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ロキも俺たちだ



 無理矢理にでも曲げてやらあ!

 と、勢い込んで向かっていったのは良いが、赤丸はそれはもうあっさりと倒れてしまった。その場に、どてん、と。

「…………は?」

 赤丸は動かない。得物であるしゃもじはしっかり握っているが、それだけだ。

 幕切れは、意外と呆気ない。俺が倒した訳じゃない。彼女はもうとっくに、限界を迎えていたのだろう。体力的にも、精神的にも。

 俺はどうする事も出来ずに、クンツァイトや、いつの間にか下りてきていた江戸さんや、エスメラルド様の戦闘をぼんやりと眺めていた。……何か、ヒーロー増えてね? いや、明らかに増えてる。ミストルティンの奴らじゃあなさそうだ。今になって駆けつけてきた奴らだろう。ミストルティンを援護する為じゃあない。金の為に、俺たち悪の組織の人間を捕まえようとしているのだ。

「おい、起きろよ。俺の勝ちになんぞ、てめえ」

 赤丸は答えない。一瞬、死んでるのかなーとか思ったけど、微かに息をしているのが分かった。

 だが、どうする?

 ここに留まるのは危険だ。現に、隙を見つけてはこの場からの逃走を図る戦闘員がちらほらと。しかし、赤丸を放置していても、別の戦闘員に捕まってしまうだろう。彼女は、恨みを買い過ぎた。それがミストルティンの指示であったとしても、である。尤も、赤丸は自分の意志で悪人を駆逐していた節がある。金と、復讐の為ってのが半分ずつだろう。だから、捕まって、ぐっちゃぐちゃにされちまっても自業自得なのだ。俺がどうにかしてやるのもおかしい話なのだろう。

「十三番! 十三番どこだっ!? 逃げるぞ!」

「アオイーっ! どこだっ、無事なのか! 返事しろっ、返事しないと駄目だ!」

 数字付きの誰かが叫んでいる。

 エスメラルド様が俺の名前を呼んでいる(ちょっと勘弁して欲しい)。

 俺は、赤丸を見下ろした。こんな状態になるまで戦った、一人のヒーローを。

 ……なあ、そこにいるんだろ。いてくれよ。頼むから。

「イダテン丸! いるんだろ!? イダテン丸ゥ!」

 彼女の名を呼ぶ。何度も呼ぶ。喉から血が出ても構わない。とにかく声を張り上げた。

 刹那、蒼い影が見える。疾駆し、戦闘員を薙ぎ倒しながら進む風とも思えた。イダテン丸は短刀を構えて、俺の喉にそいつを突きつけている。お前なら、きっと来ていると思っていたよ。きっと、来てくれると思ってた。

「…………何故、私の名を知っている」

「こいつを連れて行ってくれ」

 イダテン丸は俺の指差す方に目を遣った。

「…………彼女は、ミストルティンの」

 ああ、情けない。

 今の俺は戦闘員で、お前はヒーローだ。だから、悪いな。頼らせてくれ。

「動けねえ。助けてやってくれ」

「お前は、戦闘員ではないのか」

 頼む。頼む。無理なお願いだとは分かっちゃいるんだ。でも、俺は赤丸を、他の奴に取られたくない。

「む、十三番!」

「江戸さんっ」

 江戸さんがこっちに気付いた。彼は近くにいた怪人を小太刀で薙ぎ倒し、切り刻んでいく。

「た、頼むっ」

 イダテン丸は向かってくる江戸さんに視線を遣ると、短刀を懐に戻した。彼女は赤丸を抱えて高く跳躍し、もう一度、俺を見る。

「…………さらば」

「十三番、無事かっ」

「あ、俺は、どうにか……」

 江戸さんは刃こぼれした小太刀をジャケットにしまうと、そこから新しいものを取り出した。

「ぐずぐずしていてはヒーローに捕まってしまう。脱出だ。私に付いてきたまえ」

「ひゃっはぁ!」

 飛び掛ってきた青と橙色のコスチュームを着たヒーローを一刀の元に切り伏せると、江戸さんは再び走り出す。俺は彼の背を見失わないように追った。

 その途中、エスメラルド様や数字付きの奴らと合流し、俺たちは車に乗り込む。急いで点呼をしてから、俺たちを乗せたワゴンはわき目も振らずに走り出した。

 俺は、ビル前の戦闘に目を遣る。あそこではまだ、誰かが戦っているのだ。自分の信じる正義と悪とを掲げて、生きる為に、金の為に、誰もが誰かに抗っている。……俺は、どうだったろうか。戦闘員としてあそこに行った。けど、ヒーローを逃がしてしまった。しかも、ヒーローに頼んで。

