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知っていたわ



 灰空愛里は舌打ちした。また一人、部下がでかぶつに吹っ飛ばされたのだ。

「ふん、何がどうなっているのかは分からんが。私は、青井正義と言う男のせいで迷惑を被っているというわけだ。ふざけるな。軍法会議ものだぞ、これは」

「ホエーッ! 黙れ女、お前が青井の関係者だと調べはついている。あいつと知り合ったことを後悔しながら死んでいけ!」

 青井正義。灰空はその名を知っていた。調べたのだ。彼は一度ならず二度までも自分を虚仮にした男である。弱みを握り、優位に立つ為に調査をしたのは確かだ。だが、友好的な関係を築いた覚えはない。自分たちがスーツを狩るのなら、青井はスーツを狩られる側の人間である。敵だ。紛れもなく敵なのだ。ならば、何故、あんな男のせいでこんな目に遭っているのか。

「ブタが」

 先までそこかしこで囀っていた一般人どもは、甲高い悲鳴を上げて逃げ惑っている。街中を戦場と化すことに、灰空もバテン・カイトスも一切の躊躇いを見せなかった。

 バテン・カイトスと名乗った大男は、恵まれた体格に物を言わせた戦法を好んでいる。突進し、薙ぎ払う。それだけだ。技巧はない。力ずくで大雑把だ。ただ、防げない。ぶつかられてしまえば、体中を痛めつけられて地面と口づけを交わす羽目になる。事実、もう半分以上の部下が倒されてしまっていた。本来なら戦術的撤退の場面である。

 だが、今の灰空に撤退の二文字はなかった。バテン・カイトスは、憎き青井正義の情報を掴んでいる。……吐かせる。彼女はそう決意した。

「まるで聳え立つクソだ、貴様は!」

 灰空は得物の鞭を振るう。バテン・カイトスの動作は鈍く、攻撃を回避しない。正確には、する必要がなかった。彼のスーツは並のそれよりも丈夫で、頑丈に出来ている。生半な攻撃は通らなかった。ならばと、彼女は腰に佩いたサーベルを抜く。模造ではない。対スーツ用に作られた特注のものだ。

「これならどうだっ」

「効かん効かん!」

 サーベルが弾かれる。灰空は顔をしかめて距離を取る。バテン・カイトスは大笑した。己の勝利を確信していた。

「……私には我慢ならないものがある。貴様のようなだらしのないデブと、そいつに合わせて戦うしかない自分の無能さだ」

 灰空は部下を集め、指示を出した。彼らは即座に行動に移り、バテン・カイトスから距離を取る。

「逃がすわけないだろうが、ちんけなやつらをよォ!」



 灰空愛里の部下は距離を取り続ける。バテン・カイトスはスーツの性能に飽かせて彼らを追い続けた。時折、鞭やサーベルで反撃を受けるも、ダメージは一切ない。もはや彼は一個の鎧なのだ。クジラ型スーツの防御力を貫ける武器を、センチネル警備保障は持ち合わせていない。

「ハハハハハハっ、逃げろ逃げろォ! 捕まえて、飲み込んじまうぞ!」

 街中を縦横無尽に突進し、建物を破壊する。道路は抉られて土が剥き出しになっていた。動き回る灰空と、彼女の部下たちは上手く逃げているようだった。が、逃げるしか能がない。逃げていてはいずれ倒される。


 ――――この俺に! 倒されろ!


 二メートルを優に超える巨躯が街灯を薙ぎ倒した。バテン・カイトスは意に介さず、標的を追いかけ続ける。

「これが! 四天王の力だァ!」

「……そろそろか?」

「アアァン!?」

「全軍、停止!」

「サァァァァァイエッサァァァァ!」

 灰空が立ち止まると、彼女に倣い、部下たちも一糸乱れぬ動きで制止した。バテン・カイトスは不審に思いながらも灰空へと迫る。が、足に違和を感じた。

「んだァ? こりゃあ……」

 重いのだ。足が酷く疲れている。それだけではない。羊を追い立てる猟犬の如く興奮していた全身から熱が失われ始めた。スーツの中が蒸し暑い。汗が止まらない。バテン・カイトスは深く、長い呼吸を繰り返した。

「貴様は馬鹿か。そのスーツは中国で生産されたのか? 一時間以上も動き回っていればこうなる」

「が、あああっ、畜生!」

 だが、おかしい。自分は確かに疲労している。新たなスーツの性能に頼り、鍛えることを怠っていたのも事実だ。しかし、灰空たちが呼吸一つ乱していないのはどういうことだ。バテン・カイトスは彼女らをねめつけた。

