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ブルージャスティスここにあり!  作者: 竹内すくね
Blau Gerechtigkeit Nachspiel!
127/137

アイリスなんとかブルーって人

 リュウさんに頼んだ赤丸の素行調査は何事もなく終わるだろう。俺と社長はそう考えていた。だが、リュウさんから連絡が入ったのは、依頼をしてから二日後のことであった。



 報告したいことがある。

 リュウさんは電話口でそう言っていた。俺と社長は二人で、リュウさんに指定された喫茶店に向かうことにした。

 時間は午前九時前。カラーズのヒーローは皆仕事へ行っている。今回のことは九重にも告げていない。だから、

「……なんか、重くなってねえ?」

「失礼ね」

 目的地までは俺が社長の車椅子を押すことになった。

「あ? 体重とか気にしてんのか? いいじゃねえか、もともと細いっつーか、もやしみたいなんだからよ。太ったってことは健康的になったってことだ」

「男って気楽ね。あのね、女の子は一グラムだって増えて欲しくないんだから。いなせだってそうじゃないの?」

 いやー、いなせはそういうの気にしなさそうだけどなあ。

「それに重くなってないわよ。昨日も今朝もちゃんと計ったもの」

「え? わざわざ計ったのか?」

「うるさいわね」

 いや、あんたが自分から言い出したんじゃん。俺が白けた目で社長を見ると、彼女はわざとらしい咳払いをしてからこっちを見た。

「ね、青井はリュウって探偵と知り合いなのよね。どんな風にその人と知り合ったの?」

「あー、まあ、組織にいた時に仕事の関係でさ、世話になったことがあったんだよ」

「あ、悪いことやってたのね」

「リュウさんは違うぞ。どっちかと言うと、俺らがどうにか騙くらかして情報をもらおうと思ってたんだ。とあるやつの住所が知りたくてな」

 社長は話の続きを促してくる。俺はその時のことを思い出して、社長から目を逸らした。

「でも、全部見抜かれてたんだよ。騙そうとしたけど、リュウさんは俺たちに乗っかってたんだ。で、俺らは警察署まで案内されたりした。やべえ捕まるってところでリュウさんに逃げ道を用意してもらってさ」

「……何だか、変わった人ね」

「リュウさんは『私は探偵で警察じゃないからね』って言いやがったんだ。悪いやつを捕まえるのは自分の役目じゃないって。普通ならメンツ潰されてふざけんじゃねえってキレるんだろうが、あ、めんどいやつを敵に回すのはよくねえなって、組織はリュウさんに手を出すのは止めたんだ」

 ん? と、社長は首を傾げた。

「それで、どうして青井と仲良くなるのよ」

「手は出さねえけど完全放置するのも怖いからって、俺がリュウさんの見張りやらされてた時期があったんだよ。まあ、尾行しても気づかれるわ、逆に後ろから話しかけられるわでろくに見張れなかったんだけどな。でもそっからだな。なんか普通に話すようになってさ、この街の抜け道とか、近づくだけでもやべえやつとか、色んなこと教えてもらったんだよ」

「すごい人なのね」

 見た目じゃあ分かりづらいけどな。



 喫茶店に着くや否や、俺たちは店員に奥の席に通された。店の中を見回したが、客の姿はなかった。カウンターにも誰もいない。聞いたことのない音楽が、木目で統一された店内に流れていた。

 四人かけのテーブル席には、前に見た時と同じく、作業服を着たリュウさんが座っていた。俺は彼に声をかけ、社長を車椅子から降ろして、革張りのソファに座らせてやった。

「やあ、時間通りだね」

「や、お待たせしちゃって。あ、こっちのちっこいのは」

 リュウさんは社長の顔を認めてから、柔和な笑みを浮かべる。

「カラーズの白鳥社長だね。どうも、初めまして。私はこの辺じゃあリュウで通ってる、しがない探偵だ」

「その口ぶり。色んなことを知っていそうね」

「まあね。ただ、そういう腹の探り合いをしに来たわけじゃない。今日は、君たちに頼まれていた仕事の話だよ。早速だけど……」

 そう言うと、リュウさんは懐から茶封筒を取り出した。そいつを机の上に置き、指で俺たちの方にずらす。

「調査対象の赤丸さんの写真だよ。彼女には悪いけど、仕事だからね」

 社長は封筒に入っていた写真を机の上に広げた。俺はその内の一枚を摘まんで目を細める。

 写っていたのは私服姿の赤丸だった。空の色は暗い。場所は屋内ではなく外だ。ただ、写っている建物や看板は空とは違って馬鹿みたいにキラキラしている。どうやら、赤丸は仕事が終わってスーツから着替えた後を撮られたようだ。

