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正義を貫こうとする意思さえあれば



 色々と会ったが、考えても仕方のない事は幾ら考えても仕方のない事なのである。時間を掛けても、悩みは解決しないのだ。割り切るのが、うまく生きるコツである。

 最近は、本当に動いてばっかだ。しかも危ない。しゃもじ女やらレンやらウゴロモチとか。一度は退けたっつーか、まあ何とかなったけど、結局、全員が生きている。あのモグラ怪人を除けば、しゃもじもレンも、ただ逃げ帰っただけなのだ。また、戦うのかもしれない。……いや、戦うのは無理だな。あっちのが余裕で強いし。



 俺が悩んでいても、仕事は入る。カラーズも、そろそろ調子が良くなりそうだった。俺のお陰だな、うん。社長には給料上げてもらおう。

 そんな訳で、今日も朝からお仕事だった。

「偉そうね」

「あー? 何よ?」

 俺はカラーズのソファにどっかりと座り込んでいる。

「モグラを叩いただけじゃない。鬼の首を取ったように振舞っても、あなたの器が知れるだけよ」

「うるせえな。少しは浸らせろよ」モグラを倒したのは俺じゃあないんだけど。まあ良しとしよう。

「それよか、今日の仕事は何なんだ?」

「ウゴロモチの怪人を退治する事」

 げっ? またかよ。

「でも、どうなるのかしら。実は、今回の依頼者なんだけど、ヒーロー派遣会社に合同で仕事を頼んだのよ」

「合同? すげえな、金掛かるだろ。そんな大掛かりな事すんのか」

「百貨店の者と言っていたけれど。とにかく、ウゴロモチの怪人を探して、倒してくれと言われたわ」

 探せぇ? そんな簡単に見つかるかよ。あいつら、だって土ん中いるんだぞ。

「少なくとも、ウチはそんなに期待されていないわね。数合わせといったところかしら」

「ま、適当に車でぶらついてりゃ良いって事だろ」

「ああ、今日は駄目よ。あなたは、その足でウゴロモチを探しなさい」

「九重が来れないのか?」

 社長は首を横に振る。ふわふわとした髪の毛が、風に揺れた。

「私だけを乗せるから。あなたはあなたで、ちゃんと仕事をしていなさい」

「俺も乗せろよ」

「馬鹿ね。期待されていないからこそ、頑張るんじゃない。ウチはただでさえ人が少ないんだから、こうでもしないと見つけられないわ」

 二手にしか分けられないじゃねえか。そうしたって見つからないもんは見つからないっつーの。

「……もしもの話だけどよ、俺が怪人を見つけたらどうするんだ?」

「連絡をちょうだい。そっちに向かうから」むしろ、来ない方が良いかもしれない。邪魔になりそうだし。こっちはグローブもあるんだし、わざわざ足手まといを増やす必要はないだろう。

「無視したら給料はナシだから」

 読まれていた。



 本当に置いていかれた。くそう、俺だって車が良い。しかし、俺一人ってのは、考えようによってはすげえ気が楽なのではなかろうか。見張りがいないんだから、本腰入れて探す必要もない。他の会社のヒーローだってウゴロモチを探してるらしいし。うん、適当にやろう。ヤホーイ!



 仕事中だって事を忘れて、俺は普通にコンビニ寄ったり本屋とかレンタルビデオ屋で買い物をしていた。お腹が空いたから牛丼でメシを食う。これアレかなー、経費で落ちねーかなー、がはは。

 携帯電話が鳴る。履歴を見ると、何回か着信がきていたらしい。マナーモードにしてたから気付かなかった。……社長からだった。とりあえず掛け直す。

『今、何をしているの?』

「あ、メシ食ってます」

『……どうして、出なかったのかしら。もしかして、無視していたの?』

「いやいやいや、気付かなかっただけっスよ」

 何故か敬語になってた。

「用ってそれだけ?」

『目を離すと何をするか分からないもの』

「俺の女か、お前は」

 一々鬱陶しいんだよボケが。

『舌って、噛み切っても死なないものね』

「死ぬほど嫌って事かよ。だったらもうマジで死んでくれよ」



 陽が沈み始めてきた。俺はウゴロモチの怪人よりも、今日の晩飯をどうするかを考えていた。近くにスーパーマーケットがあったので、何も考えずに入る。冷蔵庫ん中、空っぽだったっけ。うーん。ああ、またカレーを作り溜めしとくか。



 ビニール袋をぶら下げて、スーパーを出る。と、何だか、駐車場の辺りが騒がしかった。

「怪人が出たってさ」

「へー、それより明日どうする?」

「合コン? めんどいなー、どうせあいつじゃろくなん連れてこないだろ」

 大学生らしき連中がスーパーの中に入っていく。……怪人? 怪人が出たのか?

