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魔法少女だ



 今日のお仕事はいたって簡単。怪人に声掛けて地面を転がるだけで、何の資格もいりません。

「あー、いてえ」全身が擦り切れてやがる。社長からの罵詈雑言を受け、ついでに心もだ。

「大丈夫? あは、そんな訳ないよね」

 レンはけらけらと笑う。いっそ引き倒して俺を蝕んでる痛みを味わってもらおうかとも思ったが、返り討ちに遭って半泣きになってる自分が易々とイメージ出来たので断念する。

 アパートの前に着くと、隣人が部屋から出てくるのが見えた。タイミング悪し。奴は赤丸夜明。狂暴なヒーローである。俺を見ると舌打ちしたり露骨に嫌そうな顔をしたり、こないだなんか肩がぶつかっただけで脛をしこたま蹴られた。無視するに限る。

「あは、お隣さんだ。お兄さん、ご挨拶」

「しなくて良い」

 部屋の鍵を開けて、中に逃げ込もうとすると、獣じみた視線がこっちに向いてるのが分かった。

「……こんにちは」仕方ないので、出来る限り嫌味たらしく言ってやる。赤丸は顔をしかめた。俺はレンを中に入れ、扉を閉める。

「挨拶も出来ん奴は最低じゃ。われ、自分の子供にどんな教育をしとる」

「何度も言うが、レンは俺の子じゃない。それに、お前みたいなんと関わる方が教育に悪い」

「……悪党が」

「うるせえぞ無職」

 言い返してこないのを見ると、赤丸の就職活動は芳しくないらしい。ざまあみろ。悪党だが、俺はちゃんと働いてるっつーの。頭がたけえぞ無職。

「これから仕事をもらうとこじゃ」

 どうだか。

「最近のヒーローってのは筆記にすら通れん馬鹿がいるらしいな。いや、腕力だけでどうにかなった時代が懐かしいですなあ、婆さんや」

 まあ、悪の組織の戦闘員にゃテストがないんだけど。ボーナスも保険もない。

「誰が婆さんか。ぶち殺すぞ」

「そういやさ」適当に話を変えてやる。赤丸は乱暴だが、妙に律儀なので話題にはついてこようとするのだった。

「杖を持った主婦を知らないか?」

「そがぁなもん、そこらにおるよ」

「じゃなくてヒーローで。喋る杖を持った主婦だよ。知らない?」

 赤丸は、ふふん、と鼻で笑う。見慣れた所作だった。

「知ってても悪党には教えん」

「就職先に困ってるなら、とあるところに口を利いてやろうかなーとか考えてんだけどなー」

 赤丸の目の色が変わるが、それも一瞬の事である。彼女は察しが良い。野性的なところはエスメラルド様と似ていた。

「悪党にはならん。よそ当たれ、よそ」

「向いてると思うんだけどな。お前なら、すぐにでも怪人になれるぞ」

「それ以上ゆうたら殴る」

 おお、恐い恐い。君子危うきに近寄らず、だ。からかうのはこんくらいにしとこう。

「じゃあな、頑張れよ」

「……主婦はしらんけど、杖なら知っとるかもしらん。うちより、縹野が詳しい、と思う」

 おや? いやに協力的と言うか、何と言うか。

「へえ、ならそっち当たってみるわ。ありがとよ」

「いや、ええよ。……もしもの時があったら、考えといて欲しいかなあー、とか。いや、アレ。悪党になるんじゃあなく……あくまで、ヒーローとして雇ってもらえるまでは手伝いと言いますか」あははと、赤丸は小さく笑った。……良いけどよ。良いけど、プライドは?



