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ブルージャスティスここにあり!  作者: 竹内すくね
Blau Gerechtigkeit Nachspiel!
136/137

ヒーローだからだ

 アイリスは恐らく、地下の、俺がこないだまで入っていた留置場にいるだろう。そこまでの道ならだいたいは覚えている。俺はリュウさんと二人で、敵の目を掻い潜りながら目的の場所へと向かっていた。



「いい友達がいるんだね」

「い? そうですかあ?」

「周りにいい人たちがいる。それは、ヒーローというより君自身の強さなのかもしれないね」

 さて、どうだろうな。

「それよか、リュウさん。どうするんですか」

「どうするとは?」

「アイリスのことですよ。その……言うんですか?」

 ああ、と、リュウさんは納得したように言った。

「言わないよ。私が父親だとはね」

「いいんですか」

「たぶん、あの子は私のことをぼんやりとしか覚えていない。それに、嫌だろう。こんな親父が自分の父親だと分かったら。……いいんだ。あの子の中の私は、赤い竜というヒーローだった。それでいいんだよ」

 リュウさんはそう言ったが、やっぱりまだ、未練が残っているような感じだった。



「あっ、ここです!」

 地下に辿り着き、俺は、鉄格子が鉄格子としての用を成していない留置場じみた場所を指差した。間違いねえ。アレは、江戸さんが斬ったやつだ。

 そして。

「……アイ、リス」

 アイリスは、その中でじっと正座をしていた。出ようと思えば出られるはずだ。なのにあいつは、そうしない。ただずっと沙汰を待っているかのようにしていた。

 リュウさんは動けないらしかった。仕方ないので、俺がアイリスのところへ歩いていく。どう声をかけていいものか迷ったが、まあ、まずは何もされずに、無事みたいでよかった。

「よう、この前とは立場が逆になった感じだな」

「青井さん、ですか」

 アイリスは姿勢を崩さないで俺を見上げる。

「蜘蛛の巣は見つかったかよ?」

「……だから、私はここにいるんでしょうね」

 やっぱりこいつ、俺の言ったことを誰かに確認したか、あるいは自分で調べていたのか。

「管理局はクロってことでいいんだな?」

 アイリスは小さく頷く。

「じゃあ、お前は?」

「え……?」

「アイリス・エアウェイブルーは蜘蛛の巣と関わりがあったのかって聞いてんだ」

「そんな、あるはずっ、そんなはずありません!」

 アイリスは立ち上がり、鉄格子越しに俺を睨んだ。

「あなたは言いましたね。私はヒーローではないと。ええ、そうです。その通りです。私はヒーロー管理局の管理官なんですから。ですがっ、私にだって正義はあります。だからこそ、私は……!」

