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部下をちゃんと守るんだぞ!



「やり過ぎだな」

「やり過ぎたな」

 俺は部屋の中にいる人間を見回す。

 悪の組織の仕事が始まる。が、今日はいつものように江戸さんの部屋で話を進めている訳ではない。滅多に使われない、大会議室である。それもそうだ。数字付きや怪人を合わせたエスメラルド様の部隊がニ十人、そして、四天王の一人、クンツァイトの部隊が一堂に会しているのだから。

「件のヒーローが活動を再開したのは、ここにいる殆どの者にとって周知の事実だと思う」

 会議を進行させていくのは江戸さんである。が、しゃもじ女が動き出した事は知らなかった。あのアマ、懲りずにヒーローやってんのか。

「通称は『しゃもじ』。彼女はヒーロー派遣会社、ミストルティンの社員だと分かっている」

 流石にそこまではバレているか。まあ、あの夜、ミストルティンの近くで俺が見つけちまったもんな。誰かが改めて調べたんだろう。

 江戸さんがそこまで言うと、クンツァイトの部下であろうダンゴムシ型のスーツを着た怪人が手を上げる。

「何だね?」

「そこまで分かっていて、どうして手をこまねいているんですか?」

「尤もだ。しかし、ミストルティンは怪人、戦闘員の退治を専門に請け負う派遣会社であり、属するヒーローの数も、戦闘能力も、この街ではピカイチだ。我々……少なくとも、今の戦力だけでは返り討ちに遭うのが関の山だろう」

 ダンゴムシ怪人はやり切れないと言った風に息を吐き、手を下ろした。

「……しかし、事態は変わった。だからこそ諸君を呼んだのだ。遂に、ヤテベオが動き始めたらしい」

 場が俄かにざわつき始める。

 ヤテベオとは、この街を活動拠点とする悪の組織だ。植物型の怪人たちが多く所属する組織であり、ミストルティンに壊滅寸前まで追い込まれている組織でもある。

「ヤテベオを援護する訳ではないが、我々もしゃもじには借りがある。彼らが仕掛ける前に、一度敵戦力を把握しておきたい」

 しゃもじをぶっ倒すのは俺だ! そう思っていたんだけど、話がデカくなり過ぎたか。仕方ない。前回は一泡吹かせてやったんだし、諦めよう。

「ミストルティンのビルに、常にヒーローが十数人といる訳ではないだろう。実際、我々が相手をするのが誰で、何人いるのか、それを確かめたい」

 牽制って訳か。けど、仕掛けたら向こうだって警戒するんじゃないか? どうせなら、一息にやっちまった方が良いんじゃないか?

「他の組織もミストルティンに恨みを持っている。一致団結すれば相応の戦力になるだろう。しかし、動かない。だからこそ我々が動く。情報を得て、確実に勝てる戦いを考えれば、呼応する組織も増えるだろう。更に、牽制なら既に終わっている。ヤテベオは一昨日に仕掛けていたのだよ」

 そういう事か。

「その時の情報は、ヤテベオから得ていないのですか?」 誰かが手を上げる。

「残念ながら、流れてきていない。そも、流すつもりがないのだろう。ヤテベオは、自分たちだけでミストルティンを潰そうとしている」

 そして俺たちが動くって事は、ヤテベオだけじゃ無理だって事でもある。俺たちは便乗している形なのだ。だが、それが正解だろう。漁夫の利を狙うのが悪のやり方だ。

「今はヤテベオをあてに出来ない。我々だけでミストルティンの現状を探る必要がある。そこで、先遣隊のメンバーを募りたい」

 先遣隊? って、現状分かってないんだから、要は捨て駒みてえなもんじゃん。うわー、誰が行くってんだよ。

 俺たち下っ端の動揺を予想していたのか、江戸さんは優しげな声を出す。

「死んでくれと言っている訳ではない。あくまで牽制、様子見なのだよ。現場に行き、交戦が可能だと判断すれば戦い、ヒーローの数が多いと分かれば戻ってきて構わない。それだけでも充分な収穫なのだから」

 だが裏を返せば、ヒーローの数が少なけりゃ戦えって言ってるようなもんだろう。江戸さんの本音としちゃ、本隊が出向く前に少しでも力を落として来いって感じなんだろうし。つーか、戦闘員とヒーローのスーツは同等じゃないっつーの。

