表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/137

クリーンヒットォ!

 空を切り裂くようにして進むのは、一発のロケット弾だった。

「なっ、なんだ?」

 誰が撃ったのか分からないロケット弾は俺の頭上を越え、目標へと真っ直ぐに突き進む。

「ふ……ふざけ――――」

 爆発した。

 穴の壁面に、目標であるペガサス・ブレイドに着弾したそれは衝撃と轟音を周囲にもたらした。直撃を受けたペガサスは斜面を滑り落ちていく。

 助かるが、誰だ? どいつが撃ったんだ?

「やったあああああっ、クリーンヒットだよ兄ちゃん! 見た!? 今の一発!」

「はっはっは、まぐれ当たりだけどなあ」

「言ってる場合かよ。ほら、もう一丁いこうぜ」

 あ。

 ……あいつら。

「お前らっ、来てくれたのか!」

「ああっ、師匠のスーツがぼろぼろにぃ! 何やってんのさ青井!」

 ペガサスとは反対側。穴の外に一台の軽トラが停まっていた。その荷台で騒ぐやつらがいる。ハリマ一家だ。縛られたコルネなんとか改め、御茶町もいる。

「ナイスだ!」

 これでやれる。いける。いつの間にか、体に力が戻っていた。駆け出す。すると、壊れかけていたスーツが落ちていく。一歩進むたび、欠片が落ちる。

 倒れ伏したペガサス・ブレイドのところに辿り着くと、左腕部分とヘルメットくらいしか残っていなかった。



「……よう、楽しかったろ?」

「ぐ、ぶ、るう……」

 俺は、ペガサスが立ち上がるのを待った。こいつの身体だってもうぼろぼろだ。ヒーローたちと戦い、俺と戦い、バズーカの一発をまともに食らったんだ。流石の御剣スーツだって耐えられない。何よりも、こいつ自身が限界だ。

 もう、お互いがまともには戦えない。

「ぶッ……が、ああああ」

 それでも立ち上がる。ペガサス・ブレイドが立ち上がる。まだ諦めていないんだ。負けを認めていないんだ。

「もう終わらせようぜ。もともとは日陰者だったんだ、俺らは。流石に目立ち過ぎたよな」

 ペガサスは答えず、叫びながら殴りかかってきた。あまりにも遅い。あまりにも拙い。スーツがない俺にだって容易に避けられる。

「ブルウウゥゥゥゥゥゥ、ジャスティスうううううううう!」

「ああ」

 左腕で受ける。パーツが粉々に砕けた。ペガサス・ブレイドは口の端をつり上げる。俺の唯一の武器が壊れてなくなった。そう思ったんだろう。やつは体勢を崩しながらも追撃を狙ってきた。大振りの、見え見えのパンチだ。

「どうしたよ、桑染」

 ぴくりと、ペガサスの体が硬直する。俺は腰を低く落とし、拳を作る。しっかりと握りしめる。もう何百、何千と打ってきたパンチだ。身体が覚えている。

 ペガサスが突っ込んできた。俺は『右腕』での一撃を――――、

「泣いてんのか、お前?」

「……かもな」

 ――――ぶち込んだ。



「お守り代わりだと思ってたんだけどな」

 俺は右腕にはめたグローブを見せて、桑染の傍に屈み込んだ。

「んだよ、それ。卑怯だろうが、そんなもん」

「はっは、俺だって元は戦闘員だったんだよ。勝てばいいんだ、勝てば」

 桑染は笑おうとして、咳き込む。

「色々と話したいことはあるんだけどよ、ま、そいつはまた面会の時にでも聞くとするわ」

「……俺を、殺さねえのか?」

「ヒーローだからな」

 斜面を、警官やマスコミ連中が駆け下りてくる。桑染は捕まって、もう二度と出られないだろう。それどころか、死刑になるかもしれない。

「今なら逃げられるかもしれねえぞ」

「馬鹿野郎。唆すヒーローがいるかよ。は、はは……」

「一つだけ聞いていいか?」

 桑染は無言で頷いた。

「月並みだけどよ、どうしてこんなことしたんだ?」

 分からねえと、桑染は言った。

「分からねえけど、御剣天馬のスーツを見た時から変わっちまったのかもしれねえ。……いや、違うな。スーツは何も悪くねえんだ。悪いのは」

「魔が差したんだよ。本当に悪い奴なんか、そうはいねえさ。だから、まあ、償ってこい。お前が帰ってきても問題ねえってくらい、平和な街にするよ。ヒーローだからな、俺は。皆を守る」

