ブルージャスティスだ! 覚えとけ!
「……あれ?」
スーツの取り付けを終えた俺は、ハリマ一家たちに別れを告げ、カラーズへと向かっていた。が、その途中、なんかあの、浮遊要塞が落ちていってるんだけど。煙噴いて火ぃ出して燃えてるんだけど。
馬鹿な。嘘だろ。意気込んで出てきたのはいいけど、完全に出遅れちまったじゃねえか。
「やべえやべえやべえ!」
カラーズへと走る。普通に走っていたのでは間に合わない。俺は、ハリマ妹に説明されていた機能の存在を思い出す。そういや、どっかのボタンを押せばすげえスピード出せるとか言ってたっけ。えーと、どれだ? つーか最近のケータイみたいに色んな機能つけすぎなんだよあの爺さん。年寄りのくせに。ったくよー、余計なもんはいらねえんだよな。覚えられねえし使いこなせる気がしねえっつーの。
「これかな」右腕についた幾つかの小さな出っ張り。まあ、この中のどれかだろう。そう踏んだ俺は適当にボタンを連打する。すると、足元に違和感を覚えた。ガムを踏んづけたかどうか確認するみたいに右の足首を持って、上げてみる。
「んおう!?」
足の裏から火花が散っていた。そう認識した瞬間、俺の身体が何故か宙に浮く。いや、浮くと言うよりも引っ張られるような感じだ。ぎゅーんと空をかけ上っていく。
「ひ、飛行ユニットか!」
だが違うらしい。何故なら俺の身体は、今度は真っ逆さまに、一目散に地面を目指しているからだ。地上を認識する暇もなく落下していく。民家の塀に肩からぶつかって、俺は母ちゃんと叫んだ。間違いなく死んだ。
暫くの間、俺はショックで動けなかった。だが、何故か痛みを感じない。むくりと立ち上がってみると、全く、全然、ちっともダメージを受けていなかった。……お、おお。すげえぜスーツ。この防御力、マジでペガサスなんとかより強いんじゃねえの? ひゃははははは。
……遊んでる場合じゃなかった。まあ、一つは分かった。さっきのは空を飛ぶんじゃなくて、上手いこと制御してスピードを上げる機能なんだ。使い方によっては飛ぶのと代わらんくらいの移動が出来るかもしれん。うーん。武器とか、もっといろんなの試してみたいが、やはり時間はない。さっきの機能を使いつつ、カラーズへ急ごう。
「あれ? でも、さっきはどのボタンで何がどうなったんだ?」
もう一度適当なボタンを押すと、膝のパーツがぱかりと開いて何かをものすげえ勢いで飛ばした。どこかから爆発音が聞こえ、何かの破片が舞い上がった気がした。俺は小学生の時に好きだった子の名前を叫んだ。
カラーズの前には大勢の人が倒れていた。つっても、皆戦闘員や怪人のスーツを着てやがる。やられたか。ここも襲われたんだ。けど、戦いは終わっちまってる。イダテン丸あたりがやってくれたんだろうか。
「……窓が」
四階の窓が割られている。カラーズへの侵入は許してしまったのだろう。非常に、すんげえ嫌な予感がする。とにかく、いったん中を確かめてみるか。
「シャ、シャシャシャ……なんだあ、てめえ」
「お?」
一人、よろよろとしながらも立ち上がる怪人がいた。シャチ型のスーツを着た野郎だ。何故か杖をついてるし、いかにも『やべえ』って面構えである。……って、こいつ、どっかで見たことあんな。
「お前。もしかして、バーのマスターを強請ってたやつか?」
シャチ型怪人は俺をじっと見つめて、シャシャシャと笑い出す。
「まさか! まさかなあ! ここでてめえと会えるとは思ってなかったぜ!? この状況、今! ここでえ! こんなところに来るなんてやつは、てめえ以外にねえよなあ!?」
「……てめえら、何をしやがった」
間違いない。こいつ、俺が初めてグローブを使った時のやつだ。どうしてこいつが出てこられたのかは知らねえが、こいつは、俺を知ってやがる。ペガサス・ブレイドの命令だか何だか知らねえが、借りを返す為にカラーズへ来たんだ。
「シャシャシャ、知りてえか? 俺ぁな、あの車椅子のクソガキを連れてく為に来たんだよ。ま、そいつはペガサス様が連れてって行っちまったがな」
「なんだ。じゃ、お前はそこで伸びてただけか」
「シャらくせえ! うるせえんだよ右手だけの無能が! おかしな恰好してるがよ、どうせちんけなスーツなんだろうが、おい?」
社長を連れてく? 何でだ?
