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ブルージャスティスここにあり!  作者: 竹内すくね
Blau Gerechtigkeit Nachspiel!
130/137

あなたはヒーローを辞めた方がいい

「待てこの野郎っ、ぶっ飛ばすから逃げんじゃねえ!」

 クソが!

 俺は、どこかの組織の戦闘員を全速力で追いかけていた。どうやらそいつは、昼日中から酔っぱらってでもいたのか、コンビニの店内でしこたま暴れて店員を恫喝して、たばこや酒をよこせと強請ったらしい。チンケなやつだ。コンビニの店員にはもっと優しくしやがれ。

 酒が入っているくせに、俺の前方を必死で駆ける戦闘員の足取りはしっかりしている。野郎は信号を無視し、車と衝突しそうになり、通行人を突き飛ばしながらひたすらに逃げ回っている。

 真っ直ぐ追っかけても余計な被害を増やすだけか。そう判断した俺は脇道に入り、人家の塀の上や、建物と建物の間の狭苦しい場所を抜けて先回りすることにした。

 近道して物陰に潜み、辺りをキョロキョロと見回しながら走ってくる戦闘員を確認し、飛び出す。奇襲を仕掛けたが避けられちまう。だが、路地裏に追い詰めた。やつが逃げる先には金網があって、行き止まりだ。

 戦闘員は背の高い金網を見上げておろおろとしていたが、俺が接近するのに気づき、必死によじ登ろうとする。俺は戦闘員の足を掴み、引き摺り下ろしてマウントを取った。じたばたもがきやがるから腹に二発パンチを見舞うとすぐに黙った。

「よーしよし、それでいいんだよ」

 さーて、とりあえず社長に連絡するか。そんでこのボケをどこかに引き渡して仕事は完了だ。

 戦闘員の首根っこを右手で捕まえたまま、携帯電話を取り出して社長にかけようとした瞬間、電話がかかってきた。社長からじゃない。これは、誰だ?

「あい、もしもし」とりあえず出てみる。

『カラーズのヒーロー、ブルージャスティスですね』

 あまり聞き覚えのない、女の声だった。しかしその喋り方には覚えがある。

「あんた、管理局の……?」

『はい。身体強化外甲殻服管理局管理官、アイリス・エアウェイブルーです』

 やっぱりアイリスだったか。

「長ったらしい肩書きだな。で、何? あ、いや、ちょうどいいや。今さっき戦闘員を捕まえたんだよ。どうすりゃあいい?」

『そうでしたか、ご苦労様です。では、現在地を教えてください。そちらに警官を向かわせます』

「ああ、頼む。それまでこいつを押さえときゃいいか?」

 その時、路地裏から通りが見えた。子供連れの母親と、妙なやつがぶつかるのも見えた。母親は自分が肩をぶつけられたのにもかかわらず、子供を庇うようにして頭をぺこぺこと下げている。

『ブルージャスティス? 聞こえていますか? 次に向かって欲しい場所があるのですが』

 妙なやつは、男だ。タンクトップを着て、派手な色に髪の毛を染めた、いかにもって感じの若い男である。そいつは謝られたってのに気が済まないのか、平身低頭の母親に対して何事かを喚き散らしていた。通行人も絡まれるのは嫌なんだろう、誰もその母親を助けられないらしい。

