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ブルージャスティスここにあり!  作者: 竹内すくね
Blau Gerechtigkeit Nachspiel!
124/137

やっぱりヒーローが似合ってます

 翌日。俺はレンに見送られてカラーズへと向かった。鳥の声で目が覚めて、制服のガキンチョやスーツを着たサラリーマンと同じ風に歩いて職場へ向かうなんて、組織で戦闘員をしていた時には考えられないような生活だった。

 これが普通ってやつなのかもしれない。そういう生活ってのは、一年前、俺が欲しくて欲しくてたまらなかったものだ。

「おー、おはよう」

 カラーズに着くと、事務所には社長と、ソファに座っている九重がいた。九重は花粉症らしく、マスクをしてて、死にそうな目をしている。

「おはよう。青井は花粉症じゃないのね」

「ああ。にしても、九重はひっでえツラしてんなあ」

「……ひ、酷いですよ」

「悪い悪い」

 俺は床の上でダウンしている赤丸を踏んづけて、自分のデスクへと向かった。部屋の隅にはイダテン丸と黒武者も眠っているみたいで、昨日ここで何が行われていたのかを想像したくもない。

「はあ。片付け、大変だったんですから。そこら中にお酒の缶や瓶が転がってて」

 こいつら、ここで飲み会してたのか。起きたら説教してやる。

「叩き起こさなくてもいいのかよ」

「あと三十分くらいは許してあげる。この三人、アルコールの残った状態で仕事をすることの愚かしさに気づくでしょうね」

 社長は底意地の悪そうな笑みを作った。



 それからきっかり三十分後、社長に命じられた俺はアホ三人を叩き起こすこととなった。寝ぼけ眼を擦っていた三人も、

「赤丸さん、駅前」

「ん、あっ、お、おう!」

「イダテン丸。あなたは郊外の工場地帯に向かって」

「はっ、了解です」

「黒武者は商店街をよろしく」

「……腹が減って」

 いいから行け。

「青井、あなたは」

「おう」

「書類を作って」

「おう!」

 ……って、おお?



 座ってパソコンをカチカチやっているだけとはいえ、流石に腹が減ってきた。社長に昼飯を買いに行くことを告げると、

「あら、じゃあそのついでにチラシ配りもやってもらおうかしら」

「任せとけ」

 なんか、少しだけほっとした。根っこの部分じゃあこの社長はこうなんだろうな。ナチュラルに人遣いが荒い。

「そ、ごめんね。助かるわ」

 社長は携帯電話で九重を呼び出し、会社の前に来るように言っていた。と、なると、あいつと二人でチラシ配りか。久しぶりな感じがするな。



 五分もしない内に九重から連絡が入り、俺は事務所を出て外へと下りた。建物前の道路にはおなじみのタクシーが停まっていて、九重は車の近くで体を伸ばしていた。

「おー、チラシだけどよ、百枚くらい配ってこいってさ」

「……あれ? 青井さん?」

 九重は目を瞬かせる。

「俺じゃ不服だってのか。偉くなったもんだなあ、九重よう」

「いいんですか? チラシ配りだなんて」

「宣伝も大事だろ。それに、社長が行けってんだからさ」

 俺は助手席に乗り込んだ。九重もその後に続き、運転席に戻る。

「……青井さんはヒーローなのに」

「お前が不機嫌になってどうすんだよ。ま、たまにはいいじゃねえか。俺だって病み上がりなんだし」

 そう言ってみたが、九重はまだ納得していない様子だった。

「社長は、青井さんのことをどう思っているんでしょうか。その、赤丸さんや縹野さんたちがいるじゃないですか。だから……」

 俺は頭を掻く。九重が言わんとしていることは分かっているつもりだった。

「クビになったらどうしようとか、そんなことは一年前からずっと考えてたよ」

「そう、なんですか?」

「そりゃそうだろうよ。スーツも武器もくれねえんだし、そんな状態じゃあ百パーマジに仕事が出来るわけでもねえし。俺がクビになんのが早いか、俺が自分から辞めるのが先か。ずっとそう思ってたよ」

