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ブルージャスティスここにあり!  作者: 竹内すくね
Blau Gerechtigkeit Nachspiel!
129/137

俺の理想はなあ、お前みたいなゴリラじゃねえ。料理が上手くて家事も出来る、俺に尽くして優しくしてくれるような人がいいんだよ!

 謹慎一か月。

 そいつが、赤丸やファルコンレンジャーたちに言い渡された処分だった。重いのか軽いのか、俺にはよく分からない。処分を決めたやつが正しいのかどうかでさえ、分からないんだ。



 カラーズの事務所には赤丸がいた。九重と黒武者はソファに座ってくつろいでいる。昨日の今日ということもあってか、百鬼さんまでいた。

 赤丸は社長と何か話していたらしいが、俺の姿を見るなり顔を痙攣させながら頭を下げた。

「青井。そのう、なんと、ゆうか」

「んだよ?」

「あ、あのう……」

「早く言えよ。うぜーな」

「う。うちの為に頭下げてくれて、ありがとう」

 赤丸が俺に礼を言った。事務所にいたやつらは俺を含めて全員固まってしまう。

「え? ……お、おう。まあ、いいってことよ」

 ビビった。ヘッドバットされるのかと思ってた。

 俺はひとまず自分のデスクに行き、ノートパソコンを開く。赤丸はふらつきながら事務所を出ていった。

「あの子が人に頭を下げるなんて珍しいわね」

 百鬼さんはまだ事務所のドアを見つめている。よっぽど驚いたのだろう。

「ですね。なあ社長。赤丸に何があったんだ」

「何がって、反省というか、納得したんじゃないかしら」

 社長はぐっと体を伸ばし、自分の肩を手で揉みほぐし始めた。

「でも、謹慎で済んでよかったわ。一か月も赤丸さんが抜けるのは苦しいけれど」

「ま、その穴は俺が埋めてやるよ」

「……青井は駄目よ。頼りないもの。スーツも着てないから怒られちゃうし」

「でも黒武者だって着てないだろ」

 それってちょっとおかしくないか。

「えーと、まあ、それはね?」

「なんであいつはいいんだよ!?」

 俺が黒武者を指差すと、社長はそっぽを向いた。

「僕はいい。僕は青井より詰めが甘くないからな」

「うるせーぞ。俺はな、お前に勝ってんだからな」

「ふ、そうだったな」

 あ、なんだその余裕たっぷりの笑い方は。

「それより実戦のことを考えろ。ブランクがあるのは言い訳にならないぞ。僕たちは曲がりなりにもヒーローなのだからな」

「わあってるよ。戦闘員一人が相手でも気は抜かねえ」

「……管理局にも気をつけた方がいい。特にお前は」

 は、なんだそりゃ。どういう意味だ?

「お前にもいつか分かる。管理局あいつらのやり方がな」

 黒武者は意味ありげなことを言って、仕事に行くからと事務所を出て行った。んだよ、脅かすんじゃねえよ。



 正午になった。黒武者と百鬼さんは管理局の指示を受けて仕事に出ている。俺は相変わらずのデスクワークだ。

「社長、飯食いに行ってくる。あんたはどうすんだ」

「私はお弁当があるから」

 社長はピンク色の小さな包みを持っていた。なんだそのファンシー極まりないやつは。

「……作った、のか?」

「そうよ。百鬼さんに教えてもらってるの。悪い?」

「い、いや、悪くはねえけど」

 そこそこいいとこのお嬢様っぽいし、家事とは無縁だとばかり思っていたが(いつも外食ばっかしてるっぽいし)。

「よかったら今度作ってきてあげてもいいわよ」

 結構だ。マッドサイエンティストじみた笑顔が怖い。

「あなたはいつもコンビニか、牛丼だものね。お弁当ならレンが作ってくれそうなものだけれど」

「やだよ。あいつ、海苔とか桜でんぶでハートマーク作るんだぜ」

「可愛いじゃない。今度作ってもらってきて。写メ撮るから」

「自分で作れ」

 俺はズボンのポケットに財布と携帯を押し込んで椅子から立ち上がる。すると、こんこんと、ドアが控えめにノックされた。

 誰だ? うちのやつらならノックなんかしねえし、今は管理局のせいで客は取ってねえはずだ。

 警戒していると、ドアがゆっくりと開かれて、金色の髪がにゅっと入ってくるのが見えた。

「……嘘。やだ。なんで?」

 社長は机の上で広げようとしていた弁当箱と水筒を片づけて、髪の毛を手櫛で整えだした。入ってきたのは誰かと思ってねめつけると、管理局のアイリスだった。このクソアマ、何しにきやがった。

