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ブルージャスティスここにあり!  作者: 竹内すくね
Blau Gerechtigkeit Nachspiel!
132/137

あの子は昔からヒーローが好きだった

「……すんません。行く当て、思いつかなくって」

「いや、いいさ。気にすることはない」

 俺はあの後、リュウさんの探偵事務所へ転がり込んでいた。大使館から逃げたのはよかったが、ヒーローたちに追い詰められそうになったところをリュウさんに助けてもらったのである。本当に、この人には助けられっ放しだな。



 落ち着いたところで、俺はリュウさんに事情を説明した。彼は話を聞き終えた後、しばらくの間は何も言わなかった。俺は出されたコーヒーを飲み干して、事務所の中を見回す。

 事務所とはいえ、雑居ビルの一室を借りたであろうリュウさんの城は、半分以上が彼の生活スペースになっている。男の一人暮らしって感じで、一か月くらい前の新聞や、コンビニの弁当のゴミなんかも散らばっていた。

 俺はソファに座り直して、リュウさんの反応を待った。しかし彼は一向に口を開かない。

「……すげータイミングっつーか、そういうのよかったっすよね」

「え?」

「いや、あそこでリュウさんが来てくれなかったら、俺は管理局に捕まってたなって」

「そういう、星の巡り合わせというものはあると思うよ」

 星か。巡り合わせときたか。

「見てたんすよね?」

 リュウさんは答えない。ただ、彼の眼光が鋭くなったように感じた。

「最初、リュウさんは俺のことをつけてんのかなーとか思ってたんすよ。でも、たぶんそうじゃねえなって。つけてたというか、リュウさんが気になってたのは管理局じゃないんすか? 前にも、管理局に気をつけろとか言ってたし」

「青井君、私は……」

 別に。

 別に、俺はリュウさんに喧嘩を売りたいわけじゃない。ただ、この状況下だ。この人が敵になるのか味方になるのか。それだけを知りたかった。

「管理局の、誰を見てたんすか?」

 リュウさんは口を開きかけた。彼が動揺するのは珍しい。ああ、俺は、当たりを引いたのかと思った。

「や、全然関係ない話なんですけどね。アイリスって管理官がいるんですよ。歳は、まだ十代ですかね。そいつがこの前、ホットドッグ屋の袋を持ってたんすよ。ほら、リュウさんも前に食べてたじゃないすか」

「ああ、あそこの。あそこのは美味しいからね」

「俺も舌が馬鹿とは言われますけど、さすがにまずいもんはまずいって分かりますよ」

 俺がそう言うと、リュウさんは目を見開いた。

「あそこの店はここいらじゃあまずいってんで有名なんですよ。激辛とか、そういうのは抜きにして。だから、アイリスがそこの店のホットドッグを買ってたのが妙に気になって。こいつアホほど腹でも減ってんじゃねえのかって。もしくは、何も知らなかったとか」

「……知らなかったんじゃないのかい。彼女は、この街に来て間もないだろうから」

「重箱の隅っこつつくみたいですけど、そいつ、『美味しいですよ』って言ったんですよ。だからたぶん、食うのは初めてじゃない。……リュウさん、アイリスが何か言ってなかったか、とか聞いてましたよね」

「ああ、そうだったかな」

 はい、そうだったんです。

「勘でしかないんですけど、もしかして、アイリスと知り合いだったりしますか?」

 そう。たとえば、食べ物の好みが似るくらいの。それくらいには近しい感じの。

 リュウさんは頭を掻き、コーヒーを淹れ始めた。

「君が戦闘員やヒーローとして生き残っているのは、そういう、半端な勘の良さなのかもしれないね」

「じゃあ、やっぱり……」

「ああ」と、リュウさんは観念したように呻いた。

「アイリス・エアウェイブルーは私の実の娘だよ」

 …………実の、え? あ、そうなんか?

