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ブルージャスティスここにあり!  作者: 竹内すくね
Blau Gerechtigkeit Nachspiel!
128/137

ヒーローっちゅうのはなあ!

 思惑とか、利権とか、金とか、そういうのはすげえ分かる。しがらみだとか、そういうものは人間が生きてく上ですげー鬱陶しいけど、そいつをマジで全部なくしちまったら、そん時、なくしちまったやつはもう人間じゃあなくなるんだろうなって気さえする。

 今、俺の前には背の高い柵と植え込みに囲われた、真白の建物が聳え立っていた。

 俺はグローブをはめて、道中で合流した黒武者と百鬼さんに久しぶりと伝えた。二人は苦笑していた。

 現在時刻は二十時前。正門前にはヒーローが座り込んでいて、プラカードを掲げたり、何事かを喚いたりしていた。

「どうする青井。見られないように分かれて動くか?」

 黒武者に問われ、俺は再度ヒーローたちの姿を確認する。

「気にしなくてもいいと思うぜ。ファルコンレンジャーがあそこにいねえ。たぶん、どっか見晴らしのいいところ陣取ってる。俺たちのことも見えてるはずだ」

「ファルコンレンジャーって、誰?」

 百鬼さんはシャクヤクのカバーを外しながら、そう尋ねてきた。

「弓を武器にしてる身軽なヒーローっすよ。人の獲物をすぐに横取りするんで一部からは嫌われてますけど、普通に強いっす」

「何かあったら遠距離から狙われるってわけね」

「目もいい。優秀なスナイパーだ」

 敵に回すとなるとクソ厄介だ。あいつが主メンバーだろうし、ここで逃がして二回目のデモを起こされそうで怖いな。どうにかしておきたい。

「……遠距離か。僕と青井では相性が悪いな。百鬼牡丹、あなたにお願いしたい」

「だっ、おい、ちょっと待てよ」

 百鬼さん一人に任すのは気が引けるぞ。

「いいわよ」

 だが、百鬼さんはあっさり承諾してしまう。

「でも、相手がどこにいるか分からないのが困りものね。撃たれないことが第一だと思うけど、もしもの時は囮になってちょうだいね」

「それしかないな。僕は問題ないが……」

 黒武者が露骨に俺を見る。俺だって問題ねえよちくしょう。

「とりあえず百鬼さんには待機してもらって、俺と黒武者でやつらに話しかけてみますよ」

 相手の数の方が多い。アイリスがどれだけヒーローを呼べるかも分からねえが、せめて時間稼ぎだけはしておかねえと。



 俺と黒武者は二人で並んで、大使館前のヒーローたちに向けて手を振った。

「よーう、やってんじゃんお前ら。超楽しそうだな」

 警備のやつと口論していたヒーロー(誰だっけこいつ)がこっちを見る。

「んだ、お前ら……?」

「あっ、こいつらカラーズのヒーローじゃね?」

「ってことは……」

 アンチ管理局ヒーローズが、じっと座り込んでいる赤丸に視線を遣った。俺は腕を組み、こっちを見ようともしない赤丸に声をかけてやる。

「おい、帰るんなら今の内だぞ。お前らもだ。今なら逮捕とか、資格のはく奪もナシにしてくれるって言ってんぞ」

 すると、ヒーローたちは警備の人間からこっちに狙いを定めてきた。


「ふっざけんなボケ!」

「そういう話してんじゃねえぞ!」

「てめえだってヒーローだろがっ、管理局のイヌに成り下がってんじゃねえ!」


 おーおー、吠えやがる。

「ボケはどっちだ。てめえら自分の好き勝手にヒーローやりてえからこんなとこに座り込んでんだろ。そんでヒーローやれなくなったら終わりじゃねえか」

 もっと考えろ。考えて好き勝手やれ。

 俺が冷めた目で見ていると、一人のヒーローが一歩前に歩み出た。確かこの紫のボディスーツを着てるのは、キャプテンマークとか言ったか。細身だが人を殴る為の筋肉もきっちりついている。そこそこベテランのおっさんだったはずだが、やる気は充分ってとこか。

