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そうか、すまん! けど知らん!

 


 ヒュドラのガキどもをぶっ飛ばしたその日の夜、俺は組織へと向かい、俺たち数字付きは任務開始まで控え室でダラダラとしていた。ブリーフィングは終わったし、時間まで暇である。

「おい、お前ら!」

 だが、平和を脅かすものがやってきた。エスメラルド様である。皆、何も言わずとも嫌な予感を共有し合っていた。いったい、今日はどんな無理難題を突きつけられるのだろう。

「喜べ、グロシュラが復活したぞ!」

「……お、おー、それはよかったですね」

 グロシュラと言えば、スーパーマーケット前での戦闘で負傷し、療養していたと聞いている。俺は、彼に対して負い目があったので、素直に喜んだ。つーか安心した。……が、四天王同士とはいえ、エスメラルド様とグロシュラは、本来ならライバル同士である。同じ組織に属していても、怪人というのは利益を求めるものだ。仲間割れというか、仲が悪いのも珍しくない。さすがエスメラルド様といったところか。成果だとか、地位だとか、そういうものに興味がないのだろう。素直にグロシュラの快復を喜んでいらっしゃる。なるほど、今日はその報告にやってきたというわけだな。

「後で花束でも持って行きましょうか。さて、俺たちは任務があるので」

 と、一番が遠回しに、エスメラルド様の話を切り上げ、帰れと目で訴えた。しかし、それで大人しく引き下がる彼女ではなかった。

「お前らに仕事をやるぞ。グロシュラのところの数字付きが壊滅したのは知ってるな?」

 俺はレンの顔を思い浮かべて、ニコニコ笑う想像上の彼にデコピンをかました。

「グロシュラの部隊は人が足りない。そこで、私が代わりに集めてやることにしたんだ。お前ら、使えそうなやつを見つけてこい」

「…………え、えーと、俺ら、今日は別の仕事があって……」

「江戸の許可は取ったぞ。えらいだろう、私は」

 エスメラルド様が、えへん、と、胸を張る。

「かわいそうに」

「また江戸さんの胃が痛んでるぜ」

 折角練った作戦が水泡となった。上司とは恨まれるのが仕事だが、エスメラルド様には悪気というものが一切ない。無邪気な好意なのだ。そういうのが、一番たちが悪かったりする。



 江戸さんが医務室に運ばれたので、今晩は、数字付きだけで任務を遂行する運びとなった。グロシュラ部隊に相応しいやつを見つけてくるのが仕事である。

「って、そんな都合よくいかねえよなあ」

「春先くらいならまだしも、目ぼしいやつはよそに行ってるよなあ」

 悪の組織ってのは、どこも大概、慢性的な人手不足に悩んでいる。なもんで、若手を求めているのだ。若い方がよく動くし。

「仕方ねえ。ちっと後輩に連絡してみっか」

「俺も電話いれてみるわ」

 クズはクズを知る。悪の組織には下位の組織があるものだ。暴走族であったり、不良どもの集まりに太いパイプを持っている。そこから、将来有望な……いや、将来の事なんざ一切考えてないようなアホをスカウトする。かくいう俺もスカウトで今の組織に入った。が、時期が悪い。学校を卒業したようなやつは、とっくにどこかの組織に入って、下っ端稼業に精を出している。フリーなのは、半端者だろうな。使いづらいやつしか残っていないはずだ。

「アテなんかねえよなあ。けど、空手で戻ったら何されるか分からんし」

「お仕置きは嫌だ」

 グロシュラには借りがあるので、俺としては何とかしてやりたいところではある。が、どこかの不良グループと繋がりがあるでもなし。アテなどない。俺は役に立ちそうにないな。

「じゃあ、ちょっとその辺歩いてみるか? 適当なやつでもさ、とりあえず声かけてみようぜ」

「おう、それもいいな。まあ、この人数で近づけば逃げられそうな気もすっけど」

 下っ端とはいえ、戦闘員のスーツを着た男が十三人。俺なら逃げる。

「けど、適当に歩いても仕方ねえぞ。どうする?」

「んじゃ、アホそうなやつらがいそうなトコに向かうか」

 十三人は街を行く。深夜だから通行人は少ないが、俺たちを見るなり距離を取るやつが殆どだ。さて、使えそうなやつはいるのかね。



 まあ、嫌な予感はしていた。

 裏路地をうろうろと歩いていたのだが、そこで、数字付きはスーツを着た集団と遭遇したのである。見覚えがある、ヘビ型のスーツを着たガキどもだった。彼らは路地の行き当たりで、ビールのケースを椅子代わりにして、携帯機のゲームでぴこぴこと遊んでいる。間違いない。こいつらは不良でありクズであり、そして、昼間に俺がぶちのめしたヒュドラの一味だろう。……懲りずに、こんなところで遊んでやがる。昼間、仲間が捕まったってのによう。肝が据わってるのかバカなのか。