 あの主婦については、イダテン丸が何か知っているらしい。彼女がどこにいるかは知らないが、とりあえずカラーズの屋上に向かう事にする。最近、レンはとみに大人しい。一人で留守番するのにも慣れたらしく、わがままを言わずに送り出してくれた。ただし、帰りにスーパーでみりんを買ってきて、との事だ。めんどいから家の近くのコンビニで買おう。

 それから、社長に見つからないようにしなければ。今日の彼女はいつにも増して機嫌が悪い。硬軟織り交ぜた悪口でこっちを突いて引っ掻き回して弄ぶのが常の社長だが、今日は暴投上等と言わんばかりに苛烈な責めとなるだろう。まあ、俺のせいだが。



 物陰からカラーズを見ている内、どうして俺があんな小娘にビビらなきゃならんのか腹立たしく思えてきた。大体、初めて会った時からだな、あのアマは生意気だったんだ。目上に対する態度じゃあない。マジに、一度がっつり、がつんと教育してやるのが双方の為ではなかろうか。いや、そうに違いない。

「…………青井殿」

「いや違うんだ。別に何をしようと思ってた訳じゃなく、ふらっと足が向いただけなんだよな。だから今日のミスはもう良いだろ? 二度と油断しねえから、だからもういじめないで……ああ、イダテン丸か。やあ、元気だったかい」

「…………急に爽やかになられても」無理があるか。ちっ、社長だと思って、思わず弁解から入ってしまった。

「それと、この格好の時には縹野で通して欲しいのですが」

 イダテン丸は前に見た時と同じく、文学少女的な出で立ちをしている。確かに、これならイダテン丸とは気付かれないかもしんない。

「悪い悪い、つい、な。それで縹野、実は、お前に聞きたい事があるんだが」

「…………伺います」

「杖を持った主婦を知らないか? いや、赤丸からイダ……縹野に聞いてくれって言われてさ」

 そう言う事でしたか、と、縹野は眼鏡の位置を押し上げる。

「…………その、主婦と申される方は存じません。しかし、最近になって気になる者たちがこの街に訪れたのは……」

 気になる者?

「人語を解する奇怪な杖を所持した連中の姿が、あちこちで、ちらほらと」

「主婦が持ってたのか?」

「…………いえ、主婦と呼ぶには若過ぎるような、そんな少女が三人、杖を所持していた、と。それから、保護者らしき男が一人」

 あれえ? 俺が知ってるのとは違うじゃん。しかも三人もいんの? あんな馬鹿みたいな力を持ったのが、三人も?

「うーん、ヒーローも山盛りだなあ、本当」

 俺がだるそうに言うと、縹野は不思議そうに小首を傾げた。

「…………ヒーロー、だったのですか」

「そうじゃないのか?」

「話によると、その者たちは、ヒーロー、怪人、無差別に襲っていると……」

「はあ? マジかよ。何なんだ、そいつら」

「…………何とも」

 スーツを着た奴を無差別に襲う、杖を持った少女、か。何だか、さっきの主婦とはえらいイメージがかけ離れているような気がしてならない。つーか、俺は助けてもらったんだし。あ、いや、スーツを着ていなかったから、一般人と思われたんだろうか。いや、それにしたってやばいのが三人うろついてるのに間違いはない。昼間の主婦とは、一体何者なのだろうか。イダテン丸の言う少女たちと関わりがあるのだろうか。

「ふーん、そっか」

 まあ、関わりがあったところで、俺に関係はない。俺とは一切、何も。スーツを着た奴襲ってるのが本当なら、カラーズで仕事してる時には大丈夫だし、悪の組織でも仕事は滅多にないんだし、すぐにぶち当たるような問題でもなさそうである。

「色々とありがとな」

「…………あの」立ち去ろうとする俺を、イダテン丸は遠慮がちに引きとめた。

「また、何かあったのですか?」

「いんや、何もないって。気になっただけ」

 半分は、願望だろうか。



 夜、戦闘員としての仕事が入った。冗談みたいなタイミングだったので、また何か起こるんでないかと不安になる。

 ワゴンの中で数字付きの連中と一緒に揺られていると、陰鬱な気持ちがますます落ち込んでいくような、そんな思いだった。

「今日も楽な仕事なら良いよなあ、なあ、十三番」

「うん、そうだね」

「お前さ、何かキャラちがくねえ?」

 今日の仕事はヒーロー狩りである。ミストルティンの残党を発見したとの事で、俺たち数字付きが派遣された訳だ。正直、戦力だけで見るとこちらが圧倒的に不利なんだが、ヤテベオを筆頭とした、他の悪の組織も動いているだろうし、まあ、大丈夫だろう。相手は一人だから、見つかるとも限らんし、そもそも、とっくに終わっているかもしれないしな。……まさか、あいつじゃあないよな。