「勘違いしてもらっては困る。我々は、我々がヒーローでいられる為の行動をしているに過ぎない。その判断の上で管理局という存在は不必要だと言っているのだ」

 うるせえ。俺は話の長いやつが嫌いなんだ。イライラしていると、黒武者が肘で突っついてきた。

「蹴った方が早いぞ」

「いや殴った方がはええ」

 ここにいやがるヒーローはスーツを着ていない俺たちを舐め切ってやがる。下に見てるんだ。俺みたいなやつの言うことを聞くはずはない。やっぱ最初から無駄だった。話し合いなんか無理だったんだよな。

「手っ取り早いじゃねえか」

 俺は首の骨をごきごきと鳴らす。実戦は久しぶりだが、黒武者もいるし後ろには百鬼さんもいる。俺がやられても何とかしてくれるだろう。つーかお願いします。

 だが、俺のやる気に反してヒーローたちの腰は妙に重かった。口だけは喧しくしているがそれだけである。殴りかかろうとしてくるやつは一人だっていない。

 だが、俺がこいつらの立場になったらと想像してみるとピンときた。ここって、大使館っつーか管理局のおひざ元ってやつなんだよな。で、やっぱりヒーローの身で国に対して暴力を振るうのは気が引けてるってわけだ。だからこそこうしてこいつら座り込んでるだけなんだ。

 しかし俺には大義名分がある。管理官の許可をもらって敵をぶちのめしてもいい立場にある。やべー無敵じゃん。

「なるほどな。よし、お前ら五秒だけ時間をやるよ。だからこっから退散しやがれ」

「は、はあっ!? ふざけんなこらてめえこら!」

「てめえら俺に手ぇ出してみろ。管理官のアイリスにチクってやるからよ。したらお前らヒーロー資格はく奪だかんな」

 ヒーローたちは黙った。そりゃそうだ。こいつらだってヒーローを辞めたいとは思っていないんだからな。あー、やべえ、ちょっと気持ちいい。

 このままこいつら皆帰って上手くいくかと思ったその時、一人のヒーローが立ち上がった。予想通り、赤丸だった。

 赤丸は持っていたプラカードをその場に投げ捨てて、得物のしゃもじを素振りして肩に担いだ。

 あ、やばい。

 そんな空気を察した他のヒーローは赤丸から距離を取り始める。

「帰り支度は済んだみてえだな」

「あほなことゆうな」

 赤丸は得物を俺に突きつけて、凶暴な笑みを浮かべた。

「忘れとったな。うちとお前の勝負のケリ、まだついてなかったじゃろう」

 ミストルティン襲撃の時のことを言っているのか、こいつ。

「もともと、うちは一人でもやるつもりじゃった。こいつらみぃんな口だけじゃ。ちょうどええ。まずはお前じゃ、青井」

「……赤丸夜明。やるのか」

 俺は黒武者の問いに、大きく頷いて返した。その瞬間、他のヒーローもこっちに狙いを定めて、覚悟を決めたらしい。

「お前ら、ヒーローっちゅうのはなあ!」

 赤丸が叫び、その声を合図にして戦いが始まった。



 最初に動いたのは赤丸。俺と黒武者を同時に薙ぎ払おうとしてしゃもじを振るった。相変わらずえげつねえスピードでデカブツを振り回しやがるが、俺は身を低くして、黒武者は跳躍してその攻撃を躱す。

 風圧で俺たちの髪の毛が巻き上げられた。気にしている余裕はなく、背後から誰かの気配。俺は地面を転がるようにしてその場から逃れて起き上がる。

 黒武者は俺の背に回り、こっそりと近づいていたキャプテンマークを蹴り飛ばした。

「鈍いぞ青井」

「うるせえなっ」

 久しぶりの実戦。その相手がヒーローとはな。だけど、怪人や戦闘員を相手にしているよりも、ヒーロー相手の方が俺には慣れてる。手持ちの武器はグローブだけだが、そいつで充分だ!

