おら、起きろボケ
一人称視点に戻ります。期間は短いですが。
また、三人称視点に戻ります。いったりきたりです。すみません。
「なあ、爺さんよ」
「今は手が離せん。あとにしろ」
俺は息を吐き、爺さんの作業を見守ることにした。彼は、先ほど手に入れた馬鹿でけえカブトムシ型のスーツを分析しているらしい。変な管とかがパソコンに繋がっていて、爺さんは一心不乱に、かたかたとキーボードを叩き続けている。つまんねえ。
立ち上がって体を伸ばす。酸素を取り込もうとしたが、地下は薄暗くて辛気臭い。下水と繋がっているらしく、新鮮な空気は期待出来そうになかった。
「まあ、ほどほどにな。歳なんだからよ」
「黙れ」
肩を竦めて、俺は研究室(組織のものよりも粗末な造りだが、爺さんは気に入っているらしい)を出て、居住空間へ向かった。
地下のかび、すえた臭いなど気にしていないのか、能天気集団の末っ子はどっから持ってきたか分からんソファに座り込み、ピザを貪っていた。
「俺にもくれよ」
「やだっ。青井ー、忘れたの? さっきボクに偉そうな口を利いたじゃんか」
一切れもらおうとして手を伸ばすと、中空で叩き落された。相変わらず糞生意気なガキだ。……ガキこと、ハリマ茜はいいとこの女子高の制服を着ている。こんな場所には似合わない格好だ。臭いがつくぞ。
「それより、師匠はなんか言ってた?」
「黙れって言ってたぜ。避難してきた」
「ふうん。あ、さっきの女、縛ってるから。兄ちゃんたちと交代して見張ってよね。もう怪我だって大したことないでしょ? ボクは病み上がりだって手加減しないから」
いや、病み上がりでさっきのカブトムシと戦わされたんだが……俺は何も言わなかった。悔しいことに、腹立たしいことに、情けないことに、こいつらには助けられた恩がある。こっちが望もうがそうでなかろうが、事実は事実だ。結果は結果だ。
「しかし、灰色の青春だな」
「……何が?」
ハリマ妹はゴーグルを上げて、俺の顔をじっと睨んでくる。
「いや、お前。華の女子高生が男作るでもなく、変ながらくたに囲まれてるなんて。そんなことを考えたら、他人事ながら泣けてきた」
「ボクの青春をボクがどう使おうがボクの勝手だもん! ほっとけバカ!」
スパナとか投げられたので、俺は慌てて別の部屋と逃げ込んだ。
逃げ込んだ先は、ハリマ一家のアジトの物置である。
俺も爺さんも、今はこいつらの世話になっている。……あの日、あの夜、あの港で俺は桑染にボコボコにされて海に放り投げられた。ぶくぶく沈んで動けなくて血がいっぱい出て死ぬ寸前、俺はハリマ一家に助けられた。と言うより、拾われた。海中のゴミ(茜は『レアメタルだよバーカ』とか言ってたが)を拾っていた彼らの手によって、俺は勝手に救出されて、地下のアジトに匿われた次第である。一応、借りが出来た。こんな小者に恩を売っちまう自分の馬鹿さ加減を呪ったが、爺さんまでこいつらの世話になっているとは思わなかったな。
『この人すごいんだ。ボクたちの師匠なんだぞ!』
爺さんはペガサス・ブレイドが組織を支配するのが面白くなかったらしく、結構前から脱出に成功していたらしい。どうせなら俺も誘って欲しかった。……そんで、地下をうろちょろして塒を作ろうかとしていたところ、先住民と出会った。それがハリマ一家である。彼らは爺さんの話を聞き、彼の技術力に感服し、師匠と讃え尊敬し、祭り上げてアジトに案内して住まわせているようだ。
そうして、もう一週間は経っただろうか。茜曰く献身的な看病により、俺はまともに動けるようになった。その矢先、どっかのアホが乗り込んできたけどな。
「……よう、交代するぜ」
「おう、ご苦労」
「あとは頼む」
手を上げて答えてきたのは、ハリマ一郎と二郎の二人だ。この二人にも色々と借りが出来ちまった。
「どうだ、こいつ、大人しくしてるか?」
「今は眠ってるみたいだな。俺たちも、仮眠を取るとしよう」
「ああ。……悪いな。たぶん、俺の客だ」
「がっはっは! 気にするな!」
