クリーンヒットォ!
空を切り裂くようにして進むのは、一発のロケット弾だった。
「なっ、なんだ?」
誰が撃ったのか分からないロケット弾は俺の頭上を越え、目標へと真っ直ぐに突き進む。
「ふ……ふざけ――――」
爆発した。
穴の壁面に、目標であるペガサス・ブレイドに着弾したそれは衝撃と轟音を周囲にもたらした。直撃を受けたペガサスは斜面を滑り落ちていく。
助かるが、誰だ? どいつが撃ったんだ?
「やったあああああっ、クリーンヒットだよ兄ちゃん! 見た!? 今の一発!」
「はっはっは、まぐれ当たりだけどなあ」
「言ってる場合かよ。ほら、もう一丁いこうぜ」
あ。
……あいつら。
「お前らっ、来てくれたのか!」
「ああっ、師匠のスーツがぼろぼろにぃ! 何やってんのさ青井!」
ペガサスとは反対側。穴の外に一台の軽トラが停まっていた。その荷台で騒ぐやつらがいる。ハリマ一家だ。縛られたコルネなんとか改め、御茶町もいる。
「ナイスだ!」
これでやれる。いける。いつの間にか、体に力が戻っていた。駆け出す。すると、壊れかけていたスーツが落ちていく。一歩進むたび、欠片が落ちる。
倒れ伏したペガサス・ブレイドのところに辿り着くと、左腕部分とヘルメットくらいしか残っていなかった。
「……よう、楽しかったろ?」
「ぐ、ぶ、るう……」
俺は、ペガサスが立ち上がるのを待った。こいつの身体だってもうぼろぼろだ。ヒーローたちと戦い、俺と戦い、バズーカの一発をまともに食らったんだ。流石の御剣スーツだって耐えられない。何よりも、こいつ自身が限界だ。
もう、お互いがまともには戦えない。
「ぶッ……が、ああああ」
それでも立ち上がる。ペガサス・ブレイドが立ち上がる。まだ諦めていないんだ。負けを認めていないんだ。
「もう終わらせようぜ。もともとは日陰者だったんだ、俺らは。流石に目立ち過ぎたよな」
ペガサスは答えず、叫びながら殴りかかってきた。あまりにも遅い。あまりにも拙い。スーツがない俺にだって容易に避けられる。
「ブルウウゥゥゥゥゥゥ、ジャスティスうううううううう!」
「ああ」
左腕で受ける。パーツが粉々に砕けた。ペガサス・ブレイドは口の端をつり上げる。俺の唯一の武器が壊れてなくなった。そう思ったんだろう。やつは体勢を崩しながらも追撃を狙ってきた。大振りの、見え見えのパンチだ。
「どうしたよ、桑染」
ぴくりと、ペガサスの体が硬直する。俺は腰を低く落とし、拳を作る。しっかりと握りしめる。もう何百、何千と打ってきたパンチだ。身体が覚えている。
ペガサスが突っ込んできた。俺は『右腕』での一撃を――――、
「泣いてんのか、お前?」
「……かもな」
――――ぶち込んだ。
「お守り代わりだと思ってたんだけどな」
俺は右腕にはめたグローブを見せて、桑染の傍に屈み込んだ。
「んだよ、それ。卑怯だろうが、そんなもん」
「はっは、俺だって元は戦闘員だったんだよ。勝てばいいんだ、勝てば」
桑染は笑おうとして、咳き込む。
「色々と話したいことはあるんだけどよ、ま、そいつはまた面会の時にでも聞くとするわ」
「……俺を、殺さねえのか?」
「ヒーローだからな」
斜面を、警官やマスコミ連中が駆け下りてくる。桑染は捕まって、もう二度と出られないだろう。それどころか、死刑になるかもしれない。
「今なら逃げられるかもしれねえぞ」
「馬鹿野郎。唆すヒーローがいるかよ。は、はは……」
「一つだけ聞いていいか?」
桑染は無言で頷いた。
「月並みだけどよ、どうしてこんなことしたんだ?」
分からねえと、桑染は言った。
「分からねえけど、御剣天馬のスーツを見た時から変わっちまったのかもしれねえ。……いや、違うな。スーツは何も悪くねえんだ。悪いのは」
「魔が差したんだよ。本当に悪い奴なんか、そうはいねえさ。だから、まあ、償ってこい。お前が帰ってきても問題ねえってくらい、平和な街にするよ。ヒーローだからな、俺は。皆を守る」
「いつまで続くか見物だぜ」
「ああ、見てろよ」
終わった。
終わったんだ。
戦いは終わった。
明日も、もしかしたら今日中にでも悪い連中が何かやらかすかもしれない。それでも俺は、スーツのなくなっちまった俺だけど、この街を、皆を。爆発音がした。というか地面が跳ねた。
「ひゃっほー! 見た見た!? クリーンヒットォ!」
……あれ? 俺、浮いてね?