「俺はてっきり、なんか、そういうんじゃなくって……」

「ええ? 分かってたんじゃあなかったのかい?」

 俺は笑って誤魔化そうとした。

「なんだ。白状して損したなあ。まあ、うん。そうなんだよ。妻がね、向こうの人で。国際結婚ってやつで」

「そう、だったんですか」

 駄目だ。頭の中で、リュウさんとアイリスが重ならない。こう言っちゃあなんだけど、奥さん、よっぽどの美人だったんだろうな。

「エアウェイブルーは妻の方の名でね。……ああ、そうか。当然だけど、あの子はそう名乗っているんだな」

「あ。もしかしてリュウさんが探偵やってるのって、娘さんのことを調べる為だったりします?」

「いや、何でもいいから人助けをしたくてね。たとえそれが猫探しでも何であっても、困ってる人がいるならって」

 立派な人だ。

「君と同じように、私にもヒーローをやっていた時期があってね」

「リュウさんも、ヒーローだったんですか?」

「もう、十何年も前のことだよ。そこで辞めたんだ。この街でやってたわけじゃなかったし、有名でもなかったから誰も知らないとは思うけどね。だから、探偵をやってるのはその名残なのかもしれない。あるいは……いや、いいか」

 リュウさんがヒーローか。なーんか想像出来ねえんだよな。いや、勘の鋭い人だとは思うけど、たるんだボディを見てると、どうにも……。

「知ってる人からは、物騒な名前で呼ばれたりなんてしてね。ほら、私は名前がリュウだから」

「強かったんすか?」

「……どうだろうね。腕っ節は悪くなかったけど、私は、心根が弱かったから」

 その気持ちは何となく分かる。

「私はね、ヒーローとしてある組織を追っていたんだ。窃盗団みたいな連中でね。私の家族が住んでいる地域で幅を利かせていたから、どうにも見逃せなかったんだ」

 淹れたてのコーヒー。リュウさんはマグカップを持ったまま、それをじっと見つめていた。

「ただ、私には一つ、主義があってね」

「主義ですか」

「ヒーローには大切なものだよ。無暗に力を振るうものじゃない。私はそう思っているからね。……私の主義は、女子供を殴らない、というものだった」

 俺は、どうだろう。

 相手がガキや女だったらどうするんだろう。とか思ったが、いけるな、と、思った。ガキでも女でも悪いことをやったんなら、殴られるくらいは覚悟しなきゃあいけねえ。

「窃盗団はどうなったんですか」

「見つけたよ。追い詰めもした。下っ端をほとんど倒して、後は敵の首領だけだった。もう少しで全て上手くいって終わるってところで、相手が女だと気づいた」

「見逃したんすか?」

 リュウさんは頷いた。

 まあ、そういうこともあるんだろう。……主義は規則だ。自分を守るものでもあるが、縛りつけることもある。

「もちろん『二度とするな』と言い含めたよ。そのつもりだった。でも、見逃したやつがね、知らなかったとはいえ、私の家族を襲撃した。自分の組織を無茶苦茶にされてやけになってたのかもね」

「家族って……その、奥さんは?」

「無事だったよ。軽い怪我は負ったけど、その女も別のヒーローが捕まえたから。そのことがきっかけで妻と娘とは別れることになったけどね。やっぱり、色々言われて。一番効いたのは、離婚のことじゃあないんだ。『あなたはヒーローなんかじゃない』って言われたことを、私は今でも覚えているよ」

 忘れられないんだ。そう付け足して、リュウさんは冷え切ったであろうコーヒーに口をつけた。

「妻とはそれから連絡を取っていない。ただ、娘が……アイリスが少しの間だけ、私に手紙を送ってくれてね。ある程度のことは分かってたんだ。それも、あの子が大きくなって私の失敗を知ったか、誰かにばれて手紙を送るのを止められたかで、いつの間にか来なくなったが」

 そういうわけだったのか。

 でも、リュウさんもアイリスも、この街でまた出会いかけている。

「……アイリスの顔は見たんすか?」

「未練がましいと思ったが、どうしても、断ち切れなくてね。君からアイリスの名前を聞いて、すぐに管理局のことを調べ直したよ」

「でも、リュウさんは俺がアイリスのことを話す前から管理局のことを知ってましたよね」

 ああ、と、リュウさんは呻くような声を発した。

「ヒーロー管理局に入ることはあの子の夢だった、みたいだからね。それで……それで」

 もしかしたら、自分の娘と会えるかもしれない。そんなことを思いながら、リュウさんは管理局について調べていたのかもしれなかった。

「あの子は昔からヒーローが好きだった。私がそうであったからかもしれないが、他のヒーローが活躍するのも、目を輝かせて見ていたのを覚えているよ」

 俺は、アイリスのことを思い浮かべていた。どんないきさつがあったかなんて知らねえが、あいつは小さい時、ヒーローが好きで、管理局に入りたいなんてことをきらきらした目で言ってたんだろう。

