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気に入らないってんならクビにしろ



 カラーズに持ち込まれた依頼は、アタ教の信者をどうにかしてくれ、スーツを取り返してくれ、といったものが殆どだった。

 タクシーの中で色々と聞かされていたが、ふと、疑問に思う事が出てきてしまう。

「その、アタなんとか教ってさ」

「アタオコロイノナ教ね。ふざけた名前だと思うわ。それが何?」

「いや、何がしたいんだろうなって」

 アタなんとか教こと、アタ教は、あるものを神として崇め、人生の素晴らしさを説く、とされているそうだ。教主はあくまで、神の言葉を伝えると言う役目に徹しているらしい。だが、ちょっとおかしいよな。人生がどうのってんなら、どうして、そこの信者がむちゃくちゃに暴れて、ヒーローや怪人のスーツを奪おうとするんだ? だいいち、余裕で疑われてるじゃねえか。そんな事やってたら、いつか絶対報復されるぞ。これは確実だ。この街でスーツを着ているようなやつらは皆、血が上りやすい。

「スーツ奪っても、仕返しされんだろ。場所だって割れてるんだよな?」

「割れてると言うか、そもそも、そちらの教主が宣伝しているのよ。街にある教会を間借りしているそうよ」

「教会を間借りだあ? 貸した連中ってのは何なんだよ?」

「その人たちは紙幣や貨幣に神の存在を見出したのでしょうね」

 追い出された神様はたまったもんじゃないだろうな。

「胡散臭さ丸出しだが、ごり押し出来るだけの何かを持ってるのかもしれねえな」

「何かって、たとえば?」

「……すげえ強い用心棒、とかな」

 俺はなんとなく、あの黒マントを思い出していた。

「だけど、難しいところね。そういった場所に踏み込むのには勇気がいるでしょうし。何かを盲目的に信じている人は手ごわいと思うわ」

 宗教と芸能と政治ってのは、弄りにくい話題だと聞く。現場に行けば嫌でもアタ教について知らなきゃならねえんだし、いい加減話を変えよう。

「そういや、今日はあいつら大人しかったよな」

「あいつらって、レンといなせのこと? まあ、そうね。学習したんじゃない? ごねてもどうしようもないってことを」

「だったらいいんだがな」

 アタ教め。スーツを奪うだけならいいが、無関係のやつを狙って街で暴れまくるなんてのはやめてくれよ。



 カラーズはタクシーに乗ってやってくる。いつの間にやら、俺たちの名は知られつつあった。九重の駆るタクシーを目にしたランニングシャツ一丁のおっさんは、泣きそうな顔で走りより、窓をどんどんと叩き始める。九重は嫌そうに顔をしかめた。

「おいコラ、叩くのはやめとけ」

 俺は助手席から降り、おっさんの肩に手を置く。

「あああああ、あなた方がカラーズの? おっ、お願いだ! 俺のスーツを取り戻してくれえ!」

「そりゃ仕事だからやるけどよ。で、どこのどいつに盗られたんだ?」

「アタ教の信者だよっ」

 と言うことは、このおっさんヒーローだったのか。……いったい、どうやって盗まれたってんだ?

「一般人相手に抵抗出来なかったのかしら」

 社長は後部座席の窓を開け、おっさんを見遣る。ちょっと、冷めた目だった。うちの社長はヒーローってモンに絶大な信頼を寄せているからな。情けねえやつは好きじゃないんだろう。

「違うっ! 怪人二人がかりに襲われたんだよ!」

「そんでボコられて、伸びてる隙にパクられたのか」

「ああ、そうだよ……目が覚めた時、マスクを脱がされてた。必死で抵抗したんだがな、むちゃくちゃに囲まれて……」

「そいつらがアタ教を名乗ってたのか?」

 おっさんは何故か俺を睨みつけた。

「あいつらっ、俺のスーツを奪いながらっ、アタ教は素晴らしいだのなんだの抜かしてたんだ! ふざけんな、意味わかんねえよ!」

 俺だってわかんねえよ。このおっさんも泣いたり怒ったり大変だな。気持ちは分かるけどよ。ヒーローや怪人にとって、自前のスーツってのはただの商売道具じゃない。愛着ってもんがあるんだ。俺らにとってスーツってのは相棒に近い。センチネル警備保障のやつらも許せねえが、アタ教の信者どもも許せねえ。……このおっさんからスーツを取り上げたのが、マジでアタ教の連中ならの話だがな。