 俺は、まだ呻いている戦闘員を立ち上がらせて、少し強めにパンチを打った。金網に背中をぶつけて、そいつは前のめりになって倒れた。

「悪い。ちょっと待ってくれ。ついでに一個だけ片づけるからよ」

『はい? あの、何が』

 路地裏から出て通りに差し掛かると、件の若い男のとある特徴が見えた。

「刺青の男だ。右肩から腕にかけて虫みてえな刺青がある。歳は、二十代か。髪は短め、色は金。そいつが街中で喚いてうるせえ」

『……その男は戦闘員なのですか?』

「いや、スーツは着てねえ」

『ふう、いいですか。優先順位を違えないでください』

 アイリスは、ある住所を俺に告げた。そこで怪人が暴れていることも付け足した。

 俺はそこから少しの間だけ刺青の男を見ていたが、母親や、近くの誰かに暴力を振るう気はなさそうだと判断する。

「分かった。今からそっちへ行く。……おい、あれ?」

 アイリスはすぐに返事をしなかった。どうやら、彼女も電話口で誰かと話しているらしい。俺は再び、刺青の男へ視線を遣った。


「おかあさんをいじめるなっ」

「……あ? んだあ、このガキ……」

「や、やめなさいっ」

「おかあさん! おかあさんがっ!」


 アホに絡まれていた母親の子供が、刺青の男の足に蹴りをかましていた。母親は自分の子供を両腕でかき抱いて、その場に縮こまる。


「やめてえっ、やめてください!」

「うるっせんだよ!」


 刺青の男が、母親の手から子供を引き剥がして屈み込んだ。そうして、手の甲で子供の頬を打った。

 途端、そこら一帯に子供の泣き声が響く。次いで、母親が静かに泣く声が。

『お待たせしました。では、すぐに次の現場へ』

「そうはいかなくなった。切るぞ」

『あお……ブルージャスティス。別の現場へ向かってください。そこから少し離れた場所にある……』

 こいつ、何を抜かしてやがるんだ?

「子供を殴ったんだぞ」

『状況はこちらで把握出来ていません。ですが、戦闘員ではないのでしょう? 怪人は今も人々を』

「おい、おい。おいって! 目の前にいんだぞ!? ガキ殴ったクソ野郎がな! そいつ無視して別の現場行けってのか!?」

『あの』

「見逃せってのか!? どうなんだよ、ああ!?」

 返答はなかった。ややあってから、

『逆らうのですか?』

 アイリスは俺に対して魔法の言葉を告げた。

『ヒーローも人間です。全能の神ではないのです。全てを救うことは出来ません。どちらかを切り捨てる覚悟がないのでしたら、あなたはヒーローを辞めた方がいい。お忘れですか。あなた方が、何に管理されているのかを』

 資格のことを持ち出してきやがった。このクソアマ。

「……お前っ」

『お早く。選んでください』

 俺が、ヒーローを?

 資格を取り上げられちまうってのか?

 せっかく、ここまでやってこれたってのに。怪我だって治って、こうして現場に出てるってのに?

『青井正義さん。そこから離れて、次の現場へ向かってください。今のが最後です。最後の警告です』

 刺青の男は信号を渡ろうとしていた。ここから、逃げようとしていた。


『お前にもいつか分かる。管理局あいつらのやり方がな』

『自分が正しいゆぅて思うたことをする。それがヒーローじゃろうが』

『スーツを着てなきゃヒーローになれないの?』


 ああ。

 ああ、そうか。

 そうだったっけな。

「……違うよな」

 ひよってんじゃねえよ。ビビってんじゃねえよ。

『ブルージャスティス? 聞こえていますか? あのっ、こら!』

 ヒーローにとって大事なのはスーツじゃない。もちろん、どこかの誰かが判を捺した資格でも証明書でもない。馬鹿か俺は。

『ブルージャスティスッ! 返事を!』

「管理してみろ」

 俺は歩き出す。たまらなくなって、走り出す。

『ブルージャスティスってば!』

「それが俺の名前だ! お前らなんかに俺たちが分かるかよ!」

 頭に血が上る。俺は今、怒っている。理不尽なやつらに対して。何より、腑抜けていた俺自身に対して。勢い余って携帯電話を握り潰しそうになる。こんなもの、邪魔だ。遠くに投げ捨ててやった。

 俺はまだ泣いているガキの頭に手を遣り、地面をけっ飛ばす。点滅する信号。急いで渡り切る。刺青の男の背が目に入った。そいつの肩を強く掴み、無理矢理こっちを向かせる。

「あ? なんだよ、なあ?」

「背中から不意打ちってのはきたねえからよ」

「……え、あ、おいっ」

 俺は俺のやり方で。俺の正義を掲げて。この街で! ヒーローをやるって決めたんだ!



 空気が冷たい。そりゃそうだ。ここは管理局の地下らしいからな。

 見えるのは打ちっぱなしの壁。鉄格子。窓はない。あっても外は見えないだろうし。鉄格子の向こうには廊下がある。外だ。だけど俺はそこに行けない。

 なぜなら、俺は今、檻の中にいるからだ。

「気分はどうですか、青井正義」

 鉄格子の向こうから話しかけてくるのは、両脇をSPで固めたアイリスである。

「……はい」

「はいではありません。管理局の指示に逆らった気分はどうですかと聞いているんです」

 刺青の男をぶん殴った時はすげえ気持ちがよかった。だけどその後がよくなかった。別の現場に行き、他のヒーローと協力して怪人をどうにかしたまではいい。カラーズに戻ろうとした時、俺はあっけなく捕まった。そうして管理局まで連れてこられて、余裕でここの牢屋みたいな場所にぶち込まれたのである。

「一応、俺もヒーローなんだけどさ……つーか、ここってなんだよ? 出られるんだよな? へ、へへ、なあ、ちょっとだけ言うこと無視しただけじゃねえかよ。なあ?」

「ここは管理局の仮眠室です」

 仮眠室だあ? いや、留置場と何も変わらねえじゃねえか!