 ただ、レンやいなせを匿うようになって、もう少しだけ頑張ろう。あとちょっとだけって。そうやって自分を励ましてきた。

「今もそんな風に考えているんですか?」

「自分から辞めようとは思わなくなった。ただ、クビになったらどうすっかな」

 タクシーはゆっくりと進み始める。俺は窓の外の景色に目を向けた。この街は一年前から大して変わらねえ。桑染がやらかした辺りも復興が始まっているらしい。

「そうだな。俺も免許でも取って、タクシードライバーってのも悪くねえかもな。そん時はさ、いろいろ教えてくれよ」

「……クビにはならないと思いますよ」

 さて、どうだろうな。人生なんて何が起こるか分からねえんだ。



 チラシ配りを始めてから十数分。タクシーがとある公園の近くを通りがかった時、俺は九重に車を停めさせた。

 タクシーを路肩にやると、九重は不思議そうな顔で俺を見てくる。

「……あの、どうしたんですか?」

「知り合いがいた。ちょっと話聞いてくるわ」

「え、あの、ちょっと」

 俺は車を降りてガードレールを乗り越えた。歩道にはグレーの作業服を着た、五十代くらいのおっさんがいる。髪の毛は薄っすら。分厚い眼鏡。うだつの上がらない感じの風貌。出っ張った腹。

 おっさんは屈み込み、歩道の脇に生えた草むらをじっと見つめている。彼が俺の知り合いだ。知ってる人たちからはリュウさんと呼ばれている。本名は誰も知らない。リュウさん自身も名乗らない。何故なら彼は探偵だからだ。……探偵だから名乗らねえって意味は知らねえが。

「また猫でも探してんすか」

 俺が声をかけると、リュウさんはハッとして顔を上げた。一瞬間、リュウさんは鋭い目つきになるも、俺だと言うことが分かって表情を和らげる。

「やあ、君か。どうしたんだい、こんな昼間から」

「チラシ配りっすよ」

「ああー、そうかそうか。うん、私はね、お察しの通り猫探しさ」

 リュウさんは探偵らしいが、彼が猫探し以外の仕事をやっているのを見たことがない。たまに犬も探す。

「俺ぁ、探偵って言ったら尾行とか、そういうことすんのかって思ってましたよ」

「そういうことも昔はしてたけど、ここ最近はもっぱら猫ちゃん探しだねえ。まあ、平和だってことさ。ヒーローだってそうだろう? ヒーローの仕事が増えるってことは、悪人が増えたってことだろうからね。そんな仕事ならない方がずっといいさ」

