よーし! 次はダムダム弾だー!
…………さて。勢い込んで出てきたのはいいものの、俺にはアイリスがどこに捕まってるのかなんて皆目見当もつかなかった。
今もさり気なくリュウさんの後ろについているだけだったりする。
「……あのー、ところでリュウさんはどこに向かってます?」
実の娘が捕まっている。そんなリュウさんに声をかけるのは躊躇われたが、聞かないことにはどうしようもない。
「そう、だね」
リュウさんは立ち止まり、こっちに振り向いた。
「確か、青井君も管理局に捕まってたと言ってたね。私も大使館の中がどんなものなのかは知らないが、人を閉じ込められる施設があるのは確かだ」
「まあ、そうですね」
「管理局が街に来たのは最近のことだ。カラーズに『アイリスが捕まった』という情報を流したのが内部の人間ということも考えにくい。恐らく、情報を流したという人物がその現場を見たんだろう」
「アイリスを連れ去っていった場面を、ですか」
恐らく。そう言ってリュウさんは頷く。
「たぶん、ですけど。その情報を流したのは悪の組織の人たちだと思います。その時、管理局に攻撃を仕掛けてましたから」
「その時に見たとするなら……十中八九、アイリスは管理局の中だ」
おー、だとすると目的地は決まった。管理局だ。トンボ返りって感じだが仕方ねえ。
「だけど、すぐに仕掛けるのは難しいだろうね。悪の組織が襲撃を仕掛けた後だ。前よりも警戒しているだろうし、人だって増やしている可能性がある」
「日を改めますか?」
アイリスは捕まっているかもしれないが、すぐにどうこうされるってわけでもないだろう。ただ、相手は蜘蛛の巣って組織だ。俺はそいつらのことを良く知らない。あまり時間をかけるのもまずいだろう。
「うーん。そもそも、私は夜陰に紛れるやり方が嫌いでね。どうせなら正々堂々、正面からあの子を助けに行きたい」
は?
「陽が昇ったら仕掛けよう」
「あの。仕掛けるって、正面から?」
「ああ」
「二人で、ですか?」
「そのつもりだが」
ウッソだろ。
相手が何人いるかも分からねえのに。最悪、俺はいい。俺はそういうことに慣れてる。でもリュウさんは、ヒーローをやってたのだって随分と昔の話じゃねえか。ブランク十何年だろ? ぶっちゃけ、足手まといにしかならなそうじゃねえか。
だが、リュウさんは冗談を言っているような顔ではない。……あ、この辺、なんかやっぱりアイリスと似てるな。
「マジでやる気なんすね?」
「まあね。それより、君こそやる気なのかい?」
「ええ、まあ」
「アイリスと君は仲が良かったのかな」
何だか含みのあるような言い方に聞こえたが、気のせいだと思い直した。
「いや、そうでもないっつーか、むしろ仲が悪いくらいだったような感じっすよ」
「じゃあ、どうして」
どうしてアイリスを助けに行くのか。……違う。
「さっきもうちの社長に言ったんですけど、アイリスがどうとかって話じゃないんすよ。ただ、この街の裏で自分たちの都合のいいように糸を引いてたかもしれないってやつがいる。そう考えたら黙ってはいられねえっすよ」
「なるほど、そうか。ああ、やっぱり青井君はヒーローなんだね」
そいつはどうなんだろう。正義感に駆られたとか、そういうんじゃないかもしれない。俺はただ、自分以外の連中が好きにしてるのが気に入らないだけなんじゃねえか。
「リュウさんと初めて会った時みたく、根っこはチンピラなんすよ、俺は。それより、リュウさんだってそうなんじゃないんですか? 悪いやつを放っておけないから、やってやろうって思ってるんじゃ……」
「私は。私は、どうなんだろうね。……いや、娘可愛さに、この歳になって張り切っているだけだよ。運動会で家族にいいところを見せようとする、父親みたいに」
リュウさんは自嘲気味な笑みを浮かべた。今の自分はもう、ヒーローでも父親でもない。そう、言いたげだった。
それから、どうやって管理局に乗り込んで、どこから仕掛けるか話しながら陽が昇るのを待っていた時のことだった。
俺とリュウさんは、まだほとんど人のいない交差点に差し掛かる。
「……青井君。ちょっと、人が少な過ぎやしないか」
「え? いや、つってもまだこんな時間ですし」
夜明けのスクランブル交差点に、四方から、黒を基調としたスーツを着た戦闘員どもが現れる。
「こいつらは……!?」
戦闘員のスーツには蜘蛛の巣を模したであろうデザインがあった。まさか、こいつら。このタイミングで出やがるってことは!
