。」

 僕の背後からやけに上機嫌な声がする。身内への声色ではなく、外面のいい甲高く優しげな声。

「貴女、帰ってくるのが遅かったじゃない。」

 正直に“補習だった”なんて答えた日にはどんな皮肉を言われるか判らない。適当に「うん」とだけ答えておくのがベストな答えなのだろう。


 そんな事よりも祖母の妙なテンションの高さの方が気になる。

「そうそう、丁度良い所に帰ってきたわ。

 その格好のままで良いからお客さんにお茶を淹れてくれないかしら?」

 一緒に私達のお茶も淹れてね、という声に思わず僕は「は?」と口答えしそうになった。

僕はお手伝いさんじゃないぞ!と抗議したかったのだが、祖母の客ならば猫を被った僕を見てお小遣いをくれるような人かもしれない。そんな都合の良い話があるかもしれないと思い直すと、素直に従う事にする。


「変な勘繰りをしているんじゃないでしょうね?良い?貴方にとっても大切な話が有るの。」

「大切な話って?」

「良いから、早くお茶を持ってきてね。」


 僕の邪推に対して祖母はそう釘を刺したうえで、頼み事をするなりさっさと自室に戻った。

 何なんだろう、お祖母ちゃんと僕にとって大切な客って…

 茶匙ですくった適量の茶葉を急須に入れ、お湯を注いで軽く蒸らす。そんな作業の中で僕はふっと玄関での出来事を考えていた。

「にしても…あの靴って何処かで見たんだよね」

 思わず口にしてしまうほどなのに、絶対に知っているのに…ついさっきも見てきたはずだ。それなのに思い出せない。


 祖母の湯呑み、自分の湯のみ、そして客の湯呑みと盆に並べて茶を注ぎ入れ、そして祖母の部屋へと持ち運ぶ。

 靴…革靴…ローファー…ちょっと僕の足より大きな靴…男物?…男子?…男子!

 祖母の部屋を目前に、思わず僕は「あっ!」っと大声を上げてしまう。何で僕はこの結論を最初に導き出さなかったのだ?こんな事は知っていて当たり前じゃないか!


 僕が通っている学校指定の革靴なのである。

 さっきまで僕は学校に居たんだし、革靴を履いている奴だって居た。なんら不思議は無いじゃないか!思わず僕はお客が履いていた靴を思い返す。

 学校の校則、特に服装の規定の中で“学校指定の行事の参加は革靴を着用するものとする。しかし運動に伴う行事や授業においてはこれに該当せず、適切な履物で行うものとする”と明記されている。

 その為、普段の登下校時に革靴で登校しなくても良い。学校に慣れてきた新入生も革靴を履く者は少数派になってきた。逆を言えば律儀に革靴で登校する者は数が絞られる。


「何を騒いでるの?早く部屋にお入りなさい!」

 部屋の中から祖母の声がした。僕の姿が見られていないのは解かっていても、ぺろりと舌を出す。

 僕は入り口で腰を落とし、襖をそっと開ける。

「四神君!?」

 何で彼が祖母の部屋に居るの?ちょこんと座っている彼もまた、僕の顔を見るなり驚いていた。そんな僕は彼の姿にも驚いたが、普段は思い出せない彼の名前が僕の口から簡単に飛び出た事にも驚いた。