「うちの社長に何の用だよ」
「知るかよ。俺はてめえをぶっ殺したいだけなんだからよ」
シャチは杖をつきながらも俺をねめつけてくる。所詮下っ端だ。無理矢理聞き出そうとしたって何も知らないに決まってる。だいたい、やる気満々みたいだしな。
「いいさ。本人に聞くからよ」
「無理だな! てめえはここで! 俺が殺すからだよ!」
言って、シャチは背びれの部分を外す。そのネタは割れてんだ。確かカッターだろ。そう思っていたが、シャチ野郎の背びれ部分から新しいものが生えてきて、ぐるぐると回り出す。
「喰らえ! キラーカッター三枚刃ァ!」
背びれが三枚、俺をホーミングするような動きで飛んでくる。とりあえず右へ逃げよう。そう思い、軽く跳んだ。その瞬間に右肩が何かにぶつかる。建物の壁だった。痛くはなかったが違和感を覚える。
「……あー?」
おかしいな。壁までは数メートルくらいの距離があったはずなんだけど。
「ちっ、逃げ足は早えみたいだな」
カッターは標的を見失い、くるくると回りながら地面に突き刺さる。当たると死ねそう。やべえもん取り付けてきやがって。だったら次はこっちから行ってやる。
足に力を溜め、跳んで、距離を詰める。
「お?」
「っ!? なああっ!?」
目の前に怪人がいた。俺は訳が分からず、それでも体は勝手に動き、右のパンチを打っている。大振りで見え見えだ。当たるはずがない。案の定シャチは後方へと逃げる。俺の拳は空を切り、凄まじい破砕音と共にアスファルトを砕いた。舞い上がる破片がバイザー越しに映る。シャチ野郎の顔面が固く強張る。
体はまだ動く。反動なんかない。グローブの比じゃなかった。異常に軽い。俺は更に前へ踏み込み、野郎の顔面を狙って蹴りを狙う。だが、自分で思っていたよりも速度が乗ってしまい、空振りしただけでは収まらずその場で回ってしまう。しかしバランスは崩れていない。そのまま裏拳を放ってやった。
「づあああっ、なんだてめえ!?」
「俺が聞きてえよ!」
軽い。速い。だと言うのに、確実に重い。なんだこれ。なんなんだこれ。どうすりゃいいんだ? このスーツ、良過ぎる。全然思い通りに動かねえじゃねえか!
「そのスーツっ、その! やべえみたいだが、てめえじゃあ扱いきれねえらしいな! だったらこれだ! キラーカッタァ! 十枚刃!」
さっきの背びれカッターが十枚も飛び出てくる。この距離じゃ避けられねえ。どうする?
「くそがっ」やるしかねえ!
まず後ろへ下がる。バックステップはやはり、思っていたところよりも大分下がる。追尾してくるカッターを右腕で払い、左腕で防ぐ。このままだ。左腕で頭を庇ったまま突撃する。残ったカッターの一部がスーツに当たるが、
「びくともしねえぜ!」
問題なかった。内心は冷や冷やもんだったが、爺さんのスーツには傷一つついていないはずだ。かきんかきんと耳心地のいい音が響いている。跳ね返しているらしかった。それだけじゃない。カッターの方が折れている。なんて強度だ。砲弾だって効かねえんじゃねえのか。
「出鱈目やりやがって!」
「おお……っ!」
くそ、また空ぶった。
効かねえ。だけどこっちの攻撃も上手く当たらねえときたもんだ。
「シャシャシャっ、今度は俺の最終最強の、百枚刃でぶっ殺してや――――」
「げえっ!?」
「どいてください!」
その時、さっきまで置物同然だったタクシーが猛スピードで動き出し、
「るぁ?」
シャチを轢いた。ボンネットに激突して弾き飛ばされた怪人は宙を舞い、地面に墜落する。そしてぴくりとも動かなくなった。四肢が痙攣している。一応、生きてるの、か?
