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ヒーローをなめるんじゃねえぞ!


 九重は一人、カラーズに残っていた。窓が割られ、家具は倒され、好き放題に荒らされた部屋の中、ぼうっとした表情でテレビを見つめている。

 画面の中では、先ほどまでここにいた者たちが戦っていた。この街で、同じ時間。なのに、まるで遠い世界の出来事のように思える。出来の悪い戦争映画か、あるいはSFだ。

「……社長。青井さん。どうして、どうして……」

 九重のすすり泣く声を、リポーターの騒々しい声が掻き消した。



 浮遊要塞の下では、赤丸たちを筆頭に街中から集まったヒーローと、ペガサス・ブレイドのかき集めた組織の戦闘員、怪人たちとが争っていた。

 要塞が浮遊し、停滞している為に、近隣の家屋、建造物は軒並み薙がれ倒壊している。正義と悪が瓦礫の中で、己が信念を貫こうとしていた。



 状況は不利か。有利か。どうなっているのか分からない。

 赤丸夜明はただひたすらに得物を振るい続けていた。押し寄せる戦闘員たちを打ち倒し、薙ぎ払いながら突き進む。だが、目的地は遥か上空であった。飛行ユニットを備えたスーツでもなければ、浮遊要塞に侵入するのは困難である。また、少数だけでは心許なかった。何せ、あの中にはイダテン丸やエスメラルドを倒した男がいるのだ。

「くっ、皆無事なんか!?」

 合流していた者たちとは連係が取れない。皆、ばらばらになって戦っている。黒武者や牡丹は心配いらないだろうが、レンといなせの行方は気になった。赤丸は、二人には戦って欲しくなかったが、彼らは言うことを聞かなかった。


 ――――ゆうこと聞かせられんのは、青井だけか!


「おああああああっ、どけ! どけいゆうとるんじゃ!」

 要塞に突っ込むにせよ、地上にいる敵を一掃する方が先だ。邪魔をされては面倒である。だが、数が多い。四方八方、見渡す限り敵なのだ。恐らく、一組織の有する戦力ではないのだろう。ペガサス男が何をしたかは分からないが、他の組織と同盟を結んだか、無理矢理脅して力を貸させているに違いなかった。

 飛び掛かる真っ白い戦闘員を蹴り飛ばし、しゃもじを振るう。風圧と、赤丸の気勢に怯えていた怪人が走り出す。彼女は見逃さず、得物を突き出した。



 右方から戦闘員たちが押し寄せてくる。白、黒、赤、青、黄……爆音が轟き、直撃を受けた者たちが瓦礫と共に吹き飛ばされた。百鬼牡丹はシャクヤクを敵方へ向け、矢を放つ。

 牡丹の砲火から逃れた者が彼女へ迫った。だが、横合いからこめかみを殴られて、錐揉みになって中空を回転する。次いで、別の戦闘員が地面に叩き付けられた。苦痛に呻いたところを踏みつけられ、気を失う。

「あなたたち……」

「平気かい、おばさん」

「お兄さんの代わりに、僕たちが守るから」

 レンといなせが牡丹の横に立ち、雲霞の如き敵勢を見据えた。

「あら、ありがと。でも、危なくなったら逃げましょうね。それにしても、あっちも随分と騒がしいこと」

 彼らと反対側の地点では、センチネル警備保障の者たちが暴れ回っている。灰空愛里を筆頭に、敵の群れへとまっしぐらに突き進み、彼女に鍛え上げられた精鋭たちが戦闘員を薙ぎ倒し、無力化している。

 黒武者やエスメラルドは浮遊要塞の真下で、専用のスーツを着た怪人たちと交戦していた。個々人の戦闘力は高いが、戦いは往々にして質よりも数が物を言う。どこまで持ちこたえられるか。その先にある勝利を掴めるのか、誰にも分からない。分からないまま、他にどうしていいか分からないから戦い続けるのだ。



 倒壊した建物。浮遊する円盤。無限にも見える戦闘員、怪人。そして、奮戦するヒーローたち。

「……なんで、いきなりこんなことになってんだろうな」

「知るか。こんなもん、知るか」

 その光景を、離れたところで見る者たちがいた。駆けつけたのはいいが、出遅れ、足が竦んだヒーローたちだ。

「今までと違い過ぎるじゃねえか、こんなの……」

 かつて、巨大なクモ型のロボットが街を襲撃した。だが、今はそのロボットよりも大きな円盤が街を侵略しようとしている。低空で留まり、カタパルトのような場所から怪人たちが飛び出してくるのが見えた。戦闘員たちはパラシュートを開き、上司の後を追いかけるように降下する。この街の悪の組織がペガサス・ブレイドの手によって、彼の力に従う形で結託したのである。単独で戦うのを主とするヒーローからすれば考えられない話であった。戦ったところで、囲まれて甚振られるのが関の山だ。ほとんどの者はそう考えている。

「私は、行こう」

「正気かよ……!」

 太陽を模したマスクを被るヒーローが駆け出した。

「しゃもじ、か。あいつらも戦ってんだな」

「俺たちも少しくらいはやってみるか」

 次いで、またぎの恰好をしたヒーローが、二人組の男女が戦場に向かう。

「この街がやられちまったら、他に行くところなんかないしな」

 ヒーローたちは悲壮感を漂わせながら突き進む。一人、また一人と足を動かした。震える手足を叱咤し、自分を誤魔化す。

「面白い。仕掛けてやる」

 噴射された炎が宙に軌跡を描いた。飛行ユニットを装着したヒーローたちが、ジェイという男に続く。

「くそっ! なんでだ! なんでこんなことになってんだ!?」

 ヒーロー。彼らの中身はただの人間だ。『一皮剥けば』意地汚く、金に汚い性根が素顔を覗かせる。彼らは皆、スーツの性能、力に頼っているに過ぎない。悪の組織に属する戦闘員や怪人と大差はない。彼らは屑であり愚図であり、どうしようもない人間である。