 が、渡りに船である。こんなやつらにも価値はある。ちょうどいい。声くらいはかけてみよう。

「なあなあ、ちょっといいか?」

 と、数字付きの中でも気さくな八番が進み出た。交渉ごとにはもってこいの人材である。

 ヒュドラの連中はだるそうに、こちらに首をめぐらして、じっと八番を見つめた。

「俺たちちょっとしたわるーい組織なんだけどさ、君たち、そういうのに興味ない?」

「……へえ、それってさ、スカウト? みたいなやつ?」

「そそそ。スカウト。君ら、かなり悪そうだからさ」

 スーツを着ているから体格は分からないが、ヒュドラの、リーダーらしきやつが興味ありげに言葉を返した。

「君ら学生?」

「まあ、一応。けど、入れてくれるんならガッコなんかやめっからさ、気にしないでいいよ」

 生意気な口を利きやがる。ヒュドラのメンバーである四人は、互いを見合わせて、げらげらと笑った。

 俺と他の数字付きは声を潜める。

「……どうする? とりあえず連れてくか?」

「けどさ、こいつら礼儀なってねえぜ」

「つーか俺らのこと舐めてねえ?」

 戦闘員は下っ端だが、舐められたら仕事にならない。そして、悪いとはいえ組織なのだ。上下関係は中学校の部活動より厳しい。普通の会社と比べて、仕事なんかバカでも出来る。バカだからこそ出来る。なので、人柄こそがものを言う世界でもあった。こいつら、部活なんかやった事なさそうだしな。敬語とか使った事なさそう。思ってたより使い物にならねえな、これじゃ。

「いいじゃんよ、めんどくせーし。後はグロシュラが勝手に判断すんだろ」

「それもそっか。んじゃ、とりあえず連れてく?」

 意見がまとまった。俺たちは八番にその旨を伝え、彼はヒュドラの連中に説明を始める。

 エスメラルド様に言われた時はどうなるかと思ったが、何とかなったな。

「なんか様子おかしくね?」

「あ?」 振り向くと、八番が声を荒らげて、ヒュドラのリーダー格のガキに突っかかっていた。ちょっと待て。一分と経っていない間に何が起こったってんだ。

「おいおいおいおい、落ち着けって。何? どした?」

「こいつっ、全然話聞いてねえんだよ!」

 八番さん、ご立腹である。まあ、気さくとはいえ、あくまで俺たちの中では、という話だ。普通の人に比べれば遥かに短気で驚くくらいアホである。

「二回も説明させんじゃねえよボケが! 頭ん中何つまってんだ!?」

「だめだな、こりゃ。もういい、行こうぜ」

「引き上げだー、引き上げ」

「ああっ? ふざけんなやてめえら!」

 帰ろうとしたが、ヒュドラのやつらも完全にキレている。これじゃあ、ただ喧嘩吹っかけただけだ。やっぱり、今の時期には外れしか残っていないのか。

「ただで帰すわけねーだろ!」

 と、ヘビ型スーツのガキが飛び掛る。油断していた二番が、背中を思い切り殴られて、後方まで吹っ飛んでいった。そういや、ヒュドラの連中って、結構いいスーツを着てたんだっけ。

 やばくね?

 昼間はグローブとかがあって、奇襲をかけたから何とかなったが、数字付きよりも性能のいいスーツ着てるんだぞ、こいつら。

「……あれ? 俺らやられんじゃね?」

 言ってる傍から、また一人吹っ飛んだ。ヒュドラの四人は下品な笑い声を上げる。

「おーいおいっ、マジで? こんなザコがいるとこ、行かなくてよかったっつーの! てめえら、皆殺しだ! ヒュドラ舐めてんじゃねーぞ!」

「ああ? てめえら、悪の組織舐めてんじゃねえぞ?」

「おうよ。プロとアマの違い、見せてやんぜ」

 ヒュドラのガキどもは売り言葉に買い言葉に乗っかって、吠え続ける。ヤンキーってのは腕っ節もそうだが、喧嘩と名のつくものに負けられない性質なのだ。口喧嘩にも乗らざるを得ない。その間、俺たちは倒れた仲間を運んで撤退の準備を始める。プロとアマの違いを教えてやる。それは、引き際を知っているか否か、だ。