 数字付きの連中は、飽きずにフィギュアの話を始めている。確かに、お菓子のおまけにしては異常に出来の良いものだったが、俺のプリプリ魔法少女、マルルちゃんフィギュアの右腕はレンが遊んでいて壊してしまったのだ。彼に悪気がなかったとは言え、何だかとても虚しい気分になったのを覚えている。

「もうその話はやめろよ。大の大人が集まってよ、もっと色気のある話をしようぜ」

「うるせえなあ、黙ってろよ非オタが」

「消えてろ非国民」

 てめえらそこまで言うか。

「だったらてめえら全員表に出やが……っ!? れ、れれっ?」

 ワゴンが急停止する。立ち上がりかけた俺はバランスを崩し、窓に頭をぶつけた。

「マジで停める奴があるかっ」勢い任せに叫ぶも、運転席からの反応はない。

「……おーい?」

 車内がざわざわし始める。その内、誰かが叫んだ。どうやら、車の前に何者かが飛び出してきたらしい。

「轢いちゃえ轢いちゃえ」煽るな煽るな。

「女の子だぜ」

「大丈夫ですかっ」

「お怪我はっ!」

 阿呆どもが飛び出していきやがった。俺たちは戦闘員のスーツを着てるんだぞ、その姿を見たら誰だって逃げ出すわ。

「これだからロリコンは嫌なんだよ」

 と言うか、今は仕事中だぞ。悪の組織の戦闘員だとして、その辺は弁えて、けじめを大切にして働かないと駄目だろうが。第一、そのガキを心配する必要はねえじゃんか。向こうから飛び出してきたんだから、ほっとくか、どっかに放り出しちゃえば良いんだ。

「どつきまくって親のところに突き出そうぜ」

「ぎゃっはっは、そりゃ良いな! ……って、何かあの二人遅くねえか?」

「つーか、何も聞こえん。何やってんだ」

 窓際にいた俺は、ふと、外を覗き見る。そこには誰もいなかった。運転席に座る一番も、間抜けな声を上げている。

「出てったの、何番と何番だ?」

「知らん。誰か見て来いよ。勝手にいなくなったのがバレたら連帯責任だぜ」

 ええい、鬱陶しい。俺はドアを乱暴に開けて、思い切り怒鳴ってやった。足元に転がされている数字付きを見て、変な声が喉から出てくる。

「な、あ……は、はい?」

 何だ? どうして、この二人が倒れてるんだ?

「だっ、お、おい!」 声を掛けると、他の奴らもぞろぞろと車から降りてくる。そうして、全員が彼女を認めた。

 ふわふわとした、綿菓子みたいに甘い雰囲気を持った少女が、そこに立っている。淡い、今にも消えてしまいそうな紫色のワンピース、えげつないほどにフリルのついたスカート。白いニーソックス、紫の、先が尖ったブーツ。そして、金属製の杖だ。その杖の先端には、小さな、釣り鐘のようなものがくっついている。

「『魔法少女だ』」

 呟いたのは、何番だったのか。確かに、見た目だけならそう勘違いするのも不思議ではない。

 ヒーローか、ヒールか。

 悪の組織の戦闘員を倒したのは、この少女なのだろう。では、正義か? 彼女は正義の味方なのか? その割にはこいつ、目が死んでやがる。長く、どことなく青みがかった髪から覗いた瞳は、人間のそれとは思えなかった。

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