「そうだな、十人も集まれば充分だろうか」

 こういうのは、時間が経てば経つほど決まらなくなる。俺の隣に座ってる数字付きも、江戸さんと目を合わせないように俯いていた。

 早く決まってくれ。誰か手を上げろよ。……しかし、俺たちみたいな組織に委員長、優等生キャラはいないのである。

「誰もいないのか?」

 さっきから黙りっぱなしだったエスメラルド様が声を上げる。席を立ち、皆を見回し始めた。すげえ嫌な予感がする。絶対、目を合わせちゃ駄目だ。見つかっても駄目だ。

 エスメラルド数字付きは、全員息を殺し始める。

「早く決めないと帰れないぞ! エド、私が行く」

「それはいけません。エスメラルド様は本隊に組み込まれる予定ですから」

「誰も手を上げない! 朝になっても何も変わらないぞ!」

 うわー、めっちゃ怒ってらっしゃる。お腹が空いているんだろう。多分。

 この時、数字付きの誰もが思っていただろう。自分たちに白羽の矢が立つんだろうなあ、と。

「アオイ」

 声が出なかった。静まり返った大会議室に、怒りを孕んだ声が響く。

「……はい」俺はゆっくりと立ち上がった。エスメラルド様の顔は見られなかった。

「お前は誰だ。言ってみろ」

 え? あ、あの、どういう意味で、ございますでしょうか……?

「あ、青井、正義です」

 う、ううっ。視線が、視線が突き刺さる。

「お前は誰の下で働いているか、言ってみろ」

「エスメラルド様です」

「うん、そうだな。そういう事だっ」

 相好を崩したエスメラルド様は俺を指差した。行けって事ですよねー。

「了解、です」

「アオイ、期待してるからな!」

 張り詰めていた場の空気が緩んでいく。

「それと、数字付き、半分」

「はっ?」

「ま、まさか……!」

「数字付き、半分!」

 俺の同僚たちが指を差されていった。ぎゃっはっは、ざまあみろ。地獄へ道連れじゃあ。

 江戸さんを見ると、額を手で押さえていた。彼は、こうなる事を予想していたのだろうか。

「そっちからも半分出せ」

 エスメラルド様はクンツァイト部隊の方に向き直る。

「クンツァイトがいないからって油断するな。私の部下だけ危ない目に遭わせられない。お前らからも半分出ろ」

 エスメラルド数字付きはへらへらと笑い始めた。

「エド、怪人も出して良いのか?」

「そう、ですね。一人までなら構いません。…………組み直し、練り直し、許可、許可…………」

 江戸さんは何事かをぶつぶつと呟き始める。

「よし、ならウチから出すぞ。良いか、部下をちゃんと守るんだぞ!」

 優しいんだか厳しいんだか、良く分かんない。



 ワゴンが二台、組織の地下駐車場を出発する。

 車の中にはエスメラルド、クンツァイト部隊の数字付きが六名と、ヒョウ型怪人が分乗していた。全部で十三名、ミストルティン襲撃の先遣隊である。

「……何だって選ばれちまうかなあ」

 同僚が溜め息を吐いた。ふざけんな。

「俺なんか名指しだぞ」

「良いじゃん、気に入られてるって事だろ」

「良くねえよ」マジで。

 会議から二時間後、現在の時刻は午前一時。迅速である。心の準備を整える間もない。

 俺たちは敵地へと向かっている。ヒーロー派遣会社、ミストルティンへ、である。正直、そいつらが何をしたのか、何をしているのかまで分かっちゃいない。ヤテベオって組織は相当キレてるらしいけど。

 ただ、奴らはヒーローで、俺たちはヒールだ。それだけで、戦える。理由なんかそれだけで充分だった。……充分か? 本当に、それだけで命を賭けられるのか。命を捨てられるのか? 俺は、そういうのが嫌だから、偉くなりたくて、ヒーローになろうとしたんじゃないのか?

