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だけど裏切り者は許せない



 俺は今、困った事になっていた。

「アアン? おら、何か言ったらどうなんだよ?」

 悪の組織。本日の仕事が終わった俺が控え室に行こうとして廊下を歩いていると、前の方からでけえゴリラ型の怪人がやってきた。見た事ないが、多分先輩だろう。と言うか怪人なので俺よりも上の立場である。なのでそそくさと道を開けて頭を下げたら、野郎、俺が数字付きだってのに気付いて、ごちゃごちゃと難癖つけてきやがった。『どこの所属だ』の『どこの派閥だ』の、意味が分からなかったので曖昧に笑ったりしていたら、どうやら、このゴリラの機嫌を損ねてしまったらしい。

「口も利けねえのかてめえ! 俺のが偉いって分かってんだろ!?」

 父さん、母さん。俺は今、悪の組織の廊下でいじめを受けています。こんな経験びっくりです。ちょっと泣きそうです。つーかこえええよおおおお! 腕太いし、顔怖いし、何? 何なの? どうして俺がこんな目に遭わなきゃなんないの?

「良いか? 俺様はな……」

「何をしている?」

 えっ、江戸さん!

「……彼はエスメラルド様の数字付きだ。それを分かっていて、このような振る舞いに出ているのだろうな?」

 江戸さんはゴリラをねめつける。良いぞ、やれっつーか殺してくださいこんな危ないの!

「へっ、何、ちょっとウチのルールについて教えてやってただけっすよォ」

 ゴリラ怪人はにやりと笑う。

「それは素晴らしい。だが、彼に物を教えるのは上司である私の務めだ」

「じゃ、今日ん所はこんくらいで勘弁してやりますか」

 打って変わって、今度は豪快に笑い、ゴリラは俺たちに背中を向けて歩いていく。助かった。

 俺は廊下の壁に背中を預けて、スーツに刻まれた『13』を見る。畜生、こいつのせいで酷い目に遭った。

「また、面倒なのに絡まれたな、青井君」

「今の、誰なんですか? いや、怪人ってのは分かるんですけど」

「そうだな、エスメラルド様の顔を知らなかった君にとっても、ちょうど良い機会だ。着替えてから、私の部屋にきたまえ」

 また、説教でもされるんだろうか。憂鬱である。

 でも上司の命令には逆らえない。俺は控え室に戻り手早く着替えて、江戸さんの待つ部屋へと向かった。



「失礼します」

 江戸さんの部屋、と言うか、ここは会議室めいた居様を呈している。彼のプライベートな空間ってのは、本当はどこにあるんだろうか、なんて事を考えた。でも、まあ、仕事に打ち込んでいる人なので、本人は気にしていなさそうである。

「ああ、座りたまえ。早速なのだが、先の怪人について話そうか」

「まさかこの歳であんな風に因縁つけられるとは思ってませんでしたよ」

 パイプ椅子を江戸さんの対面に持っていき、俺は扉の近くに腰を下ろした。

「絡まれたのは君のせいではない。君も、少しは組織について関わりを持ったという事なのだと思いたまえ」

「えーっと、どういう、意味でしょうか?」

「四天王を知っているね?」

 勿論だ。知っている。けど、エスメラルド様に会わなけりゃ、江戸さんにそうだと言ってもらわなけりゃ、何も知らないままだった。

「エスメラルド様以外の四天王、名前を言えるかな?」

「アンドロメダ様、とか?」 適当言ってみる。

 江戸さんは苦笑し、段ボールん中から袋に入ったどら焼きを二つ取り出す。一つを、俺に向かって放った。しっかりキャッチ。

「知らないと言うのは、決して恥ずかしい事ではない。そんなものは知らないと声高に叫ぶのが恥なのだ」何だか知らんが怒られたっぽい。

「先ほどの怪人は、四天王の一人であるグロシュラの部下だろう」

「グロシュラ……」

 強そうな名前である。

「獅子のスーツを纏った怪人だ。この組織でも、最も強大な力を持っている。腕力、膂力だけなら、ヒーローと怪人を合わせたとして、この街でも五本の指に入るだろう。自然、グロシュラの部下には似たような者が集まる」

 ライオン型、か。百獣の王、その名に相応しい力を持っているらしい。流石は四天王だ。

「頭を使う事は苦手だが、良く言えば豪放磊落で、部下にも慕われている」

 分かりやすい。確信はないが、一番最初にやられそうなタイプだと思える。

「蝶型の怪人、クンツァイト。彼も四天王の一人だ」

「へえ、どんな人なんですか?」

「……そう、だな。美を重んじる方だと聞いている。美しいものを愛でるのが至上の喜びだと」

 美しいもの、ねえ。ああ、そういや、随分前に美術品だのを狙ってる奴らがいたっけ。多分、そいつらはクンツァイトって奴の部下だったんだろう。

「そしてエスメラルド様。あの方に関しての説明はいらないだろう?」

 と言うか語りたくなさそう。聞くな、と。江戸さんの目が言っている。何気に、エスメラルド様が一番謎っちゃ謎なんだけどな。基本的に、食っちゃ寝してるだけだし。どうやって四天王まで上り詰めたんだろうか。

