軒猿十人衆が一人、コナユキにお任せを
カラーズの前、タクシーを見つけて、俺は走る速度を上げた。
「どうなってる?」
助手席に乗り込むと、後部座席には既に社長とレンが座っていた。
「分からないわ。でも、イダテン丸が消えたのは事実よ」
「……あの、青井さん」
「謝るくらいなら何も言うな。お前らは悪い事をしちゃいないんだ」
誰が悪いとするのなら、それはイダテン丸だろう。何も言わずに出て行って、巻き込みたくないと思ったのか? 遅いってんだろ、馬鹿が。
「どれくらい時間が経ってる?」
「十分くらいね。けれど、動くのでやっとという有様よ。そう遠くには行っていないと思うわ」
同感である。
「お兄さん、探すんなら二手に分かれた方が良いんじゃない?」
「いや、そりゃまずいだろ。相手は五人らしいし……他のヒーローには連絡を入れてないのか?」
「いいえ、あなたが来る前には連絡しておいたわ。ただ、事情も説明し辛いし、カラーズの名前を出すのもどうかと思ったから……」
当てになるかどうかは分からないか。けど、何もしてないよりはマシだ。
「……でも、一体どこに向かえば良いんでしょうか」
「適当に走らせるしかねえだろ。それから、レンは上を見とけ」
「う、うん。でも、なんで?」
「馬鹿と忍者は高いところが好きだからな」
「そんなの聞いた事がないわね」
俺もだ。
タクシーは走る。イダテン丸はまだ見つかっていない。やっぱり、人目に付きにくい場所にいるんだろうか。路地裏か、ビルの屋上とか。
「ところで青井、あなたは何を持っているの? それを買いに行く為に出かけたのではないでしょうね」
「んな訳あるか」買ったんじゃない。もらったんだ。
少しずつ落ち着いてきた。上がっていた息も整い、俺は窓の外、流れる景色に目を凝らす。
……何故、イダテン丸を探しているのか、彼女を助けようとしているのか、分からなくなる。
俺たちがやってるのは、何だ。イダテン丸は何も言わないで出て行った。会ったばかりの他人だから、それもしようがない。大体、深く関わるなと決めていたじゃないか。このまま、何事もなかったかのように振舞うのを、彼女も、俺も望んでいるんじゃないか?
「早く見つけなければいけないわね」
「……どうしてだ?」
気付けば、俺は社長の言葉に反応していた。彼女は、どうしてイダテン丸を探しているんだろう。依頼を受けた訳でもない。やばいってのは分かっている筈だ。
「怪我をしているのよ? 放っておける筈ないわ」
だから、どうしてだ? 結局のところ、他人だろうが。
「なら、あなたは見捨てるとでも言うの?」
「見捨てるも何も、拾った覚えはねえよ」
「いいえ、確かに拾ったのよ。イダテン丸は私たちを……きっと、あなたを頼った。理由が他に必要かしら」
俺は、あんたみたいに変なところでまっすぐじゃない。歪に曲がってる。理由がないままに戦って死ぬのはごめんなんだ。
「イダテン丸が拒否したとしても、私はあの子を探すわ。それが私の正義だもの」
「その正義ってのを押しつけるのか?」
ミラー越しに社長を盗み見る。彼女は真面目な顔で、至極普通に言い放った。
「イダテン丸からすれば、そうなるんでしょうね。でも、正義とは押しつけるものでもないし、振りかざすものでもないわ。あなたはヒーローでしょう? だったら、嫌がられたとしても助けなくちゃね」
そういうのを押しつけるって言うんだよ。
だが、そうか。そうだった。今の俺はエスメラルド部隊の数字付きじゃあない。ヒーロー派遣会社、カラーズのヒーローである。偽者の正義の味方で、偽物の正義を持っていたとしても、だ。顔見知りの人間とはいえ、女が殺されるってのは後味悪ぃ。そうに違いない。
住宅街を抜け、オフィス街を潜り、三十分ほど走ったところで、九重がタクシーを停めた。
俺はシートベルトを外して、車から降りる。
「言った通りだろ、レン」
「あは、気持ち良さそうだね」
目の前のビルを見上げた。十階建てを遥かに超えた高さの建物、その屋上に踊る影がある。レンが見つけたものだ。
「二人はそこで待っててくれ。……お前は、何を言ったってついてくるつもりだろ」
レンは屈託のない笑みを浮かべる。正直、こいつの戦闘能力は心強い。なるべく、何もしないで欲しいけどな。
「待って。二人に渡すものがあるの」そう言って、社長は鞄からあるものを取り出した。
お面、である。縁日とかで売ってそうな、安っぽいものだ。デフォルメされたタヌキとキツネの、お面。
「……付けろってかい」
