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あの子の声を聞き間違える筈、ない



 百鬼さんの様子は先ほどと全く変わらないようにも見えた。声も震えていないし、涼しげな顔が歪んでいる訳でもない。だが、俺は恐ろしいと感じていた。

 百鬼百合。

 二年前に殺された、百鬼牡丹と草助の娘である。誰に? どうして? 俺が尋ねるよりも先、百鬼さんは話を始めた。何故、俺に話してくれようと思ったんだろう。彼女は、何を求め、何を望んでいるのだろう。口を挟む余地は、ない。

「百合はね、まだ十歳だった。真っ赤なランドセルの似合う子だったわ。良く笑って、良く泣いて、良く怒って、ころころと表情を変える……そう、ね。見ていて飽きない子だった。まっすぐで、わがままも言わなくて。私も、あいつも、百合を可愛がり続けた。ふふ、目の中に入れても痛くないって言うでしょう。正に、そんな感じよ。私は、あの子の為なら、どんなに痛い目にだって遭ってみせる。あの子の為になるなら殺されたって構わない。そう思っていたの」

 百鬼さんは微笑んだ。

「でも、あの子は殺された。もうこの世にはいないの」

「殺されたって、まさか、百鬼草助に、ですか?」

「まさか。あいつは百合に殺されてたって喜ぶようなイカレよ。そんな事する筈ない。あの子を殺したのはね、怪人だった。どこの組織にいたのかも分からない、チンピラよ」

 怪人が。悪の組織の連中に、百鬼さんの娘は殺されたと言うのか。何だか、酷く胸が痛んだ。申し訳ないような気がして、ゲロを吐いちまいそうだった。

 だが、怪人だって中身は人間だ。よっぽどの理由がなきゃ殺しなんてやらない。もしくは、よっぽどの悪人だったか、だ。根っから腐った野郎も中にはいる。

「でもね、百合が殺された原因を作ったのはあいつなの」

 草助が原因を。……作った?

「……スーツ、ですか」

「そうよ。あいつはね、スーツを作っていたのよ。信じられる? 趣味でそんなものを作ってたの。しかも、それを売り込んだのよ。ヒーロー派遣会社にも、悪の組織にも」爺さんから聞いたのは、そこだ。草助はウチだけでなく、正義、悪に関係なくスーツを売り込んだのか。何と言えば良いのか。確かにイカレてやがる。

「そして、これもね」

 百鬼さんはエコバッグからネギを取り出す。そいつをテーブルの上に置くと、重たい音が響いた。確か、シャクヤクとか呼ばれていた杖、だったろうか。

「知っていると思うけど、これは持ち主の戦闘を補助する杖なの」カバーが外れると、中からはメカメカしいモノが現れた。

「それ、生きてるんですか?」

「そう見える?」

「喋る杖なんて珍しいじゃないですか。どういう仕組みで動いてんのかなって」

「さあ? 私も詳しくは知らないわ。ただ、認証は終えているから、これは私の声で動く。戦況を確認し、把握し、案を出す。私はそれに従って戦ってきたの」

 いや、むちゃくちゃ却下してたじゃないですか。

「それも百鬼草助が作ったんですよね」

「そう。そして、この杖と、スーツを渡したの」

「……あなたに?」

「いいえ」と、百鬼さんは目を瞑る。彼女が何かを押し殺しているように見えて、俺は視線を逸らした。

「百合に」

 二の句が継げない。一体、何を話しているんだ。

「あいつは、スーツを百合に渡したの。ご丁寧に、シャクヤクとの契約まで済ませて、ね」

「けい、やく?」

「シャクヤクを使用するには、使用者の音声を認識させなければいけない。杖が声を覚えてしまえば、すぐには使用者を取り消せないし、変更出来ないの。それが、契約」

 実の娘に、スーツと武器を渡した? 俺には、その意味が理解出来ない。草助は、何がしたかったんだ。

「あいつは認められたかったのよ。自分で作ったスーツを、どこかの誰かに褒めてもらいたかった」

「それで、娘さんにスーツを? 渡して、どうなるってんですか?」

「あなたもヒーローでしょ。分からない? 力を認めさせるには、力を示すしかないの。あいつは、そう考えていたんでしょうね。だから、百合にスーツを着せ、杖を持たせ、夜の街を往かせた。怪人を倒させる為に」

