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ブルージャスティスここにあり!  作者: 竹内すくね
Blau Gerechtigkeit Nachspiel!
135/137

友達を手伝うのに正義も悪も関係ない

 百パーセントとか、絶対とか、そういうものはこの世にあるかもしれないし、別になくたって構わない。

 管理局と蜘蛛の巣と、アイリスとリュウさんと。そんでもって俺たちとヒーローと悪の組織と。何がどうなって、果たしていったい誰の手でこんがらがってるのかは知らねえが、じき、分かる。分かるはずだ。

「ここまででいい」

 九重は大使館よりもある程度手前でタクシーを停めた。

「……本当に、お二人だけで大丈夫なんですか?」

 俺とリュウさんは大使館をねめつける。

「何とかなんだろ。これまでだってそうしてきたしな」

 リュウさんは先に車から降りる。俺も後に続こうとしたが、社長が俺の肩を掴もうとしてきた。

「……敵が管理局じゃなかったとしたら? 蜘蛛の巣は管理局と一緒になって悪いことをしていなくて、アイリスはあそこにいなくて、そもそも、蜘蛛の巣なんて組織は、本当はどこにもなかったとしたら? 全部間違ってて、私たちだけが間違ってたとしたら?」

「は、そうなると、最悪だな」

「でも、行くのね?」

 俺は頷いた。

 社長は持っていた鞄から、虎のマスクを取り出した。前にも、馬とか、マングースとか、色んなやつをもらったけど、今回のは今までで一番それっぽい。

「赤い竜がいるんだもの。だったらこっちは青い虎よ!」

 ぐっと、社長はガッツポーズを作った。こういうけれんみが好きなんだよな、こいつって。

「おうよ。任せとけ、蜘蛛なんかがぶりと片づけてくるからよ」

「約束よ?」

「ああ、絶対だ。行ってくる」

 俺は車から降り、リュウさんの隣に並んだ。

「いいんだね?」

「ええ」

 ウェストポーチをつけ、マスクを被る。グローブをはめりゃあ俺の準備は完了だ。

「問題ないっすよ」

 リュウさんは俺の目を確かめるようにして見遣り、小さく頷く。

「……分かった。行こう」

 大丈夫だ。決まってる。そうに違いない。

 俺は、いなせから武器をもらった。社長からはマスクを。皆からは、ヒーローとして――――俺が俺である為に戦う勇気をもらった。

 だから大丈夫。曲がって、擦り減って、見失いかけたかもしれないが、俺の正義は俺がしっかり持ってんだ。



「もう、隠すつもりもないみたいだね」

「ここまで無茶苦茶されたら、なりふり構ってられねえって感じなんでしょうね」

 大使館の正面入り口。グロシュラたちが暴れていたからだろう、ここらはかなり荒らされてて、柵や門がぶっ壊れていた。

 入り口から建物の間の中庭みたいな場所には、蜘蛛の巣の戦闘員たちがたむろっている。……何だよ。何なんだよなあ、全く。

「ま、全部綺麗に片づけてやりゃあ、どうにかなるか」

 俺は足を踏み出し、大使館の領地に足を踏み入れた。

 蜘蛛の巣の戦闘員たちはすぐには動かず、一人の男が前に進み出てきた。変わり映えもせずスーツを着た、サングラスの男だ。

「どうせてめえの目にも刺青があんだろ?」

 男は答えず、サングラスを外して俺たちを見据える。予想通り、やつの両目に跨るようにして蜘蛛の刺青が彫られていた。

「……ペガサスのスーツは、どこだ」

 またそれか。馬鹿の一つ覚えみてえに。

 心底ウザいが、これは俺が蒔いた種なんだろうな。だったら俺の手で刈り取らなくちゃ嘘だ。

「見たいかよ、そんなにっ」

 だったら見せてやる。お前らの欲しがってたもんは、もうこの世にはねえんだ。



 リュウさんが地面を蹴った。俺は、中庭の噴水に取りつけられた妙な彫刻に狙いを定めて、ポーチから、青でカラーリングされた工具のような無骨な銃を取り出す。とはいえ、この銃口から飛び出すのは弾丸じゃなくってワイヤーだ。