 一応、仕事だ。俺は駐車場へ向かう。面倒な事が起きると予想したのか、車が次々と出ていっていく。すぐに分かった。地面が、盛り上がっている。まさか、ウゴロモチか?

「やべえ」とりあえず社長に連絡だ。くそ、しかし何だこのエンカウント率。俺の行く先行く先に出てきやがるじゃねえか、畜生。あー、もう、早く出ろ早く出ろよバカ。

『何よ?』 うわ言い方ムカつく。

「スーパーの駐車場に怪人が出た。今、俺もそこにいる」

『嘘? 本当に?』

「本当だって! こんな嘘吐くかよっ」

『スーパーって、どこの?』

「ちょ、ちょい待てよ」

 俺は財布からレシートを抜き出して、店名と住所を読み上げた。

『すぐに行くわ。あ、他のヒーローに先を越されちゃ駄目よ』

 言ってる場合か!

 携帯をポケットに戻して、考える。先手を打つのか? いや、アリだろう。前回、モグラとは戦ってるんだ。今回の怪人も似たような奴だろう。なら、大体分かってる。とにかく、土が盛り上がってるところに注意して、どっか、足場か何かになりそうなところに乗っていれば良い。だけど、駐車場は空っぽだ。車もない。このままじゃ、このスーパーが襲われる。……でも、買い物済んでるしなあ。危ない目に遭いたくないし、ギャラもとっくにもらってるだろうし、わざわざ俺が行かなくても良いんじゃないのか。つーか、良いだろ。

 俺はそこから距離を取り、コンクリートブロックに腰を下ろす。とりあえず、社長を待つか。



 近くを走っていたのだろう。社長たちはすぐにやってきた。そして、座ってぼけっとしている俺の頭が叩かれる。

「何すんだよっ」

「怪人は? ……あなた、見ていただけなの?」

「そりゃそうだろ。こええじゃんか」

 社長は呆れた風に息を吐いた。

「ヒーローとしての誇りはないのかしら」ないね。

「それより九重、今回もアレか、モグラ怪人なのか?」

「……み、見てみないと分からないです」

 けど、全然出てこないし。

「青井、ちょっと、真ん中辺りまで歩いてみなさい」

「はあっ!? お前が行けよ!」

 いきなり何を言い出すかと思えば、こいつは!

「もういーじゃん。九重、タクシーはどこに止めてんだ?」

「お店の裏っ側に停めてます」

「うんうん。早くしなきゃケーサツにがたがた言われるかもしれないな。帰るか」

「あなたが決めないで。ほら、行きなさい」

 社長が指し示しているのは駐車場ではない。地獄だ。い、いや、怖いって。今はいないって言っても、ほら、何かこう最悪なタイミングでガッと足を掴まれたりするかもしれねえじゃんか。

「いっ、嫌だ! そ、そうだ! せめて、何かくれよ! ツルハシは? ツルハシはないのか?」

「あれは、あなたが取られちゃったんじゃない。九重、出しなさい」

 九重はポケットから紙袋を取り出す。何だ。今日は何が出てくるって言うんだ。

「今日は怪人と戦わないと思っていたから、さっき急いで作ったの」

「……作った?」

 すると、九重が紙袋を広げた。そこには、穴が三つ開いている。ちょうど、人間の目と口にあたるような部分に、穴が。

「マスクしか用意出来なかったわ」

「えっ、これマスクなの? 被れって事なの? ねえ、ちょっと?」

「つべこべ言わないで。ほら、ヒーローなら顔を隠さなきゃ」

 茶色い紙袋を握らされる。もういい加減にしてくれよ。

「まともなスーツは、いつになったらもらえるんだ」

「青井、一つだけ言っておくわ。ヒーローを名乗るには、スーツの有無は関係ないの。大事なのは、気持ちよ。悪を憎み、正義を貫こうとする意思さえあれば、他には何も要らないの」

