我を抑えておけ!
今話題沸騰中の(一部で)ウゴロモチの怪人を倒した事で、カラーズの知名度は少し、ほんの少し上がったそうだ。社長も、ほんの少しだけ嬉しそうで、毒を吐かれなくなって俺も嬉しい次第であった。
だけど、どうしても、あのクソガキの事が気になって、素直に喜べない自分もいる。気持ちが悪くて、早くどうにかしたかった。
俺は、ゴリラの言葉を思い出した。確か、レンは『拾われた』とか言っていた。あいつを拾ったって奴に会えれば、何か話を聞けるかもしれない。だけど、レンを拾ったのは、四天王のグロシュラだ。そう簡単に会えるとは思えなかった。
やっぱり会えなかった。グロシュラの部屋を調べて行ったが、ごく普通に、警備のゾウ型怪人に門前払いされた。ありゃ無理だ。潰される。
やはり、四天王とは簡単に会えるものではないのだ。エスメラルド様があんな感じなだけで、他の四天王は、もっとちゃんと四天王っぽくしているのだろう。だが、引き下がれるか? ある意味、俺の命が掛かっているんだぞ。うん。無理だな。どうにかしてグロシュラに会わなけりゃ。けど、下手に動けば怪しまれる。レンに裏切られた今、神経とか過敏になっているだろうし。ちょっとでも怪しい真似をしたら、その場でがぶーっといかれちゃうかもしれん。
仕事は終わって、着替えも済んでいたが、家に帰る気はしなかった。あのガキが、どこにいるとも分からないし。もはや、安全な場所などどこにもないのかもしれない。
組織で夜を明かそうとしたが、控え室に居残り続けるのもどうかと思った。
「……で、わしの部屋か」
「うん」
爺さんは組織でも浮いているような存在だったので、レンについて、レンと遭遇した事について詳しく話しても大丈夫だろうと判断したのである(勿論、カラーズでの仕事中に会った時の事は言えないが)。それに、この爺さんは組織でも古株だ。グロシュラとのコネクションも持ってるかもしれない。
話を聞き終わった爺さんは、そうか、とだけ呟いた。レンの事、知らなかったのだろうか? いや、そんな訳はねえよな。情報くらい勝手に仕入れてそうだし。
「それで、お前はレンをどうするつもりだ?」
「俺が知るか。ただ、グロシュラから話を聞きたいとは思ってる。拾ったのは、そいつなんだろ?」
「四天王だぞ」
知ってるよ。でも、肩書きなんか知るか。仮に、レンを拾ったのが総理大臣だとしても、俺は話を聞きたいと思う筈だ。そうに違いない。
「ガキが人を殺してるんだぞ? そんで、俺も殺されそうになってんだ。親の顔見たいって思うのは当然じゃねえか」
「……親、か」
爺さんは、パソコンのモニターに目を向けていた。いつもは動くその指も、今日に限っては止まっていたが。
「拾ったなんて言い方じゃあ、アレだけどよ。けど、それならそれで責任があんだろ。人様襲わせといて、自分は何もしやがらねえ」
ゴリラに任せたきりじゃねえか。
「一介の数字付きではグロシュラと会えんぞ。そもそも、会う必要はない」
「何でだよ?」
「奴は、子供に人を襲わせるような真似はしないからじゃ。悪にも矜持というものがある。お前にも、ある筈だと思うがな」
矜持、だあ?
「爺さんはグロシュラがどんな奴かを知ってんのか?」
「まあ、長いからな」
「けどよ、スーツ脱げば、結局は人なんだぜ? 爺さんの思ってる通りの奴じゃあないかもしれねえ。言い切れるのかよ?」
「言い切れる」
爺さんは俺の目を見ながら言った。歳食った割に、俺はその視線に気圧されてしまう。
「アレは、そんな事はせぬ。だが、お前の気持ちも分かる。レンが数字付きに手を掛け、裏切ったのは事実だからな」
「だったら!」
「レンは、誰かに何かを言われたと、そう言ったな」
俺は頷いてみせる。ガキは所詮ガキだ。頭悪いし、経験だってない。無邪気で、ムカつく。だから、子供に指図出来るような奴ってのは、大人だろう。レンに何か言ったのは、親、じゃないのか?