 ああ。やっと分かった。そういや、そうだっけ。こいつは、冗談を言えねえようなやつだなあって思ったんだっけ。

 ってことは、嘘じゃなかったってことだ。こいつの言ってた正義とか、悪を挫くとか。全部、本当で、本物だったんだな。

「夢が叶ってよかったな。無茶苦茶にされたみたいだけどよ」

「え?」

「で? お前以外の管理官はどうなんだよ? 全員、蜘蛛の巣の息がかかってんのか?」

 アイリスは、首を緩々とした動作で振る。

「そうなのかも、しれません。私以外の職員は、別の場所から来たと聞かされていて」

 こいつは確か『サヴィル・ロウ』とかいう、外国の方から来たんだっけか。

「じゃ、お前だけ何も知らないってパターンなのかもな」

「そんな……ヒーロー管理局が、そんなことを」

「つーか、俺らはお前が管理局を仕切ってんじゃねえのかって思ってたんだけどさ」

「わ、私はそんな。だって、私……私だけが……」

 アイリスは俯いてぶつぶつと呟き始める。

「さて、どうだかなあ」

 いや、待てよ。そもそも、この管理局自体が……。


「そこまでにしときなよ~」


「あ?」

 俺とアイリスは、どこからか聞こえてきた声に反応して顔を上げた。

 だけど、遅かった。

 ぴしりという音が聞こえて、何が起きたのか分からないまま立ち尽くす。

「出るんだっ」

 リュウさんの声。アイリスは動かない。俺は嫌な予感に気圧されて数歩退く。天井を見上げた。ひびが入って、割れて、崩れて――――。

 このままだとアイリスは天井の破片に押し潰される。助けなくてはいけない。しかし足が動かない。

 どうせ間に合わねえよ。冷めた自分が俺の足をその場に縫いつけた。

 黙れ。尻込みする自分を心の中でぶん殴る。俺は急いで檻に入って手を伸ばす。それより先、リュウさんがアイリスをしっかりと抱きかかえているのが見えた。



「リュウさんっ、アイリスっ!」

 アイリスのいた檻の天井が落ちてきた。彼女を庇ったのは、リュウさんだ。

 だが、リュウさんも、アイリスも見えない。穴の開いた天井と大きな瓦礫しか見えない。心臓が止まりそうになる。俺は息を呑んで白煙を掻き分け、瓦礫を退かして二人の姿を探す。

「……青井、君」

「リュウさん!」

 か細い声が。まだリュウさんは生きている。邪魔な瓦礫をぶん殴って弾き飛ばすと、リュウさんの背中が見えた。俺は、その姿を直視出来なかった。彼の背に、天井の破片が突き刺さっていたからだ。リュウさんの着ていた作業服は赤色の液体で濡れている。

 生きている。だが、酷い怪我だ。放っておくと長くはもたない。

「リュウさん、アイリスは……?」

 リュウさんは返事をしなかった。ただ、彼の出っ張った腹から、アイリスが頭をにゅっと覗かせる。瓦礫やリュウさんにのしかかられていて苦しそうだった。我慢しろ。

「……あ、あなた、は」

 少しアイリスの様子がおかしかった。よく見ると、リュウさんに庇われたとはいえ、所々に傷がある。

 リュウさんはアイリスから顔を逸らし、目を瞑った。……とにかく、この瓦礫の山をどうにかしねえと、どうにもならねえ。

「もうちょっとだけ待っててください。すぐに退かしますから」

「ぐ……いや、気をつけるんだ。敵が、いるぞ」

「分かってます」

 天井が独りでに壊れるものか。誰かがやったんだ。そんなの分かってる。だけどリュウさんたちを放っておけるかよ。


「ブル~ジャスティスだよね~?」


 檻の外から声がした。俺は瓦礫を退かすのを止め、ゆっくりと振り返る。

 怪人のスーツを着たやつがいた。背は高く、黒髪が腰のあたりまでだらんと伸びている。

 頭部の黒っぽいマスクからは八本の脚が生えていた。虫……蜘蛛を模したものだろう。顔の下半分が露出していて、口紅の塗られた唇が見えた。体を覆うスーツは肌を見せてこそいないが、ぴっちりしていてボディラインが浮き出ている。肩当てや膝当てには、虫の複眼のような、気味の悪い意匠が施されていた。

 こいつ、女か?

「てめえが、蜘蛛の巣の……」

「そうだよ~。私が~、アラクニ~トだよ~」

 アラクニート。こいつが。組織の名前がドイツ語だから、てっきり外人だと思ってたんだけどな。しかも、声の感じからして、歳は俺とそう変わらねえぞ。

 のんびりした口調だが油断は出来ない。間違いないだろう。仕掛けてきたのは、こいつだ。

「ふう~」

 アラクニートと名乗った女は、なぜかその場に座り込んだ。

「君のス~ツが欲しいんだけどな~」

「やらねえよ」

「ああ~、そう」

 こいつのペースに巻き込まれてちゃあ話にならねえ。リュウさんたちを助けなきゃいけねえし、さっさとぶちのめしてやろうと、俺は足を踏み出した。


「行くな青井君っ」


 が、リュウさんがなぜか俺を止めた。

「まさか、女だから殴るなとか言うつもりですか」

「違う! 周りを見るんだ!」

 リュウさんは自力で瓦礫を退かし、突き刺さっていたものも抜いていたらしい。彼はその場にうずくまりながらも、しっかりとアイリスを守り切っていた。

 俺は仕方なく、その場から壁や天井を見回す。何も見えなかったが、違う。ようく目を凝らせば、何か、線が光っていた。その線が、この建物の中に張り巡らされているのも分かった。

「あ~、バレちゃった?」

「糸か」

 危なかった。俺の目の前にも、足元にも糸がある。少しだけ触れてみたが、えらく頑丈だった。糸ってより、鋼鉄の線だ。何も分からないまま突っ込んでいたら俺の顔がぐちゃぐちゃになっていただろう。