「最後の一人だが、スピーネル様という」

「……様付け、なんですね」

「ん、ああ。彼は、組織でも最古参の方だからな。私がここに来た頃には、既に四天王としての役割を下りたがっていたようだが」

 四天王を? そりゃもったいねえ話だな。

「だから、私もスピーネル様については殆ど何も知らない。と言うより、彼を知っている者は数少ないだろう。確か、鳥型の怪人だとは聞いていたが」

 ふうん。四天王か。良いなあ。

 パワーのあるライオン型のグロシュラ。美を愛する蝶型のクンツァイト。最古参の鳥型怪人スピーネル。そんで、俺の上司のエスメラルダ様。六年目にして、ようやく四天王全員の名前を知る事になった。

「あのう、それで、四天王と俺が絡まれた事については……」

「派閥だよ。四天王は四人。組織は四つの派閥に分かれているんだ。目立った争いはないが、やはり、集団と言うものは分裂する生き物なのだよ。良く理解し、覚えておきたまえ」

 なるほど。俺は俺の知らないところで四天王の派閥ってのに巻き込まれていたらしい。下っ端ん時はすげえ気楽だったんだなあ。うーん、数字付きになれて給料が増えたのは嬉しいけど、厄介な事も増えそうで、それだけは嫌だった。



 翌日、俺はびくびくとしながら控え室に向かっていた。今は着替えてないから、俺が数字付きってのは誰も分からないだろうけど、警戒するに越した事はない。

「よう」肩を叩かれる。それだけで心臓が口から飛び出しそうだった。

「……お、おお? 何?」

「どしたん、何そんなびくついてたんだよ」

 俺に声を掛けたのは、数字付きの同僚の男である。番号は、確か二番だったっけか。

「何でもねえよ。あ、今日って仕事あんのか?」

「ないっ。ウチはそれだけで金が入ってくる!」

 言い切られる。はあ、今日はどうやって時間を潰そうかな。

 二人して控え室に向かう。二番は気の良い奴で、俺とも歳が近かった。

「そういや知ってるか? 裏切り者が出たらしいぜ」

 心臓が止まるかと思った。

「へ、へえ、そうなのか」

「裏切りってのも、いまいち分かんないけどな。何かやらかしたんだろうとは思うけど」

「例えば、何をやったんだろうな?」

 探りを入れてみる。俺の事では、ない筈だ。けど、まだ心臓がバクバクしてやがる。落ち着け落ち着け。ポーカーフェイス青井!

「さあ? ヒーローに情報流したとか、そんなんじゃねえのかな」

「けしからん奴もいたもんだ」

「しかも、グロシュラんとこの数字付きかららしいぜ」

「裏切った奴が、か?」

 四天王の数字付きって言ったら、俺たちと同じ立場じゃねえか。しかも、江戸さんからの話を聞く限り、グロシュラってのは部下に慕われてる豪快さんじゃなかったか?

「あくまで、らしいって奴だけど。もったいねえっちゃもったいねえよなあ」

 数字付きの裏切りか。何だか、自分の事みたいだった。



 裏切り者、裏切り者。やけに心に突き刺さる。そいつが、何を思い、何をして裏切ったのかは知らないが、どうにも他人事には思えなかった。

 まあ、とりあえず忘れよう。江戸さんの説教でも聞いて、心を無にしよう。

「青井です」ノックを三回。

「入りたまえ」

 扉を開けると、黒くて大きなものが部屋にあった。と言うか、いる。背中をこっちに見せているそいつは、一体どこの何様だろう。邪魔だ、さっさと消えろよ。かと思えば、そいつは深く頭を下げる。そして気付いた。

「あ、あわ、なんで……?」

 こ、こいつ! 昨日のゴリラじゃねえか! どうしてこいつがここにっ、江戸さんの部屋にいるんだよ!? まさかアレか俺を狙ってきたのか!?

「ん、青井君、気にせずに座りたまえ」

「は、あの、けど……」ゴリラはずっと頭を下げている。昨日とはまるで別人だった。真摯な態度である。

 けど、立ちっぱなしってのも疲れる。俺はパイプ椅子を掴み、ゴリラとはなるべく離れた場所に座った。そうして、江戸さんに小声で尋ねる。

「な、何が起こってるんですか?」

「人を貸してくれと頼まれている。不躾だとは思わないか?」

 江戸さんは小声ではなく、普通に答えた。恐らくはゴリラにも聞こえるように、だろう。

「昨日は私の部下に何をしたかも忘れているらしいな。ふん、所詮はけだものの部隊か」

 江戸さん、いつになく攻撃的である。ゴリラはと言うと、無言で頭を下げたままだった。うーん、分からん。

「人を貸せって、どういう事なんですか?」

「……裏切り者が出たと言う話は知っているか?」

 俺は頷く。江戸さんは冷蔵庫から二リットルサイズのペットボトルを持ち出して、紙コップに中身を注ぐ。麦茶だった。

「あ、い、いただきます。……えーと、それで、どうして?」

「裏切り者はグロシュラの部隊から出た。裏切ったのは、彼の下で働いていた数字付きなのだよ。そこで頭を下げている者は、裏切り者の始末を任されたらしい」

「う、裏切りの、始末、ですか」

 無性に喉が渇いて、俺は麦茶をおかわりする。

「裏切り者を連れ帰り、事情を聞くのか。それとも、見つけたその場で殺すのか。私には分からない。だが、グロシュラは部下に慕われる反面、ルールには厳しい。己を裏切った者を放っておく訳はないだろうな」