「てめえら、蜘蛛の巣の?」
戦闘員の中にどこかで見たことのあるようなやつが紛れていた。一人だけ、普通のスーツを着ていてサングラスをかけている男である。こいつ、あれ? もしかして……。
「お前、アイリスと一緒にいたやつか?」
男は答えないが、グラサンを外して俺をねめつけてくる。男の目の付近には蜘蛛の刺青があった。
「青井君、こいつを知っているのか」
「ほぼ、間違いねえっす。こいつも管理局の人間のはずだ。少なくともアイリスの隣にいて……!」
「ブルージャスティスだな。ペガサスのスーツは、どこだ?」
あ。
あっ、んだよ。何だよ。そういうことかよ。
「……そうか。お前ら、蜘蛛の巣ってのは、俺が狙いだったんだな」
妙だと思ってたんだ。アイリスがわざわざカラーズに来たのも、俺を捕まえたのも。結局、そこに繋がるってわけだ。
「アラクニート様がお前のスーツの行方を気にしておられる。そも、あのスーツはヒーローという存在そのものだ。我々としても野放しには出来ない」
「だろうな。御剣天馬のスーツを上手いこと担げば、悪の組織としちゃあ面倒なことになる。だけどよ、そいつをてめえらに盗られるわけにもいかねえよな」
そうだ。桑染がしでかしたように、あのスーツを悪の象徴にされるのが一番まずい。単純に性能がいいから、相手をするのも嫌だろうしな。だから、俺と社長はあのスーツを使わないことにしたんだ。
「ブルージャスティス『が』狙いではない。ブルージャスティス『も』狙いなのだ。この街のヒーロー全てを管理下に収めるのが蜘蛛の巣の目的なのでな」
「だから管理局に潜り込んだってか」
「さあ、我々と一緒に来てもらう。スーツの在処を……」
「ああ、私の娘はどこにいるんだ?」
「……何?」
話の途中でリュウさんが割り込んだ。
「アイリスと言うんだが、あの子は」
「は、あの管理官か。そうだな。ならば交換条件と――――」
男が下卑た笑みを浮かべる。
その瞬間、俺の視界から、いや、恐らくはこの場にいる全員の視界から、リュウさんの姿が消えた。
「――――いや、もう大丈夫」
リュウさんのずんぐりとした体は、スーツの男の間近にまで迫っていた。
「おっ、おお……!?」
男の腹にリュウさんの肩がぶつかる。
リュウさんはヒーロースーツを着ていない。生身だ。俺と大して変わりはない。だってのに、
「ば、かな」
男の体は鈍い衝撃音と共に、遥か後方へと吹き飛んだ。
吹っ飛ばされたやつ以外は呆気にとられてその場から動けず、声すら発せなかった。
リュウさんは息を一つ吐き、戦闘員たちを見回す。
「どうやら私の娘は無事のようだ。やはり、管理局の中に囚われているみたいだね」
「や、野郎……おおおおっ、いけっ、かかれ!」
戦闘員たちが蛮声を上げた。
「りゅ、リュウさんマジかよ!? いきなり何やってんすか!?」
相手の数は五十人程度だ。俺たちの何倍もある。そんな状態でいきなり喧嘩を売るって、嘘だろもう!