「ああん? てめえどこ中だコラァ!」

「西チューだゴラ! サトシくん知ってんのかてめーら! サトシくん怒らせたらやべーぞ! てめーら皆殺しだぞコラ!」

「だったらサトシくん連れてこいや!」

「サトシくんち門限やべーんだコラ! 来るわけねーし!」

 ヒートアップしているようだが、撤退の準備は完了した。

「あっ、こいつら逃げようとしてんぞ!」

「やべっ」と、全員が背を向けて走り出す。……まずい。ばれた。車まで逃げ切れるだろうか。

「あいつら思ったよりはええぞ! ……くそっ、やるぞ! オペレーション・リザードだ!」

 げえっ!?

 俺は全員を睨みつけて、助けてくれと叫んだが、数字付きのやつらは聞く耳を持ってくれなかった。「ひっ」俺は無理やり転ばされて「いやだああああああっ」泣き喚きながらケツから地面に突っ込む。

「ひゃっほう、やれっ、袋にしろ!」

「こいつ殺して愉しくなろうぜ!」

 オペレーション・リザードは、誰か一人を生贄にして追っ手から逃れるというクズにしか出来ない作戦である。トカゲの尻尾きりの要領だった。そんで、切られる尻尾は、数字付きの中で一番の新入りがなるという伝統である。つまり俺だった。チクショウ、生き残ったら、あいつら全員、一人ずつ復讐してやる。



 覚悟を決めた時、一陣の風が吹いた。俺が目を開けた時、ヒュドラのメンバーの一人が、壁に突っ込んでケツをぴくぴくと震わせているのが見えた。なんてダイナミックな自爆なんだと思ったが、どうやら違うらしい。

「てっ、てめえもこいつらの仲間か!?」

「ざけんなコラぁ! サトシくん呼ぶぞコラ!」

「サトシくん来たらマジでやべーからな!?」

「……何を言っているんだ?」

 俺は目を見開く。地獄に仏とはこの事だ。突如として現れたのは、黒マントで仏頂面の少年、黒武者村正である。やった!

 黒武者はマントを翻して、ヒュドラのやつらをじっと見据える。

「僕はこの男の仲間ではない」

「だったら手ぇ出すなや!」

「しかし、借りがある。不本意だが、ここでそれを返すつもりだ。貴様ら、覚悟は出来ているな?」

「たった一人で何ができんだオラァ!」



 二秒後、ヒュドラのメンバーは一人残らずケツを震わせていた。

「ふう、助かったぜ、黒武者」

「こんなザコに、何をやっているんだ」

 黒武者は心底から呆れているようだった。助けてもらったので何とも言えないが。

「いや、いいタイミングだった。はあ、よかったよかった。そんじゃ、俺は急ぐからよ」

「待て」

「ん?」

「青井。お前は何をしているんだ」

 ……って、そういやこいつ、何故、俺だと分かったんだ? 今の俺はヒーローじゃないし素顔も晒してないし、そもそも悪の組織の戦闘員だし。

「ヒーローだと言っていたのは、嘘だったのか?」

「お、お前、まさか、つけてたのかっ」

「まあ、そうなるか」と、黒武者は悪びれずに言い放つ。この天然ストーカーが!

「朝からずっと、お前のヒーローとしての活動を見させてもらった」

 詰んだ。

 俺の正体が知られてしまった。

「いや、夜中にどこへ出かけるかと思えば、まさか、悪の組織に行っていたとはな」

「ち、違うんだ」

「何が違う」

 ぎらりと、黒武者が睨んでくる。どうする。ここで、こいつの口を封じておくか? いや、恐らく俺は今度こそ野郎にやられてしまうだろう。突っ込んで一秒で返り討ちにされるのが見えている。だが、ここで俺がヒーローと戦闘員を掛け持ちしている事を知られて、ばらされたらどうなってしまうか。考えたくもない。

「お、俺はだな」

「……ふん、皆まで言うな」おろ?

「やはり、偶然とはいえ僕を破っただけはある。お前は、潜入捜査の途中だったんだな」

 おろろ?