 このワイヤーガンは、爺さんからもらったスーツに装備されていたものだ。いなせが分解し、単体で持ち運び出来るように作り直した。

 俺はワイヤーガンのトリッガーを引く。鉤のような先端部分が、彫刻にしっかりと突き刺さる。寄ってくる戦闘員を裏拳でぶっ飛ばし、ワイヤーガンを引き戻す。俺は、吸い込まれるようにして宙を駆けた。

「青井君っ」

「そっちは任せますよ!」

 片手でワイヤーガンを操作し、空いた手を使ってめんこ爆弾を地上にばら撒く。俺はバランスを崩しながらも噴水の縁に着地し、ワイヤーガンをポーチに戻した。

 息を吐いて状況を確認する。俺を取り囲んでいる戦闘員の数は十程度。リュウさんはリュウさんで上手いこと敵を捌いているらしい。ここで俺が彼を気にかける必要はない。俺は俺の仕事をするだけだ。

 今度は、ポーチからでんでん太鼓を掴み取る。こいつを使うのは久しぶりだが、やり方はまだ覚えている。


「おもちゃじゃねえか!」

「いけいけ、やっちまえって!」


 でんでん太鼓のワイヤーを伸ばし、振り回す。寄ってくる戦闘員を一人打ち据えたところで空気が変わった。

「どうしたよ。来ねえかよ」

「……行け」

 目に刺青を彫った、スーツの男が戦闘員に指示をする。二人が同時に足を踏み出して、さっき俺がばら撒いておいためんこ爆弾を踏みつけた。殺傷力はないが、足元で何かが爆発して音が鳴ればビビるに決まってる。動きの鈍くなったアホ二人をでんでん太鼓で仕留めて、俺は残りのやつらを見回した。

 スーツの男は顔を歪ませて、行けと叫んだ。

 戦闘員はめんこを踏みつけるが動きは止まらない。俺も太鼓で応戦したが、二人ばかりが噴水の縁に上ってくる。この距離じゃあ太鼓は役に立たねえか。

 太鼓をポーチにしまう時間も惜しい。俺は得物を手放して、右からやってくる戦闘員へと肩からぶつかった。無理やり押し込んで体勢を崩し、右のパンチで噴水に落とす。水飛沫と音が上がって、俺は標的を切り替えた。

 戦闘員はじりじりと距離を詰めようとしている。めんどくさいからこっちから飛び掛かり、腕の関節を捕まえて、骨を折る勢いで締め上げた。

「ぎいいいあああいでででえで」

「ギブ? ギブか?」

「ノーッ、ノー!」

「だったら死ねコラ!」

 ぼきりと骨を折る。戦闘員は悲鳴を上げた。うるせえんだよボケが。

 仲間をやられた敵討ちとばかりに、他の戦闘員が迫ってくる。俺は縁から飛び降り、一人は右腕でぶちのめした。が、そこまでだ。

「オルルァボケェ! 大人しくしてろ!」

 腹を蹴り上げられて意識が飛びかける。痛いと感じるより先、吐き気を催した。喉元までさかのぼってきたゲロを飲み込み、俺を蹴ったやつを捕まえてぶん殴る。油断した瞬間、背中に強かな衝撃を受けて地面に転がされた。

 前後不覚になりつつも立ち上がろうとした時、俺は、自分が左手にもグローブをつけていることに気がついた。

「あるじゃねえかよ!?」

 今まで右手一本だけで色んなやつとでやり合ってきたから、そういう戦い方が染みついていてすっかり忘れてた。馬鹿みたいだが、両手で殴りまくれるって気づくと、俄然やる気が出てくる。

