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くっ、くそ、殺せ!



 ペガサス・ブレイドが掌握する組織の一室で、四人の怪人が新たな任務を受けた。新四天王。彼らは元いた者たちを押し退けて四天王の地位に上り詰めたのである。彼らは獅子を超え、蝶を降し、女王を踏みつけた。

 四人の中でも一際目立った男がいた。彼の、真紅の鱗は今にも燃え上がりそうであった。鋭い爪と牙を有し、翼を生やしている。西洋の幻獣、竜を模したスーツの男はラスタバン。

 ラスタバンに負けず劣らず、見目麗しい翼を備えた者がいる。永遠の時を生きると言われる伝説の霊鳥、フェニックスをモチーフとしたスーツに身を包むのは、線の細い物静かな男だ。彼の名はアンカという。

 四人の中で最も大きな男はバテン・カイトスと呼ばれている。彼はクジラ型のスーツを装着している。バテン・カイトスはあまりにも巨大であり、スーツは着る、というよりも外側から着けていると言った方が正しかった。

 四人目のコルネフォロスは、ヘラクレスオオカブト型のスーツを着ている。頭の角は体長と同程度の長さがあった。先端は鋭く、これに貫かれては誰であろうと無傷では済まないだろう。

 新たな四天王となった四名は、それぞれの任を果たすべく、必要最低限の言葉だけを交わし、戦場へと向かった。



「……青井殿が、死んだ?」

 そうだと、クンツァイトは頷いた。

「あの方に、何をっ」

「さあ、何をされたんだろうね。僕はあまり詳しくないから、何とも言えないよ」

 イダテン丸は青井の死を疑っていた。反論したかったが、意識が混濁しかかっている。呼吸をする度に身体から力が抜けていく。彼女は、クンツァイトが長話をしていた理由に思い至り、自らの不覚を嘆いた。イダテン丸は過去、今と同じような状態に陥ったことがある。これは神経を侵し、肉体を痛めつける毒だ。いつの間にか、嗅がされてしまっていたらしい。

「……そう、か。なるほど、その鱗粉……」

「ああ、気づかれてしまったようだね」



 クンツァイトのスーツには特別な能力が備わっている。もともと、彼は肉弾戦というものを好んでいなかった。その為に、蝶型のスーツには毒を仕込んでいる。麻痺であったり、睡眠であったり、あるいは致死性の毒を仕込むこともある。毒は翅から発生する鱗粉に含ませて、少しずつ、気づかれないように相手に仕掛けるものだ。そうして相手が動けなくなったところにとどめを刺すのが、クンツァイトの戦法である。

「青井くん、か。彼もまた美しかったよ。人が人生の中で最も輝く瞬間を知っているかい? それは、死の瞬間さ。蝋燭の火が燃え尽きるように。花は散るからこそ美しいのであるように。人もまた、死ぬ為に生きている。死があるからこそ人は美しい。僕は青井くんの死の瞬間を見られなかったけれど、きっと、美しく散ったと思うよ」

「……何を、言いますか。そうではありません」

「へえ。じゃあ、君の美について聞こうじゃないか」

 クンツァイトはイダテン丸の様子を見遣り、毒の放出を止めた。致死性ではないが、暫くすれば彼女は深い眠りに就くだろう。あとは部下に任せてしまえばいい。

「……人は、人の死は決して綺麗なものではありません。特別なものでもない。有り難がって、芸術品のように愛でるのでもない。人が死ぬのは生きようとした結果でしかない。仮に美しさを求めるのなら、死という結果ではなく、どう生きたかという過程にこそ、それを見出すべきです」

「どんなに無様に、情けなく逝ったとしても、かい?」

「ええ」

 自分は死に様に美を、目の前の女は生き様に美を見出した。クンツァイトは、それも面白いと考える。だが、相入れないのだとも思った。

「なら、君の美を見せてもらおうじゃないか」

 毒を強める。放たれたそれはきらきらと輝く鱗粉に紛れ、イダテン丸のもとへ向かった。



 美しさがどうとか、イダテン丸には全く興味がなかった。ただ、気を紛らわせるのには役立っている。彼女は立ち上がり、睡魔を殺すべく自分の太腿に苦無を突き刺した。深いところまでいかないように加減したが、流石に痛む。だが、少しは目が覚めた。