 俺は前に大きく踏み込む。まさか俺の方から接近するとは思っていなかったのだろう、マタギの格好をしたヒーローの反応は鈍かった。

 右腕に力を入れて、走り込む勢いのまま殴り抜く。腹に重たいのをぶちこんだという感触が伝わった。マタギヒーローは低く呻いて地面をバウンドしながら転がっていく。

 息を一つ、吐く。左方から別のヒーローが殴りかかってきていた。グローブで防ぎ、反撃を試みる。避けられちまったが、ヒーローの逃げた先に黒武者が回り込み、またもや蹴り飛ばす。

「意外と息が合うじゃねえかよ、黒武者!」

「僕が合わせてやっているだけだ」

「かわいくねえな!」

 大柄なヒーローが向かってくる。至近距離でやり合うつもりなのか、一気に懐に潜り込まれた。まずい。一発でももらったら死にそう。野郎が拳を振り上げるより先、俺は、

「資格はく奪」

「うっ!?」

 魔法の言葉を口にした。自分の未来を想像したのか、大柄なヒーローはぴたりと動きを止める。その隙に顔面を二発ぶん殴ってやった。

 俺と先のヒーローのやり取りを見ていたのか、他のやつらも動きが悪くなっている。張り切ってんのは赤丸だけだ。やつも黒武者が押さえている。俺は後ろから近づき、積年の恨みとばかりに赤丸の背中を思い切り殴ってやろうとした。

「退け青井っ」

 だが、黒武者の言葉を聞いてその場から跳ねるようにして退く。俺が離れると同時、先まで俺がいた場所に何かが突き刺さった。ビビりながらそれを確認してみると、矢、だった。

「ハイエナ野郎か!」

 ファルコンレンジャーに違いねえ。やっぱり近くに潜んでやがったか。

 黒武者はいったん赤丸から距離を取り、俺の隣に並んだ。

「矢が厄介だ」

「そっちは百鬼さんに任す。俺たちは囮だ」

 あのハイエナが移動しながら撃ってる可能性もあるが、矢の出所さえ分かればある程度は的が絞れるはずだ。それにこっちは生身である。ファルコンレンジャーの良心を信じてまともに当たらないことを祈るしかねえな。

「では、まずは赤丸夜明を止めるとしよう」

 俺たちがこそこそ話しているのが気に入らないのか、赤丸は叫びながら突進してくる。敵に回すとホント嫌だな、こいつ。

 だけど、

「黒武者。タイマンでやらせろ」

「……貸しだぞっ」

 こいつの、そういうまっすぐなところはすげえ好きなんだ、俺は。



「青井っ! あおいいいぃいいいいい!」

「今日こそっ、勝たせてもらうからな!」

 俺と赤丸。二人ともが踏み込む。どっちも絶対止まらねえって感じだろうが、流石に能力が違い過ぎてる。長引かせるのだけは駄目だ。

 こっちの狙いは一か八かのカウンターだ。しゃもじを無理くり避けて一撃ぶっこむ。半端な真似は通用しねえ。こうでもしなきゃ絶対勝てねえ。

 目を瞑りたくなる気持ちを堪えて相手を睨み続ける。赤丸はしゃもじで払うのではなく、突くのを狙っていた。一点突破ってやつか、ここぞって時には考えが被っちまう。すげえ癪!

「あっ」

 しかし思わず声が出てしまった。俺が右腕を振り被って殴る体勢に入っている時、赤丸の得物はもう目の前にあった。死んだ。そう思った瞬間、赤丸はなぜかしゃもじを手元に戻し、つんのめるようにしてブレーキをかける。

「赤丸てめえ!?」

 何をするつもりなのかと思ったが、俺はすぐに気づいた。

 赤丸とはパワーが違う。スピードが違う。見えてるもん、いる場所が少しだけ違う。だからこいつは、ファルコンレンジャーの矢が迫っていることに俺より先に気づいた。

「伏せぇ!」

 襟元を掴まれて、強制的に屈まされる。しゃもじに矢が刺さったのか、変な音がかすかに聞こえた。助かったかもしれないが、クソほど引っ張られたせいで俺と赤丸の頭がぶつかった。目の奥で火花が散り、俺と赤丸は同時に悪態をつく。