「そんな所で固まっていないで、早く中にお入りなさいな!」

 祖母の一言にコクンと頷くと、盆を手に静々と部屋に入った。座卓を挟んで彼と対峙するように座ると、そっと客用の湯呑を差し出す。


「粗茶ですが…」

 お茶を差し出す僕の所作はどうもぎこちない。彼もこんな緊張した雰囲気には慣れていないのだろう、無言で頭を下げる。そしてお互いに沈黙が生まれた。

 祖母はそんな僕らの関係を不思議そうに眺めつつ、これまた僕が差し出したお茶を黙って受け取ると、喉が渇いたと一口啜る。


 …なんか気まずいな、そう思いながら自分の真横にお盆を置いた。

「何でさ、ここに四神君が居るの?」

 この気まずさに耐え切れなくなった僕は、小声でそっと祖母に疑問を投げ掛ける。お茶を飲んでいる四神に気づかれないように…

「居ちゃいけない事ないだろうに。町内会で頼まれた浴衣の反物を買いに行ったら、意外に重くてね…困っていたら反物屋の近くで日本刀を持った彼と出会ったのよ。

 お陰で重い荷物を運んでくれて助かったわ。」

 祖母の一言に、彼ってこんなに親切なタイプだっけ?と思わず顔を見てしまう。相変わらずクラスで見るような…惚けた表情でお茶を飲んでいる。


「この子は四神君っていうのかい?」

「えっ?そうだけど…」

 僕が帰ってくる前に、彼の名前を聞き終えていたんじゃないの?名前も知らない相手を家に上げたの?と祖母に対してツッコミを入れたくなった。まぁ察するにだが、祖母は一方的に四神に対して話をするだけして名前など肝心な事は聞いていなかったのだろう。


「まぁそうだけど…お祖母ちゃんも見えるんだ、日本刀」

「当たり前でしょ!」

 祖母が四神の横に置いてある日本刀が見えていると言う事は、やっぱり四神は刀を持っている。僕が視るそれは錯覚でもなく、本物なのだろう。


「…そろそろ僕」

 祖母と僕のヒソヒソ話に耐え兼ねられなくなったらしく、お暇しようと四神が腰を浮かし掛けた時だった。その彼の動きを制止したのは祖母だったのである。

「四神君だったわね、ここにいる孫娘の香は知っているわね?ちょうど良かったわ、貴方に知っていただきたい事が有るの。香、貴女も是非聞いて頂戴。」


 これを見て貰えるかしら?と古ぼけた一枚の写真を袖口からすっと差し出す。あまりにも古めかしく印画紙が黄ばんだモノクロな写真だった。そこに写っているのは若き軍服姿の青年と、和服少女が一緒に並んでいる。

 見覚えないかしら?と四神に話し掛けた。写真の男と四神は…目元が似ている。

「ここに写っているのは四神君のお爺様、四神少尉よ。」

 祖母はニッコリ微笑みながらも淡々と答えた。


「確かに…この写真に写っているは僕の祖父です。で、でも何で?」

「そうね、急な話でごめんなさいね。その写真の刀と、貴方が持っている刀はどうかしら?」

 祖母の一言に、四神は傍らの日本刀を持ち上げる。僕達は素直に写真の青年が持つ刀と四神の刀を交互に見比べた。


「…似ているわね」

「“似ている”じゃないの、それらは同じ刀よ。」

 祖母はあっさりと断言する。

「嘘でしょ?何でそれが一緒の物だって言えるのよ?」

 祖母は”それを説明させるの?”というウンザリとした表情で僕の顔を見た。その回答を祖母が答える代わりに四神が話し出す。


「こちらに写っている女性が貴女なんですね?証拠に顎の黒子の位置が一緒ですし…何よりこの刀の秘密を知っている。祖父が持っていた刀を常に見ていたから、この刀の特殊能力をご存知なのですね?

 でも不思議だ…この刀が写真にはっきり写るなんて…」

 かなり四神は興奮気味に、しかも饒舌になって答えている。

「確かにこの刀と写真の刀は一緒の物です。刀の柄尻に付けているこの小さな飾りを見て同一の物だと気づいたのですね?」

 四神は刀の鞘を掴むと僕と祖母の前に刀のを差し出した。柄尻には小さな奇怪な飾り物が鎖に繋がれている。


「これは“鬼”を封じるための呪物であり、この刀そのものを隠す能力が有るんです。…でもこの刀が見える人がたまにいるんですよね。

 この刀を見る事ができるのなら“幽霊が見える”と言う事はありませんか?」

 四神の一言に僕はドキリとした。確かに僕は幽霊をよく見る人間だし、何度となく見てきた経験がある。ただそれを他人に話せば信じちゃくれないし、むしろ気味悪がられるから人には話さないように努力をしてきた。だが隠しても意味は無いので、「うん、見えるよ。」と答える。祖母に話すのは初めてだが、もう既に知っていたようだ。


