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ヒーローだけにいいかっこさせねえぞ!

 優勢だったヒーローたちだが、一時の勢いを失い始めていた。ペガサス・ブレイド側の組織が投入する戦闘員と怪人の数を増やしたのである。戦況は膠着状態に陥っていた。

「……どうするんですか」

「何がだ?」

 浮遊要塞には各々の控え室などない。だだっ広い空間に、多くの戦闘員たちが押し込められている。彼らは指示を待ち、出撃の命が下れば地上へと己の身一つで降下せねばならない。今戦っている者にも、待機している者たちにも不満があった。街を滅ぼせと言われても、規模が大き過ぎて実感が掴めない。突然現れたペガサス・ブレイドという男に命令されて反感はある。だが抵抗する気力も力もなかった。

 広間の隅に、十名を超える戦闘員の一部隊があった。彼らは輪になり、閉塞感漂う周囲を見遣る。

「このまま、あいつの言うことを聞くってんですか」

「俺たち、折角助かったってのに。こんなところでじっとしてていいんですか」

 部隊を束ねる男は、真っ黒いクロークのようなものを羽織り、フードで顔を覆い隠していた。彼は部下らしき者たちから詰め寄られるが、口を開かない。

「なんだよ、それ。もういいっすよ。俺らだけで何とかしますから」

「待て。待つんだ。もう少し、必ず状況が動く。この場を、あの方が見逃すはずがないのだ」

「あの方って誰っすか?」

「……それは」

 クロークの男が口を開きかけた時、広間がにわかにざわついた。



 組織の活動に長は口を出すことがない。その為、実質的な組織の実権を握っていたのは四天王であった。

 スピーネル。

 彼は、時には彼女は、常に四天王であり続け、中立的な立場を守り続けた。スピーネルは他の四天王に対する抑止力であり、組織を守る為の、死神の鎌でもあった。裏切り、組織の名を穢す者には容赦しない。

 スピーネルは断罪者である。任命された者が名を継ぐ時、元の名を捨てることとなる。青井正義に爺さんと呼ばれ、親しまれていた老人は、

「……ほう、近くで見れば随分と造りが粗いのう」

 今、久方ぶりに断罪者としての皮を被ったのだ。

 ペガサス・ブレイドの浮遊要塞を上空から俯瞰すると、スピーネルは呵々大笑とばかりに笑った。突貫で造られたことは一目で分かった。この浮遊要塞は組織を牛耳ったペガサス・ブレイドの城だが、その実、黒鋼の王城ではない。ギヤマンの巨人も同然である。手をかけてやった時間が足りていない。夢がない。希望もない。この作品には愛がない。スピーネルは眼光を鋭くさせる。

 ペガサス・ブレイドは焦り過ぎたのだろう。時間がなかった。ゆっくり腰を据えて組織を大きくすることも、一つにもまとめきれなかった。自らの信奉者を増やすのを待てなかったのである。

 スピーネルは浮遊要塞の素材を見極め、装甲の強度を頭の中で計算した。速度を上げればこのスーツでも充分に突っ込める。代々のスピーネルに受け継がれてきたスーツは最新型には劣るだろうが、一点にのみ力を集中すれば、小さな穴を開ける程度には困らない。

「錆びついた鎌だが、受けてもらおうか」



 破砕音と共に天井に穴が空いた。小さな穴だ。が、広間にいた者たちを動揺させるには充分であった。

「……そんな、まさか。あの方は……!?」

 現れた影を見て、煤竹という男は目を見開いた。

 煤竹は、かつて青井と桑染の上司だった男である。彼は組織に長く務めた。ただ、煤竹は生来面倒くさがりであり、仕事に対しての熱意がなく、任務の遂行よりも己が命を第一として動いていた。同期が怪人に出世し、あるいは別の組織でのし上がっていくのを尻目に、下っ端と共に駆け回っていた。これでいいとは思わなかったが、それでもいいとは思っていたのである。人生とは妥協と挫折の積み重ねだ。やる気は空回り、情熱には水を差されるのが常である。