 やっぱ、半端者なんだな、俺は。どっちつかずのコウモリ野郎なのかもしれない。

「あ、そういやクンツァイト部隊はどうなったんだ?」

 エスメラルド部隊の殆どは車に乗り込めていたけど、あいつはどうなったんだろう。一応、彼には助けてもらったって言う恩がある。一応、だけど。

「知らん」

「よその部隊なんか気にしてられるか」

 そりゃそうだ。俺も馬鹿な事を聞いたな。

「けどよ」運転席に座る五番が口を開いた。

「クンツァイトって絶対に戻ってくるんだってよ」

「は? 何、それ?」

「だからさ、どんなやべえのが相手でも、絶対に死なないで戻ってくるらしい」

 クンツァイトの能力は不明だったが、相手の動きを鈍くさせるようなものに近いのだろう。確かに、そういった力があれば生還も難しくない。けど、まあ、そういうのを超越してるよな、あの人。力とか関係なさそうだった。



 車の中では、ミストルティンに関する話を聞かされた。

 社員へのえげつない待遇だとか、依頼者を脅迫したとか、怪人の家族を人質に取ったとか。どっかで聞いたような話が殆どだったけど、

「……悪の組織よりも黒い会社ってあるんだな」

 数字付きの気持ちは一つになっていた。

「ヒーローじゃなくて、戦闘員選んどいて良かったわー」

「俺は公務員になりたかったんだけどな」

「良く言うぜ、警官ぶん殴っといてよ」

 組織へと近づくにつれ、車中には和やかな空気が流れ始めていた。

「そういやさ、クンツァイトと話したぜ、俺」八番がそんな事を言う。

「へえ、何話したんだ?」

「あー、そうだ。忘れてた、十三番、お前にクンツァイトから伝言」

 クンツァイトから?

「『ならばロキは誰なんだろうね』ってさ。ロキって何? ヒーローか?」

 ロキ?

 ロキって、アレか。北欧神話の神様だっけか。そういや、クンツァイトは神話がどうのこうの言ってたな。俺たちはバルドルでもありヴァーリでもあると。ヘズを貫いたヤドリギはミストルティンのヒーローで、ヘズはミストルティンだと。……じゃあ、ロキは? あいつは、俺に何を求めているんだ?

 ミストルティンを唆した者がいるとでも言うのか。

 あるいは、あの状況を作った者がいるとでも言うのか。

「もう二度と会わないと思うけどよ、会ったら伝えといてくれ。『ロキも俺たちだ』ってな」

「はあ? まあ、覚えてて、あの人に会ったら伝えとくわ」

 答えなんか知るか。けれど、俺が思いついたのはさっきの答えだ。

 俺たち人間なんて、そんなもんなんだよな、きっと。ヘズでもあるし、バルドルでもあるし、ヴァーリでもあるし、ヤドリギでもあるし、ロキでもある。クンツァイトが何を尋ねたかったのか、何を言いたかったのか分からんけど、これが俺の精一杯の答えだ。

「そ、それよりさ、ビビっちまったぜ」

「あ?」

「い、いや、十三番が、だよ」

「うるせえな、死ねよ」

 口を開いたのは九番だが、最近、皆が彼に対してきつく当たっている。アレだ。九番はこないだ、しゃもじ女こと赤丸夜明に俺たちの事をチクった裏切り者扱いだし。

「だってさ、こいついきなりしゃもじと戦おうとするんだぜ?」

「お前はしゃもじに俺たちを売ったけどな」

「もっ、もうそれは忘れろよ! やっと痣が消え始めたんだって!」

 九番以外の数字付きは、それぞれ顔を見合わせる。へえ、そうか。痣が消えてきたのか。

「じゃあ、新しいのを作ってやろう」

「今度は中々消えないようにしてやるぜ」

「おらっ、スーツ脱げよ!」

「ひっ、ひいい! 俺たち仲間だろ!? やめてくれよ!」

「その仲間を売ったんはてめえじゃねえか!」

「八つ裂きだ!」




 ケリはついたのだろうか。

 でも、俺は、本当は、どっちなんだ?

 赤丸夜明を守りたかったのか? あいつを、他の奴に倒されて欲しくなかっただけなのか?

 俺はヒーローなのか? 俺はヒールなのか?

 何が正義だ? 何が悪だ? 誰が正義で、誰が悪だ?

 小さい頃はもっと、分かりやすいもんだと思ってた。

 ヒーローは正義で、戦闘員が悪で、それだけで、世界が回っているものだと思っていた。

 ヒーロー派遣会社が弱者を虐げる。悪の組織が協力し合う。無茶苦茶じゃねえか。

 カラーズに入っても、何も変わらない。何も分からない。シンプルな答えってのを、誰かが持っている訳じゃあないし、誰かが教えてくれる事もない。テレビの中のヒーローは、現実にはいないんだから。

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