「嘘だ」

 思わず、呻いていた。そんな奴がいるものか。そんな親がいるものか。

「信じ難い事に、あいつの目論見は上手くいっていたみたいね。今でも、十歳の子供に倒される怪人なんてものは信じられないけれど。けれど、そうみたい。私の知らないところで、百合は戦っていたの。戦わされていたのよ。信じられない。信じられる? 無駄か。あなたに聞いたって分からないでしょうね。それとも、あなたには子供がいるの? ああ、ごめん。ごめんなさい。いたとしても、分からないわよね」

 何だ、それは。実の娘にクズになれと、死ねと言っているようなものじゃないか。そうして、百鬼百合は戦いの果てに息絶えた。その子が何を思い、何を考えて夜の街を歩いたのか、俺には想像も出来ない。

「百合がこの家からいなくなった後、あいつは姿を消したわ。残されたのは、この家と、お金と、杖と、私。それ以外には何もなくなっちゃったの。あいつ、スーツを持って行ったわ。何に使うのかと思っていたけど、こんな事になるなんてね」

 草助は研究を続けていたのか。娘が死に、妻を捨て、スーツ作りに没頭したのだろう。そうして、出来上がったのがアレだ。感情のない少女と、甘く、高い声の杖。

 おおよその事情は掴めてきた。百鬼さんは、草助を娘の仇だとして追っている。スターアニス、デルフィニウムは草助の盾なのだろう。それに、あの少女たちを追えば、いつかは草助に辿り着く筈だ。

「あの女の子たちに見覚えはないんですか?」

「知らない。知ってても、私には関係ないわ。邪魔をするなら退いてもらうだけよ」

 だが、細かいところまでは分からない。百鬼さんの話は、あくまで彼女視点からのものなのだ。だけど、まあ、全貌を知る必要はないだろう。問題は、俺の敵が誰なのか。その一点に尽きる。借りを返す奴もはっきりしてるし、ぶん殴りたい奴も出てきた。それだけで良い。スーツのないヒーローに出来る事は限られているが、チャンスさえあれば、どうにかしたいもんだ。胸糞悪過ぎる。悪の組織の戦闘員よりもクズじゃねえのか? なんて、自分の事を棚に上げるつもりはねえけど。ねえ、けど。

「あの杖も、草助が作ったものなんですかね」

「そうでしょうね」

「どうして、草助だと分かったんですかね」

 百鬼さんは僅かに目を見開く。

「あなたの口振りだと、まだ百鬼草助には会っていないように聞こえるんですよ。あの杖持ちだって、得物が似ているだけで、もしかしたら草助と関係がないかもしれない。でも、あなたは彼女らを追い、その先にいる奴を追ってる。どうして、ですか?」

 どこかおかしいのだ。百鬼さんが嘘を吐いているようには思えない。なら、彼女が『そうだ』と断定しうる何かがあったに違いない。彼女は何を知り、何を見たと言うんだ。

「気になるの?」

「ここまで来たら、そりゃ、まあ」

「……そう。……ねえ、あなたも杖の声を聞いたでしょう?」

 俺はテーブルの上に置かれたシャクヤクを見つめる。百鬼さんは違うと言った。

「あいつらが持っていた杖よ」

「ああ、あの気色悪い声ですか」ガキの声でぎゃんぎゃん喚いてやがったな。

「あの声は、百合の声よ」

 真っ白んなった。何かが。謝れば良いのか憤れば良いのか悲しめば良いのか哀れめば良いのか、何が何だか分からない。

「あの子の声を聞き間違える筈、ない」

 百鬼さんは自嘲気味に口元を歪める。

「どこまでも歪んでいるのよ。だから、それを正したい。なんて言うつもりはないわ。私はあいつを許さない。それだけよ。ヒーローでも何でもない。正義だの悪だの、そんなもの関係ない」