「最強はあの御剣天馬のスーツでもブルージャスティスでもなかったのさ! ボクたちハリマ一家こそが最強だったんだ! やったね!」
いや、よくねえ。
気づいて、目が覚めた。
部屋の中はやけに明るかったが、窓の外は暗い。人の声や、車の走る音が聞こえてくる。まだ陽が落ちたばかりなんだろう。
「動いちゃ駄目よ。あなた、ぼろぼろなんだから」
体を起こそうとして、止められた。俺の顔を覗いているのは社長だった。
白い壁と天井。どこか薬っぽい臭い。そうか。俺は病院にいるのか。で、寝かされてる。
「……心配しなくても、動けねえよ」
どうやら、体中に包帯を巻かれているらしい。意識が戻ると痛みも戻る。
「なあ、どうなったんだ?」
社長は車椅子を動かし、窓の近くに寄った。他に人の気配がない。個室を取ってくれてるみたいだった。
「あの後、あなたはハリマ一家のバズーカを食らったのよ。直撃こそ免れたものの、まあ、酷かったわね」
ふざけやがって。今度会ったらギッタギタにしてやる。茜のやつめ、お尻ぺんぺんだ。
「なあ、ところでさ、どのくらい寝てたんだ、俺は」
「丸二日。その間に、ペガサス・ブレイド……桑染さんや、彼に与していた戦闘員たちは捕まったわ。というより、自分から捕まったと言うのかしら」
そうか。まあ、そうなるか。
「テレビ局なんかは騒がしくやってるけど、心配はいらないわ」
「なんでだ?」
「だってあなた、正体を知られていないんだもの。カラーズの名前も、実は、殆ど聞かれてなかったみたい。ちょっと勿体なかったわね」
「だな」
知られてなかった、か。じゃあ、俺が桑染を倒して止めたってのは、殆どの人たちが知らない訳だ。スーツは殆ど壊れて、なくなっただろう。正体不明の、あの日限りのヒーローだったってことだ。
「いいさ。別に、有名になりたいって訳じゃなかったしな」
「当分はうるさそうだけどね。……皆も元気よ。九重も、レンも、いなせも」
「会社の方は大丈夫なのか?」
「あなたの怪我だけど、全治三か月はかかるってお医者様は言ってたわ」
げっ。嘘だろ。保険とか下りるよな? 大丈夫だよな?
「そんな顔しないで。二度と働けなくなるほどじゃないから。それに、新入社員が増えたからカラーズの仕事は問題ないわ」
新入社員、だと?