「うるっせえ!」

 戦闘員のパンチを右手で受け止めて、左のパンチをお返しに放つ。右より威力は出ないが、木端の戦闘員程度なら問題ない。

 建物の方へ吹っ飛ぶ戦闘員を見ながら、俺は、他のやつを殴りに行く。

「こっ、こいつ、こいつなんなんすかあ!?」

「生身でなんなんすかあ!?」

「ヒーローだ!」

 十人いた戦闘員を全員ぶちのめし、残るはスーツの男だけとなった。野郎は腕の骨をボキボキと鳴らして俺と対峙する。偉そうだぞてめえ。こっちはブランク気味だし疲れてるしゲロ吐くのをまだ我慢してるってんだ。

「もう一度だけ聞く。スーツは、どこだ」

 またそれか。もうしつけえな。俺は両手を上げてみせた。

「もうねえよ。あのスーツはな、ガキどものおもちゃになってんだ」

「いいだろう。……無理矢理っ、吐かせば!」

「本当だって!」

 スーツの男が前へ踏み込んでくる。俺は、跳ねるようにして後ろへ下がった。やつは面食らったらしいが追いかけてくる。そうして、当たり前みたいにめんこ爆弾を踏みつけた。

「ぬおっ?」

 動きが止まったな。

 俺は、まだいくつか地面の上にあるめんこ爆弾を避けて男に近づき、右の裏拳を腹に見舞った。体をぐるりと捻じり、左手のグローブで背中を殴りつける。手加減はしてねえけど死にはしない。

 男は地面を擦るようにしながら転がり、


「ああ、そっちも終わったのか」


 リュウさんの足元までいって、完全に動かなくなった。

 俺は服についた土を手で払い、周囲を見回す。

「マジに何とかなるもんすね」

 だが、楽勝ではない。この場をどうにか切り抜けたって感じだ。俺は手持ちのめんこを使い切りそうだし、リュウさんにも疲れの色が見て取れる。

 しかも。

「うわ……」

 建物の中から、蜘蛛の巣の戦闘員たちがぞろぞろとやってきた。

「どうします?」

「……力ずくで、中へ入るしかないかな」

 こっちの体力事情なんて気にもしないで駆けてくる戦闘員ども。俺は息を整えて、もう一戦やろうって覚悟を決めた。

 だが、俺やリュウさんより先に戦闘員へ向かう人影があった。

「あれはっ、誰だ……?」

 リュウさんは首を傾げたが、俺には分かる。花柄のワンピースを着て飛び跳ねて、戦闘員どもを薙ぎ倒しているのはエスメラルド様であった。

 有り難い。だけど、どうしてあの人がここに……?