「……参る」

「ちょっと、そこまでするかな、普通。痛くないのかい?」

 残された時間は短い。イダテン丸は意識がある内に勝負をかけようとして、地面を蹴った。捕捉されないようにジグザグに走り、苦無を投げて注意を逸らす。クンツァイトの眼前で跳躍し、上方から攻撃を仕掛けた。

「ま、待って待って待って! ストップだっ、僕の負けだ! あまりにも泥臭過ぎる美しくない! そして顔だけは勘弁して欲しい!」

 早口でまくしたてるクンツァイトの翅を一枚だけ切り裂くと、イダテン丸は仕方なさそうに攻撃を止める。彼は翅を摩りながらその場に座り、目を瞑った。

「う。バランスが悪くなってしまった。……僕の負けだ。美しくない嘘は吐かないと決めている。心配しなくてもいい。僕は、この先この建物に手を出さないと誓おう」

「……四天王ともあろう者が」

 傷つくことを恐れるのは美しくないと、イダテン丸は思った。

「いや、今の僕は四天王じゃあない。君も、殆どの人も知らないけど、代替わりしたんだよ。気をつけることだね。新しい四天王は強いよ。たぶん」

「何? では……」

「ここにも新しい敵が来るかもね。それと、さっきは青井くんは死んだと言ったけど、本当のところはどうなのか分からない。ただ、ペガサス・ブレイドに勝てるやつなんて、この街にはいないとも思う。ああ、全く、美しくない話だね」

「ふ、不覚」

 イダテン丸は先の行為を後悔していた。調子に乗って自らを痛めつけたが、別の敵がやってくると知っていたなら他にも方法はあったはずである。彼女は頭を抱えた。いっそ、再び襲ってきた睡魔に身を委ねるのも悪くはないと考えた。