「グロシュラ以外の者が言った可能性も考えられる。むしろ、そっちの線が濃いじゃろ」
「誰が?」
「知るか。……しかしだな、レンとの接触を図れるような者は限られている」
漠然とだが、その時、俺には爺さんの言いたい事が分かっていた。
「それってまさか、ウチの中に……」
「言うな。それは言ってはならんぞ」
爺さんの目には、さっきよりも強い力が込められている。ビビった訳じゃねえが、俺は彼の意を汲んだ。
だが、考える事は止められない。レンと接触? ふざけんな、そんなん、可能性が高いのは身内じゃねえか。あのガキに何か吹き込めるとしたら、外よりも中を疑うべきだろう。マジもんの裏切りじゃねえか、それって。
「組織に混乱を招こうとしたのか……何か、狙いがあっての事か?」
「分からん。じゃが、ウチの組織について色々と、知ってはいるらしいな」
レンは、何者かに唆された? 組織の、裏切り者に? そいつが本当の黒幕だってのか?
「青井、口は軽いか?」
「やめろ。俺だって厄介事には巻き込まれたくねえよ」
爺さんは息を吐き、白い髭を指で弄ぶ。
「……とにかく、言うな。そして注意しろ」
どこに裏切り者がいるか分からないってか。
「俺は爺さんを信用しても良いのか? 同時に、爺さんは俺を信用出来るのか?」
すると、鼻で笑われた。
「お前に大層な真似が出来るとは思えん。根っからの小者だからな」反論する気にはなれない。
「それに、わしはもう、なくしてしまった」
「何を?」
「野心を。この歳になって大それた事を行う気力も、考えるつもりもない」
その言葉、どこまで信じて良いものか。だが、もしも爺さんが裏切り者なら、俺の身は危なかっただろう。誰を信じて、誰を疑うのか。難しいが。
「信じるぜ。爺さんには、俺のスーツも作ってもらわなきゃいけないんだからな」
俺は爺さんの部屋から出た。あのまま留まっていても、重苦しくなるだけだからだ。それに、彼はああ言っていたが、どうにも、俺はグロシュラって奴が信じられねえ。やっぱり、会って話を聞いてみたい。レンについて、あの、ゴリラについて。
と言う訳で、もう頼れるような人は、一人しかいなかった。
「四天王に会いたい?」
「え、ええ。まあ、噛み砕いて言えば」
江戸さん、お願いします。
と言っても、レンとの事を正直に話す訳にはいかなかった。深く突っ込まれるのも怖いし。なので、遠回りに遠回りを重ねて、頭を下げた。
話を聞き終えた江戸さんは目を瞑る。
「それは、難しいな」やっぱり。
「エスメラルド様には会わせたくない。スピーネル様の所在は知れない。残るのはグロシュラとクンツァイトの二人だが、クンツァイトは仕事の為、昨日からこの街を出ている。グロシュラについては、言うまでもないと思うが」
「警戒していますか」
江戸さんは頷いた。
「そもそも、私はエスメラルド様の右腕であって、他の四天王と会う事も少ない。君と四天王を繋げるような力は持っていない。すまないとは思うが」
「そんな、とんでもない。話を聞いてくれただけでも有り難いくらいです」
「ふむ。しかし、何故、四天王と?」
その視線は、少しばかり痛かった。レンが裏切り、一度は痛い目に遭わせたとは言え、しゃもじ女がうろちょろしているような状況である。何かを疑われてもおかしくはないだろう。
「話を、聞いてみたいんです」
「どのような話を」
俺は答えられなかった。
「……私は君を疑うつもりはないよ。だが、それは江戸京太郎として、だ。エスメラルド様の部下としては、君を疑わざるをえない。出来るなら、今の時期に目立つような行動をして欲しくはない」
尤もである。グロシュラに会いたいってのは俺の問題だが、そのせいで江戸さんやエスメラルド様に余計な負担は掛けたくない。仕方がない、か。相手が相手だし。
「失礼するぞ」あ、エスメラルド様だ。あ、江戸さんが頭を抱えている。
「水、水」
江戸さんは冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。最近、胃の調子が悪いのだという。薬を持ち歩いているようだ。ストレスを与えている当の本人、エスメラルド様はコロッケパンに齧りついていた。
「エドー、どっか悪いのか?」
「ご心配なさらず」
「そうか。アオイ、パン食うか?」
結構です。……さて、組織じゃあ一晩だって明かせそうにないし、とりあえず家に帰るか。
「アオイ、変な顔してるぞ。悩みでもあるのか?」
と、悩みのなさそうな顔で言われる。
「いえ、そんな、大丈夫です」
俺は部屋を出ようとしてエスメラルド様に背を向けるが、彼女は回り込み、俺の前に立った。そうして、顔を覗き込まれる。
綺麗な瞳だと思った。こんなところにいるのに、何も知らない子供のように、まっすぐで。
「隠し事するな」言えるか。
俺は江戸さんに助けを求めようとして顔を動かすが、エスメラルド様はそれを許さなかった。
「言わないと怒るぞ」
「う」やばい。
「……構わない。青井君、言いたまえ」
それは、果たして助け舟なのかどうか分からなかったけれど、俺は四天王に会いたいのだと告げた。エスメラルド様は自分を指差すが、そうじゃない。俺は首を横に振る。
「クンツァイトはどっか行ってるから、グロシュラになら会わせてやるぞ」
「えっ?」
ほっ、本当かよ。すげえ、流石四天王!