「あなたの知っている人たちよ」
「そんな気はしてた」
社長め。俺がこんなんなってるのに抜け目がない。って、ちょっと待てよ。
「もしかして、クビとかじゃないよな? お、俺には子供が二人いるんだけど」
窓の外を見ていた社長は振り向き、意地の悪い笑みを浮かべた。
「どうしようかしら」
「ええー」
「冗談よ。あなたをクビにする時は、そうね、カラーズが潰れる時、くらいのものかしら。だから、ゆっくり体を治して。お願い」
社長はゆっくりと近づき、俺の手を取って、優しく握った。
「青井、ごめんなさい。私がもっとしっかりしていたら、あなたはこんな目に遭わなかったのに」
手に、温かいものが伝う。
「……泣くなよ」
「だって、だって……! 私、あなたが、死んじゃったら……!」
縁起でもねえな。
「本当に、無事でよかった……生きてて、くれて」
ぐすぐすと、めそめそと、社長はずっと泣いていた。まるで普通の女の子みたいだと思った。
「死なねえよ。まだまだ、俺はヒーローとしてやってくつもりなんだからな」
社長は嗚咽を漏らしながらも、何度も頷いた。
「見苦しいところを見せてしまったわね」と、社長は赤い目で言った。
「別に」とだけ答えておく。下手に突っ込んでも、こっちが痛い目を見るだけだろう。
「三か月後、というよりも、あなたの怪我が治った場合の話なんだけれど」
場合ってなんだよ。
「スーツ。ほら、あなたがもらった件のスーツは壊れてしまったでしょう。だから、代わりになるものを見繕っているんだけど。あの、御剣のスーツはどうかしら?」
「俺が、アレを?」
あの、御剣天馬の。この国を救った男のスーツを。
「桑染さんのもとから、どういう風に廻ったのか分からないけれど、スーツが完全に直って、戻ってきたのよ」
スーツが? ……もしかすると、爺さんか? けど、あんだけ御剣のスーツを嫌ってたからなあ。そこまでする義理はなさそうだ。
「元はあなたが着るはずだったのだから、おかしくないし、自然な流れではないかしら」
確かに、かもしれねえ。けど。
「……いや、やめとく」
「もしかして、荷が重いとか思ってる?」
「いいや。ただ、桑染の汗が染みついてるもんなんか着たくねえだけだ」
「そ。なら、そういうことにしておいたげる」
そうしてくれ。
社長は息を吐き、俺から目を逸らした。
「あの時」と口を開いてから、彼女は躊躇いがちに告げる。
「私を、助けに来てくれたの? それともあなたは、桑染さんを止めに来たの?」
「さあ、どうなんだろうな」
あいつを止めなきゃって気持ちはあった。まあ、先にぶん殴ってやろうって気持ちのが強かったけどな。
「正直、色んなことを考えてたよ。ただ、社長のことはあんまり心配してなかった」
社長は無言で俺を睨みつけた。だけど、心なしか目に覇気がない。拗ねているような感じだ。
「何だかんだで俺の上司だからな。何よりもあんたは白鳥澪子だ。俺に心配されるようなタマじゃねえって、そう思ったんだよ」
「私だって、女で、子供なんだけれど」
「そういやあ、そうだったな」
にっこりとした微笑みを向けられる。そんでもって、手を思い切り強く握られた。痛い。痛いんだけど。
「ろくでなしっ、本当にクビにしてやろうかしら」
「そいつは困る。俺はカラーズのヒーローなんだ。よそで頑張ろうなんて気分は起きねえよ」
「……しゅ、殊勝じゃない。でも、ふふふ、それでいいのよ、下っ端なんだから」
「は、下っ端か。まあ、いいや。俺には合ってる。気楽でいいや。じゃ、俺、寝るから」
「青井? ……ええ、お休みなさい。私の、皆の、ヒーロー」
とりあえず、といったところか。今まで体一つで命張ってきたんだ。当分は大人しく、静かに、ゆっくりと休ませてもらうとしよう。二日眠ってたみたいだけど、何故か、体が重くて、瞼が。意識が溶けていく。ああ。そうだ。まるで、あの日、海に落ちた時みたいな、そんな……。