 青井正義が死んだ。

 嘘だ。間違いなく、嘘だ。あの、諦めが悪く、執念深い男が簡単にくたばるはずがない。

「お兄さんっ、お兄さん!」

 だが、と、歯を食い縛る。グロシュラの告げた言葉は、レンを追い込んだ。いなせを泣かした。親であると、そう言った者がやったのだ。

 赤丸夜明は残った力を振り絞る。……そも、力を使うほど戦ってはいなかった。これからが戦いだ。今からが本調子だ。

「こっちを……見ろォ!」

 しゃもじを振り被る。グロシュラはぴたりと動きを止めた。赤丸の得物が勢いを増し、標的へと襲い掛かる。

「アホンダラぁ! 親のゆうことかっ、それが!」

「ふ」

 直撃を受けたグロシュラがアパートの塀とぶつかる。塀は砕け、尚も彼は隣家の塀と衝突して、動かなくなった。赤丸はそれを認め、肩で息をする。

「……大丈夫か。坊ちゃん、嬢ちゃん」

「あたしを、子供扱いするなっ」

 ジャージの袖で涙を拭きながら立ち上がると、いなせはレンの頭を小突いた。

「いつまで泣いてるんだ。マサヨシが帰ってきたら笑われるよ」

「でっ、でも、お兄さんは死んだって……」

「へえ、あんたはあんなやつの言うことを信じるんだね。あたしは違う。あたしは、マサヨシを信じるよ」

 レンはしゃくりあげながらも、いなせの顔を見上げた。彼はしばらくそうしてから、先の彼女のように、ぐしぐしと涙を拭う。

「僕も、お兄さんを信じる」

「それでいいんだよ。じゃあ、行こう」

「は? ちょ、行くって、どこへ」

 赤丸は、すたすたと歩いていくいなせを止めた。

「あの、いけすかない狸女のところだよ。あいつ、絶対に何かを知ってるはずだからね」

 狸女……あの社長のことかと、赤丸は納得する。先行するいなせとレンを後ろから見遣り、子供とは案外逞しいものだと、彼女は喜ばしい気持ちになった。


 ――――しかし、妙な感触やったなあ。


 先の一撃、果たしてグロシュラという男は避けられなかったのだろうか。防ぐことは出来たのではないだろうか。赤丸は右手を握り、じっと見つめた。

「もしかして、わざと食らったんか」

 グロシュラは答えなかった。彼が吹き飛ぶ寸前、満足そうに笑っていたのは見間違いだったのだろうか。赤丸は考えを断ち切り、二人の後を追いかけた。



「ペガサス・ブレイド様。グロシュラ、クンツァイトの両名が敗北しました」

「そうか」

 ペガサス・ブレイドは組織内の一か所には留まらない。常にどこかへ移動し、動いている。それは、自らの威光めいた力を見せつけるようでもあった。

「予想はしていたがな。あの二人は、俺の命令をまともに聞くとは思っていなかった。……俺も出る。カラーズへと出向くぞ」

 部下の男は頭を下げて、了承した。

「それから、四天王は動いているのか?」

「はい。青井正義の関係者のもとへ向かっている、とのことです。それから、もう一つ報告があります」

 ペガサスは顎をしゃくり、話の続きを促す。

「ペガサス・ブレイド様のスーツですが、どうやら、声紋を認識する機能が備わっているようです。正確には、機能を引き出すためのもののようですね」

「声紋? パスワードのようなものか?」

「はい。恐らく、そのスーツの真の持ち主でないと解けないとは思いますが」

「声と、暗証番号か。まあ、今はいい。カラーズの者に聞けば済む話だからな」

 歪んだ笑みを浮かべると、ペガサスは地上を目指した。止めてみろと、彼は誰に対してでもなく、思った。



 青井正義は悪の組織の戦闘員であった。その為、友人と呼べるような者は少なく、家族とも離れて暮らしていた。彼の関係者と言えるような人間は少ない。しかし、全くいない訳ではない。ペガサス・ブレイドの命を受けた四天王たちは獲物を取り合うようにして四方へと散らばり、出撃した。

 ドラゴンスーツのラスタバンは黒武者村正のもとへ。

 フェニックススーツのアンカは百鬼牡丹のもとへ。

 クジラ型のバテン・カイトスは灰空愛里のもとへ。

 ヘラクレスオオカブト型のコルネフォロスは――――。


「ば、馬鹿な……何故、私が」


 コルネフォロスのスーツは破壊されていた。

「ほう、中身は女だったのか」

「く、だからどうした! 侮るな!」

 ヘラクレス型のスーツに生えた巨大な角は根元から折られている。マスクに当たる部分は粉々に砕けており、コルネフォロスの全身は煤けていた。所々が破られ、地肌には火傷のような傷跡がつけられている。彼女は相手をきっとねめつけ、屈辱と羞恥によって頬を染めた。

 その時、暗がりの奥から一人の少女が顔を覗かせた。彼女は恐る恐るといった風に姿を見せ、コルネフォロスの敗北を悟ると、大きな声で奥にいる誰かへと呼びかけた。

「師匠ー! 師匠、こいつ、どうしますか!? ……え? ああ、はい! 了解です! じゃあ、スーツひっぺがして持っていきますね!」

「ひっ」とコルネフォロスは息を呑む。

「くっ、くそ、殺せ! 辱めを受けるくらいなら、死んだ方がマシだ! さあ、一思いにお願いします!」

「いや、そこまではしない」

 コルネフォロスはウェーブがかった長い髪を揺らし、体を震わせる。気の強そうな切れ長の目が僅かに揺れた。女戦士といった風体の彼女は、まだ二十代前半の若い女であった。

「え、しないのか……?」

「何を期待しているんだ、こいつは。ええい、さっさとスーツを脱がせろ!」

「はーい。つーか命令すんな! それよか、こいつ、ホントはもっと強かったんじゃないの?」

「外身がよくても中身がアレじゃあ意味ないってことだな」

 未だ誰にも知られない内に、気づかれない内に、四天王の一人、ヘラクレスオオカブトのコルネフォロスが敗れ去った。

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