「我々は貴様とは違う。鍛え方が違う。スーツを狩るものがスーツに溺れるようなことは、我々にとって不様に死ぬより恥ずべきことだ。貴様の糞のような体型を見れば一目で分かる。スーツに隠れていても分かる。貴様は皆に隠れ、裏でこっそりドーナツを貪るような意地汚いクズだ」

「ごおおおああああっ」

「己を乱すからだ。我々のペースに付き合えば、誰だってこうなる。足が痛むか? 息が苦しいか? 体はもう言うことを聞かないだろう?」

 その通りだ。一度でも止まり、休んでしまえば、もうまともに立ち上がれない。バテン・カイトスは疲労感から膝をつき、荒い息を吐き出した。そのせいでスーツの中が更に蒸す。

「ふっ、はははは! 青井正義ッッ! やつはスーツを着ていなかったが、貴様よりも気合が入っていたぞ! さあ、今から貴様をじっくり可愛がってやる!」

「くそおおおおっ、来るなっ、来るんじゃあない!」

 周囲を囲まれて、バテン・カイトスは忙しなく顔を動かし、視線を巡らせた。どこもかしこも敵だらけで、逃れる術などなかった。



 四天王との連絡がつかなくなったという報告を受けた時、ペガサス・ブレイドは既にカラーズへ辿り着いていた。彼はスーツの飛行ユニットを使い、単身で敵地に立ち、建物を見上げていた。そして、不様に伸びる部下どもを見回した。

「ほう。女、お前がやったのか」

「……そうか、新たな四天王とは、お主のことか」

 マフラーをたなびかせ、イダテン丸が身構える。ペガサス・ブレイドは彼女の戦意を鼻で笑った。

「俺が? 俺が四天王だと? はっ、ははははははは! 舐めるなよっ」

「参るっ」

 よせ、と、ペガサスの存在に気が付いていたクンツァイトが叫ぶ。イダテン丸は知らなかった。対峙する男は四天王ではない。それらを束ねる、一人の王なのだと。

「お、速いな」

 ペガサスは喉の奥で笑みを噛み殺す。イダテン丸はクンツァイト戦での薬が効いたままだが、見事な動きで彼を翻弄していた。背後を取り、死角に回り続ける。だが、ペガサスは彼女の速度を冷静に分析していた。

 イダテン丸ほどのスピードを有している者は組織にはいない。現四天王であるフェニックス型のアンカでも追いつけないだろう。

「けどおせえんだよなァァァ!」

「……馬鹿なっ」

 ペガサス・ブレイドの回し蹴りが、イダテン丸の腹部に突き刺さった。彼女は肺腑に溜まっていた空気を残らず吐き出す。それでも衝撃を殺そうとしたが、耐えられずに吹っ飛んだ。勢いは収まらず、地面に体を擦り、何度もバウンドし、電柱に背をぶつけたところで、ようやく止まった。イダテン丸はそれきり、ぴくりとも動かなくなる。

「鬱陶しかったけど、せいぜいハエ止まりだな。……クンツァイト。てめえが後始末しとけ。これ以上逆らうようなら、分かってるな?」

「ああ。よく分かってるとも」

 クンツァイトから視線を外すと、ペガサス・ブレイドは姿勢を低くし、建物の四階の窓をねめつけた。



 九重は建物の外で行われていた戦闘を、窓からじっと見つめていた。しかし、今は顔面を蒼白にしている。戦闘員と怪人を殆ど片づけたイダテン丸だが、彼女は今、白馬の男に倒されてしまった。

「……き、来ます」

「ええ、そのようね」

 早く逃げなくてはならない。しかし、澪子は落ち着いた様子で部屋の中央から動かなかった。

「今の内ならっ」

「無理よ」

 窓から視線を外し、澪子の車椅子に手を掛けた瞬間、窓ガラスが割れて、室内に散らばった。先の男が窓枠に足を掛け、物珍しそうに室内を見回している。九重は意識が飛びそうになった。男は、四階まで跳んできたのだ。

「へえ、ここがヒーロー派遣会社かよ。案外、散らかってんなあ」

「散らかしたのはあなたでしょう」

「しゃ、社長っ」

 澪子は男から顔を逸らさなかった。彼は楽しげに笑む。歪んだ顔であった。



「お前らがカラーズか。青井の同僚か」

「ええ、そうよ。悪党」

 澪子は息を吐く。そうして、ペガサス・ブレイドを冷たい目で見遣った。彼は顔をしかめる。……彼女の顔だ。彼女の視線だ。ペガサス・ブレイドが嫌いな顔だ。憎むべき声であった。他者を見くびり、蔑むようなそれは、人の上に立つ者が備えた特性でもあった。