「失礼します。お忙しいところ、大変恐縮です」

 アイリスはドアを閉めてその場に立つ。他のやつが見えないが、今日は一人で来たのだろうか。

「あら、いらっしゃい。連絡の一つもなしにやってくるなんて、随分とお忙しいみたいね」

「嫌みですか? お忘れなく。あなた方は私たちに何一つとして偉ぶれるところはないんですよ」

 社長とアイリスの相性は酷く悪そうだった。まあ、両方性格に難ありだもんな。火と火が重なってどこまでも炎上しそうな感じではある。

「今日は視察に参りました。二、三お尋ねしたいことがあるのですが」

「視察……? 嫌よ。私たち、どこかの誰かさんのお陰で死ぬほど忙しいんだから」

「忙殺されるほどの仕事は割り振っていませんが」

「他にもやることは山積みなのよ」

 そうですかと呟き、アイリスはソファを指し示す。座りたいんだろうか。しかし社長は首を横に振る。いいじゃねえかよ座るくらい。

「いいよ、座れよ」

「では遠慮なく」と、アイリスは静かにソファへ腰を落ち着かせた。社長は俺の方をずっと睨んでいるが黙殺する。

「赤丸夜明さんには処分を伝えましたが、彼女は今どうしていますか」

 社長は嫌そうに、面倒くさそうに口を開いた。

「家で大人しくしているわよ」

「監視は怠らないようにお願いします。二度目がないとは限りませんから」

「うちのヒーローを疑っているの?」

「はあ、疑わない方がおかしいと思いますが。それに、我々は全てのヒーローを疑っています。あなた方を特別視しているつもりはありません」

 喧嘩しに来たのかな、こいつ。

 アイリスは社長をじっと見ている。彼女の何もかもを見通そうとしているかのように思えた。

「白鳥社長。赤丸さんがいない分の穴はどうされるおつもりですか」

「そんなの、あなたたちが私たちに仕事を回さなければいいだけの話じゃない」

「それをさせないのが悪の常です。今も悪の組織は動いているのですから。ですが、補充要員はいるようですね」

 アイリスは、今度は俺を見る。

「青井のことを言ってるの? 駄目よ、彼は……」

「お言葉ですが。現在のカラーズの評価は地に落ちているようなものです。赤丸さんのことだけではありません。きちんとしたスーツを着ないヒーローに、確か、イダテン丸でしたか。その方は今どちらに?」

 あ。こいつ、イダテン丸がどこかに行ってるのを知ってて聞いてやがるな。案の定社長は答えられず、ぐぬぬって感じで黙るだけだ。

「ブルージャスティスを出動させてくれますね?」

 社長は長いこと黙りこくっていたが、アイリスは社長から一瞬たりとも目を逸らさない。うちの社長は意外と押しに弱い。根負けして、小さく頷いた。

「でも、スーツは着せないわよ」

「なぜですかっ。というか、御剣天馬のスーツはどこにあるのですか」

 俺と社長は顔を見合わせる。管理局ってのはそんなことまで知ってんのか。

「スーツの在処を教えるわけにはいかないわ。たとえあなたがこの国の正義の犬でもね。気に入らないのなら私を好きなようにしてもいいけれど、何をされたって絶対に吐かないし、そもそも、そこにいるヒーローが私を守ってくれるはずだから」