「いつまで続くか見物だぜ」

「ああ、見てろよ」

 終わった。

 終わったんだ。

 戦いは終わった。

 明日も、もしかしたら今日中にでも悪い連中が何かやらかすかもしれない。それでも俺は、スーツのなくなっちまった俺だけど、この街を、皆を。爆発音がした。というか地面が跳ねた。


「ひゃっほー! 見た見た!? クリーンヒットォ!」


 ……あれ? 俺、浮いてね?

「最強はあの御剣天馬のスーツでもブルージャスティスでもなかったのさ! ボクたちハリマ一家こそが最強だったんだ! やったね!」

 いや、よくねえ。



 気づいて、目が覚めた。

 部屋の中はやけに明るかったが、窓の外は暗い。人の声や、車の走る音が聞こえてくる。まだ陽が落ちたばかりなんだろう。

「動いちゃ駄目よ。あなた、ぼろぼろなんだから」

 体を起こそうとして、止められた。俺の顔を覗いているのは社長だった。

 白い壁と天井。どこか薬っぽい臭い。そうか。俺は病院にいるのか。で、寝かされてる。

「……心配しなくても、動けねえよ」

 どうやら、体中に包帯を巻かれているらしい。意識が戻ると痛みも戻る。

「なあ、どうなったんだ?」

 社長は車椅子を動かし、窓の近くに寄った。他に人の気配がない。個室を取ってくれてるみたいだった。

「あの後、あなたはハリマ一家のバズーカを食らったのよ。直撃こそ免れたものの、まあ、酷かったわね」

 ふざけやがって。今度会ったらギッタギタにしてやる。茜のやつめ、お尻ぺんぺんだ。

「なあ、ところでさ、どのくらい寝てたんだ、俺は」

「丸二日。その間に、ペガサス・ブレイド……桑染さんや、彼に与していた戦闘員たちは捕まったわ。というより、自分から捕まったと言うのかしら」

 そうか。まあ、そうなるか。

「テレビ局なんかは騒がしくやってるけど、心配はいらないわ」

「なんでだ?」

「だってあなた、正体を知られていないんだもの。カラーズの名前も、実は、殆ど聞かれてなかったみたい。ちょっと勿体なかったわね」

「だな」

 知られてなかった、か。じゃあ、俺が桑染を倒して止めたってのは、殆どの人たちが知らない訳だ。スーツは殆ど壊れて、なくなっただろう。正体不明の、あの日限りのヒーローだったってことだ。

「いいさ。別に、有名になりたいって訳じゃなかったしな」

「当分はうるさそうだけどね。……皆も元気よ。九重も、レンも、いなせも」

「会社の方は大丈夫なのか?」

「あなたの怪我だけど、全治三か月はかかるってお医者様は言ってたわ」

 げっ。嘘だろ。保険とか下りるよな? 大丈夫だよな?

「そんな顔しないで。二度と働けなくなるほどじゃないから。それに、新入社員が増えたからカラーズの仕事は問題ないわ」

 新入社員、だと?