「ヒーローとして、悪の組織の情報を内部から探っているんだろう?」

 こいつ、盛大な勘違いをしているに違いない。なるほど、俺が心底からヒーローをやっていると、そう思い込んでいるらしい。……乗っかっとくか。

「ちっ、気づかれたか」

「詰めが甘いな。だが、借りは返したぞ」

「おう。返してもらった。そんで、このことは誰にも言うなよ」

「……どうせ、話す相手もいない身だ。しかし、お前の邪魔をするつもりはない。黙っておこう」

 既に邪魔されてるようなもんだけどな。

 ふう。一安心。黒武者が案外抜けてて助かった。落ち着いたところで、ふと、こいつはこれからどうするんだと思った。

「なあ、お前、どうするつもりだ?」

 問われ、黒武者はしばらくの間、押し黙る。

「……風の吹くままに任せるだけだ」

「それっぽいこと言って誤魔化すなよ。要するに、何も考えてねえんだろ?」

「そうとも言う。だが、僕にはすべきことがある。下緒の死体は取り戻したが、アタ教の信者が、また何か企んでいると聞いた」

「マジか? 誰から聞いたんだよ」

 黒武者はすっと手を伸ばし、何もない空間を撫でた。

「風に」

「お前って、案外適当なやつだったんだな」

 すげえ気が合いそう。

「ふっ、当分は、気ままに過ごすつもりだ。青井、機会があれば、またどこかで顔を合わすだろう」

「……ま、せいぜい体には気をつけろや。何かあったら……金なら貸さねえけど、まあ、メシくらい食わせてやるよ」

「ありがたい」うわ、こいつ、来る気満々。

「ではな、また会おう」



 組織に戻った俺は、控え室で着替え終わってへらへらとしていた裏切り者どもをトイレに連れ込みしこたま殴ったり、駐車場の物陰から奇襲を仕掛けてしこたま殴ったり、とにかく殴りまくってすっきりした。やはり、復讐には鮮度というものが大事だな。

 オペレーション・リザードが与えたダメージは限りなく大きい。しかし、俺たちは明日も明後日も生きていくのだ! 鼻歌交じりに気分よく着替えていると、

「おいっ、お前ら何をやってたんだ!」

「うわあ!?」

 エスメラルド様がやってきた。残念な事に、控え室には俺しかおらず、そして半裸姿を見られる始末である。

「い、今着替え中で」

「そうか、すまん! けど知らん! 他の数字付きはどうしたアオイ!? ぜんぜんダメだったみたいだな、お前ら!」

「さ、さすがにすぐには見つかりませんって」

「言い訳するな!」

「ぎゃああああああああ!?」

 かーっとなったエスメラルド様は、俺の背中をぱしんと叩いた。ぱしんとか言っちゃったけど、実際はバッシィィィィーン! くらいでつまりめっちゃ痛い。

「これではグロシュラに申し訳が立たないぞ」

 くっそう、すげえいてえ。それにムカついてきた。今まで黙っていたが、あまりにも理不尽過ぎる。江戸さん、よくもこの人の近くにいて耐えてるよな。俺はもう無理だ。

「だったら、俺がグロシュラのところに行きますよ! それでいいじゃないっすか!」

「それはダメだ!」

「はあっ!?」

「ダメったらダメだ。アオイは私の部下だからな、グロシュラにもあげない。だからダメだ」

「……だったら、もうちょっと俺らのこと考えてくれたっていいじゃないですか。いきなり人を連れて来いなんて言われても、難しいに決まってますよ。時期を考えてくださいよ、時期を!」

 エスメラルド様が黙り込んでしまった。言い過ぎたか? つーか、殺されるかもしんない。

「え、ええと、すみません。今のは忘れてもらっても……」

「分かった。ごめん。ちょっと、焦ってたみたいだな」

「わ、分かってくれたんですか?」

「うん、分かったぞ! でもアオイ、お前らは有能だからな。期待してたんだ。だから、私はがっかりして、頭にきたんだと思う」

 素直である。この人の美徳というか、いいところでもあった。どっかの生意気な社長にも見習ってもらいたい。

「い、いや、俺らこそ、期待に応えられないで、すみませんでした」

「む、アオイ、お前は悪くないぞ。だから謝らなくていい。……叩いたとこ、痛いか?」

「ぜんぜん痛くないです!」

「そっか。骨を折るくらい強く叩いたけど、アオイは強いな!」

 俺は乾いた笑いを漏らした。上司に恵まれてるのかそうでないのか、もう分からなくなった一日であった。

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