 ただ、同じではない。全く同一の存在ではない。光があれば影があるように。悪に対抗するのが正義であるように。ヒーローを選んだ者は多かれ少なかれ、その身、その心に信念を宿しているのだ。

「全部、全部お前らの所為か! そうなんだろう!? いいぜやってやる! ヒーローをなめるんじゃねえぞ!」

 最後まで取り残されていた、年若いヒーローが天を見上げて、吼える。

 彼らは戦う。ヒーローは戦う。一片のプライドと一掬の勇気。一握り。最後まで残り、最後に掴んだ正義という信念を武器にして戦うのだ。



 浮遊要塞にある薄暗い一室に、白鳥澪子はいた。椅子に座らされ、拘束され、囚われていた。彼女の真正面には大きなモニターがある。外部の戦闘が映し出されていた。澪子はその様子を認め、満足したように笑った。

「笑ってんじゃねえぞ」

 ペガサス・ブレイドが澪子の頬を打った。もちろん彼も加減はしている。蟻を摘まむように、繊細に打ったのだ。そうでもしないと、人間の顔など軽く砕けて弾け飛ぶ。

「……言え。お前は何か聞いているはずなんだよ。てめえの親に教えてもらってるはずなんだ。言え。俺のスーツの封印を解きやがれ」

「見なさい。ほら、この街のヒーローが揃っているみたい。そしてあなたは、この街にあった悪の組織の半分以上を手中に収めている」

 浮遊要塞周辺での戦闘は、尻込みしていた者たちが加勢したことにより、ヒーロー側が優勢となり始めている。

 縮図ねと、澪子が呟いた。

「悪と正義と、どちらが勝つのかしら。どちらが正しいのかしら」

「俺がその気になりゃあ、てめえなんて一秒かからずこの世から消し飛ぶんだぜ。怒らせんなよ、なあ?」

「何でも話すとは言ったけど、嘘を吐くとは言っていないわ。私、そのスーツのことについては何も知らないんですもの。……確かに受け取ったわ。父が隠していたスーツだった。それだけの話。あなたが言っている、パスワードや、スーツの本当の名前なんか知らないわ」

 かつてこの国を救った御剣という名は、良くも悪くも強過ぎた。その為、様々な事柄に利用されるのを恐れた血族が、遠い姻戚に御剣の名だけを与え、天馬のスーツを後世まで守るように託したのである。奪われたスーツは、澪子の父親が隠していた。ヒーローを憎んでいた彼が天馬のスーツを壊さなかった理由は、澪子にはついぞ分からなかった。

 ペガサス・ブレイドは声を荒らげ澪子に詰め寄る。彼女はぴくりとも表情を変えなかった。

「あなた、青井の知り合いなのよね」

「だったらどうしたっ」

「本当に青井を殺したの? 死体は確認した? ちゃんと息の根は止めた? 本当に? あなたは、青井とどういう関係だったのかしら。部下と上司? 知り合い? それとも友達?」

「……肝が据わった女だな。余計なことはべらべらと喋りやがる」

 ふん、と、鼻から息を吐き出すと、ペガサス・ブレイドは澪子から顔を逸らす。

「あいつとは長い付き合いだった。同期だ。下っ端時代から、一緒になってヒーローに追いかけ回されてたよ。いつか組織のてっぺんに上り詰めてやるって夢見てた時もあった。あいつは知らねえ間に、ヒーローなんかになってたけどな」

「生きているわよ、あの人は。青井正義は、必ず生きている」

「かもしれねえ! だが、だからどうした? 俺とあいつの勝負はついた。だから、てめえがこうしてここに捕まってんだぜ。青井の野郎が生きてたところで何も出来ねえ。武器もねえ。スーツもねえ。何よりあいつには力がねえんだ。白鳥澪子。てめえは知らねえようだから教えてやるけどな、あいつは根っからのクズで、グズだ。自分のことが何より大好きで大切なんだ。だからお前は助けてもらえない。残念だったなあああ?」

 そうね、と、澪子は小さく漏らす。

「だけど、あの人は必ず来るわ。私を助けに来るんじゃない。自分の信念を曲げない為に。自分の正義を貫く為に、必ず来る」

「正義。正義、ねえ。青井にそんなもんがあるとは思えねえな」

「彼はヒーローよ。この状況を見過ごせない」

 ペガサス・ブレイドはモニターに視線を向けた。

「悪いやつらは見過ごせない、お仲間を助けに来るってか」

「それもあるわ。けれど、青井とあなたは友達なんでしょう? あの人は、馬鹿なことをしている友達を放っておけないと思うわ。止めに来る。……死体を確認しなかったのは、その必要がなかったからじゃないの? 殺すつもりなんか、あなたには」

「黙れッッ! 知った風な口で俺を語るんじゃねえ! てめえなんかに何が分かる!? 見るなッッ、憐れむような目で、俺を!」

 澪子の頬がもう一度張られた。ペガサス・ブレイドは先よりも力を込めており、彼女の意識が飛びかける。


 ――――青井、お願い……。


 助けて欲しい。だが、その資格が自分にはない事を澪子は知っていた。ずっと、青井を騙してきたのだ。本当の正義が、本物のヒーローが何かも分からないのに、さも自分は知っているという風に、彼に押しつけてきた。

 それでも、澪子の心は軋み、彼女自身では耐えられないところまで追いつめられている。どこまでも意地汚い性根だと、澪子の目から一筋の涙が伝い、落ちた。

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