一郎が俺の肩を強く叩いた。あの、病み上がりなんですけど。骨が軋んでるんですけど。
「どうせ、このアジトともおさらばするつもりだった。とりあえず、もうしばらくはここでゆっくりするつもりだがな」
言って、一郎と二郎は居住スペースへと戻っていく。俺はその後姿を見届けて、
「おら、起きろボケ」
「いた!? いきなり蹴るな!」
物置のパイプに手錠で繋がれている女が喚く。さっきまでカブトムシスーツを着ていた、気の強そうな中の人であった。
ハリマ一家に助けられてから一週間。俺は、今までの生活が馬鹿らしくなるくらいに平凡で、穏やかに過ごしていた。まあ、環境は最悪だけど。
だが、その生活も遂に脅かされてしまったらしい。あの執念深い桑染が俺の死体を確認しなかったのは僥倖だが、次の手は打っていたらしいな。
「てめえ、名前を言え。言わなきゃ痛い目に遭わすぞ」
「望むところだ!」
「望むな! ……なんなんだ、お前。マジで」
地下アジトにやってきた女は、自らを四天王のなんとかだと名乗り、攻撃を仕掛けてきた。ただ、スーツの性能がいい割に動きはおかしかった。お陰で、病み上がりの俺を含めたハリマ一家メンバーで撃退出来たのである。
「自分から攻撃を受けるような真似しやがって。挙句、敵の前で大の字になって寝転がるかよ普通」
「だ、黙れっ」
女は頭をぶんぶんと振り、ウェーブヘアを揺らした。
「桑染……じゃなくて、ペガサス・ブレイドとやらの部下なんだろ?」
「言わん! 私は何も言わん! 話を聞きたければ拷問にでもなんでもかければいいだろう!」
面倒くせえ。今日び拷問なんてどこの組織がやるってんだ。もういい。こいつは放置しておこう。スーツさえ着てなけりゃあうるさいだけの女だ。
「あ、ちょ、ちょっと待て。どこに行くつもりだ。拷問器具を持ってくるつもりなのか」
「いや、寝るだけ。お前はなんか、ほっといても大丈夫な気がしてきた」
「くっ、ひ、卑怯だぞ!」
何が卑怯なのかよく分からん。
「もういい。マジで面倒くさい。もう絶対お前には関わらん。何もしない。殺しはしないから、適当に過ごしてください」
「ああっ、そんなご無体な……!」
女は葛藤しているらしく、低い声で唸り、不自由な体勢でごろんごろんと転がっている。やがて、ぴたりと止まった。
「分かった。話す。だから、殺さないでくれ」
「お前脳味噌あんの? 話聞いてたか?」
「……私の名前はコルネフォロス。ヘラクレスオオカブト型のスーツを着た、新四天王の一人だ」
「新? え? なんだそれ、代替わりしたのか」
そういや、組織から逃げる直前、グロシュラもクンツァイトもやられていたっけ。スピーネルとかいうやつは最初からいないし、エスメラルド様もカラーズに匿われている。なるほど。新しいやつが出てくるのも当然か。
「めちゃくちゃ弱かったけどな。で、名前を言え」
「コルネフォロスだ!」
「いや、本名。長いし言いづらいんだ。言え。お前の、本名を」
コルネなんとかは苦渋の表情を作った。
「……御茶町幸子といいます。つい最近までOLをやっていました」
「よし、それでいい。じゃあ御茶町。一つずつ聞かせてもらうからな。お前は、誰の命令でここに来た?」
コルなんとか改め御茶町は、観念した様子で口を開いた。何故か、とてもすっきりとした表情にも見えるが。気にしないでおこう。
「組織の命令だ。ペガサス様は、青井正義の関係者を根絶やしにしろという命を下したのだ。ふふふ、恐ろしいだろう」
「この場所を知っていたのはどうしてだ」
「さあ? 私はただ、教えられたとおりの場所に向かっただけだ。あれ? 誰に言われたんだっけ……? ふ、まあいい」
「よくねえよ」
くそ、読み違った。俺が生きてるというのがバレると、桑染がまた何か仕掛けてくるかと思って大人しくしてたんだが、あいつにとっちゃ何もかも関係ねえってか。まさか、ここまでやるとは思っていなかった。……本当に変わっちまったんだな。
「じゃあ、カラーズや、俺のアパートにも誰かが仕掛けたってわけだな」