 しかし、一度だけ、夢を見たことがあった。煤竹が組織に入りたての頃に、とある男を見た。猛禽のスーツに身を包んだ男である。彼は四天王の一員であり、名を、スピーネルと言った。当時、飛行ユニットのついたスーツは珍しく、大空を羽ばたく姿はどこまでも自由で、とてつもなく羨ましかった。

 今、スピーネルが自分の真上を飛んでいる。ここは自由が許された大空ではなく、強大な力によって閉じられた空間だ。それでも、煤竹は在りし日の光景と、想いが湧き上がってくるのを感じた。彼は拳を握り締めて、歓喜の念を込めて叫んだ。その声に呼応するかのように、一人の男が立ち上がり、声を荒らげる。二刀を両手に携え、周囲を見回している。男は言った。男は叫んだ。煤竹は彼の声に応え、悪の信念というものを確かに思い出した。



 今の組織も一枚岩ではない。ペガサス・ブレイドに与する者は多かったが、心底から彼を尊敬し、付き従う者は少なかった。彼らは皆、怯え、竦んでいたのである。唯一人、一個の暴力とはいえ、力は力だ。木端の戦闘員が抵抗を試みたところで、紙のように裂かれ、葉のように散らされるのは火を見るよりも明らかである。


 ――――だが、ここしかないだろう。


「諸君、諸君はこのままでいいのか!?」

 クロークを羽織っていた男がフードを取り、素顔を晒した。男の姿を認め、周囲にいた者たちが騒めく。他組織の戦闘員、怪人も、彼のことを知っていた。

「……あいつ、あの人っ、死んだはずだろ?」

「生きてたのかっ」

「歯向かうのなら今だ! 私が土竜のように隠れてきたのは、惨めな生を享受する為ではないっ。御剣天馬という憎むべき、忌むべき敵が遺物を手にした者がいる! 我等は悪だ! 悪の組織を名乗る卑しい者だ! しかし我々にも信念はある。美学がある! 悪には悪の矜持がある! 正義の皮を被る天馬の男は何かっ。悪か? それともどちらでもない力に溺れた愚か者か? 私はそれを確かめる。この江戸京太郎は今日という日を待ち望んでいた! 私は、私の美学を貫く為にここに立っている! ……もう一度だけ問うぞ諸君、諸君らはこのままでいいのか。悪たる信念も美学も矜持も持たず、力を振るうことに固執し、己の為だけに版図を広げる野蛮な存在を許せるのか?」

 江戸京太郎という男を知っていた。数多の剣を振るい、四天王エスメラルドの右腕であり、頭脳でもある彼の存在を。

 しんと静まり返った空間を認め、江戸は息を吐き出した。

「ペガサス・ブレイドなる男に、一泡吹かせてやりたいとは思わないか? ……では私たちはお先に失礼させてもらうとしよう」

 江戸の前に、エスメラルド部隊の数字付きが整列する。十三番を除いた十二人の男が、女王の右腕に従った。彼らを見、戸惑いが伝播する。江戸はもう行動に移っていた。広間を抜けると、彼の後ろにスピーネルが続く。

「……クンツァイトに感謝するとええぞ、若造。あいつがわしに頭を下げるなど、あと二十年の間はないことだろうと思っていた。ふん、わしが来なんだら、お前らは死ぬまであそこから動かなかったろう」

 くつくつと、江戸は喉の奥で笑みを噛み殺した。

「どうかな、ご老人。我々を舐めてもらっては困ります」



 江戸たちを見送っていただけの怪人が動いた。先導したのは煤竹である。彼は同期の者たちと顔を見合わせ、足並みを揃えた。彼らに続き、戦闘員も広間を抜けていく。ペガサス・ブレイドに吸収された形の、別組織の怪人たちも重い腰を上げ始めた。