「って、えー、そういうのってアリかー?」
「ふふ、ありなんですよ」
タクシーからは得意げな顔をした九重が降りてきて、にっこりと微笑む。
「青井さん」
「ん?」
「おかえりなさい」
「……遅くなったな。留守番ご苦労さん」
俺はタクシーの後部座席に乗り込み(スーツのせいか、狭く感じる)、九重は車を発進させる。行き先は馬鹿でかい円盤の近くだ。
「さっきのやつ、死んでないよな」
「甘轢きでしたから」
じゃあ大丈夫か。
「しかし、よく俺だって分かったな。一応、顔だって隠してるんだけど」
「青井さんはうちのヒーローですから。だから、きっとそうだと思ったんです」
「そっか。……なあ、見ろよ。俺さ、マジでヒーローに見えねえか?」
「何を言ってるんですか?」
九重がミラー越しに俺を見てくる。
「……青井さんはずっと、ずっとヒーローなんです。スーツなんて関係ないです。あ、それも、その、かっこいいとは思いますけど」
「そ、そうか」
なんか、照れくさい。
「まあ、さっきの怪人を倒したのはお前だけどな」
「車に傷がついちゃいました」
そこかよ。……そういや、なんか違和感があると思ったら。
「九重。お前さ、車を運転してんのに、話すのな」
九重は運転中、基本的に口を開かない。集中しているからだ。
「……ちょっと、興奮してるのかもしれません。まるで夢みたいでした」
実際、こいつの口調はどこか熱っぽかった。
「夢?」
「ヒーローがピンチの時に助けに来る。誰だって憧れるシチュエーションですから」
「まあ、そうかもな。あ、それより社長はまだ生きてんだよな? 連れてかれたって聞いたけど」
九重の表情が翳る。彼は重々しく頷いた。
「ペガサスって人が、社長を。今、円盤の下で皆さんが戦っています。レンくんもいなせちゃんも、みんなが。……青井さん、一つだけ聞いてもいいですか」
窺うような、試すような視線を送られる。ああ、そういうことか。ペガサス・ブレイドめ、ごちゃごちゃ喋りやがったな。
「その様子だと、俺が戦闘員やってるってことを聞かされたみたいだな」
車のスピードが緩んだような気がした。俺は窓の外に目を遣った。
こいつらを騙してたんだ、俺は。きっと軽蔑される。
「……本当、なんですか?」
「ああ、本当だ。つーかな、俺はカラーズに入るよりも先に、もう、六年くらい前にもなるかな。そんくらいの時に組織へ入ったんだよ。で、金に困ってヒーローもやり始めたんだ。笑えるだろ?」
「笑いません」と、九重は強い口調で言い切った。思わず、気圧されてしまう。
「絶対に笑わない。あなたの口から本当が聞けてよかった」
「何も。何も思わねえのか? 俺は、お前らを裏切ってたんだぞ」
九重はもう、こっちを見ていなかった。
「……私は、今までずっと、青井さんが頑張っているのを見てきたつもりです。悪の組織とか、正義の味方とか、たぶん、青井さんにはあんまり関係がないんだって思います」
「なんだ、そりゃ」
「青井さんは青井さんですから。あ、あの、飛ばします。ちょっと捕まっててください」
ぐん、と、体が前後に揺さぶられた。
「……青井さん。あの、社長は」
「いや。いいよ。自分で聞くから」
きっと、社長も俺のことを知っていたはずなんだ。だったら、彼女にだって何かあったはずなんだろう。隠し事が。隠したいことが。
走っている内、円盤が落ちた。完全に見えなくなった。俺の知らないところで知らない内に、勝手に。
「なあ」
「はい?」
「俺、やることないんじゃねえの?」
九重は答えてくれなかった。
円盤は墜落し、大きな穴を作っていた。俺はなぜかコロッセオを思い浮かべた。
落ちた円盤のせいで建物はめちゃめちゃにぶっ壊れて、今も逃げ回っている人たちがいる。この街じゃあ毎日毎日くだらねえやつがくだらねえことを起こす。だけど、これはあまりにも酷過ぎる。この規模だ。死人だって出たかもしれない。
「……みなさん、大丈夫でしょうか」
「心配すんな。俺だって生きてたんだぜ。大概しぶてえよ、皆」
穴の周囲にはテレビカメラだろうか。色々な機材を持った連中が騒いでいた。ま、そりゃそうだろうな。
九重は、テレビ局の車の近くにタクシーを停める。その時、見覚えのあるような、ごてごてしたやつが見えた気がしたが、確かめている時間はない。
「どうなってんだろうな」
「分かりません。あの、もう少し近づきますね」
小さな爆発が起こった。円盤はもう見る影もない。燃えて、壊れてしまっている。だけどきっと、穴の中には皆がいるんだろう。
「なあ、気のせいかな。何かみんな、こっち見てねえか?」
「……え?」
