ふん、早寝早食いは戦士の基本だぞ
ハリマ一家のプライベートと噛み合ってしまったが、俺たちは無事、自然公園に辿り着く事が出来た。公園行くのに無事ってなんだよチクショウ。
しかし、悪くない場所である。天気はいいし、家族連れがたくさんいても充分に余裕のある空間だし、何より平和だ。この街は年がら年中スーツを着たやつがでしゃばるが、たまにはこういうのもいいかもしれない。ま、俺たちは休みだけど、他のヒーローどもは頑張って悪の組織を追い掛け回しているかもな。
「お兄さん、お腹減ってない? ほら、こっちおいでよ」
レンはレジャーシートを広げて、自分の隣をばんばんと叩いている。
「おう、じゃ、来たばっかだけど食うか」
「えー? ちょっと遊ばんのー?」
赤丸はフリスビーを構えて、不満そうな声を漏らした。というかそれ、どっから持ってきたんだ。
「自分で投げて自分で取ってろよ」
「なんじゃそがあな無限ループ面白くないわ!」
「腹が減っては戦は出来ないって、おじいちゃんが言っていたよ。先に食べた方がいい。暑さのピークは過ぎたけど、お弁当が腐るといけないからね」
「それもそうかあ」
いなせは赤丸の扱いも上手かった。
バスケットを四人で囲み(赤丸はコンビニ弁当)、紙コップに青井家の麦茶を注いでいく。全員に飲み物が行き渡ったところで、
「クーラクラクラクラっ!」
場違いな笑い声が聞こえてきた。
「クララララっ、さあ行け戦闘員どもよ! 昼下がりの公園で楽しむ家族連れをっ、天国から深海に叩き込んでやるクラー! 俺は許せん、俺はこんなにも頑張ってきたのに、女房と息子には逃げられて……俺が何をしたって言うんだ! マサヤー! トウコー!」
「クラーゲン様っ、うう、おいたわしや」
「チクショウ! やれ、ぐっちゃぐちゃにしてやれー!」
かっ、怪人だ! クラゲ型のスーツを着た……というより、なんてピンポイントな野郎なんだ。つーか私怨じゃん。八つ当たりじゃん。まさか、俺たちが珍しくも休暇を満喫しようとしている時にやってくるとは、運が悪過ぎる。ここから逃げなくてはならない。武器はあるがスーツはない。ついでに言えば今は有給使ってんだし働く気もない。一銭の得にもならん。
「おい、お前ら、さっさと片付けて引き上げるぞ」
「かんぱーい!」
なんと気楽な三重奏! レンと赤丸はともかく、いなせも何だかんだでノリノリだった。
アホ三人は麦茶を飲み干してから、サンドイッチに手を伸ばし始める。一方じゃ、向こうの方で戦闘員どもがカップルの弁当をひっくり返して、女を攫おうとしていた。
「食ってる場合か!」
「お兄さん、お腹空いてないの?」
「す、空いてるけど! けど君たちは頭が空なの!? アレが見えねえのかよ!」
俺の指差した先には、クラゲ型のスーツを着た怪人が、家族連れからリュックサックや弁当箱を強奪している光景が。……クラゲ野郎は触手を自由自在に使っているのだ。
「マサヨシ。ほうっておいたらいいんだよ。火の粉なんて、こっちにかかるまでは対岸にあると思い込むんだ」
「ほうほう。うちも、あがいなんは見逃せんけど、休みやし、スーツ着てないし」
「はいお兄さん、あーん、して?」
肝が据わりすぎてて気持ち悪い。こうなったら、援軍だ。あいつを呼ぶしかない。
「イダテン丸ゥゥゥゥー!」
『……あ、もしもし。青井殿、何か今日は、ご機嫌のようですね』
携帯電話の向こうの縹野ことイダテン丸は苦笑していた。
『何かあったのですか?』
「公園で怪人が暴れてるんだ。助けてくれ!」
『……申し訳ないのですが、今、少し手が離せないのです』
「はあ!?」
イダテン丸だって年がら年中休みのはずだろう。何が手が離せない、だ。……いや、もしかして、軒猿の追っ手が現れたってのか!?