「うるせえバカ!」




 グローブは装着していたが、心細かったのでコンクリートのブロックを持っていく。一歩先を爪先でちょんちょんと確かめながら少しずつ進んでいく。

「男らしく歩きなさい」

 外野は黙ってろ。体張ってんのは俺なんだぞ。

 かなりビビっていたが、駐車場の真ん中まで来ても、特に何もなかった。怖がらせやがって。まあ、ここに用事なんかねえよな。そこのスーパーを襲撃しに来たんだろうし。あーあー、ビビって損した。

「ここにゃいねえよ」

「じゃあ、ちょっとそこで踊ってみて」

「てめえが踊れ!」

 だん、と。足で思いっきりアスファルトを踏んづける。

「……ヒーミミミ」

 ん?

「おい、変な声出すんじゃねえよ九重」

「だ、出してませんっ」

 何か、でも声が聞こえた気がするんだけど。

「ヒミミミ、こんなところにもヒーローがいるとは」

「なっ、何だ!?」

 叫んだ瞬間、足元から何かが這い出てくるような気配を感じる。そこから飛び退くと、地面から腕のようなものが生えているのが見えた。いや、違う。

「怪人だっ」

「ヒミミミミっ! その通り!」

 そうして、腕は引っ込む。くそ、やべえ! だが、ここは駐車場の真ん中だ。土ん中を自由に動ける怪人にとっちゃ、俺は袋のネズミに違いない。とりあえずブロックを置き、その上に立つ。

「くそ、またモグラかよ」

「モグラじゃあない! ヒミズだ!」

「ヒミズ?」

 何だそりゃ。

「モグラの偽者みたいなものです!」

「誰がパチモンだヒミ! 僕ちんはウゴロモチのヒミズ型怪人、あのモグ公とは一緒にしないでもらおうか」

「ごっ、ごめんなさい」

 怪人に謝ってんじゃねえぞバカ。……くそ、モグラとは違うとか言ってるけど、やってる事は殆ど同じじゃねえかよ。

「モグラとは違うというところを見ていってもらおうヒミ」だから同じだっつーの!

 声だけが聞こえる。良く見れば、駐車場には小さな穴が幾つも開いていた。アスファルトが盛り上がり、俺の方へと迫ってくる。

「む。被っているのは珍しいマスクヒミ」

「ただの紙袋だよ!」

 俺はブロックを担いで逃げ出した。

「青井、こっちには逃げて来ないでよ」

「人でなしが!」

 ヒミズ型怪人は楽しそうに笑っている。クソが、ムカつくぜ。俺は立ち止まり、迫ってくる怪人に向けてブロックを放った。

「うっ、うお! いきなり何をするヒミ!」

「調子乗りくさってからに! そっから引きずり出してボコボコにしてやる!」

 モグラん時には出来なかったが、今なら可能だ。ここら一帯のアスファルト引っぺがしてやらあ!

 瞬間、激しい物音が聞こえた。誰かが怒鳴るような声もだ。スーパーの入り口辺りに目を向けると、こっちに向かって誰かが走ってくるのが見える。

「あっ、あの子は」

「青井!」

 レン、か? 走っているっつーか、逃げてるようにも見えるが。何から? あのガキが背中を向ける相手なんて、そうはいねえだろ。

「おおおおおおおおおおおっ!」

「うっ、うあ、うあああ!」

 レンは既に半泣きだった。そして、彼から僅かに遅れて駐車場に入ってきたのは、ライオン型のスーツを着た、大男だった。そいつは赤いマントを付けて、数人の戦闘員を従えている。正しく、獣の、王。くそ、遠目で見てもやべえって分かる。間違いない、四天王のグロシュラだ。でも、どうしてこんなところに。

「む? 何かいっぱい足音が聞こえてくるヒミ。お、お前の仲間か?」

 ふざけんなよ、マジで。

 畜生、畜生畜生! アレか、俺のせいなのか。昨日、グロシュラに俺が余計な事言ったから、野郎、見事に焚きつけられたって事かよ! あの様子、レンを連れ戻しに来たって感じじゃあない。殺しに掛かってやがる。

「……チャンス、ヒミ」

「うっ、うおおおおおおおおお!?」

 あ、足が引っ張られる! しまった、やっちまった!