「そうよ、タヌキマン」しかもそのまんま過ぎるし。
「あはははっ、僕キツネだ。見て見てお兄さん、似合う?」
はっきり言ってすげえ似合う。
しかし、あのビルか。普通の会社だよな、多分。仕方ねえ、突っ切らせてもらうか。
「……青井さん、レン君、気を付けてください」
「あいよ。お前らも、危ないと思ったら逃げるんだぞ」
「馬鹿ね。社員を置いて逃げる訳ないでしょう。あなたこそ、ちゃんとイダテン丸を連れてくるのよ」
俺は手を上げて答える。屋上に辿り着くまでに、イダテン丸が無事でいれば良いが。それから、場所を移さないでいて欲しい。
レンを連れて、自動ドアを抜ける。受付嬢がこっちを見てぎこちない笑みを浮かべていた。ロビーにはスーツを着たおっさんやおばさんがたくさんいる。ソファに座り、煙草を燻らせるハゲ頭と目が合った。
「あははは、すごく見られてる」
「エレベーターは……」駄目だ、使われてる。
「こっちだ、行くぞ」
くそう、階段かよ。屋上に着いた途端へたり込みそうだ。
清潔そうな屋内。真っ白な床と高い天井。自分たちの頭の上でヒーローと悪の組織が戦っているとは、全く気付いていなさそうな人たち。羨ましいったらないね。
「おらっ退け! タヌキとキツネのお通りだ!」
でんでん太鼓を打ち鳴らす。それだけで、俺たちを前進を阻む奴はいなかった。……警備員が来る前に何とかしないとな。
「あはっ、お兄さん頑張って。もう着いちゃうよ」
俺は首を振るので精一杯だった。何階建てなのか、数えるのを止めたのは十五を超えた辺りだったろうか。足が痛い腰が痛い息が苦しい。もう足が上がらんぞ、畜生。
一足先に、屋上への扉に辿り着いたレンは、一切の躊躇を見せずに、それを蹴破った。轟音が俺の耳をつんざき、外からの風が吹き込んでくる。火照った体には心地良かった。
「お前は、手ぇ出すなよ!」
「あははははははははっ、混ぜてよ! ねえ!?」
駄目だ聞いてねえ。
屋上に出ると、くの字に折れ曲がった鉄製の扉が目に入った。フェンスに囲まれた空間は決して狭くはない。だが、そこに五人の忍者と、一人のヒーロー、タヌキとキツネ、合わせて六人と二匹がいる事で、俺は妙な圧迫感を覚えた。
「何者っ」
「陣形を崩すなっ、あくまで狙いはイダテン丸ぞ!」
五人の黒い忍者はイダテン丸を取り囲んでいる。彼女は片膝をつき、俺たちに目を向けていた。
「あはっ、あはは! すごいや、すごい!」
「レ……キツネ下がれ。お前は戦うなよ」
「えー?」
露骨に不満そうである。ガキはいらん事すんな。ろくな大人にならんぞ。
「俺が死にそうになったらちょっとは助けてくれ」
「……はーい」
レンが俺の後ろに下がり、軒猿の忍者たちの数を数え始める。酷く楽しそうだった。
軒猿の忍者はイダテン丸を囲んだまま、こっちに向きを変え始める。各々が同じような忍者刀を構えていた。
「お主、イダテン丸の仲間か?」
「そうだよ。文句あっか」案外、すぐに答える事が出来た。
「そいつから離れろ。半病人をよってたかって嬲ってよ、そんなに楽しいかってんだ」
五人の内、一人が囲みから離れる。俺に照準を定めたらしい。
「ここは軒猿十人衆が一人、コナユキにお任せを」
「ふん、フブキの後釜に据えてやった恩を返すつもりか?」
「そのように捉えていただいて構わぬ」
コナユキと名乗った忍者が俺を睨みつける。
十人衆ってえと、爺さんが言ってた中忍の中でもすげえ強いって連中の事か。こりゃ駄目だ。荷が重過ぎる。
「はっ、俺の相手は一人で充分ってか」
「覚悟っ」
俺はでんでん太鼓のボタンに指を伸ばした。が、それよりもコナユキって野郎のが早い。ワイヤーを伸ばして近付けさせるなってのは分かってたが、先に懐に入られるのは想定外である。
「お兄さん危ないっ」
「ぎっ……!?」
短い叫びと共に、コナユキが左方向へ吹っ飛んでいく。彼はフェンスに顔を埋めると、それきり動かなくなってしまった。
「あははは、かるーい。すっごい飛ぶね!」
「……手ぇ出すなって言ったじゃねえか」
「お兄さんが危なかったんだもーん」
信じられんっつーか、もはや呆れてしまう。レンはコナユキよりも速く前に出て、裏拳を放ったのだ。フェンスで止まったってのを見ると、手加減はしていたようだが。
そして、レンのありえなさに気付いたのは四人の忍者も同じらしかった。殺しのプロである彼らが、一瞬とは言え構えるのを忘れるくらいである。
「くっ、手負いのイダテン丸は後回しだ。あの童を仕留めるぞ」
「応っ」