 ゴリラはグロシュラの部下だ。裏切り者の始末を命令されるくらいだから、一定の信頼を勝ち得ているのだろう。だが、妙だ。どうして、ここに来る必要があるんだ? ここは江戸さんの部屋で、彼はエスメラルド様の部下なんだぞ。頭を下げる理由がどこにあると言うんだ。

「失敗したのだよ」江戸さんはつまらなさそうに言い捨てる。

「そこの彼は、裏切り者の始末に失敗したどころか、自分の数字付きを失ったのだ」

 そうだ。怪人には数字付きの部隊を持つ権利がある。だけど、失っただって? 一体、今、何が起こっているんだ。

「返り討ちにあった」ゴリラが死にそうな声で呟く。死ねば良かったのに。

「裏切り者を見つけたは良いが返り討ちに遭い、それだけでなく数字付きを失った。これでは、何を言われるか分からなくて、グロシュラにも報告出来ないのだろう。ふん、見上げた忠誠心だ」

 江戸さん、本当にこのゴリラを嫌っているらしいな。

「そうして、一番与し易いと思ったエスメラルド様に、恥ずかしげもなく『数字付きを貸して欲しい』と言いにきたのだろう。……貴様、私に殺されてもおかしくはない身だと、理解しているのだろうな」

 数字付きを貸せだと? ざけんな、俺じゃねえか。しかも、裏切り者ってのは数字付きをボコボコにしたんだろ? やだよ。やだやだ、仕事でもねえのに危ない目には遭いたくねえよ。

「……せめて、エスメラルドに会わせてくれ」

 ゴリラが言うと、江戸さんは立ち上がった。

「様を付けろ、ゲスが。もう良い、目障りだ。グロシュラに殺されるのが嫌なら私が殺してやる。それも嫌なら、ここから立ち去れ。二度と、近づくな」

 う、うわああ。やべえ、こええ。俺まで怒られてるような気分になってきた。もううぜええよおおおおお、ゴリラさっさと消えてくれよおおおおおおお。

 しかし、俺の願い虚しく、荒々しいノックが三回。そして、扉が開く。またややこしくなってきたぞ。

「エドー、何かくれー」

 エスメラルド様である。彼女は俺を見つけると、手を振って隣の椅子に腰を下ろした。

「おーアオイ、元気か? 元気か? こないだやった肉はちゃんと食べたか?」

「は、はい。おいしくいただきました」

「うん、お前は良い奴だ。ところで、そこのでかいのは誰だ?」

 ゴリラは呆然としている。どうやら、エスメラルド様の正体ってのに気が付いたらしい。江戸さんは眉間に指を当てて、辛そうに座り直す。

「彼は、グロシュラの部下です。裏切り者を始末する為、エスメラルド様の数字付きを貸して欲しいと頭を下げているのです」

「裏切り者? グロシュラんところから出ちゃったのか?」

「そのようです」

 エスメラルド様は腕を組み、それから立ち上がる。部屋の中をうろうろとした後、ゴリラに指を突きつけた。

「そいつ、強いのか?」

「お、俺がですか」ゴリラは自分を指差す。

「違う。お前じゃない。裏切ったヤツだ。強いのか?」

 ゴリラは答えない。いや、答えられないんだろう。彼に代わり、江戸さんが口を開いた。

「並の怪人よりは強いでしょうね」

 江戸さんはゴリラを見ながら言う。

「じゃあダメだ」あっさりと、エスメラルド様は言い切った。

「私の部下は危ない目にあっちゃダメだからな!」

 上司が優しいのは部下にとっちゃ最高の幸せである。そうに違いない。うん、一生ついていきます!

「だけど裏切り者は許せない」あれー?

「私の数字付き、全員は貸さないぞ。でも、半分なら良い」

「エスメラルド様っ、しかし……!」

 エスメラルド様は江戸さんを指差す。

「私が貸すと言っているんだぞ、エド」

 強く見据えつけられて、江戸さんは何も言えなくなってしまった。このままでは、俺は二分の一の確率で恐ろしい裏切り者と戦わされるはめになるかもしれん。

「おいゴリラっ、私の部下を傷つけたら許さないぞ。良いなっ?」

「あっ、ありがとうございます! ……それで、誰を連れて行けば?」

「あー、後で言う。けど、うーん、アオイは行くよな?」

 は?

「え、えっ?」

「私はお前に期待している! がんばって欲しい!」

 嘘だろー。

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