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ド貧乳じゃん



 翌朝、俺は社長からの電話で目が覚めた。また仕事かよと思ったが、どうやら、物事ってのは悪い方向に上手く転がるものらしい。知ってたけどな。

 カラーズまでレンと二人で行くと、形容し難い顔をした社長と九重、それから、

「……青井、説明してもらえるかしら?」

「どうして俺が」

 イダテン丸がそこにいた。

「説明、してもらえるかしら?」

「そんな怖い顔したってすぐには出来ねえよ」

 しかも、イダテン丸は怪我をしているらしい。右腕に包帯が巻かれている。彼はソファに深く腰を下ろしていた。酷く、疲れているみたいだ。目を瞑り、苦しそうに呼吸している。

「朝、ドアの前に座り込んでいたのよ。事情を聞けば、あなたからここを紹介されたって言うじゃない」

 確かに、困った事があれば来いと言った。が、昨日の今日で来るとは思っていなかった。そもそも、来るとは思っていなかったのである。

「大丈夫なのか?」

「……傷自体は深くありません。けど、それよりも疲労が溜まっているみたいで」

 青い顔をした九重が答えた。

「おい、昨日はそんな怪我してなかっただろ。何があったんだ?」

 イダテン丸は胸に手を当てて、呼吸を整えようとする。

「悪い。無理はしなくて良いから」

「…………五人掛かりで襲われた」

 五人!? 軒猿の忍者五人か? 嘘だろ。生きてるだけでラッキーってレベルのやばさじゃねえか、それって。

「…………他に、思いつく場所が……」

「ああ、分かったから。気にすんな」

「青井」社長に睨まれる。仕方ない。

「……昨日、ちょっと巻き込まれた。そん時、困ったらここに連絡したらどうだって言ったんだよ」

「まるでここを自分のモノのように言うのね」

 う。す、すいません。

「困った人を放っておく訳にはいかないけど、突然過ぎるわ」

「すまん」

「事情さえ分かれば良いのよ」

 社長はイダテン丸の顔を覗き込んだ後、いつもの場所に陣取る。彼女は窓を開けて、物憂げに溜め息を吐く。

「とにかく、イダテン丸は悪い連中に追われているのね」

「そんなところらしい。とりあえず、匿ってやってくれ」

「仕方ないわね、もう」

 しかし、病院には行かずにここに来たってのは、相当切羽詰ってたって事か? それとも、一般人を巻き込みたくないと考えていたんだろうか。……どうにも、それっぽいな。無愛想で無口だけど、俺を庇おうとしてくれてたんだし。

「よってたかってなんて、酷い話ですね」

「しかも女を。随分と下卑た連中なのね」

「らしいな。……ん?」

 レンが俺を見上げてくる。

「あは、お兄さん、どうしたの?」

「いや、女って誰?」

 よってたかって襲われたのはイダテン丸だぞ。

 意味分からん。なのに、社長たちは俺を冷たい目で見てくる。

「あなた、まさか気付いていないの?」

 何を。

「あの、イダテン丸さんは、女性ですよ」

「えっ」九重め、エイプリルフールには少しばかり遅過ぎるんじゃねえの?

「そんな訳ねえじゃん」

 俺は目を瞑っているイダテン丸を見遣った。こいつが、女? まあ、確かに顔立ちは男っつーよりも女っぽいが、決定的に欠けているもんがある。こいつには、胸の膨らみこと神がもたらした奇跡のおっぱいがないのだ。それは自身を女だと断言するにはあまりにも絶望的な事実である。おっぱいないなら女じゃねえだろ。

「おっぱい」

「……は?」

「あ、青井、さん?」

 あ、しまった。つい。脳味噌と口が直結してしまった。しまった。

「あなたの品性下劣過ぎるわよ」

「ええっ? マジで女なの!? だって、だって……」

 イダテン丸は反応しない。騒がしい奴らだと無視しているのか、既に眠っているのか分からない。

「ド貧乳じゃん」

「あっ、あお……青井さんは最低です!」

「なっ、何を。お前だってそう思うだろ!?」

 同じ男だろ! 気持ちは通じ合うだろ!? お前だって本当はそう思ってんじゃねえのかよ! 社長の前だからってかっこつけやがってクソが! これだからイケメンは信用出来ねえんだよ!

