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座りましょう



 関わらないで。

 どこかへ行って。

 ここから消え去って。

 お願いだから、手を出さないで、か。

「あなたには関係ないでしょう!」

 悪いけど、もう遅いんですよ。

『パパの前だよ、負けられないんだから!』

『分かってるよリリー、さあ行っくよーデルフィニウム!』

『負けちゃ駄目だよジギタリス!』

 どいつがどいつなのか訳が分からなくなってきた。

 距離を取られると、まるで駄目である。草助の前に並んで立つ杖持ちを見遣り、俺は太鼓をバッグに戻した。相手が一人ならともかく、こいつを振り回し続けるには怖い相手だからだ。

「勝てないって、自分でも分かっているんでしょう!?」

 もしそうだったとしても、やる事は一つだ。寄って、殴る。それだけなんだ。

 三つの杖がこちらを捉える。先端部分がスライドし、杖が甘く、高い声を放った。飛び出してくるのは、三つの飛び道具に違いない。かわす術はないだろう。

「だったらさあ!」

 バッグの中のめんこを鷲掴みし、自分の前方に投げる。

『きゃあああああああっ!』

『嘘っ、どうして!?』

 刹那、杖持ちの眼前で爆発が起こった。そして、一つの爆発が次の爆発へと繋がっていく。奴らにとっては、思っていたよりも早い地点で爆発が起こった事になるだろう。

 杖持ちの飛び道具を完全に回避するのは、俺には不可能だ。一番やばいのはスターアニスの爆弾だったので、めんこには盾になってもらった。誘爆のおまけに目晦ましにまでなってくれたらしい。ここまで上手くやれたのは、杖と少女が合ってなかったせいもあるだろう。

 杖の指示は完璧に近い。だが、少女たちの肉体がついていっていないのだ。だからこそ、スーツを着ているのに、必要以上に距離を取ろうとする。杖持ちは杖に従い攻撃を放つ。そこで誤差が生じるのだ。付け入る隙は充分にあったのである。

 この状況を予想していた俺は身を低くしていたので、爆発による被害は受けていない。筈。まあ、体も動いているし大丈夫だろう。混乱に乗じて、草助を追い詰めるだけだ。

 その前に、杖持ちの中で一人だけ突出している影を見つける。

『あっ、あわ! やば……』

 ジギタリスだ。ちょうど良い、てめえには借りがある。

 右の拳に力を込める。杖がこちらを向いたが、もう遅い。まずは一人目、返してやらあ!

『ぱっ、パパァ!?』

「ふんっ!」

 杖が、真ん中から二つに割れる。ジギタリスは膝から崩れ、得物を手放した。

『よくも』

『ジギタリスを!』

 遅れて、スターアニスとデルフィニウムが俺に狙いを定める。

 が、やはり遅い。全く気付いていない。この場にいるのは俺だけじゃないんだ。

『……敵性存在、状況、己。フラッシュスナイプの使用を提案』

「却下よ」

 百鬼さんがシャクヤクを振るう。スターアニスは杖で防御しようとするが、

「ブレイブシュート」

『了解。音声認識二十一パーセント。ブレイブシュートを使用』

 シャクヤクの先端部分がスライドしていく。そこから、火花が散ったのが見えた。次の瞬間には、スターアニスは爆発音と共にフェンスに叩きつけられている。至近距離からの衝撃だ。スーツを着ていたって、気を失うのも無理からぬ事である。

『このおばさん……! まだ動けたの!?』

「黙れ、にせもの」

 残ったのはデルフィニウムただ一人。百鬼さんは杖持ちを無視して草助のところに向かおうとするが、俺は彼女を押し留めた。野郎をやるのは俺じゃなくちゃあいけない。

「……邪魔をしないで」

「あんたたちがやり合っちゃ駄目だ」

「邪魔をしないで」

 俺は部外者だ。百鬼家に関わる権利も許可も得ていない。だけど、駄目だ。ここでこの人が草助を殺せば、本当に終わっちまうんだ。

「家族でしょうが」

「もう違うわ」

「違わないでしょう! 草助がどうしてあなたにシャクヤクを残したか、あなただって気付いている筈なんだ!」

 もしもの時、草助は百鬼さんに止めて欲しかったんじゃないのか? そんな事、彼女だって気付いている筈だろう。そうに違いないんだ。

「もう、遅いのよ」

 百鬼さんがシャクヤクを振るった。デルフィニウムが杖を彼女に向ける。

『パパには触れさせない!』

 鉄球が百鬼さんの胸部に命中する。スーツを着ているが、彼女は苦痛に顔を歪めた。

 放たれていたのは鉄球だけではない。百鬼さんはデルフィニウムに小型の爆弾を飛ばしていたのだ。それが命中する事はなかったが、充分な隙は作れていた。俺の入る余地が、そこにある。

 ガキを殴るなんざ胸糞悪いが、スーツ着てるし諦めてもらう。第一、草助と杖の指示があったからとはいえ、ここまで好き放題やってきたんだ。痛い目見なきゃあまともな大人にはなれねえって。