「それは、赤丸さんがホテル街に差しかかったのを撮ったものだよ」

「ホテル街……」

 およそ赤丸には似つかわしくない場所だとばかり思っていたが、一応、あいつも年頃の女だもんな。

 俺は他の写真も見てみる。リュウさん曰く、場所も時間も日にちもほとんど同じ写真らしい。写真は全部で七枚あった。その中で、一際目を引くものがあった。

 赤丸の隣に若い男が写っているものだ。二人の距離からして、赤の他人ってわけじゃあなさそうだった。社長はリュウさんを見て、写真の中の男を指差す。

「この人は?」

「赤丸さんと途中で合流した男だ。会話の内容までは聞こえなかったけど、二人でカラオケ屋に入っていった」

「中の様子は?」

 社長が詰め寄ると、リュウさんは少したじろぐ。

「浮気調査ってわけじゃあなかったからね。ひとまず、赤丸さんが男……恐らく恋人だろうが、その人と会っていたということを伝えようと思ってね」

「他に気になるところはなかったんですか?」

「特には。強いて言うなら、自然な感じだったね。この男とは頻繁に会っていると思うよ」

 社長はかなり頭にきているというか、突然のことで困惑しているようだったが、俺は少しだけホッとしていた。要は赤丸が男と会っていちゃついてたってだけの話である。

「よかったじゃねえか、社長。大したことはねえって」

「まあ、うん。そうかもしれないわね」

「じゃあ、調査はこれで打ち切りってことでいいかな?」

 リュウさんは『そうしてくれ』とでも言いたげな風である。俺は彼の意を汲み、社長に先んじて頷いた。

 ただ、俺は赤丸と一緒にいた男の正体に気がついていた。恐らくだが、リュウさんもそいつの正体を知っているに違いない。彼が社長にそれを言わなかった理由は不明だが、俺もリュウさんに従っておこう。



 その日、仕事の終わった俺は事務所を出てから赤丸に電話をかけた。あいつは現場から直帰したので事務所に戻ってこなかったのである。社長は、そのことについて何も言わなかったが。

「さて……」

 赤丸が電話に出るかどうかは半々ってところだった。ただ、出なきゃそれまでだなって気持ちはあった。

 長いコールの後、俺は諦めて携帯電話をポケットに戻そうとした。

『なんじゃ、コウモリ』

「……よう。ちょっとお前と話したいことがあってよ」

『うちにはない。切るぞ』

「ファルコンレンジャーと一緒にいんのか?」

 俺がそう言うと、電話口の向こうで赤丸が息を呑む。彼女はややあってから口を利いた。

『何のことじゃ』

「引き返すんなら今の内って話だよ。お前らが考えてること、俺だって考えなかったわけじゃないんだぜ」

『……じゃあ、なんでじゃ。うちらのやろうとしてることにケチつけんなや』

 赤丸ははぐらかさなかった。自分でそうだと認めたらしい。俺の予想ってのもたまには当たるもんだな。大概、悪いことしか当たらねえが。

 ……この街のヒーローが管理局に反発心を持つのは当然だ。俺だって少なからず持っている。自分たちを上から押さえつけているものを退かしてやりたい。そう思うのは、ある意味、ヒーローなら当然なのかもしれない。

 だけど、そいつをマジで実行に移すとなると話は別だ。つーか、実際に管理局をどうこうしようなんて連中は普通なら出てこない。管理局は国なんだ。そんな相手に誰が逆らうか。誰が力で訴えかけるってんだ。ただ、この街のヒーローは普通じゃなかったらしい。