「あはははは、お兄さんシメンソカー」

「レンだってそう思うよな?」

「レン君を巻き込まないでください! みっ、見損ないました!」

 非難轟々だった。



「……機嫌直せよ」

 九重は俺を無視していた。ガキみたいに分かりやすいシカトしくさって。

「ふふ、こんなに怒っている九重は初めて見るわ」

 何を笑ってんだあんたは。

「それより、どうしたものかしら」

「何が?」

「イダテン丸の事よ。匿うのは構わないけど、いつまでも逃げ隠れしている訳にはいかないでしょう? 彼女を追っている組織をどうにかしないと」

 それが出来るなら自分でどうにかしてるだろ。ムリムリ、相手は殺人集団みたいなもんだぞ。

「正式な依頼さえ受ければ、色々と手を回せるし、使えるんだけど」

「断られたのか?」

 社長は首を振った。

 まあ、そうだろう。イダテン丸としちゃあ、俺たちをここまで巻き込んでる時点でありえない、とでも思ってそうだし。

「弱っているくせに、強情よね。……結構、持っていそうだからふんだくれそうなのに」

「正義の味方の台詞じゃねえぞ」

「あなたに言われたくないわ。ま、今は保留ね。彼女が目覚めない事には動けないもの」

 だが、いつかは動かなきゃならないだろう。イダテン丸をここまで追い詰めておいて、そう簡単に諦める軒猿ではない筈だ。下手すりゃ、この場所も突き止められちまう。そうなりゃ、あ、マジでやばいんじゃねえの?

「……ちょっと、出てくる」

「こんな時に?」

 こんな時だからだ。

 九重は口を開かないが、俺を横目で見ている。へん、ビビりめ。今の内に謝って頭下げろってんだ。

「あは、じゃあ僕も行く」

「や、待て待て。すぐに戻ってくるし、お前は留守を守っといてくれ」

「またお留守番?」

 めちゃめちゃ不満そうだが、俺たち二人がいなくなったら、カラーズが危ない。

「頼む」正直、弱い俺に守られてるよりも、レンがいる方が百倍安心だ。

「……すぐに戻ってきてよ?」

「おう、分かった。んじゃ社長、何かあったら電話くれ」



 イダテン丸があの状態じゃあ、次に軒猿が襲ってきた時、完全に手詰まりになっちまう。俺のグローブじゃあ攻撃を当てられる気がしないし、レン一人で五人を相手するのは無理過ぎる。戦うだけならまだ良いが、カラーズを攻められちゃ社長と九重が危ない。四方八方塞がりである。

 だから、新しいものが欲しかった。

 ぎりぎりの瀬戸際で、どうにかなるかもしれねえ。まだツキにゃ見放されていないらしい。爺さんは試作品なら明日、つまり、今日渡せると言っていた。生き残るには、そいつに賭けるしかない。とにかく、イダテン丸が復活するまで時間を稼げさえすれば良い。他のヒーローにも情報を流して連絡を取って、軒猿を攻めてもらうのだ。



「武器くれよ」

 爺さんは固まっていた。俺を、アホみたいな目で見ている。どっちがアホかは言うまでもない。

「いや、一刻を争う事態になってんだよ、マジで」

「……本気で言っているらしいな。尚更信じられん。急いでいるなら、礼節を弁えずとも良いと思っているのか?」

「武器をくださいお爺様!」

 我ながら良い角度で頭を下げたと思う。

「最初からそうしておれば良いものを。……しかし、何じゃ。何が起こっている?」

「やー、それは流石に……」

 事情、説明しなきゃ駄目なのか?

「ま、試作品だし構わんが。ほれ、これじゃ」

「……これ?」

 そう言って爺さんが差し出したのは、おもちゃだった。

 おもちゃである。いや、どう見ても。

「これ?」

 爺さんは『どや?』 みたいな顔で満足そうに頷く。

 渡されたのは、でんでん太鼓だった。持ち手がついたちいせえ太鼓。その両側には紐があって、紐の先には玉が結びつけられている。

「これでガキをあやせってのか!?」

「ほう、お前に子供がおったのか。かわいそうに」

「流石に怒るぞ! なっ、何だよこれはさあ! 俺はっ、武器が欲しいって言ったんだぞ!?」

 爺さんは耳の穴に指を突っ込んでいた。

「うるさいのう。これはただのおもちゃではない。れっきとした武器じゃ、武器」

「どこがだ!」

 確かに、普通のでんでん太鼓にしちゃあでかい感じはするけどよ。

 紐に結びつけられた玉は、持ち手の部分は十センチくらいで、太鼓の部分は持ち手よりちょっと長くて大きいくらいである。叩けば痛いかもしれねえが、こんなん持って戦うならその辺から金属バット奪ってくるわボケが。