 復讐は何も生まない。そんなのは子供だって知ってる。知っててやるんだ。やり返せば、またやり返されるだけだろうと、そうやって、俺たちは生きてきた。これからも生きていくのだろう。百鬼さんを止める理由はない。第一、彼女は止まらない。

 百鬼さんは、いずれ草助に辿り着くだろう。彼の目的も理由も全てを無視して、殺すのだろう。

「ヒーロー君。あなたがあいつらを追うのは自由よ。戦うのも、殺されるのも、あなたの自由。だけど、あいつだけは駄目よ? アレは、私のものなのだから。邪魔するなら、誰が相手でも容赦しない。覚えておいて」

 喉が渇いていたけど、目の前の飲み物に手を伸ばそうとは思わなかった。

「娘さんを殺した怪人は、どうなりました?」

「どうなったと思う?」

 そんなの、決まってる。



 百鬼家を辞した後、俺はどこに行くでもなく、ただ歩き続けていた。百鬼さんから聞いた話は胸糞悪いものだったが、珍しい事ではない。この街だけじゃない。他の街でも、この国のどこにでも起きた事で、今も起きているに違いない事なんだ。明日は我が身か。誰もが思う。誰もが思うだけで、何もしない。俺だってそうだ。自分の番が来るまで、何をしようなんて思わない。その時が来たら恨み、呪い、憎むだけだろう。尤も、命があればの話だ。死んだらおしまい。復讐したくても出来ない。俺が死んだって、俺の仇を取ってくれるような奴もいないだろうし。それで良いとも思う。こんなクズが死んだって、誰も、何も感じない。

 捨てて、捨てられた。

 残された百鬼さんには、ここで生きていく理由が必要だったのかもしれない。彼女が復讐を終えた時、どうなるのか。答えは一つだ。理由がなくても人は生きていける。生きる事に理由なんか必要ないからだ。ただ、百鬼牡丹は、それをよしとしない人なのだと思えた。理由がなくても、人は死ねる。死ぬ事に理由なんか必要ないからだ。

 ……俺は?

 俺は、理由もなく生きてるのか? 理由もなしに死ねるのか? 俺じゃなくても良い。社長は? 九重は? レンは? 江戸さんは? 縹野は? 赤丸は? 皆、どうなんだよ。教えてくれ。誰でも良い。教えて欲しい。理由がなくても、何か出来るのか。理由がなくちゃあ、何もしちゃいけないのか。

 正義って何なんだ? 悪って何だ? スーツを着て、ヒーローを名乗れば正義で良いのか? スーツを着て、怪人だと名乗れば悪で良いのか? 違うのかよ。もっと簡単なものじゃねえのか。どうして、まだ分かってないんだ。まだ迷ってるんだ。



 家に戻ると、レンはまだ布団に包まっていた。皿の上の食パンがなくなっているところを見ると、飯はちゃんと食ったらしい。

「片付けといてくれよ」

 流し台に皿を置き、俺は冷蔵庫からオレンジジュースのペットボトルを取った。レンめ、こっちを徹底的に無視するつもりか。可愛くない。いや、こいつが可愛かった事なんて一度もなかったが。

 だが、良い傾向なのではなかろうか。こうして、次第に俺から離れてくれれば助かるし。いずれはしかるべきところに連れて行くのが筋と言うものだろう。と言うか、グロシュラにバレたら怖い。レンを匿ってるのが知られたら、グロシュラには殴られて殺されて、エスメラルド様には裏切り者と言われて殺される。

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