「へーい、どうした十三番、怖い顔しちゃってよ」

「顔なんか分からないだろ」

「はっは、そうだった」



 ミストルティンのビルが見えたところで、俺たちは異変に気付いた。人通りが異常に少ない。深夜だからってのもあるが、単純に、人の気配がここら一帯から感じられなかったのである。

 理由は簡単だ。

 怒号。衝撃音。

 窓から見えてるのは、戦闘だ。

「出るな、出るな!」

 先遣隊の指揮を任されているヒョウ型怪人が短く叫ぶ。

 ワゴンを路肩に寄せて、俺たちはビルの前で展開している、ミストルティンとヤテベオの戦闘を眺めていた。……奴ら、今日も仕掛けてやがったのかよ。

 近くにはバスが停まっている。その辺の市営バスじゃあない。緑にカラーリングされた……恐らく、ヤテベオのものだろう。スモークフィルムの貼られたガラスだって事は確認出来た。もしかしたら防弾処理が施されてるかもしれねえ。

「おいおい、マジでやり合ってんじゃねえか」

 遠目からではどうなっているのかが分からない。それでも、戦いが行われているのは分かる。

「ヒーローの数は?」

「見えん」

「俺も見えねえ」

「出ちゃ駄目なんすかー?」

 流石に、今から乱入するつもりはないよな。怪人だってビビってるだろう。

 ヒョウ型怪人は車から降りようとする俺たちを手で制する。

「……ヤテベオは、かなり本気だぜ。数自体はさほど多くないが、ボスのタイタンマット以外、全員来てるな」

「マジっすか!?」

 先の会議の資料によると、ヤテベオに残された構成員の数は三桁にも満たないらしい。それでも、幹部の内、何人かは残っているし、首領のタイタンマットは健在だ。その辺のヒーロー派遣会社なら楽に潰せるだろう。が、相手は怪人退治を専門にやってる奴らだ。簡単にはいかない。

「ミストルティンのヒーローは?」

「三人だ」はあ!?

「嘘でしょ!? そんな少ない人数で!?」

 ありえん。だって、本丸に敵が迫ってんだぞ。自信があるからって、三人ってのは流石に……。

「三人で止めてやがる。むしろ、完全に殺してるぞ」

 ヒョウ型怪人は恐れおののいている。俺たち数字付きは既に小便ちびりそうだった。

 その時、戦闘員たちが吹き飛ぶのが見えた。割れた人垣から、そいつは姿を現す。巨大なしゃもじを得物にしている、あのヒーローだ。

 ビルの入り口、最前線でヤテベオの戦闘員と怪人を相手にしているのは、しゃもじ女だった。

「助けるんすか?」

「無理だな」ヒョウ型怪人は首を振る。

「それに、あの様子じゃあ戦闘始まってすぐって訳でもないらしい。直に別のヒーローが駆けつけてくるぞ」

 撤退、か。

 この戦いがどうなるのか、見届けたい気持ちもあったが、ここに残っていてもヒーローに見つかっちまう。かと言って、この人数じゃ大した助力にもならないだろう。第一、俺たちの任務は果たしている。

「裏口、確認しますか?」

「それとも応援を呼びます?」

「撤退だ」

 断固とした口調で、怪人は告げた。



 何をしに行ったのか、やっぱり良く分からないまま、俺たちは組織に戻った。

 俺たちからの報告を聞いた江戸さんは、事態の静観を選んだ。ヤテベオの仕掛けが予想以上に早かったのもあり、機を窺うとの事である。

 俺たち下っ端は、命令に従うしかない。……江戸さんは、組織は、ヤテベオとミストルティンが潰し合うのを願っているのだ。他の組織だってそうだろう。仮にヤテベオが潰されたとしても、ミストルティンだって疲弊している筈。そこを狙うつもりなのだろう。別組織と協力してでも、叩く。そうに違いない。

 江戸さんや怪人たちは作戦を練り直すのと、他組織への呼び掛け、新たな情報の収集に忙しく動き回っていた。俺たち先遣隊は、一旦家に戻っても良いと言われた。



 ミストルティン。

 しゃもじ女はそこの社員なんだろう。この辺の情報は、もうとっくに知られている。俺が縋っていたものは、どこかにいってしまったらしい。

 俺はエスメラルド様の数字付きとして、何も考えずに戦うしかない。もはや、一戦闘員がでしゃばり、好き勝手出来るような時ではなくなったのである。こうなるのは予想していたが、それでも、何だか釈然としなかった。

 きっと、以前までの俺ならこんな事は考えなかっただろう。文句を言いながらも、上の言う事を聞いて体を動かしていたんだろう。……カラーズに入ったせいか? あの日から、何かが変わり始めたような、そんな気がしている。いや、きっと、そうに違いないんだろう。

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