「だ、大丈夫なのか? ……うん?」 なんか、聞こえてくる。ヒステリックな声だ。
『あ、し、白鳥殿。いえ、実は青井殿から連絡が……い、いいえ、裏切ったりなどは! 白鳥殿と九重殿には常日頃からお世話になっておりますゆえ』
「おい縹野。もしかしてそこに、カラーズのアホが揃ってんのか?」
『青井殿は有給を取ったそうですが、カラーズには青井殿以外にはヒーローがおらず、必然、依頼を受けられないそうでして。それで、白鳥殿たちは暇を持て余してお出かけになられるようなのです。私は、二人の護衛役を任ぜられています。責任重大です』
その割には、きゃっきゃきゃっきゃサルみたいに楽しそうな声が聞こえてくるけどな。
『それでは青井殿、どうか、ご無事で』
「あっ、ちょ、おい……切られた」
……そうか。そうかあ。俺が休みだと、カラーズ自体も休みになるのか。あいつら、三人で買い物にでも行ってやがんな。
俺があたふたしている間に、戦闘員どもがこっちに近づいてくるのが分かった。まずい。この近辺で被害を受けていないのは俺たちだけである。
「おいてめえら、何をのん気にメシ食ってんだボケェ!」
「ひひひひひひひひ、ガキ連れて遊びに来たってのに残念だったなお父さん!」
「誰がお父さんだ!」
せめてお兄さんにしとけ!
「嬢ちゃん嬢ちゃん、そっちのおにぎりも美味そうやなあ」
「あげないよ。あんたはその、食品添加物の塊でも食べてればいいじゃないか」
「もーっ、お兄さん食べないのっ? ご飯の時に立ってるのは行儀が悪いって言ってたのに!」
なんでこの人たちは、こうもマイペースなんだろう。俺とは種類が違うのか?
「……なんだこの女子供」
「お、俺たちが見えてないってのかよ!」
戦闘員がいきり立つ。そりゃそうだ。
「ぶっ殺してやらあ!」
「そこまでだ」
「ぐべええ!?」
黒いマントが翻る。その瞬間、俺に殴りかかろうとしていた戦闘員が後方へと錐揉み回転して見えなくなった。
「またお前か」
「くだらないな、青井。こんなやつらに苦戦しているとは」
颯爽と登場し、戦闘員をぶちのめしたのは黒武者村正くんである。
「あ、黒い人だ」
「ホンマや、黒いのう」
「久しぶりだな、青井の同居人とその隣人」
黒武者はすっかりレンたちと馴染んでいた。この野郎、週に四回くらいのペースで飯を食いに来るのだ。金払え。
やつはシートに座り込み、自分の仕事は終わったとばかりに麦茶を飲み干し、おにぎりに手を伸ばす。
「このおにぎりはいただく。む、高菜か。真面目な味だ」
悲惨な過去持ちのやつだったくせに、食いしん坊キャラになってたとか。それでいいのか黒武者村正。
「和んでんじゃねえよ。ほら、怪人に目ぇつけられたじゃねえか」
「クラァーっ、貴様ら人として大事なものが抜けてんのか!? もっと怖がれよ!」
クラゲ怪人は部下を引き連れてぞろぞろしながらやってくる。
「幸せな光景はぶっ潰す! 家族連れには不幸を! カップル殺す! やれい、ものどもっ」
「オッケーイー!」
「イーッ!」
うわーっ、来たーっ! は、早く逃げないと潰される!