「そうねぇ…私は小さい頃は見えなかったわ。でもね、貴方のお爺様とお会いするようになってから、段々と見えるようになっちゃったのよ。

 この子は物心が着く頃には見えていたみたいね。」

 孫娘が幽霊を見れるようになったのは、私の遺伝となるわねぇ…と、僕に向かってペロッと舌を出す。僕の得意な表情を祖母に真似られたのには、”やられてしまった”と思ったのだが…。


「で、でもさ…日本刀って物体なんだから、写真に写ってもそれは不思議じゃないと思うけど?」

「香はスマホを持っているわね?」

 祖母が僕に”それを貸せ”と要求してくる。僕は制服のポケットからスマホを取り出すと、撮影の設定画面にして祖母に手渡した。

「ちょっとこの写真の構図と同じようにそこに立って貰えるかしら?」

 とんでもない展開になったもんだ、僕が”男の子と並んで写真を撮る”なんて事は初めてだったからである。


「ちょ、ちょっとお祖母ちゃん!」

「二人とも表情が硬いわよ?そんな恥ずかしがる事じゃないでしょ。」

 実験なんだから、と僕の異論には聞く耳を持つつもりもない。

 結局は祖母に押し切られる形で、僕達は祖母に指示された場所に立つ。軍服姿の四神の祖父と和服姿の僕の祖母と同じ構図を取りながら…


「二人ともそんなに怖い顔をしないの、自然体でもう少し近寄りなさい!」

 そう言われても無理なものは無理!四神を意識しないようにしても、結局は四神の事が気になってしまう。

 写真の中の祖母の立ち位置は、四神の祖父に寄り添うように凭れながら立っていた。四神の祖父は刀を床につけ杖の様に立てると、胸を張り背筋を伸ばしていたのである。


 恋人と言うより、新婚夫婦の記念写真のような構図だった。

 だからと言う訳ではないが、この写真の構図を真似るのは気恥ずかしい。それは四神も同じ気持ちだったのだろう、頬を赤らめつつも祖父と同じスタイルを取ろうと必死だったのである。

「撮るわよ~」

 そんな事はお構いなしの祖母は、スマホの画面を見ながらシャッターを切る。独特的で機械的なシャッター音が鳴り響くと、祖母は表示された液晶画面をじっと覗き込んだ。


「やっぱり…ね。」

 そう呟きながら祖母は僕にスマホを手渡したのだが…画面に写った僕達は照れ臭そうな硬い表情出写っている。

「変でしょ?貴方達は写っても、刀は写らないなんて…」

 祖父の言う通り、四神の手にあるはずの日本刀が無い。無いが故にその姿はどうも締まりがなく見えた。どうもテレビで見る芸人の決めポーズの様で格好つかない。


「何で?四神君が持っていた刀が消えちゃったの?」

 祖母は「まぁ座りなさい」と僕達を促すと、何かを思い出すかのように考え込み、そして語り出した。

「二人とも、“見えない”ってどういう事象かしら?」

 突然にこの祖母は何を言い出すのだ?大切なのは刀の有無ではないのか?