「あなたの知っている人たちよ」

「そんな気はしてた」

 社長め。俺がこんなんなってるのに抜け目がない。って、ちょっと待てよ。

「もしかして、クビとかじゃないよな? お、俺には子供が二人いるんだけど」

 窓の外を見ていた社長は振り向き、意地の悪い笑みを浮かべた。

「どうしようかしら」

「ええー」

「冗談よ。あなたをクビにする時は、そうね、カラーズが潰れる時、くらいのものかしら。だから、ゆっくり体を治して。お願い」

 社長はゆっくりと近づき、俺の手を取って、優しく握った。

「青井、ごめんなさい。私がもっとしっかりしていたら、あなたはこんな目に遭わなかったのに」

 手に、温かいものが伝う。

「……泣くなよ」

「だって、だって……! 私、あなたが、死んじゃったら……!」

 縁起でもねえな。

「本当に、無事でよかった……生きてて、くれて」

 ぐすぐすと、めそめそと、社長はずっと泣いていた。まるで普通の女の子みたいだと思った。

「死なねえよ。まだまだ、俺はヒーローとしてやってくつもりなんだからな」

 社長は嗚咽を漏らしながらも、何度も頷いた。



「見苦しいところを見せてしまったわね」と、社長は赤い目で言った。

「別に」とだけ答えておく。下手に突っ込んでも、こっちが痛い目を見るだけだろう。

「三か月後、というよりも、あなたの怪我が治った場合の話なんだけれど」

 場合ってなんだよ。

「スーツ。ほら、あなたがもらった件のスーツは壊れてしまったでしょう。だから、代わりになるものを見繕っているんだけど。あの、御剣のスーツはどうかしら?」

「俺が、アレを?」

 あの、御剣天馬の。この国を救った男のスーツを。

「桑染さんのもとから、どういう風に廻ったのか分からないけれど、スーツが完全に直って、戻ってきたのよ」

 スーツが? ……もしかすると、爺さんか? けど、あんだけ御剣のスーツを嫌ってたからなあ。そこまでする義理はなさそうだ。

「元はあなたが着るはずだったのだから、おかしくないし、自然な流れではないかしら」

 確かに、かもしれねえ。けど。

「……いや、やめとく」

「もしかして、荷が重いとか思ってる?」

「いいや。ただ、桑染の汗が染みついてるもんなんか着たくねえだけだ」

「そ。なら、そういうことにしておいたげる」

 そうしてくれ。

 社長は息を吐き、俺から目を逸らした。

「あの時」と口を開いてから、彼女は躊躇いがちに告げる。

「私を、助けに来てくれたの? それともあなたは、桑染さんを止めに来たの?」

「さあ、どうなんだろうな」

 あいつを止めなきゃって気持ちはあった。まあ、先にぶん殴ってやろうって気持ちのが強かったけどな。

「正直、色んなことを考えてたよ。ただ、社長のことはあんまり心配してなかった」

 社長は無言で俺を睨みつけた。だけど、心なしか目に覇気がない。拗ねているような感じだ。

「何だかんだで俺の上司だからな。何よりもあんたは白鳥澪子だ。俺に心配されるようなタマじゃねえって、そう思ったんだよ」

「私だって、女で、子供なんだけれど」

「そういやあ、そうだったな」

 にっこりとした微笑みを向けられる。そんでもって、手を思い切り強く握られた。痛い。痛いんだけど。

「ろくでなしっ、本当にクビにしてやろうかしら」

「そいつは困る。俺はカラーズのヒーローなんだ。よそで頑張ろうなんて気分は起きねえよ」

「……しゅ、殊勝じゃない。でも、ふふふ、それでいいのよ、下っ端なんだから」

「は、下っ端か。まあ、いいや。俺には合ってる。気楽でいいや。じゃ、俺、寝るから」

「青井? ……ええ、お休みなさい。私の、皆の、ヒーロー」

 とりあえず、といったところか。今まで体一つで命張ってきたんだ。当分は大人しく、静かに、ゆっくりと休ませてもらうとしよう。二日眠ってたみたいだけど、何故か、体が重くて、瞼が。意識が溶けていく。ああ。そうだ。まるで、あの日、海に落ちた時みたいな、そんな……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 愛用していた右手のグローブでとどめを刺すのは王道だけど熱い
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