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……凧?



 停止した鋼鉄の蜘蛛の上で、俺は随分と近くなった空を見遣った。何の感慨も涌いちゃこねえが、生きてるって実感だけはある。

 ふらつきながらも、倒れかけても、俺は這うようにしてクモの体を進んでいく。

 コックピットには操縦桿を握ったままのいなせちゃんがいて、彼女は、やっぱり泣いていた。が、俺の姿を認めるなり泣き止み、睨みつけてくる。

「……お前は、馬鹿なヒーローだったんだな」

「かき氷でも食べに行こうぜ、ここはちょっと、暑過ぎる」



 いなせちゃんを連れてクモを降りたが、ヒーローが待ち受けていた。が、どうにも、歓迎ムードって風には見えない。銀川老人はいなせちゃんに近寄りたいらしいが、若いヒーローがそれを防いだ。

「……悪いけどよ」

「そいつ、こっちに渡してくれや」

 まあ、こうなるわな。いなせちゃんを背中に隠すようにして、俺はヒーローたちを見回す。どいつもこいつも、まあ、気まずそうにしてやがる。逆の立場なら俺だってそうなる。一応、俺たちは協力してクモを止めたんだ。その点で言えば、ある意味仲間だったんだから。

 その事が分かっているんだろう。赤丸もジェイも何も言わない。社長たちは少し離れたところから、こちらの様子を窺うようにしていた。……まずいよな。正直、いなせちゃんと銀川さんを連れて一気に逃げ出そうとしてたんだけど。駄目だな。ヒーローとしちゃあ三流もいいとこだ。情に流されてちゃ、本物に申し訳が立たねえ。そんな目で見るな、立つ瀬がねえよ。悪いのはこっちなんだからさ。

「あー、まあ」

 銀川老人は、俺に目を向ける。申し訳なさそうな、そんな顔をしていた。

「……青井、構わない。あたしとおじいちゃんを」

「俺のシャツを離してから言え」

 突っ張ってんじゃねえぞ。ビビって手が震えてるじゃねえか。

「見逃してやってもいいんじゃねえの?」

「いや、だから」

 クモを止めるまでのヒーローたちとは大違いだ。彼らも迷っている。銀川老人が頭を下げて、小さないなせちゃんを見て、俺と同じように悩まされている。何を選んで、何を捨てるのかを。俺だってそうだ。銀川さんたちを助ける方向で動いちゃいるが、自分の身が危うくなれば諦めざるを得ない。俺だけじゃない。社長たちに害が及ぶようなら、俺は迷わずこの子を差し出す、筈、だ。

「ここには俺たちしかいなかったんだし、黙ってりゃ誰も気付かないって」

 俺は笑ってみせた。勿論、死ぬ気で作った表情である。冗談みたいな話で済むなら、これ以上は誰も傷つかないで済む。

 だが、そうはならない。

 俺は偽者だが、眼前に立ち並ぶ彼らは本物なのだ。スーツを着ているのは伊達じゃない。自分の中にある正義を掲げる為に、彼らはここにいる。何よりも、怖がっているんだ。ここで『こいつら』を逃がせば、また襲われるかもしれないって考えてるに違いない。中途半端に手を伸ばしても、その手を噛まれるだけで終わっちまうんだって、きっと。

「よう、さっきは凄かったぜ、あんた」

「そうかい」

「だけどまあ、俺らヒーローだからさ」

 己の得物を構え、ヒーローたちは牙を剥く。自らの敵を倒すのだと、そう決めたんだろう。

「ま、待ってください……!」

 銀川老人が訴えるが、彼の意見は無視される。若いヒーロー二人に取り押さえられて、やがて、銀川さんは諦めて動かなくなった。彼はその場に立ち尽くし、ただ、俺を見る。

「……あ? どうしたんだ。来ないのかよ?」

 いなせちゃんを背にした俺は両手を広げた。

 もう、体はぼろぼろである。腕は痛いし痺れはまだ取れないし、空を行ったり来たりで足はふらふらだ。今、ちょんって体を押されたら倒れてしまう自信がある。と言うかもう倒れ込んでしまいたい。

 ヒーローは、誰一人として動かなかった。剣をこちらに向け、拳を構え、それでも、一歩だって足を踏み出そうとしない。まだ、躊躇してくれている。だけど、誰か一人でも動けば、俺は終わる。

「青井……っ」

 いなせちゃん。出来れば、君は顔を伏せないで欲しい。目を逸らさないで、前を見続けていて欲しい。今、相対しているモノはクモの中にいたんじゃあ絶対に分からないモノなんだから。

 さて、やれるか……? 手持ちの武器はグローブに太鼓、めんこが十枚あったかどうか。対して、ヒーローは十五人。ここは貸しを作っている(筈の)赤丸に期待してみるか? いや、駄目だ。がけっぷちの彼女の足をこれ以上引っ張ってどうするよ。つーか、そろそろ動かなきゃまずい。ここにはレンがいる。動くなとは言ってるが、社長たちがこのまま黙っているとは考えられない。レンが一度出てくりゃ、血を見るまでは止まらないだろう。あ、そうだ。そういや、爺さんからもらってた新しいアイテムがあったんだっけ。確か、ええと。