「てめえこのアマ何してくれてんだっ」

「うっさいボケ。気づいてなかったんかマヌケ。お前、死ぬとこやったぞ」

「殺す気で殴りかかってたくせに何言ってんだ!」

「あほうっ、そんな気ぃないわ!」

 言い合っていると、赤丸のしゃもじに矢が突き刺さるのが見えた。その瞬間、向こうの建物の奥で爆発が起こり、叫び声が聞こえてきた。さすが。百鬼さんがファルコンレンジャーを捕まえてくれたみたいだな。

「……狙って撃ったんならすげえよな、あいつ」

「ちっ。白けた」

 赤丸は立ち上がり、頭を振った。

「おいおい、白けたってお前なあ。そりゃねえよ。ケリつけんじゃねえの?」

「そがぁなつもりなかったのに、ああ、くそ。庇ってしもぉた。お前が弱いせいじゃ。弱いから、ああっ、もう」

「じゃ、俺の勝ちってことでいいんだな」

 赤丸はバッと振り向き、拳を震わせながら俯いた。

「もうええ、それで。……ああ」

 騒ぎが収まったことを知り、管理局のやつらがぞろぞろと集まっている。じき、赤丸たちは何らかの処罰を喰らっちまうんだろう。

「青井。今まで世話になったな」

 赤丸はそう言って、管理局――――アイリスのもとへ向かおうとしていた。



 俺は赤丸を追い抜いて、アイリスの前で立ち止まった。彼女の後ろには九重のタクシーも見えた。社長たちも、今までの戦いを見ていたに違いない。

 アイリスは俺を、いや、俺たちを冷めた目で見ていた。

「ご苦労様でした。あなたはもう帰っていいですよ」

 いいや、このままじゃ帰れねえ。俺は自分史上、今までにないくらい頭を下げた。

「資格のはく奪だけは、ヒーローであることを取り上げるのだけはやめてやってくれ」

「……あなたの同僚の資格を?」

「いや、全員だ。頼む。お願いします」

「ですが彼らは管理局に、この国の機関に対して牙を剥きました。危険分子です。いいですか。ヒーローとは正義の使者です。その正義は、この国の人たちを守る為のものなんですよ? 彼らに備わった強大な力。その矛先が悪以外に向いてはならないのです」

 言っていることは、分かる。

「けど、今なら間に合うって……」

 俺は少しだけアイリスの顔を見た。彼女は溜め息を吐いた。

「青井。もうええ。うちが悪いんじゃ」

 追いついてきた赤丸は俺の肩を掴み、諦めたように首を振る。アホか。

「アイリスとかゆうたか。うちはお前らのゆうことを聞く。じゃけえ、カラーズには」

「資格を奪うつもりはありません。ですが処罰は受けていただきます」

 赤丸は納得していないらしく、何か言おうとしたが、俺は馬鹿の口を右手で塞いだ。

「マジか! 助かる、悪いな、ありがとう!」

 アイリスは俺から顔を背けて、後ろにいるヒーローたちを目で捉える。

「ヒーローの数を減らし過ぎては私たちが来た意味がありませんからね。悪を挫く。その為に管理局があるのです。……ですから、今回だけですよ」

 俺はもう一度頭を下げた。

「さ、しゃもじの方はあちらへ。一応、色々と話を聞かせてもらいますから」

「分かった。でも、その前に一つだけゆうてもええか」

「ええ、どうぞ」

 赤丸はなぜか、俺の方を向いて言った。

「ヒーローは仕事じゃないんじゃ。生き方じゃ。金稼ぎの手段かもしれんけど、でも、誰かの指図で決まるようなもんとも違う。自分が正しいゆぅて思うたことをする。それがヒーローじゃろうが」

 言った後、赤丸は縛っていた髪の毛を解いて、長い息を吐き出した。

「あなたのやったことは決して褒められるものではありません。ですが、あなたの心根はよく分かりました。今言ったことは覚えておきましょう」

 連れていかれる赤丸の背中を見ながら、俺はぼうとした頭で考える。

 ヒーローって、なんだったっけ。

 赤丸は言った。ヒーローは仕事じゃなく生き方だと。それこそがヒーローなのだと。お前だってそうだろう。そうだったんじゃないか。赤丸はたぶん、俺に、そう言っていたんだ。

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