忍者の意識がこっちに向いたと同時、イダテン丸が囲みから抜け出す。
「しまっ……!」
「よそ見するなっ、全員ここで仕留めれば済む」
無理な跳躍をした後、彼女は足をもつれさせながら俺の傍で膝をついた。ひとまずは安心だな。
「よう、伝言くらいは残していけよな。見つけるのに時間が掛かっちまった」
「…………何故、ここに」
「ヒーローだからな」
曲がり切った根性の。
「話は後だ。下がってろ、俺よりも役に立ちそうにないぞ、あんた」
イダテン丸は俺を見上げた。
「任せろって言ってんだ。それに、後から野次馬が来るかもしれねえ。その辺で見張ってろ」あの社長が、大人しく待っているとは思えんしな。
「…………かたじけない」
イダテン丸が下がったのを確認し、俺はグローブをはめ、太鼓のワイヤーを伸ばす。あんまり長過ぎても使いづらいから、とりあえず二メートルとちょっと、くらい。
軒猿の四人は二人ずつ、左右に分かれている。二人、か。かなりきついな、こりゃ。
「あは、何それ? お兄さんの武器?」
「はっ、かっこいいだろ」
「あはははは、全然」
楽しそうに笑ってから、レンが踏み込む。予備動作なんか、殆どなかった。
それでも、流石は軒猿か。踏み込まれた二人はきっちりと反応し、レンから距離を取る。
「スーツもなしにっ……改造か!?」
「ゲキリュウっ!」
距離を取ったは良いが、中途半端に退くからそうなる。レンは片方に追いつき、腹部に回し蹴りを叩き込んでいた。ありゃ、当分は起き上がれないだろうな。
「カリン」
「テツカベ」
よそ見してる暇は、なくなりそうだ。
俺はワイヤーの動きを確かめながら、二人の忍者と向かい合う。
見てから動いてちゃ間に合わん。とにかく、近寄らせずに玉をぶち当てちまえば良い。
「舐めた得物を」うるせえぞ。
忍者がじりじりと詰めてくる。俺は太鼓を振り被る。ワイヤーがしなり、二つの球体が地面を穿った。……砕いたぞ? すっ、すげえ。爺さんすげえぜ! 正直、全く信じてなかったぜ!
その隙を衝いて片方が踏み込もうとするが、俺は太鼓を戻すように動かす。球体が不規則に揺れて、忍者を襲った。が、刀で防がれてしまう。そうして、もう片方が迫ってくる。
「しつけえぞっ」
不規則過ぎて、この武器は俺にも制御出来ん!
とにかく振り回してビビらせちまえ。ぐるんぐるんと動かせば、球体が空を切り裂き続ける。それだけじゃない、あのワイヤーにだって触れれば痛い筈だ。
「くっ、厄介な」
忍者は一旦離れていき、何かを投げつけてくる。俺は咄嗟に身を屈めた。忘れてた、向こうには飛び道具もあったんだ。どうにも攻めあぐねちまうな。お互い様ってのが、まだマシだけど。ただ、俺がこいつの扱いに慣れてないってのがバレちまうのは時間の問題である。どうしたものか。
「あはははははははっ!」
「お、おおっ!?」
忍者が吹き飛んでいる。頭から。そんでもって、俺と対峙している二人に向かっていた。……レンが蹴飛ばしたんだろう。多分、こっちを援護するつもりではなかった筈だ。あのガキ、やっぱり楽しんでやがる。後でお仕置きだ。
「だけどもらった」
一歩前に出て、俺はワイヤーをしならせる。太鼓を前方に振り被れば、二つの球体が忍者の肩に喰らいついていた。もう一発。今度は右から太鼓を回転させる。球体は右から左に流れる。ぎりぎりで避けられたが構わねえ。当たるまで振り回しまくってやるぜ。
頭の上で、でんでん太鼓を回す。一回ごとに勢いが増していく。もはや俺にも、すぐには止められん。
「こんな、こんなものでっ」
「当たってくたばれぇ!」
鈍い衝撃を受け、球体が上空に跳ね上がる。忍者のこめかみを捉えた一撃は空恐ろしいものがあった。
「おいマジでくたばんじゃねえぞ!?」
太鼓の回転を止める。惰性で玉は回り、ワイヤーがぐいんぐいんしなっていた。
「よくもデンコウを!」
「うわあ来るな!」
手裏剣を何本か投げつけられるが、
「…………御見それした」
「お前っ」
そいつはイダテン丸が短刀で弾いた。ふらふらの状態ながらも、彼女は飛んできた手裏剣を掴み、相手に向かって投げ返す。
「くっ、いっ、イダぁぁぁ!」
「あははは! あっと一人!」
恐慌状態に陥った最後の一人にレンが迫る。彼は忍者の顔面に張り手を喰らわせた。喰らった忍者は、地面に体をこすり付けるようにして滑っていく。
そうして、音がなくなった。
お、終わった、のか?
俺はその場にへたり込んだ。今になって、階段ダッシュの疲れが来たらしい。がくがくだった。もう動けん。誰かおぶってくれ。