「散らばって騒ぎを起こすぞ。こんなアホみてえな円盤、叩き落してやるんだ」

「ど、どうするつもりなんですか?」

 戦闘員の問いに、別組織の怪人が答える。

「飛行ユニットだ。それでこのデカブツは浮いてやがる。江戸たちの狙いはそいつだろう。まだ低い位置で浮いてるから……」

「逃げ道を押さえる必要もあるな」

「なら、バラけて動くぞ。ペガサスに当たったやつは諦めろ。けど、ただじゃやられんじゃねえぞ、てめえら」

「了解っす!」

 怪人たちが指示を出し、戦闘員が走り出す。共通の敵を見つけたせいか、彼らは組織の垣根を越えて行動を始めた。

「で、具体的に俺らぁどうすりゃいんすか?」

「決まってんだろ。俺らのやるこたあ一つだよ。邪魔者ヒーローは足元で大混戦だ。だったら好きなだけ暴れてやれ!」

「よっしゃ、ヒーローだけにいいかっこさせねえぞ!」

「おうっ、やれやれ! なんもかんもぶっ壊しちまえ!」



 エスメラルド部隊はペガサス・ブレイドたちに倒された後、彼らを良く思っていなかった戦闘員たちに助けられた。だが、エスメラルドはいなくなり、ペガサス・ブレイドは短い期間で力を蓄えた。迂闊な行動は取られなかったのである。江戸は多くの者に助けられ、反旗を翻す機を見計らっていた。

「浮遊要塞には三桁にも上る飛行ユニットが搭載されています。どれも汎用のスーツに使っているようなものではなく、大型仕様です。これを半分、いや、三分の一も破壊すれば要塞は飛行能力を失うだろうと思われます」

「しかし数が足りんぞ。ペガサス・ブレイドも静観はすまい。わしらだけでは目標数の破壊には届かんだろうな」

「やつのシンパは少ないはずです。我々が動けば……いや、四天王のあなたが動けば古株の怪人も、ペガサスに反抗心を抱いている戦闘員も何かしらの動きを見せるでしょう。既に、西ブロックの方には手を回しています。我々は逆方向から攻めましょうか」

 江戸とスピーネルの会話を聞きつつ、数字付きは誇らしげな笑みを浮かべた。

「さすが江戸さんだぜ。さっきの江戸さんかっこよすぎだろ」

「ああ、俺たち江戸さんの数字付きで良かったな」

「……いや、エスメラルド様の数字付きってのを忘れんなよ」

「いつだってあの人は冷静だ。あのクソ馬ヅラ野郎にぎゃふんと言わせてやろうぜ」

 だが、江戸の心中は数字付きの評価とは違っている。彼は冷静さを保とうと必死になっていた。


 ――――ああ。嗚呼、エスメラルド様。あなたは今どこで何をしているのですか。この江戸京太郎。あなたの右腕となり早数年、ここまで歯痒い思いを噛み締めているのは生まれて初めてのことです。無念だ。私は無力だ。お許しくださいエスメラルド様。しかし、許しを請うのも今の間だけです。すぐにこの鉄塊を墜落させ、白馬の男を亡き者にし、そっ首をあなたに捧げましょう。嗚呼。エスメラルド様エスメラルド様エスメラルド様エスメラルド様エスメラルド様エスメラルド様エスメラルド様エスメラルド様エスメラルド様エスメラルド様エスメラルド様エスメラルド様エスメラルド様エスメラルド様エスメラルド様……。


「江戸? 聞いておるのか?」

「はい。まずは敵の目をこちらに引きつけましょう。現状、天馬の男を単独で抑えられるのはあなたを置いて他にいない。……さっそくお出ましか。数字付き諸君、存分にやりたまえ!」

 前方から走り寄ってくるペガサス派の戦闘員を認め、数字付きは拳の骨を鳴らした。

「よっしゃあ、借りは返してやるぜ」

「病み上がり舐めんなよ!」

「エスメラルド数字付きの実力ゥ! とくと味あわせてやるぜ!」

 突進してくるサイ型の怪人に、数字付きは正面から立ち向かう。彼らはまだ本調子ではなく、傷も完全には癒えていない。だが、戦意だけは充分に漲らせている。ヒーローたちに続く形で浮遊要塞内部での戦闘も始まった。

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