 リュウさんは立ち上がり、膝についた砂を手で払った。

「猫、見つからないんですか」

「うーん。よっぽどのことがないと縄張りの外には出ないはずだからなあ。この近くにはいると思うんだけど」

 リュウさんは周囲を見回す。そうして、遠慮がちに九重のタクシーを指差した。

「待たせてるんじゃないの?」

「あー、そうっすね」

 ヒーローを辞めた後、か。タクシードライバーも悪くねえけど、探偵ってのもいいんじゃねえのかな。

「リュウさん、ちょっとだけ待っててもらっていいすか?」

「ん? それはいいけど……」

「オケっす。おーい、九重ー!」

 俺はタクシーに戻り、運転席の窓をノックした。

「あちらの方とお知り合いだったんですね」

「ああ、リュウさんって言うんだ。前に少し世話になっててさ。なんか、今は猫探ししてるみたいで」

「……そうなんですか。見つかるといいですね」

 九重は動物好きなので真剣に心配しているらしかった。

「なもんで、ちょっと探偵に弟子入りしてくるわ。社長にはよろしく言っといてもらえるか?」

「え、ええ……? いいんですか?」

「デスクワークも飽きてきたんだよ」

 九重は困ったような顔だったが、俺とリュウさんを見比べて、薄い笑みを浮かべた。

「でも、困っている人を助ける方がいいですね。青井さんには、やっぱりヒーローが似合ってます」

「そうか? まあ、ありがとよ。じゃ、猫が見つかったら連絡すっから」

「はい。頑張ってくださいね、ブルージャスティス」

 俺は気恥ずかしくなって頭を掻く。九重は『照れてますね』とからかって、逃げるように車を発進させた。くそう、うるさいんだよ。



 リュウさんに付いていくと告げると、彼は苦笑いを浮かべた。

「私が師匠かあ。いや、何も教えられないと思うけど」

「まーまー、ちょっとした興味っすよ。あと、よかったら昼飯でも食いましょう。おごりますんで」

「悪いよ。ヒーローにおごってもらうなんて」

「いやいやいや、まあ、授業料と思ってもらえば」

 押し問答の末、リュウさんは折れてくれた。ここいらにはリュウさんお気に入りのホットドッグの店があるらしく、猫探しをしながらその店へ向かうことになった。

 道すがら、俺は色々なことを聞いてみた。探偵って仕事にちょっとした憧れがあったからだ。

「リュウさんっていつも作業服っすよね。あの、なんちゃらホームズみたいなやつは着ないんですか」

「ははは、ああいうのは目立つからねえ。こういう服が一番印象に残らないんだよ。ところで、青井君は推理小説を読むんだね」

「うちで預かってるやつが本好きなんすよ。俺も勧められて、まあ、パラっと。ただ、最後まで読んだことはないっすね」

 面白いとかじゃなくて文字ばっかりだと飽きてくるんだよな。

「ああ、あそこの店だよ」

 タクシーを降りた場所から少し歩くと、何だかこじゃれた感じの店が見えてきた。

「……あー、はは、あのパン屋すか。まあ、じゃ、ちょっくら注文してきます」

「あっ、それじゃあ私はいつものやつだ」

「いつもの?」

「そう言えば分かるよ」

 釈然としなかったが、俺はパン屋に走り、店員にホットドッグを六つ頼んだ。その際に『いつもの』と告げると、オッケイですと軽い感じで頷かれた。



 ホットドッグを渡されて、俺はリュウさんのところに戻った。

「お、悪いね。お返しってわけじゃないけど」

「お、どうもっす」

 俺はリュウさんから缶ジュースを受け取る。

「歩きながら食おう。私はこういう、食べやすいやつが好きでね」

「ところで、いつものって何なんすか? 俺のホットドッグと違いがないような……」

「ん? そうかい? 変だなあ」

 リュウさんはホットドッグの入った袋に顔を近づけて、臭いを嗅ぎ始めた。

「鼻でも詰まってるんじゃないか?」

「もしかして、すげー辛いとか」

 よく見ると、色が違う。パンに挟まった具が妙に赤いのだ。悪ふざけにしか見えなかった。だが、その悪戯の産物を、リュウさんは美味そうに口に運んでむしゃむしゃ食っている。マジかよ。俺もレンに舌が馬鹿だって言われたことはあったけど、この人ほどじゃあないような気がしてきた。

「うん。美味い。これくらいじゃないと食べた気がしないな。あ、よかったら一つ」

「結構です」

 俺たちはムシャムシャしながら猫探しを再開した。

「そう言えば知ってるかい。この街に偉い人が来るみたいだよ」

 偉い人?

「ヒーロー管理局だったかな。そんな感じの名前の」

「ヒーロー? 管理?」

 なんだそりゃ。穏やかじゃなさそうな名前だな。

「君もヒーローだろう。何か知ってるんじゃないかな」

「うちの社長なら知ってるかもしれないですけど」

 そんな連中なら俺には関係なさそうだ。偉い人とやらがわざわざやってくるなんてこともないだろう。

「……ん、ちょっと待ってくれ」

 リュウさんが急に立ち止まり、俺も彼に倣った。何だろう。やっぱりそのホットドッグ、すげえ辛くてどうにかなったんじゃないのか。

「なんだ。そこにいたのか」

「え?」

 リュウさんは、すぐそこに生えている木を見上げた。そこで、俺はようやく気づいた。枝のところに猫がいる。茶色い毛で、ちょっと太っちょの猫だ。木登りしたはいいけど降りられなくなったんだろう。

「よーしよし、すぐに降ろしてやるからな」

 ホットドッグを平らげると、リュウさんはよたよたと木に登り始める。猫は大人しいもので、リュウさんをじっと見つめているが暴れることはなかった。

 けど、不思議なもんだな。俺には猫の鳴き声なんか聞こえなかったし、木の上なんか気にも留めなかった。でもリュウさんは気づいた。流石はプロの探偵ってことなのか。

 とりあえず、後で写メでも撮って九重に送ってやろう。

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