「お兄さぁーん!」

「ぐおあ?」

 背中をがっちりとキャッチされて、骨が軋みを上げる。抱き着いてきたのは、留守番を頼んでいたはずのレンだった。おまけに百鬼さんまでいる。

「……ちょっと。レンを連れてくるのは駄目じゃないですか」

「ごめんなさいね。どうしてもって言い出して聞かないものだから」

 まあ、俺の監督不足ってやつか。

 ここまで来られたらしようがねえ。俺は屈んでレンと目線を合わせた。

「レン。俺が何を言いたいか分かるよな?」

 レンはにっこりと笑う。

「分かってるよ」

 笑って、握り拳を掲げてみせた。ならばよし。俺はレンの拳と自分の拳を合わせる。この場にはエスメラルド様も百鬼さんもいるんだ。任せよう。

「じゃ、行ってくるね!」

「気ぃつけてな」

 レンがエスメラルド様に次いで、敵の群れへと突っ込んだ。楽しそうなレンの笑い声の後、間もなく戦闘員どもが悲鳴を上げる。俺とリュウさんは顔を見合わせた。

「青井君。私が道を作るから、振り返らずに進んでちょうだい」

「任せますよ。……大丈夫ですか、ホントに」

「他の場所にいる蜘蛛の巣の戦闘員を片づけたら、赤丸さんと黒武者君もすぐにこっちへ来るって」

 そういうことじゃないんだけど。まあ、いいか。

 百鬼さんは噴水の縁に立ち、『魔法の杖』シャクヤクを構えた。

「いい? 二人とも、必ず振り返らないで進むのよ?」

「え? は、はあ、分かりました。それじゃあ、その、お願いします」

 俺とリュウさんは、百鬼さんの攻撃を待つ。


「出番よ、シャクヤク」

『了解。状況は丁。スプラッシュスターリッシュの使用を提案』

「分かったわ」

 後ろから、なんか、すごい『キュイイイイイン』みたいな音が聞こえてくる。それから、百鬼さんの長い溜息。

「スプラッシュ……! スタアアアアァァァァッ! リッシュウウウウウウ!」

『状況、丁。音声認識、百二十パーセント。スプラッシュスターリッシュ、発動』

 百鬼さんの、嗚咽が混じったような叫び声。高く、乾いた音。レンとエスメラルド様は怒りながら逃げる。空気を呑み込み切り裂いて、数多の爆発物が中空を疾走して敵の目前で炸裂。俺たちの前方にいる戦闘員が、四方に散って吹き飛ぶ。やり過ぎではなかろうか。

「さあ、行くのよ! 絶対に振り向いちゃダメだから!」

 恥ずかしいなら叫ばなきゃいいのに。

 俺とリュウさんは混乱のるつぼにある中庭を抜けて、建物の入り口を押し開ける。

「アオイっ」

「エスメラルド様っ」

 後ろからエスメラルド様がやってきて、建物の中をぐるぐると見回し始めた。

「外のやつはレンが相手する。あとからグロシュラとクンツァイトも追いつくはずだ」

 えー。あの二人も呼んでるのかよ。何かもう無茶苦茶通り越して可哀想になってくるな。

「ついてきてくれるんですか? でも……」

 エスメラルド様は自分の服を見せびらかすようにして、その場でぐるぐると回る。

「今の私はエスメラルドではないぞ。緑間縁で、アオイの友達だ。友達を手伝うのに正義も悪も関係ない。そうだろう?」

 屈託のない笑みに混じった、ちょっとした照れ。エスメラルド様は誤魔化すように咳払いしてから天井を指差した。

「ようし、私についてこい!」

「あ。上じゃなくて下だと思います」

「そうか!」



 俺を先頭にして、三人で大使館内の地下を目指して突き進む。だが、その途中で戦闘員どもが現れた。前も後ろも塞がれたが、どうにかなりそうな気しかしない。


「おっしゃ、女から狙え!」

「イエーイ!」


「うるさいぞ」

 エスメラルド様に飛び掛かった戦闘員は、彼女が気だるそうに打ったワンパンで失神し、頭から壁にめり込んだ。

「アオイ。先に行け。ここは私たちでやる」

「いや、でも……」

「心配いらないぞ。エドが来る」

 え?


「エェェェェエエエエエスメラルドさまぁぁああああああああああああああ!」


「ほらな?」

 ひっ!?

 廊下の窓が割れて、春だってのにロングコートを着た変態が飛び込んできた。その人物はエスメラルド様の傍に跪き、自らの得物を抜く。

「お怪我は?」

「ない。平気だ」

「では、ご命令を」

「私と私の友達の敵を悉く斬り伏せろ」

 江戸さんは両の手に得物を握り、立ち上がった。

「あ、殺したら駄目だからな」

「は! 私にお任せください! 何もかもを!」

 江戸さんが俺たちの前方の敵に襲い掛かる。エスメラルド様は後背の敵を押さえていた。

「よく分かんないけど、いってこいアオイ!」

「はい!」

「青井君! エスメラルド様のワンピース! 私が選んだんだがどうだった!?」

「は?」

 うわ、マジでこの人変態だった。

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