 何となく気恥ずかしくなり、俺は頭を掻いた。

「……一応の確認です。悪用されることはないですね。悪人の手に渡ることはないですね」

「さ、どうかしら。スーツを持って人が変わっちゃう、なんてこともありえない話ではないし」

「まあ、今はこの辺にしておきましょうか。では、赤丸さんの代わりに青井さんに働いてもらいます。異論はないですね」

 大有りって顔してたが、社長は仕方なさそうに首を縦に振る。

「またお話を伺いに来るかとは思います。その時も、よろしくお願いしますね」

 社長はアイリスに見えないところで舌を出していた。ガキか。

「お」

 ふと、アイリスが立ち上がった時、彼女が最初から抱えていた紙袋が目に入り、気になった。

「なあ、その袋」

「はい、なんでしょうか」

「……いや、何でもねえ。まあ、腹減ってりゃ何でも美味いわな」

「……? ええ、これ美味しいですよ?」

「あー、まあ、そうか」

 アイリスは不思議そうにしながら事務所を出て行った。時計に目を遣ると、短い針は1を指していた。マジか。

 俺は腹を摩り、社長の弁当をどうにかして巻き上げてやろうと考えた。



 こうして、俺は現場に復帰することになった。とはいえ、俺には明らかに楽そうな仕事しか回ってこない。社長が諦めずに根回ししたのか。はたまたアイリスたち管理局の情けか。

 ……スーツを着ろ、か。

 こればっかりはな。期待に応えられそうにねえや。



 夕刻、仕事からの帰り道。俺は徒歩でカラーズへ戻ることにした。体はまだ微妙に鈍っている。少しでも体を動かしたかった。悪あがきとも言う。

 少し遠回りしようと思って、この間、リュウさんと一緒に猫を探していた時に通った道を伝う。すると、あの激辛ホットドッグ屋から出てくるリュウさんが見えた。……あの人、またあんなもん食ってんのか。

 俺は声をかけようとしたが、ふと思い立ってリュウさんのあとをつけてみることにした。いつぞやのリベンジである。

 だが、リュウさんの姿は百メートルも歩かない内にふっと消えてしまう。雑踏に紛れたわけでもない。煙のように。あるいは、最初からいなかったかのように。

 つーかマジでどこ行ったんだ?

「やあ、青井くんじゃないか」

「おおおううわあっ!?」

 後ろから声をかけられておまけに肩まで叩かれる。飛び上がりながら振り向けば、やはりというかなんというか、リュウさんだった。彼は目に優しくない色のホットドッグを食べながら、にこやかな笑みを浮かべる。

「ヒーローになっても懲りないね。私は探偵だよ?」

 いや、そんなん理由になってないんすけど。

「君、まさかまた組織に戻ったんじゃないだろうね」

「や、いやいや、リュウさんをつけたのは俺の趣味……っつーと聞こえわりいな。アレです。意地っす」

「はは、そうか。ところで青井くん、今日は久しぶりの現場だったのかな」

「え? まあ、そうですけど、言いましたっけ」

 リュウさんは俺を指差し、首を横に振る。

「さっき、ズボンのポケットからグローブが見えていたからね」

「ああ、それで。まあ、そうなんすよ。久しぶりに復帰です」

「気分はどうだい」

 気兼ねなしに悪いやつをぶん殴った気分は? そう問われている気がして、俺は少しだけ肩身の狭い思いがした。

「仕事っすから」

「そうか。うん。……そうだね」

 リュウさんはホットドッグを平らげ、目を細める。

「ああ、そういや、リュウさんの言ってた管理局ってのがマジで来ましたね」

「みたいだね。なかなか大変そうだけど、なに、管理局の人たちも嫌がらせしたいわけじゃあないんだ。もう少しだけ頑張るといい」

「はあ、そうします。でも、すげームカつく女がいるんすよね」

 俺は、アイリスという管理官がいることを喋った。名前が長いので『アイリス』としか覚えてなかったが。ついでに、色々と嫌みを言われたこともぶちまけた。

「別にフォローするわけじゃないっすけど、そいつもそいつで色々とありそうですし、一応、借りがありますからね。そんな悪くは言えねえっす」

「……アイリス……?」

 ありゃ、俺の話がつまんなかったかな。リュウさんは何か考え込んでいる。

 ただ、俺がじっとリュウさんを見ていると、彼は我に返ったかのように笑顔を作り、何でもないよと言った。

「大変つーか調子が狂ってますけど、せっかくヒーローに戻れたって感じがしますし、頑張りますよ」

「ん、ああ、うん。青井くん。アイリスという管理官だが、何か、言っていなかったか?」

「……何か? まあ、色々と言ってましたけど、特に何かって言われると……」

「ああ、それならいいんだ。まあ、うん。相手は管理局だ。気をつけるに越したことはないからね。それじゃあ」

「は?」

 いや、さっきは管理局のことそんな風に言ってなかったじゃないですか。っていうか、行っちゃったし。わけ分かんねえなあ。アレだな。リュウさんも結構歳いってるもんな。



「ただいまー」

 事務所につくと、何かが接近してきた。いきなりのことだったので構えられず、俺はそいつに抱き着かれて床に倒されてしまう。おまけに後頭部を床にぶつけてぶっ殺すぞこいつ。

「ゴラァクソが!」

「ごめん、ごめんなあああああ」

「謝りながら力込めてんじゃねえぞ!」

 重いし、しかも酒臭いし。長い髪の毛が俺の口の中に入ってくる。きったねえ!