「そうか。これで天井を切ったってわけだな」

 アラクニートは薄っすらと微笑んだ。

「私って~、動くのが嫌いだから~」

 江戸さんがアラクニートはそういうやつだって言ってたっけな。なるほど、性格のよく分かるやり口だ。

「だから~、私以外の人に動いてもらってたんだよね~。そこの、おちこぼれさんとかにも」

「……何?」

 アラクニートは、アイリスを指差していた。あいつがおちこぼれ? いや、違うだろ。アイリスは確か、すげえ成績がいいとか聞いてたし、実際、この街のヒーローの管理を任されてるじゃねえか。

 だが、アイリスはアラクニートの言葉を否定しない。リュウさんの傍で、疲れ切ったかのように座っているだけだ。

「あの子さ~、管理官にはなれたかもしれないけど~、どこの管理局からも蹴られてたんだよね~。ず~っとフリ~だったんだよ~」

 だから、と、アラクニートは付け足した。

「私が、使ってあげたんだよね~」

「使う……?」

 俺は思わず、アイリスを見てしまった。彼女の顔色は、先よりも悪くなっている。

「ち、違う。違うんです。私、私は、管理官として」

「ん~? 違うよ~? アイリスちゃんはさ~、ウザいからどこもとってくれなかったんだよね~?」

 俺にはさっぱり分からないが、管理官になれたからといって仕事が出来るわけじゃないのか。弁護士とか、いや、俺たちヒーローに近いのかもな。

「ウザい正義。ウザい熱意。ウザい誠実さ。有能過ぎて弾かれちゃったってパタ~ンなんだよね~。上に立つ人間はさ~、私みたいにもっとこう、の~んびり構えないと駄目だったり~?」

 アラクニートは床の上に寝転んで、頬杖までつきやがった。この野郎、こっちが動けねえのをいいことに。

「じゃあ、まさか、この街に来たって管理局は……」

「まあ~、そうだよね~。私が仕組んだってことなんだよね~。ヒ~ロ~管理局は世界的にも数は少ないし、この国でも一時的に導入されてるってことくらいしか普通の人は知らないんだもん」

 じゃあ、本当はヒーロー管理局は、この街に来ていなかったってことなのか?

「実際~、私たちも管理局がどんなことをするのかちゃんと知らなかったけど~、アイリスちゃんが手際よくやってくれて~。しかもヒ~ロ~たちだってまるっきり信じてたみたいだし~?」

「そんな七面倒な真似をしてまで、ヒーローを管理したかったのかよ」

「違うよ」

 アラクニートは上半身を起こして、自分の目の辺りを指で示した。

「私はただ、安心して眠りたいだけなんだよね」

「……あァ? お前、え? はあ?」

「冗談だと思う? でも、本当なんだよ。私は、寝れないの。色んな方法を試したし、やばそうな薬も飲んだ。だけど効かなかった。精神的なところが原因なんだって」

 聞きたくねえよそんな話。

「寝れないのはヒーローのせいだよ。怖いんだよ。あの日、御剣天馬のスーツが現れた時も怖かった。君の着てたスーツは壊れたけど、ペガサスのスーツは修復されて、誰かがどこかに隠してるって聞いてたんだよ」

 俺たちが怖いから眠れねえってか。

「あのスーツは、ヒーローも、誰も、使っちゃいけないんだよ。だから、教えてよ。ブルージャスティスはアレを着ないけど、明日は着るかもしれないんでしょ? そんなの、嫌だ。私は、私たちは……」

 つまり、なんだ。アラクニートはすげえビビリで。怖いから地下に潜って、ヒーローを管理して、御剣天馬のスーツも手中に収めたかった。寝たいから。ってことなのか?

「こ、ここが仮眠室だってアイリスちゃんも言ってたでしょ」

「言ってた、けど、なんでそれを」

「隣にいたから。私」

 ……何だと?

 冗談だろ。あの時、こいつが俺の隣にいたってのか……?