「うっ、動くんじゃねえよ!」

「は?」

 ポーチに手を伸ばすと、銃口がこちらを向いていた。金色に塗装された、レーザービームでも出てきそうな、言っちゃ悪いがおもちゃみたいなものだった。でも怖い。多分、俺のとは違って本物なんだろう、アレ。

 銃を向けているのは、銀川老人を拘束していた、若い男のヒーローである。オーソドックスな作りの、純白色のスーツが目に痛い。ベルトのバックルには強そうな鳥が彫られていた。彼は物騒なものを構えちゃいるが、手がめちゃくちゃ震えまくっている。よせ。よせよ、撃つなよ。

「いや、あのですね? 俺は別に何も」

「だからっ、動くなって!」

 ひいっ!

「お、おい、一回冷静になれって。な、武器下ろせって?」

「誰か止めろって、キレ過ぎてんよこいつ」

「てめええええええらあああああああ!」

 他のヒーローの制止を振り払い、真っ白いヒーローが喚き散す。

「こっ、こいつらを見逃すってのかよ! 信じられねえ! なあっ悪い事したんなら、裁かれなくちゃあなんねえよなあ!? 違うか? 俺、おかしな事言ってるか!? 違いますよね!? 違うよね!?」

 何一つとして、間違っちゃいない。

「なあに焦ってんですか先輩方は! こいつらを撃てば話は収まるんだって! もうこんな物騒な奴、出てこなくなるんすよ? それが分かってんですかお前ら!?」

「けどよ」

「けどじゃねえって三流が! 良いか見てろっ、まずてめえだ、着ぐるみなんざ被りやがってよう! すかしてんじゃねえぜあんた!」



 赤丸が若いヒーローを止めようとする。ジェイも、僅かにだが動いていた。

 が、震える銃口は俺を向いたままで、ヒーローは俺に対して牙を剥いたままだった。いなせちゃんが俺に抱きつく。タクシーからレンが出てくるのが見えた。社長と九重では、本気になった彼は止められないだろう。このままじゃ、また乱戦になっちまう。全部、銀川さんたちのせいだ。彼らの萎みかけた復讐心と、安っぽいプライドがこの事態を引き起こした。そうだ。何もいなせちゃんを庇う必要はない。ここで逃げちまえば良い。レンを連れてタクシーに逃げ込んで、見て見ぬ振りで背を向ける。したら、明日からはまたいつも通りの生活だ。

「動くんじゃねえぞ着ぐるみやろおおおおおおおぉぉぉおおおおッ!」

 だけど俺は決めている。

 今日の俺は、青い正義を曲げないと決めていた。

 黄金の銃から放たれたのは、一発の弾丸だったのだろう。貫かれてしまえば、撃ち抜かれてしまえば、スーツを着ていない俺じゃあ耐えられない。

「おおおおっ、おお、お……!?」

 ――――――――貫かれなければ。撃ち抜かれなければ。

 視界が真っ白になる。はためくそれは、ヒーローたちを馬鹿にしているような動きにも見えた。

 俺の取り出した柔らかな盾が、風に乗って舞い上がろうとする。俺は新しい力を畳んで、そいつをポーチにしまい込む。

「……凧?」

 銀川老人が目を剥いている。彼だけはこいつの正体に気付いたらしい。この馬鹿げたモノを作った奴を、彼だけが知っている。そうだ。そうだよ。あんたの友達が、俺とあんたの孫を助けた。

 見ろ、これを。

 見ろよ、ヒーロー。こんなもので防がれてしまった、てめえの得物を。……って、あ、赤丸にどつかれちゃったか。可哀想に。あの女、ゴリラぐらいなら余裕で殺せるからな。

「動くな! 動くなよクズどもが! 動いた奴から、一人ずつぶっ殺してくからな」

「なっ……!?」

 俺は全員をねめつける。見回す。ぴたりと、レンの動きも止まってくれていた。もう少し遅ければ、誰か一人か、二人か、三人は死んでいたのかもしれない。

「お前正気かよ!?」

「黙ってろ! 良いかヒーロー、このガキの命は預かった!」

 いなせちゃんの両肩を掴み、前面に押し出してみる。彼女は呆れたような顔でこっちを見上げていた。

「さっき見ただろてめえら、俺に攻撃は通じねえからな! だからっ、こいつの敵に回るつもりなら、俺が相手になる。誰だろうと関係ねえぞ、ヒーローだろうが戦闘員だろうが、全員ぶっ飛ばすからな」

「……なんか矛盾してんぞ、シロクマ」

「ヒーローどもっ、そこを退け! 俺が通る!」

 むちゃくちゃな空気に気圧されてくれたのだろうか。それとも、関わりたくないと思ってくれたのだろうか。俺が足を踏み出すと、ヒーローたちはその分だけ退き、少しずつ距離を取り始めた。