「いけません、エスメラルド様。今、グロシュラがどのような精神状態か、分からないとは言わせません」
「青井、何かするつもりなのか?」
「話を聞きたいだけです」
「じゃあ良いだろ」
江戸さんは椅子から立ち上がる。
「ですからっ」
「青井も」純真そのものが、俺を見つめる。
「裏切るのか?」
間を空けるな、俺。
「裏切りません」
エスメラルド様は相好を崩した。
「うん、会わせてやる。エド、ちょっと行ってくる」
「ああ、もう……行ってらっしゃいませ」
俺はエスメラルド様に手を引っ張られる。部屋を出る前、江戸さんに目を遣った。彼は『くれぐれも頼む』と訴えているようだった。
エスメラルド様に連れて行かれたのは、組織のトレーニングルームだった。腹筋台とか、ベンチプレスとかバーベルとか、ランニングマシーンだとかが置かれている。ここは男臭いし汗臭いから滅多に顔を出さないのだが、えー、ここにいんの? ここに入んの?
躊躇いはない。
エスメラルド様は普通に扉を開けた。もわっとした熱気が、俺の顔を襲う。中にいた奴らがこっちを見た。スーツを脱いでる奴もいたが、怪人や、戦闘員のスーツを着たままでトレーニングに励む奴もいた。鏡を見れば、ちっこい子に手を引かれる俺がいた。こっ、これアレだから。この人四天王だからね? 勘違いすんなよお前ら!
「アオイはこういうのやらないのか?」
「毎日はやらないです」
ここを使うのは嫌なので、俺のトレーニングルームは自室である。腹筋とか背筋とか、回数も適当だけど。第一、俺ら下っ端が無茶苦茶な筋肉つけてもしようがない。それよりも走り込む方がナンボかマシである。
エスメラルド様はトレーニングルームの、一番奥に足を進めていた。……扉があるが、この先は立ち入り禁止の筈である。だが、ここにいる奴らは何も言わなかった。と言う事は、やはり彼女の正体に気付いているのだろうか。
「邪魔するぞ」
「あっ、え!」
扉が開く。中には、でかい男がいた。二メートル近い体躯である。そして、そいつはライオン型のスーツを着ていた。
こいつが、グロシュラ……?
「エスメラルドか」男は台の上で腹筋を続けていた。
「グロシュラ、アオイがお前に会いたいって」えー? エスメラルド様、会わせてくれたのは嬉しいけど投げっ放し過ぎ。
「我に?」
俺に視線が注がれる。グロシュラはただ腹筋しているだけってのに、俺は緊張して何も言えなかった。すげえ迫力。すげえ重圧。これが、四天王か。
「ん? アオイ、話を聞きたいんじゃないのか?」
あ、ああ、そうだった。
「あの、初めまして。青井正義といいます。エスメラルド様の数字付き、十三番です」
「……そうか」適当に流されたのではない。グロシュラは、それだけで大方の事情を察したらしかった。頭使うのは苦手だって聞いてたけど、そうでもないじゃないか。何だか冷静っぽいし。
「金剛が、世話になったな」
金剛というのは、多分、ゴリラの名前だったんだろう。
「江戸から話は聞いている。我の配下が……エスメラルド、お前にも申し訳ないと思っている」
「別に良い。それより、アオイ」
話をしたかったんだが、グロシュラが予想以上にごつくて怖い。でも、思ってたよりは話が通じそうな奴だった。まあ、そうでもなけりゃあ部下には慕われないだろう。
「俺は、数字付きとして金剛さんと一緒に、その、レンに会いました」
「我もそう聞いている」
言う、のか? ええいビビんな。言っちまえ。こっちは、てめえのガキに殺されかけたんだってな!