タクシーが停まる。九重の顔からサッと血の気が引いた。彼はひいと悲鳴を上げ、両手で顔を隠してしまう。
「……み、見られてます」
そのようだった。
「腹くくるしかねえな。出るわ。もう逃げるのはやめたからな」
そうだ。
俺はもう、ヒーローであることを選んだ。ヒーローでありたいと望んだんだ。
「……分かりました。私も、お供します」
九重が後部座席のドアを開ける。どこか芝居がかった所作であり、俺は苦笑した。身体の感覚を確かめながら、ゆっくりと外に出る。でかいカメラがこっちを見てきた。
「あ、あの、あなたは……」
お、この姉ちゃんって確かアレだよな。美人なのが取り柄の女子アナじゃん。いつも番組見てます。お世話になってます。
ついつい胸元に目がいってしまうが、そこは堪えてマイクを受け取った。……向けられたから、つい、取ってしまった。
「あー、えーと」なんか話さないといけないんだろうか。とりあえず、間を持たせよう。穴の中がどうなってるのか気になるしな。
大穴を覗き込むと、そこには、皆がいた。皆、倒れていた。ヒーローも戦闘員も怪人も平等に、公平に。
最初にレンを見つけられた。彼の傍には何故かグロシュラがいる。
いなせは百鬼さんに抱かれて震えている。
赤丸がいた。彼女はしゃもじを砕かれ、その場に座り込んでいた。
イダテン丸が、黒武者が倒れている。彼らだけじゃない。知ってる顔のヒーローも怪人も、爺さんも、センチネル警備保障の連中も……ああ、数字付きのやつらも、くそ。生きてやがったか! よかった! だったらと、俺は江戸さんの姿を探す。必死になって目を凝らすと、彼は、エスメラルド様の近くにいた。意識を失っているようだが、生きている。生きてたんだ。皆。
「……なるほどな」
そして、一人だけ、我が物顔で突っ立ってるやつを見つけた。間違いねえ。ペガサス・ブレイド。こっちを見てやがる。あいつが、何もかも全部やったんだな。
許せるか? 許せるものか。ここまで俺の知り合いを傷つけられて、黙ってられるかよ。ハナっからやる気満々なんだよ、こっちは。
ついでに、俺は社長の姿も見つけた。俺は九重を見遣り、小さく頷いて頭を掻いた。マイクを強く握り、クソボケを指差してやる。昔に見たプロレスのマイクパフォーマンスを思い出した。
「違いねえ。間違いねえ。誰が悪くて誰が正しいか、俺には分かる。だからよう、そこの馬面、てめえは俺がぶちのめす」
ペガサスは俺を見上げ、喚いた。正直、何を言っているのかあんまり聞こえなかった。ただ、あいつは俺を否定しようとしている。それだけは分かった。
話している内に覚悟が決まる。正義も悪もヒーローも戦闘員も、今の俺には関係ない。俺にはまっすぐな信念も、まっすぐな美学もない。だけど、俺には俺の正義がある。俺のやりたいようにやる。誰にも文句は言わせねえ。言われても知ったこっちゃねえ。俺だけが分かればそれでいい。俺だけが信じてやれる。青井正義を。
「分かる。俺がそうだと決めたからだ。俺が、お前をぶちのめす。それが俺の正義だ」
お姉ちゃんにマイクを返して、俺は体を解した。
「あ、あのっ、あなたのお名前は!?」
えっ!? な、名前?
「俺の……」
本名バラすわけにはいかねえよな。
『そうね、あなたの名前は――――』
「いや、俺は――――」
背中を叩く。さっきから見えてんだろ。そこにはきっと、俺の名前が書いてあるはずだ。
「――――ブルージャスティス」
青い正義と笑わば笑え。
意を決し、穴の中へ飛び込む。ペガサス・ブレイドがにやりと笑う。
「は、はっはあ! やっぱりてめえか!」
「ようっ、リターンマッチだ! やらせてもらうぜ!」
タクシーの中で色々と試したからな、機能はばっちり予習済みだ(九重に死ぬほど睨まれたけど)。
腕のボタンを押す。脚部パーツの裏からローラーが現れる。小石を飛ばしながら火花を散らしながら、斜面を突き進む。次に、振り向きざまに左腕を伸ばした。そこからはワイヤーが射出する。でんでん太鼓を思い出すぜ。くそ。
ワイヤーの先端が斜めになった地面を掴む。俺はすぐにワイヤーを戻し、ローラーをしまってミサイルを撃ちまくった。ペガサスへと数発のそれが向かい、爆発する。煙が周囲を包み込む。地面が抉れてぶっ飛ぶのを見ながら、今度はブースターを起動させた。身体が引っ張られる。一直線に、やつへと向かう。
「久しぶりじゃねえかっ、あおいいいいいいっ!」
「違うな! 俺はカラーズのヒーローだ!」
煙の中からペガサスが飛び出してきた。俺は右の拳を握り込む。真っ向から叩き込んでやる。
「今度こそ殺してやらあ!」
「ブルージャスティスだ! 覚えとけ!」