「ふう、助かった」呟くと、いなせちゃんにだけは聞こえていたんだろう。彼女は小さく笑った。

 このまま、何もかもをうやむやにして逃げられそうだ。後の事は、こっから離れてから考えれば良い。銀川老人といなせちゃんをタクシーに乗せて、終わりだ。

 俺は、目だけで銀川老人を促す。早くタクシーに向かえ。……って、おい。おいおいおいおい。

「何をしてんですか、あなたは!」

「皆様――――」

「……おじいちゃん?」

 タクシーまで、もう距離がない。だと言うのに、銀川さんは頭を下げ、近くにいたヒーローに自らの手を差し出した。

「――――本当に、ありがとうございました」

「あ、あんた、いきなり何を」

「ヒーローたち、私を警察に連れて行きなさい。今回の事、全て、私に非があり、責があります。私以外の者にそれらを求めるのは、ご寛恕願いたい」

 何を言ってるんだ、今更だ。今更じゃねえか。つまるところ、銀川さんは『娘だけは助けてくれ』と、そう言っている。

「責任を取るのは、私だ」

 あ。

 銀川さんが、俺を見る。真摯な瞳には、もう、ヒーローに対する恨みだとか、憎しみだとかは感じられなかった。ただ、子供を思う者がいる。まっすぐに、俺を見つめている。……が、ここで彼を見捨てて良いのか? 確かに、銀川さん一人が何もかもを引っ被れば、全てまあるく片がつく。こっちとしちゃあ願ったり叶ったりだ。だけど、いなせちゃんはどうなる? 彼女にはもう、銀川さんしかいないんじゃないか?

「……行くぞ」

「ま、待て。おじいちゃんが」

 いなせちゃんの手を引く。彼女の小さな手を強く握る。

「待てと言っているだろ!」

「良いからっ」

 忘れていた。銀川さんだって、人の上に立つ人間だったんだ。悪の組織の首領として、多くの部下を従えていたのだろう。力を用い、知恵を使い、戦ってきたに違いない。

 俺と銀川さんは、悪の組織に属する者だ。だけど、全く同じと言う訳じゃあない。立場が、圧倒的に違う。俺が下で、彼が上。俺みたいな下っ端にはボスの気持ちなんて分からない。精々『こうなんじゃないか』って自分の中で推し量り、想像するだけだ。

 矜持がある。悪には悪の美学があり、上に立つ者には責任がある。これが、銀川さんにとっての最後の仕事、ぎりぎり残った見せ場なのだろう。なら、俺は従う。完全なヒーローでもない。完璧な戦闘員でもない。中途半端な位置にいる俺だけが、今、この場で、銀川さんの意を汲み取る事が出来るんだから。

「全て、私一人が仕組んだ事だ。私が全てを無理矢理に巻き込んだ」

 銀川さんを背に、歩き出す。

「おい」

 赤丸が俺を睨んでいる。

「これでええんじゃな?」

「……今日はありがとな。お前のお陰で助かった」

 答えにはなっていない。赤丸は舌打ちし、あっちへ行けと手を振った。

「ジェイ、あんたにも感謝してる」

「ふん、くだらん。興醒めだ。……貴様の正義がどこまで貫けるか、それだけに興味はあるがな」

「ご期待には沿いたいもんだ」

「早く行け。ほら、そこのルーキーが目を覚ます前に」

 俺は偉大なる先達に頭を下げ、いなせちゃんを引っ張っていく。彼女は必死に抵抗するが、俺は構わずにタクシーの後部座席へと乗り込ませた。

「出せ、九重」

「……良いんですか」

 良いんですか、だと? 良くないに決まってんだろうが。そうに、決まってんだろうがよ! 公園は無茶苦茶になって、止まりはしたが馬鹿でかいクモ型兵器は残ってる。ヒーローたちはボロボロで、銀川さんは捕まった。何より、いなせちゃんはどうなるんだよ。クソが。こんなガキ一人置いて、あの人はどうするつもりなんだよ!

「出してくれ。頼む」

「……シートベルトを」

 九重は助手席のドアを開けてくれたが、俺は暫くの間、その場に立ち尽くしていた。

 ――――何をやってんだ、俺は。

「お兄さん。僕、ちゃんとお留守番出来たよ?」

「……ああ。そうだな」

 社長がいなせちゃんを気遣っている。レンは後部座席の窓から身を乗り出すようにして、俺に笑いかけていた。

「えらいな、レン」

「うんっ、えへへ、お兄さんも早く乗りなよ。今日はもう、帰るんでしょ?」

 家が、カラーズのビルが俺の脳裏を過ぎる。そうだ。帰る家がある。戻る場所がある。……俺には。

「ああ、そうだな」助手席に乗り込み、シートベルトに手を伸ばした。いなせちゃんが声を上げて泣いている。社長の胸に顔を埋めて、思いの丈をぶちまけている。

「青井」

 俺は声を出せなかった。

「今日はお疲れ様。本当に、あなたは良くやってくれたわ。カラーズのヒーローとして、最高の働きを見せてくれたもの」

 俺が? だったら、これはなんだ。どうしていなせちゃんは泣いている。どうして、俺はこんなにも惨めな気持ちになっているんだ。俺は、彼女の居場所を取り上げた。それが、今日、俺のやった事なんだ。そうに違いない。

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