「あなたからスーツを奪ったのがアタ教だとは限らないわ」

「はあっ!? 何を言ってんだあんた!」

 社長は面倒くさそうに息を吐く。いつもみたく猫を被ってないのを見ると、彼女は、このおっさんを依頼人として見ちゃいないって事か。

「アタ教を騙っている可能性もあるということよ。分かりやすく『アタ教、アタ教』って言っているような連中を信用出来ないわ。それに、その人たちはスーツを着ていなかった。怪人がいなければ、あなたが倒されなければ、スーツが奪われるようなことはなかったはずよ」

「だから! その怪人どもとやつらがグルってことだろうがよォ!? 話通じてんのか、ああっ!?」

「……おい。スーツ盗られて気が立ってんのは分かってるけどよ、俺らに八つ当たりしてんじゃねえって」

 だいいち、怪人とアタ教がグルだって根拠もない。今のところ、このおっさんが口から出まかせ言ってるってだけなんだ。しかし、このおっさんがスーツを盗られたってのは確かである。

「どうすんだ、社長。アタ教に乗り込んでみるのか?」

「危険ね。考えてもみなさい。スーツを着ていない一般人が、ヒーローを襲撃しているかもしれないのよ? 正直、頭がおかしいとしか言えないわ。そんな連中のいるところにのこのこと顔を出して、無事で済むと思う?」

「思わんね」スーツを着ていない一般人って、俺と変わらねえし。よってたかって殴られればどんなやつだって泣き出すわ。

「ちょ……だったら俺のスーツはどうなるってんだよ? む、息子は来年から中学生に上がるし、育ち盛りの子供が……」

「ええ、依頼は受けるわ。あなたのスーツは必ず取り戻す」

 ……まあ、何の根拠もねえのに頷くやつはここにもいるんだし。案外、どうにかなるだろ。



 とはいえ、おっさんの依頼が今日明日で片付くとは思えん。アタ教へ行くったって、信者を装って潜入するのか、真っ向から突っ込むのかすら決まってないんだ。そも、俺たちはアタ教について殆ど何も知らない。下調べってのが必要になる。

「こんなこともあろうかと、この間からアタ教についての資料を集めていたのよ」

「……たまには役に立つな」

「聞こえたわよ。ま、いいわ。社に戻ったら早速作戦会議と行きましょう」

 以前から、件の宗教団体の名前は聞いていた。渡りに船ってやつとは違うが、いい感じに流れが来ている。そう思いながら、俺たちはカラーズに戻った。



「ドロボウ……?」

 社長の呟きに、俺と九重は頷かざるを得なかった。社内は、見るも無残なまでに荒らされていたのである。特に、机周りは酷かった。書類は散らばり放題で、引き出しは床に転がっている始末。

「あーあー、本棚までしっちゃかめっちゃかじゃねえか」

 これは、元通りにすんのに苦労すんな。

「仕方ねえ。警察呼ぶか。ヒーロー派遣会社が物取りにあったなんて知られたら、評判がた落ちだけどな」

 と、俺は笑ってみせた。が、やはり社長たちの表情は硬い。無理もねえか。社長だどうだって偉ぶっちゃいるが、中身はただのクソガキだもんな。ビビって当然といえば……。

「あの子たちは?」

「……あ」忘れてた。

 この惨状のせいで頭がごっちゃになっていたが、レンといなせは留守番してたはずだ。あいつらなら、そんじょそこらのこそ泥に遅れを取る事は考えにくい。あの二人がやられちまうほどのやつが、ここに押し入ったって事かよ。……やべえ。やべえだろオイ。

「けっ、警察だ! いや、他の派遣会社に依頼してもいいっ、あいつらはどこだ! どこに連れてかれたんだよっ!?」

「青井、落ち着きなさい」

「落ち着いてられっかよ!? あいつらにもしものことがあったらどうすんだ、あんたは!?」

「……青井さん、違うと思います」

 何が違うってんだ!