 そんなやつが、蜘蛛の巣なんて悪の組織とつるむのをよしとするだろうか。もしかしたら、アイリスは本当に何も知らなかったんじゃあないのか? だとすると、俺はあいつに余計なことを喋っちまった。そんな気がする。

 正義感の強いやつってのは、たぶん、ろくなことをしない。たとえ自分の身に危機が及ぶことになろうとも、そいつを見逃せないってんなら……。

「リュウさん。電話、貸してもらえないですか。うちのやつらに連絡を取りたいんです」

「ああ、いいとも。……午前、三時か。遅い時間だが、あの社長さんも君のことを心配しているはずだよ」

 リュウさんは携帯を操作してカラーズに電話をかけると、そのまま俺に手渡してくれた。

「席を外そうか?」

 構わないということを手で示し、俺は電話が繋がるのを待った。



『クソ馬鹿』

 繋がったと思ったらこれだよ。

「…………はい」

『馬鹿なの?』

「はい」

『無事なの?』

「はい」

『今、どこ?』

 俺は少しだけ迷ったが、本当のことを告げることにした。

「知り合いの探偵んとこ」

『ああ、あの……そう。イダテン丸は?』

「悪いけど、途中ではぐれちまった」

 それきり、社長は黙り込んでしまう。さて、次はどんな罵声を浴びせられるかと覚悟していたら、

『で? どうするつもり?』

 案外、優しい声音でそんなことを言われてしまった。どうするつもりって。

『あなたが管理局から逃げ出したことはそんなに広まってないみたい。ただ、管理局で怪人たちが暴れているのはマスコミも嗅ぎつけてるでしょうね』

「そうか」

『ああ、あと、匿名で連絡が入ったの。うちにだけじゃない、他のヒーロー派遣会社にも同じようなことを言って回ってるって、そいつが言ってた』

 匿名? 今、このタイミングで?

「そいつはなんて?」

『蜘蛛の巣って組織と管理局は裏で繋がっているって』

「……そうか」

 やりやがったな、あの人。間違いない。江戸さんだ。彼らが派遣会社にタレこんでいる。

『それからもう一つ。これは、カラーズにだけ伝えると言われたことがあるの』

「おう」

『管理官、アイリス・エアウェイブルーが何者かに捕らわれているって。どう思う?』

「社長はどう思うよ?」

『ふ。あはは、蜂の巣つつくような真似をするからよ。ざまあみろって感じね』

 性根腐ってんなー、このアマは。

 ただ、そうか。アイリスが捕まったときたか。だとすると、恐らく、あいつが余計なことを聞いて、厄介だと思われたんだろう。蜘蛛の巣がどれくらいのものかは知らねえが、そいつらの息がかかったやつに引っかかったな。

 口封じのつもりか、あるいは。

『で? どうするつもり?』

 先と同じことを言われたが、声の調子は優しくない。

「決まってんだろ」

『そう。あの子を助けるのね。ああ、そう。ふうん。そうなんだ』

「んだよ拗ねてんのか? ちげーよ。俺は別にあいつを助けるのが目的じゃねえ。あいつを助けることで、俺の正義ってもんを見せてやりてえんだよ」

『……かっこつけんなバーカ!』

「あっ!」

 切られた!

 俺は電話を握ったまま立ち尽くし、それから我に返って、リュウさんに電話を返した。

「青井君。話が、漏れ聞こえてしまったんだが……」

 やっぱり聞かれてたか。まあ、きちんと話すつもりだったけど。

「まあ、本当かどうかは分からないですけど。でも、はい。アイリスが捕まりました。たぶん、蜘蛛の巣って組織にだと思います」

「ああ、そうか……」

 リュウさんはソファに座り込み、頭を抱えてしまう。

「全部任せてくれとは言いません。でも、俺は行きますから」

 リュウさんは俺の話を聞いていないみたいだった。何か、聞き取れないくらいの声で何事かをぶつぶつと呟き続けている。一瞬、おかしくなったんじゃないかってぎょっとしたが、違った。彼は謝罪の言葉を口にしているらしかった。

 そこから一分間は経っただろうか、リュウさんは呟くのをぴたりと止めて立ち上がる。どうするつもりなのかと問うと、私も行くよと言い切った。

 俺にはリュウさんを止める理由も術もない。小さく頷き、二人して探偵事務所を出た。

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