「お前ら、管理局に何をするつもりだ」

『こがぁなことゆいたかないが、お前の想像通りじゃろうな』

 俺は髪の毛を掻き毟った。こいつ……こいつら、マジで言ってんのかよ。マジで管理局に喧嘩売ろうってのかよ。

「俺たちはヒーローなんだぞ。やり方なら他にあるだろうが」

『ヒーローだからやるんじゃ。どうして分かってくれないんじゃ、青井』

「短絡的だって言ってんだ」

『じゃあっ、他にどうしろゆうんじゃ!?』

 赤丸の声がうるさくて、俺は顔をしかめた。

 どうしろもこうしろもねえだろうが。一言の相談もなく勝手に決めたのはお前じゃねえかよ。

「赤丸。お前がどこで、誰と何をしてようが俺には関係ねえ。だけどな、お前を心配してるやつはいるんだ。いいか。社長に迷惑かけてみろ、そん時は俺が許さねえからな」

『お前にヒーローとしての誇りはないんか……!』

「その台詞、そっくりそのままお前に返してやるよ」

 あほう! 赤丸は怒鳴って、電話を切った。

 さて、どうすっかな。赤丸が何をしでかそうとしてんのか、社長に告げ口するか? それとも管理局に教えてやるか?

 ……いや、ねえな。俺は赤丸に借りがある。クソムカつくが、あいつには何度か助けてもらっている。だから、これで貸し借りナシだ。つーか、俺だって管理局がどっか消えた方がいいって、そんな風に思ってる。でも、そんな虫のいい話はねえんだろうな。

 恐らく、次に会えば俺と赤丸は敵同士だ。



 俺はてっきり、赤丸たちが企みを知られたと警戒して、すぐには動かないだろうと踏んでいて、のんきに構えていた。

 だが、赤丸に電話をしたその日の夜。レンの作ってくれた飯を食って、寝転がりながらテレビを見ていた時、俺は社長から呼び出しを受けた。要件だが、察しはついていた。


『あんのバカ! バカ丸! 脳みそが筋肉で出来てるのかしらあいつは!』


 ただ、社長のキレっぷりだけは想像出来ていなかった。

「俺に怒鳴るなよ」

『さっき、管理局の人から連絡があったの。確か、そう、アイリスなんとかブルーって人』

 ああ、あのガキか。

「で、そいつが何だって?」

『ヒーローが管理局の前に座り込んでるって! 怒られたの! うちのバカがデモに参加してるとかで!』

 お、ああ、なるほどな。俺はヒーローが徒党を組んで管理局をボコボコに行ったと思ってたが、抗議デモか。そっちのが平和的でいいな。

『今、警備の人たちと揉めてるみたい。いつ乱闘になってもおかしくないって』

「管理局はどうするつもりなんだ?」

『人を集めてるのよ。そうして、座り込みしてるヒーローを捕まえたりするんじゃない? とにかく、私たちも現場に行くわよ』

「俺も行っていいのか?」

『仕方ないじゃないっ。ともかく早く! 早く来て! いい!?』

 俺は電話を切り、溜め息を吐き出す。レンはこっちを見て、何かあったのかと聞いてきた。

「残業が入ったから、留守番頼むわ」

「えー? 僕も行きたーい。だってさ、なんか面白そうなこと話してたじゃん」

「……聞こえてたのか?」

 レンはにっこりと微笑む。俺は、一緒に行くとごねるレンを説得してからカラーズへと急いだ。



「遅いわよ馬鹿っ! 馬鹿!」

 急いだけど怒られた。俺はタクシーの後部座席に乗り込む。

「ん?」

 だが、車内には俺と社長と九重しかいない。

「この三人で行くのか?」

「黒武者と百鬼さんには先に向かってもらっているわ」

 イダテン丸は捕まらなかったか。もしかして、あいつも赤丸に手ぇ貸してんのか。

「詳しい状況は?」

「某国の大使館前でヒーローたちが座り込んでストライキ。立ち退かせようとした管理局の人とヒーローが一触即発って状況ね」

「……大使館?」

 なんだってそんなとこで赤丸たちが座り込んでんだ?