「馬鹿っ、よそ見しているから!」

 このままじゃ社長たちも巻き込まれちまう。幸い、ヒミズ怪人は俺に気を取られてる。今なら、こっち側から逃げられる筈だ。

「九重っ、社長を連れてけ!」

「で、でも青井さんが」

「馬鹿野郎! お前らがいない方が良いんだろうが! タクシー持ってこい、こっから逃げるぞ!」

 九重は頷くが、社長はここから逃げるのを拒んでいる。

「駄目よ、置いていけないわ」

「社長は無視しろ! 良いから行けって!」

「でも……」九重の視線を追いかける。その先には、必死に逃げるレンがいた。

 ……ふざけんなよ、マジで。お前、殺されそうになったんだぞ。あいつをっ、可哀想だとか思ってんじゃねえぞ!

「ヒミミミミ……」

「どわああっ!? 畜生離しやがれっ」

 どうしろってんだ!? このままじゃ俺だってやばいんだぞ。どうして、こんな事になってんだ!

「いい加減にしろよっ! だからっ、こういうのは嫌なんだ!」

 レンが転んだ。グロシュラが拳を振り上げる。俺には、何も出来ない。

 俺には。

「おおおおおおおっ、我の邪魔をするかあああああああ!」

 グロシュラがレンから距離を取る。

 否、レンからではなかった。彼の前に立つ、赤色のヒーローから、距離を取ったのである。

「ガキに手を上げようとするたぁ、悪党め」

 巨大なしゃもじを持つ赤い女が、レンを庇うようにして立っていた。彼女はグロシュラを睨みつけている。また出てきやがったな、しゃもじ女。だが、そうだ。お前はヒーローなんだろ。今だけは有り難がってやるよ。

「どけええ女っ」

 戦闘員がしゃもじ女に襲い掛かる。だが、彼女は得物を振るって、そいつを吹き飛ばした。

「グロシュラ様は奴をっ」

「ここは俺たちが引き受けます!」

「おおお、おおおおっ! すまんっ、すまん!」

 レンは再び立ち上がって逃げ出していたが、グロシュラはしゃもじ女の脇を走り抜ける。彼女は、戦闘員に足止めを喰らっていた。

 だが、そうだよな。ヒーローってのは、こういうのに敏感なんだよな。

「そこまでだっ」

 上空から、何かが飛来する。グロシュラは立ち止まり、それを見上げた。

 真っ赤なコート。長い茶髪。特徴的な高い鼻。背の低い男が、空を飛んでいる。彼の靴底からは、炎が噴出し続けていた。デパートで俺をボコった奴じゃねえか。どうやらあの時も、ブースターで空を飛んでいたらしい。

「とうっ、サンライトマスク参上!」

 橙色のターバンと覆面をした、全身タイツの男がグロシュラの前に立つ。

「へー、あんたがグロシュラっての?」

「初めて見た。結構やりそうじゃねえか」

 ちゃらちゃらした大学生風の男が二人、グロシュラの後ろに立つ。

 そして、先ほどから無言で立ち続けるヒーローもいた。イダテン丸と呼ばれていた、公園で出会った忍者である。

 ヒーローが、六人か。一組織の幹部クラスに、この数を多いと見るべきか。いや、時間さえ経てば、もっと多くのヒーローが手柄を立てにやってくる筈だろう。

「ひっ、ヒミ……!? 何だか様子が変だヒミ」

 あ、こいつの存在忘れてた。

 ……だけど、どうする。グロシュラを見殺しにも出来ない。かと言って、レンを殺させるのも駄目だ。しかし、今の立場でヒーローと敵対するのもまずい。パワーバランスとしちゃあ、悪の組織が不利だろう。どうする。どうすりゃ良い。

「助けに来たぞグロシュラ!」

「うえっ?」 変な声が出た。

 なっ……!

「おおおおっ、すまん! おおおおおおおおおおっ、我は、我は!」

「気にするな! 行くぞエド!」

「……仕方ないですね。数字付き、グロシュラたちの援護に!」

 なっ!? え、エスメラルド様!? 江戸さんに、数字付きまでいるじゃねえか! あいつら、今日は非番とか言ってたじゃ……いや、良く見りゃ、数字付きは全員揃っていない。半分以下だ。急遽、集められるのを集めたって感じだな。

 つーか、やべえ。俺が一番やばい感じがする。

 だだっ広い駐車場に、ヒーローとヒールが入り乱れて戦闘を開始する。もう、頭が追いつかなかった。

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