「持ち手の下の部分にボタンが二つ、ついている。押してみろ」

 言われた通りに押してみると、垂れ下がった紐がずんずんぐんぐん伸びていった。

「すげえ!」

「どうじゃ」

 い、いや、惑わされるな騙されるな。紐が伸びただけじゃねえか。

「もう一つのボタンを押してみろ」

 言われた通りに押してみると、伸び放題だった紐がずんずんぐんぐん縮んでいった。

「掃除機のコードかよ!」

「ボタンを押せば押す分、最大で五メートルまで伸びる」

「へえ…………いや、どんだけ伸びたってどうしようもねえだろ」

 邪魔になるだけだし。

「分かっておらんな。見た目はおもちゃでも、素材は違う。最先端のモノを使ったでんでん太鼓じゃぞ」

「具体的には?」

「持ち手と太鼓、そして二つの玉の部分には超合金を使っておる」

 信用出来ねえ!

「そして、それは紐ではない。半端ない強度のワイヤーじゃ。そんなものでまともに叩かれてみろ。人間の頭やスイカくらいなら木っ端微塵になる」

「人間の頭とスイカを同列に並べられる爺さんの精神が、何よりも信じられん」

「超合金は嘘だが、お前に説明しても分かるまい。それに、そいつは企業秘密じゃ」

 うーん。爺さんは自分の作ったもんに対して嘘は吐かないが、だからと言ってこれは。

「分かった。何か壊しても良いよな?」

「やるなら、お前の首の上に乗っているスイカを壊せ」

「試し打ちも出来ないままかよ」

「テストなら終わっておる。心配いらん。お前に渡したグローブよりも破壊力は下だが、その分リーチに優れておる」

 リーチ? ああ、そういう事か。この紐を伸ばして、先っちょの玉をぶつけろって話か。

「二つの玉の不規則な動きで、簡単には近づけん。懐に潜り込まれたとしても、太鼓の部分で直接殴ってしまえば良かろう」

「練習してえんだけど」こんなトリッキーなもん、ぶっつけ本番で上手くは扱えねえぞ。

「自分の家でやれ」

「……こんなもん振り回したら住めなくなりそうじゃねえか」百パー追い出される。

 仕方がない。見た目は死ぬほど間抜けだが、中々面白そうなもんをもらっちまったぜ。使いこなすには時間が掛かりそうだけど。

「有り難いけどさ、名前くらいはどうにかならなかったのかよ」

「そんなアホくさいものの名前など考えていられるか。自分で決めい」

「この部屋ぐちゃぐちゃにすんぞ!」

 試作品だからって好き勝手しやがって! これだからジジイの道楽ってのは嫌いなんだ! もっとマシなデザインに出来たんじゃねえのかよアアン!?



 組織を出る。電車に乗る。駅前から歩く。

 その間、俺の手にはでんでん太鼓が握られていた。ずっと一緒。

「……せめて鞄くらい……」

 今度会ったら入れ物くらいは作ってもらおう。

「お」ケータイが震える。そろそろカラーズに着く頃なんだけど、何かあったのか?

「もしもし」

 右手にケータイ。左手におもちゃ。俺は何者だろう。

『青井、今どこ? すぐに戻ってこられるかしら』

 焦った様子の社長の声に、俺は死にそうだった。

 まさか、軒猿が……?

「近くだ。何があったんだ?」

『イダテン丸がいなくなっていたのよ』

「はあああっ!? 嘘だろ!?」

 だって、立つ事だって無理そうな状態だったじゃねえか。

『本当に、少しだけ目を離していただけなんだけれど。……ごめんなさい。私のミスよ』素直に謝られてしまう。

「や、別に、アレだ。気にすんな。とにかく急ぐから」

『会社の前に車を停めているから』

「了解だ」

 ケータイをポケットに戻して、俺は走った。でんでん太鼓の紐が揺れ、でんでんでんでん鳴っていた。でんでんでんでん、と。……爺さん……! いつか殴る。

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