「それだけではない。お前の数少ない交友関係をなんとか洗い出して、四天王も他の幹部も殆どが出撃したぞ」
「……何? お前ら、ちょっとやり過ぎだぞ」
「ふふははは、それだけお前はペガサス様を怒らせたということだ」
カラーズにはイダテン丸とエスメラルド様がいる。アパートには、一応、赤丸がいるな。あとやばそうなのは、黒武者と、百鬼さんも狙われてるかもしれねえ。あとは、ええと、誰だろう。
「あっっ、お前ら! 俺の親狙ったんじゃないだろうな! だとしたらマジでぶっ殺すからな」
「いや、そこまでは聞いていない。黒武者村正。百鬼牡丹。そしてここ。ええと、確か……センチネル警備保障にも仲間が向かったはずだ」
「だったらいい」
「いいのか」
俺は頷いた。あの軍服女のところにまで押しかけるとは、自分の交友関係の少なさ加減に悲しくなってくる。
「まあ、お前みたいなのが四天王なんだろ。どうにかなんだろ」
「グロシュラやクンツァイトも出撃しているぞ」
「な、にぃ? お前っ、それを早く言え!」
こうしている場合じゃない。恐らく、桑染はレンについても知っている。下手すりゃあ、あいつが前に言ってた『白くてかっこいいヒーロー』ってのはペガサススーツの桑染かもしれないんだ。だとしたら、アパートにグロシュラをぶつけてくる可能性が高い。
「焦っているなあ、青井正義。だが、私は聞いているぞ。お前は全ての武器を失い、スーツすらも持っていないのだと。そんな体でどうするつもりだ。外に出て仲間を助けに行くのを考えるより、私を拷問にかけて有益な情報を聞き出す方がいいのではないか。んん?」
そうだ。
……くそう。俺には武器がない。桑染との戦いで、でんでん太鼓は壊されて、めんこは使い切っちまった。頼みの綱のグローブも、今は手元にない。たぶん、海の底に沈んでしまったんだろう。こんなナリじゃあ、グロシュラたちどころか、並の戦闘員にだって勝てやしない。
レン、いなせ、九重、あとついでに社長。あいつらのことが心配だが、俺が戻ったって迷惑をかけるだけだ。仮にその場を乗り切れたとして、桑染はまた仕掛けてくるに違いない。今度は、本当に殺されちまう。嫌だ。死ぬのは怖かった。
「ふ、ふははは。私には分かるぞ青井正義。お前、今、怖がっているだろう。痛いのを嫌がっているな。戦うのが怖いはずだ! 傷つくのが嫌なはずだ! だったら、お前はここで私を面白おかしく痛めつければいい! どうだ魅惑的だろう!」
「あっ、青井ー、師匠が呼んでるよ」
「おう、分かった」
「あああああっ私をナチュラルに無視するな!」
爺さんのところに再び顔を出すと、どうやら、作業は終わっているらしかった。彼はくるくると回る椅子に深く腰掛け、長い息を吐き出した。
「どうしたよ。肩でも揉んで欲しいのか?」
「……青井。お前に聞きたいことがある」
「なんだよ改まって」
俺はその場にケツを落ち着かせる。爺さんは真剣そうな顔でこっちを見た。
「まず、最初に言っておく。わしを侮るなよ、若造。お前が、あっちに行ったりこっちに行ったり、ふらついているのは分かっていた。……なあ、カラーズのヒーロー、青井正義よ」
「んだよ。やっぱり知ってたか」
大した驚きはない。何せ、江戸さんやエスメラルド様も知っていたのだ。と言うか、いなせの家に付いて行って爺さんと出会った時に、俺は覚悟していた。
「それで、どうするよ? 俺を裏切り者だって罵るか?」
「いや、わしも組織を裏切った身じゃ。そんなことはせんよ。何よりくだらんからのう」
「じゃあ、なんだよ。ああ、そうだ。俺はヒーローと戦闘員の二足の草鞋を履いてた。今更なんだってんだ、畜生」
どうせ、俺はもうそのどちらでもない。ヒーローにもなれない。戦闘員に戻るつもりもないんだ。
「ほっ、半端者め。じゃが、半端なお前には見せたいものがある」
そう言うと、爺さんは研究室の奥にある棚を押し退けた。がらがらと、棚の中身が音を立てて崩れていく。その向こうの壁が、ゆっくりと、少しずつ開き始めた。