「あ」デルフィニウムが目を見開く。それは、俺が初めて見た杖持ちの感情だった。



 杖持ちは全員倒れた。三本の内、二本の杖は折られている。百鬼草助に戦える力は残っていないだろう。

「待ってください」

 百鬼さんは草助を睨み付けていた。彼女の足はふらつき、やがて膝をつくが、這ってでも彼のところに行こうとするだろう。

「話し掛けないでっ」

「巻き込んだのは、あなただ。あなたが俺を突き放して、話なんかしないでいれば、俺はここにいなかったんです」

「黙って!」

「こんな事言いたくないんですけど、あなたの娘さんが、こういう展開を望んでいると思いますか?」

 百鬼さんの声はかすれていた。

「百合は死んだの。あいつが殺したのよ。死んだ人間は何も考えないし、何も思わないわ」

 正論過ぎる。この人に、俺みたいな奴の言葉は届かない。もう、止められないのか? ……いや、駄目だ。ここまで首を突っ込んだんだ。中途半端に終われるか。力ずくでも止める。

「百鬼さ――――」彼女の前に立った瞬間、百鬼さんは杖で俺の膝を突く。痛みを感じ、顔を下げれば、顎に衝撃が伝わる。シャクヤクで殴られたのだと気付けたのは、地面に仰向けになって倒されていると気付いたのと同時だった。

「もう遅いの」

 百鬼さんが立ち上がり、足を踏み出す。俺は顔を上げたが、視界は酷く歪み、ぶれていた。

 せめて草助が逃げ出してくれれば良いのだが、彼は座り込んだままで動こうとしない。

「……う、く」俺の手は宙を掻いている。この期に及んで、助けを期待していた。赤丸かイダテン丸が現れて、この場を丸く収めてくれるのを望んでいたのである。馬鹿か。

 終わりなんだ。結局、正義も悪も死んじまえばそこで終わりで消えてなくなる。俺だって、誰だって。でも、納得出来るのか? こんなので、良いのか?

「潔さは認めるわ」

 俺は無理矢理に体を起こす。百鬼さんは既に杖を振り下ろそうとしていた。声が出ない。走り出そうとして、よろけて転んだ。


『――――ママ』


 甘い声が時間を止める。

 百鬼さんは動きを止め、ゆっくりと、後ろに振り返った。

『おねがい。おねがい、ママ、やめて。パパをいじめないで』

「……百合、なの?」

 百鬼百合ではない。彼女は死んだのだ。死んだ人間は、何も考えないし何も思わない。生き返るなんて有り得ない。百鬼さんが見ているのは、デルフィニウムの持っていた杖である。その杖が『声を発した』のだ。

 それはきっと、プログラムに過ぎないのだろう。草助の仕込んだ、身を守る術だったのかもしれない。杖は杖だ。物でしかなく、発したのは声ではなく、音の筈だ。だけど、そうは聞こえなかった。そうは思えなかった。百鬼さんも同じ気持ちを抱いていたに違いない。

「ああ、百合は、優しい子だ」

 草助が微笑む。その表情は、まるで――――。

 百鬼さんは腕を下ろしそうになる。だが、止まる。草助を見据えながら、叫び声を迸らせる。もう、彼女の娘でさえ止められないのか。

「シャクヤク! こいつを殺して! おねがいっ、お願いだから! もう私、これ以上は耐えられないの!」

『……マスター』

「お願い! 早く!」

 裏返せば、百鬼さんは自分で草助を殺せないと言っているようなものだった。

『敵性存在、抵抗皆無。状況の終了を判断』

「なっ……!?」

『睡眠状態に移行開始』

「ま、待って。待ち、なさい。『立って』、『立って』、『立ちなさい』シャクヤク!」

 これは、どうなってんだ。シャクヤクが機能を停止しているのか? 持ち主の、百鬼さんを無視して?

「シャクヤク!」

『……お疲れ様です、牡丹。あなたも共に、座りましょう』

「何よ、それ。何を言っているの? だってあなた、そんな事、今まで、一度も。ど、して、人間みたいな……」

 シャクヤクは完全に沈黙した。百鬼さんは崩れ落ち、己の得物を、パートナーを胸にかき抱き、涙を流す。

 百鬼さんを止めたのは、ただのプログラムなのかもしれない。ただの杖で、ただの音だったのかもしれない。だけど、彼女を止められたのは、他の誰にだって無理だった筈だ。生きている人間には、あの人を止められなかったんだ。

 足はふらつく。けど動く。

 視界は揺れる。でも見える。

 俺はまだ、拳を握れる。俺はまだ戦えるんだ。

 ケリはついた。杖持ちが倒れ、杖が折れ、ヒーローを望んだ者がうな垂れている。

「本当は全部見えてたし、聞こえてたんだろ」

 足を踏み出せ。

『あ、ああっ。駄目! 駄目ーっ、パパに手を出さないで! パパをいじめないでぇ!』

「あの子たちを巻き込んだ罪悪感で、そうなったのか」狂った振りをしていたのは、

「あんたは、おかしくなりたかったのか?」

 こんな事を、したのは!

「ああ」

 俺は草助の前に立つ。

「百合。僕は、ヒーローになれなかったんだな」

 俺は俺だ。

 青井正義であって、百鬼牡丹でも、草助でも、百合でもない。あんたらの夫婦喧嘩に巻き込まれた、しょうもないヒーローでしかない。あそこで戦っている奴らも同じだ。ヒーローも戦闘員も怪人も、全員が、百鬼家に巻き込まれた脇役でしかない。

「父親はいつだって、子供からすりゃあヒーローだろ」

「……そうか」

 そうだ。ケリはついた。

 だけど、ここでこいつをぶん殴らなきゃあ話にならない。気が済まない。草助が可哀想だとか、どうしてこうなったとか、そういうのはナシだ。物事ってのはシンプルでなくちゃいけねえ。悪い事したんなら、歯ぁ食い縛って殴られなくちゃあ、良い大人にはなれないんだからな。

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