「どるあああっ」

 思いっきり膝を立ててそいつの腹にダメージを与える。低い声で呻いたそいつはひっくり返って床の上で悶えた。

「あっ!」

 俺にタックルを仕掛けたのは赤丸だった。女のくせに全然柔らかくねえから気づかなかった。またお前か。俺は事務所にいた社長を睨み、赤丸を指差す。

「お疲れさま、青井。久しぶりの現場はどうだった?」

「誤魔化そうとすんじゃねえよ。こんな酔っ払いを事務所に入れるんじゃねえ。自宅で謹慎ってのが」

「だってずーっと電話してくるんだもん。赤丸さんの愚痴や弱音って珍しいから、ついつい可哀想になってきちゃって」

 それで事務所に呼んだってのか。管理局にバレたらどうするつもりだ。

「青井も慰めてあげてよ。『うちはもうアカン』とか『ヒーロー続けられないんじゃあー』とか、ずっとめそめそしてるのよ」

「知るか。とにかく仕事は終わったんだ。報告も済んだ。じゃあな、また明日」

 もう帰ろうと思って社長に背を向けたが、足首を万力のような力強さで締め上げられてしまう。

「あおいいいい、あおいいいい、うちなあ、うちなああああ」

「離せこの野郎!」

 蹴りまくってやろうかと思ったが、赤丸はめっちゃ泣いていた。涙と鼻水と涎で顔がぐちゃぐちゃである。人間ってのはここまでマジ泣き出来るもんなのか。流石に可哀想になってきた。しかも、俺は赤丸に助けられてるんだよな。

 仕方ねえ。俺は屈み込んだ。

「何だよ。ヒーローやれないのがそんなに嫌なのか?」

「あああああ、青井も、社長も優しいいいいい。うちの話聞いてくれるんじゃね……」

 いいから言えよ鬱陶しいな。

「あんな、うちな、悔しいんじゃ。管理局もクソほどムカついてぶち殺したろうと思うくらいムカつく」

「ああ」

「でもな、家で大人しくしとったら、あー、うちはこの先どないするんじゃろうと。そがあなこと考えてたらな、考えてたらなあ」

 将来が不安になったと。まあ、そりゃそうだよな。誰だってそうだよ。ヒーローは体が資本だし、年食えば食うほど働けなくなる。赤丸は人をぶん殴ったりものを壊すことは得意だけど、それ以外にゃ何も出来ねえしな。

「あー、そうかそうか。まあ、アレだ。結婚すりゃいいんじゃねえの」

「……結婚」

 ああー、と、社長の方からも声が上がった。

「そう、結婚。お前はアホだしアホほど乱暴だし喋ればチンピラみてえだけど、黙ってりゃそこそこ美人なんだしよ。これを機に百鬼さんから料理習ったりしろよ。したら貰い手の一人くらい……まあ、見つかるかもしれないんじゃねえかな」

 赤丸はぼうっとした顔で俺を見上げてくる。

「じゃあ、青井がもろうて?」

「あ?」

「うちと結婚してえぇぇぇえ」

 うわあゾンビかよ。縋りついてくるんじゃねえ。

「この際お前で妥協するからあああ」

「てめえ弱ってるからって言っていいことと悪いことがあるぞ」

「うちがもろうてゆうてるんじゃから、そうしてくれたってええじゃろう!」

「ふっざけんな! 俺の理想はなあ、お前みたいなゴリラじゃねえ。料理が上手くて家事も出来る、俺に尽くして優しくしてくれるような人がいいんだよ!」

 俺の叫びは赤丸を黙らせて、彼女の涙を止めた。

「ねえ青井。その理想の人って思い切りレンじゃないの?」

「えっ?」

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