「“見えない”って…でも刀は現にここに有るじゃない!」

「この定義は“存在するものが認識されない”と言う事ですね?」

 質問に対する僕の答えより、四神は逆に本質を突くような質問を祖母に投げ掛けた。

「ええ、その定義で良いわよ。でもそれはどういう意味なのかしら?」

「僕なりの考えなんですが…この現象は簡単に言うと“脳の錯覚”と言い換えた方は良いかもしれません。」

 普段は教室で教師に指名されても無口な四神だが、祖母の質問を発端に雄弁に語り始める。


「昆虫や動物の中には身を隠すのに“擬態”という手段を用いる種類が居ます。」

「例えば?」

「キタテハという茶色い羽の蝶がいますが、羽を畳んでじっとしていると、落ち葉に間違えられてしまう。海底でも岩かと思ったらミズダコでした、などと自分の姿を別の物に似せて、外敵から身を守る事があります。

 見る側の視覚を誤魔化している、という事になりますね。」

 そう言う生き物はいるのだろう、でも僕にはどうも腑に落ちない。日本刀は物なのだから、擬態しようにも化ける事はできないからだ。それでも四神の説明は続く。


「他には自分の体を変色する事で、環境に同化するという擬態もあります。戦闘服が迷彩柄なのは、環境に“溶け込む事で相手からは見つけ難い”という利点があります。

 形状を似せるにしろ、変色するにせよ”見つけ難い”という事は“見る側の脳の問題”となりますね。」

 だから日本刀は周囲の環境に併せて色を変色する事もないじゃん、と僕はツッコミを入れたくなったのである。だが四神もその事はとっくに理解をしていたのであろう、まだまだ説明は止まらない。


「今回の場合はそういう意味では“擬態”は適しません。なぜなら刀が無機物だからです。変化も変色も致しません。それなのに見えないのはどういう事か?という疑問が生じます。

 ならば”最初から脳が認識をしなかった”と考えるのはどうでしょう。勿論、刀はここに有ります。それなのに刀を視覚で認識できない。視覚で認識できなければ、脳が目前の刀を“その場所に存在しない物”と認知してしまう。結果、この刀はここには存在しない。」


 確かにしっくり来る説明だ。しっくりは来るのだが…その説明だと写真には刀が撮影されて、スマホには刀が撮影されないのは納得がいかない。

「他の写真では祖父は日本刀を携えて映る写真は無かった。となると、この写真を撮ったカメラに細工が有るべきだと思う。その仕組みは判らないけど、そうでないとこの刀は写真に写り込む事は無いんだ。」

 やはり四神も僕と同じ疑問にぶつかっていたのである。


「でも、ここまで説明できるなんて賢いわねぇ。さすがあの人のお孫さんだわ。実はね、あの人も全く同じ説明をしていたの。だからその刀が写真に写り込む理由を考えるのであれば、3番目の説が有効ね。」

 祖母はニコニコと四神を見ていた。とても上機嫌である。


「でもお祖母ちゃん、古いカメラで刀が撮影出来て、携帯で無理なんて事あるのかな?」

 思わず僕は二人の問答に入り込んでいった。理屈では何とでも言えるが、アナログだろうがデジタルだろうが写真に写ったり、写らなかったりするなんて事あるのだろうか。

 さすがにこの僕のツッコミに雄弁だった四神も黙る。


「“念”という言葉は知ってるかしら?」

 僕は思わず四神の顔を見たのだが、即答してくれる事を期待した四神はキョトンとした表情で僕の顔を見返してきた。

「“念ずれば通ず”とか“念を押す”などの念ですか?」

 祖母の質問にあっさりと返す四神を凄いとは思う。祖母の気紛れのような急な話の転換にも、事も無げに話題についていく。

「そうよその念よ、香はその刀をよく見せてもらいなさいな。」

「よくって…」


 日本刀をチラリと見たが別に何ともない。普通の日本刀…だろう。

「もっとよく御覧なさい!凝視するぐらいじっと!」

 そんなに怒らなくても…別に刀は刀なんだし、渋々ながら僕はそれを見る。

「えっ…あれ?嘘ぉ!」

「やっと気付いたのね…。」

 祖母は深く溜息をついた。僕にも祖母の言う意味がはっきりとわかったから…その驚きは隠せない。刀が周囲の空気を歪ませていたからである。刀の周囲の空間を歪ませているというか…。刀の周囲がボヤけて見えた。