「そこで、レンに殺されかけました」
グロシュラは何も言わない。けど、腹筋は止めたらしい。台の上にあぐらをかき、俺を見ている。
「『どうしてこんな事をするのか』と聞いたら、あの子は言いました。『言われたから』と」
「何が言いたいか、我には分からん」
しらばっくれているのか? ……それとも。
「グロシュラ様。あなたは、あなたが、レンを拾ったのだと聞きました」
「それで?」
「……あの子に、何を言ったんですか?」
「何も。我はただ、レンを拾い、数字付きに加えただけだ」
だけ、だと?
「レンは改造も受けていると聞きましたが」
「誰から聞いた」
「誰でも良いでしょう」
声が震える。でも、二人は笑わなかった。今更ながら、ここには、俺と、四天王しかいないのだと気付く。
「ふん、そうだ。改造を受けなければ、レンの命はなかったからな。それが話か?」
命? いや、今は関係ない。
「俺は、あなたが拾ったレンに殺されかけた。実際、あの子に殺された人もいる。どう思っているのか、俺は、それだけが聞きたかったんです」
「どう、思っているか……?」
グロシュラは台から下りる。酷く嫌な予感がしたが、俺の口は止まらなかった。
「レンに何をさせようとしているんですかと聞いています」
「そうか。お前は、我を、我を……疑っているのか!」
その動きを捉える事は出来なかった。グロシュラが消えたと思った次の瞬間、俺の眼前には、彼の爪が迫っている。
「よりにもよって! 我をっ! 我おおおっ!」
「グロシュラ」
俺に攻撃が届かなかったのは、グロシュラが思い止まったからではない。エスメラルド様が、彼の拳を受け止めていたからだ。
「私の部下を傷つけるつもりなら、許さない」
「そうだ! エスメラルドっ、我を抑えておけ! でないと我は、我は!」
……冷静じゃあなかったって訳か。ずっと、感情を殺そうとしていたって事かよ。畜生、にしたって、沸点低過ぎねえか。
「アオイ、話を続けろ。私がこうしてるから、平気だ」
エスメラルド様に頷いて返す事すら出来ず、俺は口を開ける。
だが、気付いてしまった。トレーニングなんかしてたから、グロシュラは汗まみれだった。だから、今の今まで分からなかったのである。
こいつ、泣いてんだ。
一体、どうして。どうして泣いている? 何が悲しくて、何が腹立たしくて泣いているんだ?
「アオイ」
きっと、グロシュラは自分が可哀想で泣いてるんじゃない。俺に腹を立てて泣いているんじゃない。その涙は、誰かを思って流したものなんだ。誰を? 数字付きか? ゴリラか? レンか? ……決まってる。全部だ。きっと、そうに違いないんだ。爺さんが言ってたのは確かだった。こんな、こんな奴が、くだらない真似をする筈がない。たとえ、その涙が嘘でも、演技だったとしても、今だけは騙されよう。
「グロシュラ様、申し訳ございません」
「おおおおおおおおおおおっ! おおおおおおおっ!」
もはや、話を聞いているかどうかも怪しい。
「……良いのか?」
エスメラルド様はこちらを見ないまま、尋ねる。
「分かった。アオイ、先に出た方が良い。私はこいつを落ち着かせるから」
「お願い、します」
死ぬほど、後味が悪かった。だけど、この場はもう、俺にはどうする事も出来ない。言われるがままにそこを出て、トレーニングルームをまっすぐに突っ切って、廊下に出る。
今のは、俺が悪かった。だけど、ああなったのは、裏切り者のせいなんだろう。そいつが余計な事をしなけりゃ、グロシュラが涙を流す事もなかったのである。
中か、外か?
裏切り者は、どこにいる。