「ここは私の仮眠室なんだよ」

 アラクニートは壊れた檻を見遣った。

「眠りたいの。その為にあのスーツも、他のヒーローも、私の手の届くところで、目の届く範囲で活動してもらうんだよ。それなら、いいじゃない。管理局のやってることを、蜘蛛の巣でやったってさ」

 すう、と、アラクニートは息を吐き出す。

「ふ、うふふふふ。でも~、全部無茶苦茶にされちゃった~。私の組織も、居心地のいいここも~、全部。せっかく頑張ったのにな~。ああ~、全部~。でも、でも~」

 アラクニートが指を遊ばせた。周囲に張り巡らされているであろう糸が、ぴんと高い音を弾く。

「ブル~ジャスティスだけは逃がさないよ~」

「うっ、お!?」

 アラクニートは寝転がったままで糸を操り、天井の破片を飛ばしてきた。何とか躱したが、いつの間にそんなもん回収していたんだ。のんびりなのは喋り方だけじゃねえか。

「君さえいなければこんなことにはならなかったのにな~。君がいなければな~。余計なことをしないで、私の言うことだけを聞いてたらさ~。他の組織の人が、君を助けに来なければさ~。穴だってあとでどうとでもなったのに。ああ、くそう」

 愚痴を零しながら飛び道具で攻撃される。その内の一発がアイリスへと向かっていた。リュウさんが彼女を庇い、肩で破片を受けてどうにかなったが……。リュウさんはもう限界だ。さっきまで使っていた気ってやつも、あの怪我の状態では難しいだろう。

「……俺か。全部、俺ってか」

「ん? んん~、そだよ~? 君のせいなんだよね~。だからせめて、君だけは私が本気を出して、殺していくから」


「逃げて、ください」


「んん~?」

 アイリスは祈るような所作でこちらを見ていた。

「青井さん、逃げて。こうなったのは、私が甘かったせいです。私が弱くなかったら、蜘蛛の巣に利用されることも、青井さんを巻き込むこともなかったんですっ。だからっ」

「うるさいな~、アイリスちゃんは」

 アラクニートが瓦礫を飛ばす。俺はそれを殴って壊そうとしたが空振りした。

「伏せるんだ!」

「ああっ……!?」

 リュウさんが立ち上がり、アイリスの代わりに瓦礫を受ける。傷口に、思い切りぶつかってんじゃねえか。庇うにしたって、もっと、こう……! リュウさん、あんたならもっと冷静にやれるはずじゃねえかよ!

「どうして? どうして私をっ。あなたはヒーローではないはずです!」

 アイリスがリュウさんの傷口を見て、蒼褪める。

「……ああ」

 リュウさんは何か言おうとして口を開きかけたが、声を発せられないでいる。

「だって、私はあなたを知らないんです。私は、ヒーローなら全部覚えてるんです。どうして、あなたは私を……」

「く。ふ、はは」

 笑った。

 リュウさんが、声を上げて笑っている。

「はは、どうして助けた、か。決まっているじゃないか。ヒーローだからだ」

「あなた、も……?」

「あははは~。何言ってるのかな~、そこのオジサンは。私だってこの街のヒ~ロ~なら全部知ってるよ~。でもさ~、オジサンは違うよね~。私は~、見たことも聞いたこともないんだけどな~。見たことも聞いたこともないものは信じられないな~」

「黙れ」

「ん~? どうしたのかな? さっきまであんなに縮こまってたのにさ」

 知らないと言われた。

 覚えていないとも言われた。

 リュウさんは『どうして』と問われたあの時、迷っていたんだ。自分が、父親なんだって。そう言おうと……いや、言いたかったはずなんだ。だけど、言わなかった。リュウさんは言ったんだ。アイリスを助けたのは自分が父親だからではなく、ヒーローだからって!

 きっとまだ迷っているはずだ。十年以上も自分の正義を引きずって、枯れて、擦り切れて、ぼろぼろになってたのかもしれない。リュウさんはそれでも、ヒーローだと言った。嬉しそうに。誇らしそうに! そんなまっすぐな人を! お前は笑うのか!

「眠りてえって言ってたな、てめえ」

 俺は、目の前にある糸を右手で掴んだ。

「無駄だよ。私の糸はヒーローだってどうにも出来ないよ。よほどのスーツでもない限り……」

 そうか。

 そうかよ。

 残念だったな。俺のグローブはな、その、よほどのスーツを使って作られてんだ!

「さっきからてめえはごちゃごちゃとよおぉぉぉ! わっけ分かんねえんだよ!」

「だから無駄だって~」

「とどのつまり、てめえをぶちのめせばいいってことなんだろうが! ああっ!? そうだろうがああああああああ!」

 力を込める。思い切り締め上げて、引き、千切る!

 ぶつりと音が。糸はぱらりと解れ、アラクニートの奥にある壁が剥がれた。やつはその様子を認めて、薄笑いを浮かべる。

「……ああ~。やっぱり、君だけは生かしておけないみたい」

「しこたま寝かしつけてやるよ!」

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