「この刀はね…独特の念を放っているのよ。それが私達のような特殊な能力を持つ者以外、独特の念が脳に対して直接的に働きかけている。

 だから私達以外の人には“刀が見えてる”なんて認識はないわ。」

 祖母の言う事が正しいのなら日本刀が、誰かに見られるという事はない。でも携帯は人間のような脳は持ち合わせてはいないのだから、普通に写るべきだ。


「“念”はね、“思い”や“気持ち”の事なんだけど、それ以外の力がこの刀から発生しているのは間違いないの。

 そう言えば…大きな地震で壊れた原子炉の話が有ったわね。何とかその施設に入れたけど、テレビカメラの映像が映らなかったって話が有るでしょ?」

「その映像は僕も見たことあります。放射能レベルが高すぎて、テープがダメになったからという話では無かったですか?」

 祖母には四神の理解力の速さに大変満足しているようである。反面、僕は置いてけぼりを喰らったようで、あまり面白くない。


「“念”と“放射能”を一緒にしちゃいけないのだけど、何かを発しているのは変わらないわね。」

 僕達の目の前にある刀は人体に影響あるのだろうか?放射能を例えに出された後では少し怖い。

「大丈夫よ、香はそんなに怖がらなくても…で、あの人はこの刀に何を封印したの?」

 祖母はこの刀に何かを見透かしたようだ。饒舌だった四神もこの質問には「さぁ…」と口籠ってしまったのである。彼の祖父からは何も聞けずだったらしい。


「ねぇお祖母ちゃん。刀が凄い事は判ったけど、何でカメラに写ってスマホに写らなかったの?」

「この写真を撮ったカメラが特殊なのよ。」

 祖母は事も無げにそう答えた。

「確かに写真構造は昔も今も変わっていないわ。フィルムがデジタルに切り替わっているだけ。だからこの刀を当時のカメラで撮っても写らなかった。

 でもね、当時のカメラは機械内部に鏡を使っていたの。光を反射させる為にね。」

「それがどうしたの?僕にはカメラの構造なんてわかんないよ。」

 祖母の得意分野に入り込みそうだったので、話の腰を折ったのだが四神は興味深々である。


「もしかして”写真の真ん中に写る人は魂を抜かれる”ですか?」

「そう!さすが少尉のお孫さんだわ。話が早くて助かる。」

 また僕だけ置いて行かれたようだ。四神は僕の気まずさを察したらしい。

「祖父から聞いた事あるんです。どうしても写真の真ん中には写りたくはないって…なんでも真ん中に立つ人は魂を抜かれるから真ん中は嫌だって…」

 そんな事を聞かされてもなぁ、と心底思う。大抵人が集まると僕が真ん中に立つ事が多い。


「確かに迷信だわ。でも、この写真を撮ったカメラは違うの。本当に魂を抜くからなの。四神少尉はこのカメラで魂を抜かれそうになってから写真の被写体になる事を嫌がったわよ。」

「このカメラは呪いのカメラなの?」

 四神の刀を写したり、人の魂を抜くカメラなど聞いた事は無い。


「呪いとは何ですか!特殊なカメラなの!さっきも話したでしょ?“カメラの構造に鏡を用いている”って。その鏡はとある神社の銅鏡だったのよ。」

「なるほど、それで理解ができました。そのカメラは銅鏡の力で刀の霊力や魂を写したのですね?」

「ご名答。」

 やはり四神の理解力は高いようである。


「その鏡が”刀が放つ霊力をすり抜けて刀本来の姿を映し出した”と考えるのが筋ね。だから四神君のお祖父様が写真を嫌ったのはそのせいよ。まさかあの人がこの実験を成功させるとは思わなかったわ。」

「お祖母ちゃんは誰がそのカメラを作ったか知っているの?」

「ええ、知っていますとも。」

 祖母は冷めてしまったお茶を苦々しい表情を浮かべながら飲み干す。


「四神君のお祖母様ですもの。」

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