「大使館の建物なのに、こんなもん用意してんのか? もしかして、よからぬことに使ってんじゃ……」

「Curiosity killed the cat。好奇心は猫を殺すと言います。あなたがヒーローでいたいなら、猫にはならないことです」

「イヌになれってか。お前らの」

 アイリスは何も言わなかった。ただ、俺をじっと見下ろすだけだ。その目は、俺を軽蔑しているようにも、哀れんでいるようにも見える。

「あの、俺はどうなるんでしょうか」

「管理してあげますよ。徹底的に」

 アイリスはとびきりの笑顔を作ってみせた。

「では、今日はここでゆっくり反省してください」

「えっ、ちょ! マジか、マジかよ!?」

 俺は鉄格子を引っ掴んで、体全体を使って揺らしまくる。

「勘弁しろよ! ふざけんなって頼むからっ、なあっ! お願いします! 俺が何したってんだよ!?」

「あなたは、何もしていないのかもしれませんね」

「は、はあ!?」

 背を向けたアイリスは他のやつらを引き連れて俺の前から立ち去っていく。彼女らの足音が妙に響いて、しかし、それもすぐに聞こえなくなる。

 一人取り残された俺はその場に座り込み、うなだれた。ごろんと寝ころんで、部屋の端まで転がる。分厚い壁に体を預けると、背中がひゅっと冷えていくのが分かった。

 ……携帯はあの時かっこつけて投げ捨てちまったし、グローブも取り上げられちまった。今頃、社長やレンたちは俺のことを心配しているのだろうか。誰か助けに――――いや、駄目だ。こんなところに入れられてどうにもならねえかもしれないが、俺一人でどうにかするしかない。

 ひとまず、この部屋を色々と調べてみることにした。何となしに壁をノックする。鈍い音が返ってきた。すげー分厚そう。壁も鉄格子も、グローブもなしに壊せるとは思えねえ。

 六畳ほどの部屋にあるものといえば、隅に壁で囲われたトイレ。洗面所はあるらしいが……もしかして、飯も水もないのか? この、洗面所の蛇口のを飲めってのか? いくらなんでも劣悪過ぎる。

 畳の上には毛布と敷布団が置かれていた。それに触れてみると、安っぽい感じがした。天井を見上げるが、小さい電灯がついてるだけだ。通気口か何かあればと期待したが駄目みたいである。

 鉄格子の前面には板が張ってある。ちょうど、俺が座れば、廊下側から俺の頭が見えるくらいの高さに。右端には犬猫が出入りするくらいの戸、みたいなものがあった。これって、外から食事を出し入れするやつじゃねえの?

「いや、完璧留置場じゃねえか、これ」

 まるっきり犯罪者扱いかよ。

 しかし、考えれば考えるほど、ここはすげえやばそうな気がする。そもそも管理局ってのが意味分からねえのに、そいつらが大使館を間借りしてるってのも妙な話だ。こんな、誰かを閉じ込める為の施設まであるし。

 待てよ?

 そういや、最初っから気になってたことがあったっけ。管理局の目的は分かる。悪を滅ぼす。その為に、ヒーローを自分たちの駒にして効率的に、合理的に配置して動かす。まあ、分かる。だけど分からねえのは、どうやって悪の組織の連中のことを知ったんだってことだ。

 社長は言ってた。管理局の人数は多くないって。おまけによそ様の家を借りてるようなやつらだ。規模はそこまで大きくない。少なくとも、この街に来たアイリスたちは。

 だけど指示は的確だった。怪人どころか、戦闘員一人だって逃がさないようにヒーローたちを動かしていた。でも、悪の組織の情報をどうやって手に入れてたってんだ? 管理局が何か情報網を持ってるのかもしれねえ。俺たちには到底、想像だって出来ないような何かを持ってるのかもしれねえ。

 俺は今、アイリスや管理局のことを死ぬほど嫌ってる。だから勝手に怪しんで疑って、きな臭く感じているだけなのかもしれなかった。だけど、この胸のざわつきはなんだ? そんで結構寒いから暖房を入れてくれると助かるんだけど。

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