しかし俺は動けなかった。動かなかったという方が正しいか。爆風に巻き込まれて吹っ飛ぶ戦闘員たちを、ただ見ているしか出来なかった。
「はっはっはー、どうだあ! ハリマ一家の恐ろしさを思い知ったかあ!」
公園内に軽トラで突っ込んできてバズーカぶっ放すアホがいた。
「ふー、お腹いっぱい。いやー、坊ちゃんは料理作んのうまいなあ。よし、腹ごなしにトランプでもやらん?」
「じゃ、神経衰弱やろう! 僕ねー、これ得意なんだー」
「あたしはパスするよ。あんたらだけでやればいい」
「同居人、お前は協調性に欠けているな」
「黒いの。あんたが馴れ馴れしいだけだよ」
「ってちょっとー! ボクらを無視するなーっ」
荷台でぴょんぴょん飛び跳ねるハリマ妹。なんか、助かったというよりも、面倒になってきた感が半端ない。
ハリマ一家とクラゲ怪人たちの戦いは続いていた。
「お兄さん、はい、あーん」
「ん。……次唐揚げが食べたい」
「うん、じゃあ、はいっ」
この状況に慣れてきた自分が嫌だ。
赤丸と黒武者はフリスビー。いなせは読書。俺は皆よりも遅い昼飯を食べている。後ろではハリマ一家とクラゲ怪人たちと、
「立ち上がらんかヒヨッコどもがっ、貴様ら訓練所で何を習ってきた! ママのミルクを吸う事しか学ばなかったのか、この脳無しどもが!」
「サッ、サーイエッサー!」
「ふざけるなもっと声出せ! 玉摘出されたのか!」
センチネル警備保障のやつらも参戦していた。まあ、今日は俺たちスーツ着てないし関係ないか。
「アッテンション!」
「うわあっ、なんだよ!?」
顔を上げると、直立不動で俺を睨む灰空がいた。彼女はトラウマものの鞭を手にしている。やめて。
「な、なんだよ。今日は関係ねえぞ。俺たちはピクニックしてるだけだ」
「見れば分かる。許可なく口を開くなウジ虫が。貴様ら、ここは戦闘区域である。怪我したくなければ後方に避難しろ。スタンダップ、ゴーゴーゴーっ」
「ちょっと、ほっといてよ。お兄さんはまだごはん食べてるんだよ」
「ふん、早寝早食いは戦士の基本だぞ。私がこの世で我慢ならないのは、ちんたら食事をするノロマだ」
俺を挟んでレンと灰空が睨み合う。
「いや、マジでほっとけよ。つーかどっか行けよセンチネル。スーツでも脱がしとけばいいだろ」
「貴様っ、私を侮辱したな! 懲罰房行きだ!」
「どこにあんだよそんなもん。つーか絡んできてんじゃねえって、どっか行けよ。俺らまで目ぇつけられんだろうが」
灰空は怒り狂った様子で、地面に鞭を叩きつけた。
「民間人が!」
「いや、お前らだって民間の警備会社だろ」
黙りこくった灰空は、俺の顔をじっと見つめてくる。おや? 心なしか、彼女はなんだか恥ずかしそうにしていた。
「はっは、カンゼンロンパしてやったみたいだな」
「……きょ、今日のところはここまでにしておいてやる。だが、次はないぞ!」
そろそろ日も暮れてきた。俺たちは帰り支度を済ませて、公園を後にしようとする。怪人ども、ハリマ一家、センチネル警備保障は三つ巴の戦いを飽きずに繰り広げていた。一生ここでやってて欲しい。
「クラァァァーッ、逃がすかボケども! ここで一般人を恐怖のどん底に陥れられないとなっては怪人の名折れ! 楽しい楽しいピクニックという思い出を暗く淀んだ深海のような色に染め直してくれるわ!」
「しつけえよ!」
わざわざ弾雨を潜り抜けてご苦労な事だが、うぜえ。クラゲ怪人はちくちくと触手を伸ばしていたが、レンたちはその攻撃を面倒くさそうに払い除けている。
怪人は叫んだ。
「人間かよお前ら!?」 その気持ちはすげえ分かる。
「畜生っ、せめて一番弱そうなやつだけでもぶっ飛ばしてやる!」
そう言って、怪人はやはりというかなんというか、俺を指差してきやがった。なんて見る目のあるやつなんだ。
「なんじゃ、青井、どうするん?」
「僕が仕留めてやってもいい。その代わり夕食にも招待してもらう」
「お兄さんお兄さん、僕がやろっか?」
「あたしはやらないからね」
勝手に言ってろ。
「クララララァー!」
「運がなかったな、てめえ」
折角の休みだってのに、ストレスばっか溜まって仕方がねえ。こいつで憂さ晴らしさせてもらうか。
俺はグローブをはめて、腰を低く落とす。怪人は間近に迫っていたが、都合が良かった。ただ、ぶん殴るには気持ちよすぎる距離だった。
明日から仕事だ。
俺はヒーローになったり、戦闘員になったりして、相変わらずの毎日を送るんだろう。と、その時の俺はのん気なことを考えていた。