「ああいう手合いの言うことを聞いていてもろくなことがない。さあ、やるぞ」
飛び掛かってくる戦闘員。リュウさんはそいつの体ごとを掌で受け流し、地面に叩きつけた。次いで、背後から迫っていた別の戦闘員の攻撃を避けて懐に潜り込む。そうして、スーツの上から掌打を浴びせた。それだけで戦闘員は呻き声を漏らして吹き飛ぶ。
……どういうことだこれは。
生身で、スーツを着ている戦闘員を吹き飛ばすなんて並大抵の芸当じゃねえだろ。この人、マジで強かったのか。
いや、さっきもそうだったけど、リュウさんの動きをよく見りゃあ、すげえ素早いってわけでもない。単純なスピードだけならイダテン丸や黒武者の方が早い。力だって俺や赤丸ほどではないはずだ。
だけど、リュウさんには隙がない。まるで相手の動きを完全に読み切って、一番『痛そうな』ポイントに攻撃を当ててるような……。
「青井君、考え事は後だ。今はこの場を切り抜けよう」
「りょ、了解です!」
リュウさんの予想外の活躍ぶりもあってか、俺たちは二人ながら蜘蛛の巣の戦闘員を押していた。しかしそれも一時のことであり、やつらは援軍まで呼び始めた。
「……ヒーロー、じゃねえか」
「何だって?」
俺とリュウさんは背中合わせになって、自分たちを囲んでいる連中を見回す。蜘蛛の巣の戦闘員に混じって、なんとなく見覚えのあるヒーローまでいやがった。
「これは、どういうことだろうね」
「事情を分かってないヒーローもいるってことですよ」
数時間前、江戸さんたちは管理局や蜘蛛の巣についての情報を流した。だが、この街全ての派遣会社やヒーローに伝わったとは考えにくい。彼らの話を聞いたとして、出所の怪しい、真偽の確認だってしづらいネタを頭から信じるやつだって少ないだろう。
ここに来て、戦闘員と一緒に俺らを囲んでるヒーローは管理局の指示に従っているに過ぎない(指示自体は蜘蛛の巣がしているんだろうが)。あるいは、本当に管理局のイヌになっているかだ。
ちょっとした膠着状態に陥っていると、またもやスーツを着たやつが前に出てきた。そいつも、目の辺りに蜘蛛の刺青を彫っているらしい。
「初めまして、ブルージャスティス。私は蜘蛛の巣。アラクニート様の『第三の目』だ。先も他の者が言ったが、スーツを渡せ。中身の貴様に用はない」
「てめえら、スーツ欲しさに何もかもを巻き込んだってのか」
「それはついでと言ったろう。しかし認めたからには見過ごせない」
「渡せねえってさっきも言っただろうがよ!」
ならば。
そう言って、第三の目とか名乗った男は何か仕掛けようとする。俺とリュウさんの反応は先までの戦いによって一瞬間だけ鈍っていて、対応出来なかった。
「お、うわっ、うぎああああああああ!?」
誰かの悲鳴と、派手な爆発音が響く。
俺も咄嗟に防御の体勢を取ったが、やられたのは俺たちじゃない。敵の方だ。
「なんだっ、何が起きている……?」
「ほ、報告します! 後方から……その、なんというか、軽トラが」
「軽トラックだとう!?」
早朝には似つかわしくない爆発音。悲鳴を上げる戦闘員と爆風に巻き込まれるヒーロー。
「あーっはっはっは! どうだどうだどうだあっ! ハリマ一家プラスアルファの恐ろしさを思い知ったかあ!」
そんで聞き覚えのあり過ぎる声。
そんで見覚えのある軽トラック。
「あ、青井君。あれは、なんだ?」
「あー、アレは。アレは……」
ハリマ一家という小悪党がいた。
三人組の、発明家の兄妹だ。基本的には馬鹿だし詰めも甘いんだが、そんな連中にブレインがついた。偏屈で変態で、しかしスーツや武器のことに関しては超一流の爺さんが。
軽トラを運転しているのは長男のハリマ一郎。助手席にいるのは爺さんだ。荷台でバズーカをぶっ放しているのが末っ子の茜と次男の二郎で、その弾込めを手伝っているのは、うちのいなせであった。何やってんだ、あいつは。
「まあ、うちの娘、みたいなもんです」
リュウさんは目を丸くさせた。
「……あの、無表情のジャージの子?」
「ええ、まあ……ちょっと預かってもらってて」
「ほらーっ、下っ端! 早く次のバズーカ! はーやーくー!」
「うるさいよ」
俺はハリマ一家、というか爺さんにいなせを預けるのは反対だった。やはりいなせは銀川さんの孫で、機械に興味があったらしいが。
『あたしにだって、考えがあるんだ』
結局、俺はあいつが出て行くのに反対したままだった。心配だったからだ。まだガキだって思って、あいつは人と付き合うのが下手で、何も出来ないからって思ってた。
いなせは半ば以上、家出のような形でハリマ一家についていった。……リュウさんはいなせのことを無表情だと言ったが、実は違う。今のいなせは、めちゃめちゃ楽しそうなんだ。あいつがあんな風に笑えてるんなら、もう、それでいい。
「よーし! 次はダムダム弾だー!」
「それはよくない」
……でも、やっぱり心配になってきた。