「……てめえが」

「あなたが奪ったのね」

 澪子の目に宿るのは聡明な光である。

「理解力があるのは助かる。余計な説明を省けるからな。じゃ、さっそくお願いするぜ。お前、このスーツの持ち主なんだろう? 言え。コードを。パスワードを。こいつの、真の名前を!」

「なんですって?」

 その時、ペガサス・ブレイドは違和を覚えた。澪子が嘘をついているようには見えなかったからだ。『能力』を使っても、彼女の言葉が真実だと分かる。

「ああ? なんでだよ。マジで知らねえのか? お前が、御剣天馬からもらったものなんだろうがよっ」

「御剣って、え、社長? まさか?」

 九重は咄嗟に澪子を見遣ったが、彼女には答える余裕などなかった。

「何故……あなた、どこまで知っているの……?」

「ほう。へえええ。こいつぁ、いい。どうやら、秘密主義者だったみてえだな、お前。いいぜ。教えてやる。適当に拷問にでもかけりゃあ、嫌でもこいつを起動させてくれそうだしな。今、俺はっ、気分が! いいっ! だから話してやんぜ。お前らが一番知りたがっていることをな」

「そう。全て、あなたなのね。……青井はどこ?」

「俺が殺した」

 ペガサスは嗤った。冷静で、無表情を装っていた澪子の感情がくしゃりと歪んだ。人の上に立つ人間とはいえ、彼女はまだ幼かった。

「俺が、殺した。てめえらのヒーロー、青井くんは俺が殺してやったぜ」

「妄想を垂れ流すのはやめて。青井は死なないわ。彼はうちのヒーローですもの」

 ヒーロー。

 青井正義が、ヒーロー。

 ペガサスは腹を抱えて、大声で笑った。

「ひゃははははははは!? あいつが!? あの、クズが!? ああ、ああっ、確かにそうかもな! あいつはここでヒーロー気取ってやがった! そりゃあ確かだぜ。けどな、あいつは組織の戦闘員なんだよ! 知らなかったのか!? あいつはなあっ、俺の同僚なんだよ! 何年も前からっ、ヒーローよりも先に戦闘員として、てめえの言う悪党として働いてたわけだ! いや、戦闘員とヒーローのどっちにもつかなかった! 野郎はコウモリだ! 裏切り者の、半端なクソ野郎なんだよ!」

 ペガサスは澪子の反応を確かめた。彼女の隣にいる九重はショックを受けている。だが、白鳥澪子本人は一切の動揺を見せなかった。取り繕っているのでもない。ショックを隠しているのでもない。ただ、彼女は一言だけ漏らした。


「知っていたわ」


「……ああ? ざけんなや、クソガキ。戦闘員をヒーローとして雇う馬鹿がどこにいるんだよ」

 澪子は、厭世的な笑みを浮かべる。彼女は口を開きかけたが、それよりも先に、閉じられていたドアが開いた。ペガサス・ブレイドは咄嗟に身構えるも、反応が遅れている。

「オマエがっ、やったのか!?」

「てめえはっ!?」

 現れ、飛び掛かってきたのは、青井と共に姿を消していたはずのエスメラルドだ。青井は始末したが、結局、今の今まで彼女を見つけることは叶わなかったのである。

「そうかっ、ここに隠れてやがったのか!」

「アオイを! エドをっ、皆を返せ! 返せえええええええええぇええええ!」

 エスメラルドは壁や天井を使い、スーパーボールのように跳ねながら移動する。室内ということをものともせず、素早い動きを見せていた。先のイダテン丸のような、技として洗練されたスピードとは違う。本能を剥き出しにした、捉え辛いスピードであった。

「死んだやつらは生き返らねえ! 返したくても、そりゃあ無理な相談だぜ!」

「殺すっ、オマエだけは! 必ず!」

 殺意を浴びせられながらも、ペガサス・ブレイドは動じなかった。ただ、楽しくて楽しくてしようがなかった。本来なら、四天王であるエスメラルドと一対一で戦うことなどありえなかった話だ。彼女を倒せば、自分の強さを証明出来る。ペガサスは嗤った。笑いながら、拳を振るった。

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