 俺が焦ってるってのに、社長は落ち着き払った様子で、床の上に散乱した書類を拾い上げる。

「ここが荒らされたのは事実よ。けれど、ここに誰かが押し入った可能性は低いわ」

「どうして、そう言い切れるんだよ」

「まず、私の部屋が荒らされてない。普通、盗みに入ったのなら鍵を壊してでも中を調べようとするんじゃない? 金庫は私の部屋にあるんだもの」

「そ、そうか」……金庫は、社長の部屋にあるのか。

「そして、あの子たちは連れて行かれたんじゃない。出て行ったのよ」

 そう言ってから、社長は書類を机の上に置いた。彼女は溜め息を吐き、してやられた、とでも言いたげである。

「出てった? 買い物ってわけじゃあなさそうだけどよ」

「ないのよ。アタ教に関する資料だけが、ごっそりと持っていかれてる」

 アタ教の資料……まさか、それって。

「あのバカとアホ! 二人でアタ教に行ったってのか……!」

「恐らくはね。道理で今日は大人しいと思った。青井、心当たりは?」

 そういや、家で『アタ教うぜえ』とか『そんな意味分からんところ潰れろ』とかめちゃめちゃ愚痴ってた気がする。二人はそれを聞いてたのか。

「あるっちゃあ、ある。俺がアタ教のことで愚痴ってたんだ。けどよ、あいつらが行く理由なんかねえだろ」

「……ありますよ」

 珍しく、九重が強い口調で言い切った。

「レン君もいなせちゃんも、青井さんのことが好きなんです。でも、二人は言ってました。レン君は、最近構ってもらえないからさびしいって。いなせちゃんは、自分はお仕事のお手伝いは出来ないから申し訳がないって」

「だから、アタ教が潰れりゃあ俺が喜ぶって? ふざけんなよ」

「怒らないでください。まだ、子供なんですよ。青井さんの役に立ちたいって、そう思っただけなんですよ」

「青井? 分かってるわね」

 分かってる。そんなの分かってるよ。だから九重、泣くなよ。

「……別に、キレやしねえよ。ただ、あいつらとっ捕まえて叱るだけだ」

 勝手な事しやがって。余計な真似しくさって。構ってもらえない? 申し訳ない? 言えよ。言ってくれよ。俺は馬鹿だから、言わなきゃ分からないんだよ。

 レンといなせがアタ教に行ったのは確実だ。だけど、そこで何をするつもりなのかが分からん。改造人間のレンと、得体の知れない技を使ういなせの二人が本気でアタ教を潰すつもりだとしても、流石に無理だろう。何せ、あそこには黒マントがいる可能性があるんだ。だいいち、アタ教だってガキ二人にやられちまうほどヤワじゃないだろう。

「場所を教えろ」

 こうなったら、他の事についてウダウダと話し合ってる時間はない。

「ちょっと、あなた一人で行くつもり?」

「これ以上足手まとい増やしてどうすんだ。いいから言え。俺だけで行く。これに関しちゃ文句は言わせねえ。俺に従ってもらう」

「……何様のつもりかしら」

「つっぱんなや、社長。気に入らないってんならクビにしろ」

 俺は何もカラーズのヒーローとしてアタ教に行くんじゃない。ただの青井正義としてガキどもを迎えに行くだけだ。

「クビって……そんな。そんなこと、するはずない。ただ、私たちはっ」

「分かってる。心配すんなって言ってんだろ」

 泣き出しそうな社長を見るのは珍しい。何となく、俺は彼女の頭に手を置いてしまった。

「九重、お前も俺に任せてくれるよな」

「……はい、もちろんです。レン君といなせちゃんと、三人で帰ってきてくださいね」

「おう。って、まあ、何もやつらとやり合うって決まったわけじゃねえんだ」

「そ、そうですね。かもしれませんね」

 嘘だ。あいつらは間違いなくアタ教に行ったんだし、レンのストッパーであるはずのいなせも一緒になってるって事は、何かやらかす気満々である。腹括るしかねえよな、やっぱ。

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