「どうしてそんなことになってるかは分からないけれど、管理局が間借りしてると聞いたわ。でも、そうね。私たちが管理局に見張られて試されているように、管理局もまた試されているんでしょう」

「試験的に導入したってやつか」

 はーん、なるほど。管理局だって問題を起こしたらやべえってことか。

「私も自分の出来る範囲であいつらのことを調べたわ。この街に来てる管理局の人数は少ないみたい。実質、あのアイリスって女が主導権を握ってるんじゃあないかしら」

「あのガキが、かあ?」

「若いけど、ホープみたいね。アイリスは外国の管理局の『サヴィル・ロウ』って呼ばれてるところで実績を積んだとか」

 そんでこんな街に飛ばされたってか。俺には一ミリだって関係ないけどな。



 俺たちを乗せたタクシーは坂道を上り、大使館とやらに向かっていた。

「見えてきたわね」と社長が言うので、後部座席の窓を開けて目を凝らす。病院みてえな、真白い壁の建物が見えた。敷地だって狭くはねえだろうが、アレが、大使館? 想像していたような建物ではなかったので、俺は肩透かし喰らったような気分になる。

 坂道の途中、タクシーの前に誰かが立った。クソあぶねえな。いいぞ、轢いちまえ九重と好き勝手なことを思っていたら、飛び出してきたのは件のアイリスってガキだった。

 九重は少し焦った様子で車を停める。俺は後部座席からすぐに降り、自殺志願のアホを見据えた。

「急いでいたので、失礼しました」

 アイリスは悪びれずに口を開く。今は、お供のSPみたいなやつらもいないらしい。

「一人だけ鉄火場から逃げてきたのか? いい御身分だな」

 そう言うと、アイリスはこちらを睨んできた。

「カラーズのブルージャスティス……あなたの同僚も管理局に押しかけてきているのですが」

「それがどうしたってんだ」

「しかも、スーツ着てないし。応援を頼んだのは確かですが、役立たずを呼んだ覚えはありませんよ」

 怒鳴りつけてやろうとするより先、社長が助手席の窓を開けて俺を制した。

「うちの黒武者と百鬼さんと合流しなかったの?」

「あの二人もちゃんとしたスーツを着ていませんでしたよ。カラーズはいったいどうなっているんですかっ」

「し、仕事はこなしているんだからいいじゃない」

「どうやら経営者にも問題があるみたいですね」

「九重、バックして。そのまま帰るわよ」

 目ぇつけられてんじゃねえよ! 軽々と言い負かされやがって!

 俺は話題を逸らすべく、アイリスにどうするのか尋ねてみた。

「騒ぎを大きくするつもりはありません。鼻の利く連中に嗅ぎつけられるのも嫌ですからね。ですから、少数精鋭で事態を治めるつもりです」

 ま、これから色々やりたいですって時にマスコミやら悪の組織に知られちゃあ面倒だもんな。俺としちゃあそういう展開を望んでないってわけじゃあないが。

 それより、少数精鋭とか抜かしやがったぞこいつ。

「で、こっちのヒーローはどんくらい集まってんだ」

「あなたで三人目ですよ」

「三人か……いや、おい。それって俺たちだけってことじゃねえのか?」

 アイリスは至極真面目そうに、冗談とは無縁そうなツラで頷いた。

「どこが少数精鋭だこの野郎……!」

「あ、今、管理局管理官に暴言を吐きましたか?」

 クソアマがああああああ!

 チャンス見つけたら向こうにいるであろうヒーローの群れに放り出してやろうと思っていた時、アイリスは大使館の方を指差した。

「多くの人は勘違いされているかもしれませんが、別に、大使館の中だからと言って、誰もが治外法権がどうこうと好き勝手出来るわけではありません。とはいえ、場所が場所だけに非常に面倒なことにもなりかねません」

「おう」

 よく分かんねえけど。

「あなたが考えている以上に、様々な人間の思惑が渦巻いている場所なのです。ですから管理局に味方してもらうヒーローを選ぶには細心の注意を払いました。その結果、毒にも薬にもならなそうな方々を選んだのです」

「お前……言いたいことがアホほど出てきたぞ」

「言いたいことは分かります。私もあてが外れました。同僚がヒーローを辞めざるをえないかもしれないという状況ならば、あのブルージャスティスが出てくると思ったのですが……ですが、ここまできたらやってもらわねばなりません。さもないと、本当に大変なことになりますよ」

 アイリスは俺たち以外にもヒーローを呼んでいるに違いない。このまま放っておけば、赤丸たちは管理局と一戦交えることになるだろう。そうなりゃ、そいつら全員終わりだ。ヒーローにだってなれなくなるし、捕まっちまう。

「今なら、まだ間に合うんだな」

「今なら、ですけど」

「それさえ聞けりゃあ充分だ」

 俺は社長に振り向き、大使館を親指で示した。

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